遠き憧憬は災いを齎すep7
顔が固まったまま、こちらを凝視し続けるゲティに僕は語り続ける。
「態とらしく言ったけどさ、相良さんのそばにはいろはちゃんも居るんだよ。もしも相良さんが危険な研究や禁忌と呼ばれる研究をしていた場合、いろはちゃんがその影響を受けているかもしれない」
「いろはが……」
「まだ間に合う可能性もあるし、もう間に合わない可能性もある」
「間に合わない可能性ってなんだ」
「簡単だよ。相良さんの研究に加担している場合さ」
同じところに住んでいても、互いの魔術に干渉せず何も知らない可能性もある。だがふたりが違う分野の魔術師として多角的視点から賢者の石を研究していたとしたら、両者共々禁忌を犯しているとされ罰則を受ける。
西洋では死罪となるが日本ではどのようになるかは知らない。そんなことをやる人が居るとは思っても見なかったため、いちいち罰則など調べていないのだ。
「いろはは召喚術師だ。錬金術のことなんて」
「ゲティは身内に甘すぎるよ。錬金術のことなんて知らない?それなら勉強して覚えればいいこと。相良さんだって呪術師から錬金術師になったんだ。若いいろはちゃんなら相良さんよりももっと物覚えがいいはずだよ」
「仮にだ。いろはが賢者の石を作ることに関わっていたらお前はどうするんだ?」
「どうするも何もゲティが言ってたじゃん」
「私が?」
「"実際にやっていたら突き出せばいいだけだろう"って。僕もそう思うよ」
ゲティは座っていたソファから勢い良く立ち上がり、テーブルを迂回して僕の元へとやってきた。そして僕の胸ぐらを掴んで睨みつける。
「おかしい。それはおかしいよゲティ」
「何がだ」
「相良さん、ゲティからしたら見ず知らずのおじさんのことは突き出せばいいって簡単に言うくせに、自分の知り合いになったら怒るなんて自分勝手すぎない?」
僕の胸ぐらを掴む手が強くなった。身長差があるため、座っている僕を少しだけ見下すような態勢でゲティは立っている。ゲティにしては珍しく、感情のままに行動したのだろう。僕の発言に対して何かを言うことはなく、睨みつけたまま反論をすることはなかった。
「チッ」
少しだけ落ち着いたのか僕の胸ぐらから手を離したゲティは、元座っていた場所には戻らずに僕の横に腰掛けた。2人掛けのソファだが自分のほかに人が座ることで少しだけ沈みゆく。
座ったゲティはこちらを向くことはなく、頬杖を付きながらそっぽを向いてしまった。今回に関しては僕に悪いところは無いはずだ。
「ゲティの身内に甘いところは良いところだと僕は思ってる。その優しさに酸塊さんも調さんも空穂ちゃんたちも、僕だって感謝しているんだ」
強い言葉を使うことが多いゲティだが、人のことを良く見ている。年長者らしくさりげなくフォローに回ることも多く、この事務所が円滑に回っているのもゲティのおかげと言っても過言ではない。
酸塊さんと出会ったばかりの頃は呪いのこともあり、近寄ることは避けていたがコミュニケーションを怠ることはなかった。
来栖さん達の時もそうだ。あのふたりは魔術など縁遠い普通の世界からこの世界に不本意ながら入ってきてしまった。そのふたりに対して、魔術のことや怪異のことなどを説明している姿は何度も見てきた。
「でも、悪いことをしている時にそれを見て見ぬふりして甘やかすのは違う。甘さっていうのは厳しさも内包しているべきなんだ。寧ろ厳しさの中に甘さがある方がゲティらしい」
僕や調さんには厳しいことを言ってくるがそれが愛ゆえのことだというのは伝わっている。厳しい言動の中に僕達への甘さがあるのだ。
気になることがあれば先延ばしにせず叱責をしてくる。僕が聞いていなくても理解できるまで時間をかけて根気よく説明をしている。
あくまで僕の考えでしか無いが、ゲティが身内を大切にしたいのは無くしたくないからなのかもしれない。ゲティの過去は知らないが、少なくとも鴨野家のふたりは亡くしているのだ。そのことに何も感じないほど薄情な人間ではない。寧ろ外には見せないだけで相当なショックを受けたかもしれない。
だからこそ厳しくも、優しく自分の目の届く範囲で何かが起こるように立ち回っているように感じてしまうのだ。
「もしも悪いことをしていたら、身内だからこそ他の人に委ねないで自分の手で始末をつけたほうがゲティとしても浮かばれるんじゃない?」
だからこそ、いろはが更なる禁忌を犯していた場合、ゲティが始末をつけるべきだと僕は考えた。
すでに親殺しの禁忌を犯している可能性のあるいろはが更に罪を重ねていたらどのような罰を受けるか想像すらできない。自分の知らないところで自分の知っている人間が苦しんでいく様にゲティは心を痛めてしまう。
「それでもまだ興味ないからって言って断るのなら僕はもう誘わないよ。鴨野さんたちのためにも、いろはちゃんのためにも。ゲティが今日いろはちゃんと出会ったのは運命だったのかもしれない。手繰り寄せたんだよ」
僕と一緒に行動することによって、僕のルーン魔術の効果がゲティにも伝染した。運命を掴み取るのがルーン魔術の本質。先の見えない運命をゲティは掴み取ったのだ。
「相変わらずお前はずるいよ」
「相変わらず?」
「私を事務所に誘った時もそうだった。魔術師として占いをしながら細々と生きていた私に魔術師としての本懐を思い出させたのはお前だ」
「そうなの?」
「結局魔術師っていうのは知識欲が停滞したら終わりだったんだ。あのまま何事もなく占い師をしていたら刺激もなく腐って死んでいただろう。お前が誘ってくれたから楽しく生きてるんだ」
ゲティはこちらを見ないで言葉を零している。2度と聞くことは出来ないであろうゲティの独白。僕もゲティがそんな風に思っていたことは知らなかった。僕の駄目さ加減に呆れて社員になってくれたとすら思っていたのだ。
「それはよかった」
「身内に甘すぎるっていうのは自分でも分かってる。それは治すことが出来ない。悪魔と契約している人間と関わる奴なんて利己的な奴らばかりで私を私として見てくれるやつのことを特別視してしまうんだよ」
「ふーん」
「だからいろはの事も、嫌われていたとしても楽しく生きていてくれればそれで良いって思ってたんだがなあ」
まだいろはが賢者の石の研究に加担していると決まったわけではない。そもそも賢者の石の研究をしているかすら分からない。調査をしなければ何も分からないのが現状だ。
「悪いことをしていたら叱るのも大人の務めか」
「まだ何も分からないけどね」
「何もしていなかったらそれはそれで良いんだよ。相良という奴がただの善人で、事故か何かで親を亡くしたいろはを養子に迎えて育ててくれただけってこともある。いろはは私のことを勘違いしているだけで、普段は学校にも通って友達と毎日楽しく過ごしているかもしれない」
ゲティの語る妄想は現実からかけ離れていることは僕にもわかる。きっとその妄想はただの夢。現実はもっと非情で情け容赦ない。
それが分かっているからこそ、幸せな夢を語っている。
ゲティは少なくともいろはが両親を殺したと考えている。それを考えているのに独自に調査もせず、放置していた事がゲティの甘さの最たるものだ。知らなければ何も起こっていないことと同じなどという甘えたことは、罪の前では何の意味もなさない。
「それじゃいろはちゃんを助けるためにも協力、してくれるよね」
「ああ。私の目的はあくまでいろはのためだ。お前とは違うから協力をするだけだ」
「それで良いよ。その甘さがゲティの持ち味だ」
「ふん。何かあったら厳しさ増し増しで叱責してやるからな」
最後まで僕たちが顔を見合わせることはなかった。
顔を見ないからこそ言いたいこと、伝えたいことを互いに言語化することができたのかも知れない。




