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遠き憧憬は災いを齎すep6

 ゲティの動きが止まる。その瞳は僕の方を見つめ続けて外すことをしない。冗談の類か、真意を測っているのだろう。残念ながら僕の言ったことは冗談ではない。あくまで予想だが僕の直感が告げているのだ。


「賢者の石、ゲティも知ってるよね」


 再度ゲティに告げると徐ろに動きを取り戻し、ソファの背もたれに寄りかかった。


「ああ。知っている。賢者の石っていう悪魔のことはな」


 僕の知っている賢者の石は水銀で作られた不老不死を授ける伝説の物質だ。悪魔という話は聞いたことがなかった。



「悪魔?それは知らない」


「賢者の石っていうのは人間の欲望を叶えるものと言われている。出来もしないそれに誑かされて人間が欲に溺れることから賢者の石そのものが人を誘惑する悪魔だと言われているんだ」


「なるほど。悪魔として実体を持っているわけじゃないんだ」


「そもそも賢者の石は存在しないだろ」


 歴史上賢者の石を作り上げることが出来た者が記録には残されている。有名な人だとヘルメス・トリスメギストスが賢者の石の生成に成功したらしい。ヘルメス・トリスメギストス自体が人間ではなく神と人とが融合した存在ともされ、後世の人々が真理を探求しようとする基礎を作ったと言われている。

 それから何千年も研究をされているのにも関わらず賢者の石に関する成功例は上がっていない。賢者の石自体が力を持つのではなく、それを使用した者が力があっただけと言われることもある。

 魔術師は無知を嫌い知識を追い求める。その好奇心から研究を進めるものも多いため賢者の石はある種のロマンに溢れているのだ。


「それはそうだよ。もしも存在していたら自由な生活はしていないだろうね」


 賢者の石が喉から出が出るほど欲しい者などこの世を探せばいくらでもいる。完成をさせていたのなら相良さんは今日みたいに自由に出歩くことは出来ない。

 良くて技術やノウハウを吸収されるために拘束される、悪くて黙秘をさせるために殺される。どちらにせよ公表していないからこそ相良さんは自由の身であることができるのだ。


「私の見た限りではあの男がそこまでの研究者には見えなかったが」


「僕も相良さん本人から話を聞いただけで直接見たことがあるわけじゃない」


「なら、なぜお前は相良が賢者の石を作っていると判断したんだ?」


「判断はしていないよ。あくまで仮定の話。相良さんが賢者の石を作っているかもしれないっていう仮定だ」


「その過程に辿り着いた根拠は?根拠がないのならお前がやっていることは普通の魔術師に冤罪を着せているようなものだぞ」


 賢者の石づくりは魔術協会内でも罪となる。その罪を相良さんが犯していると仮定するのは失礼極まりないことであり、逆に怒られてしまってもおかしくない。


「だからゲティにしか話してないじゃないか。僕だって誰彼構わずこんな話をするわけじゃない。ゲティに伝えるのは一緒に考えてほしいからなんだ」


「だからその根拠を――」


「直感」


「は?直感って言ったか?」


「そうだよ。僕の直感だ。ルーン魔術師としての直感。普通の人とは違う、魔術を用いた僕の直感だよ」


 今日も僕の着ていたジャケットの中にはルーン文字の刻まれた石が入っている。その文字は『ᛚ(ラグズ)』。感性や直感を意味する文字でこの直感が正しい運命を引き寄せる。

 その石に魔力を流すことで僕の思考回路は論理をすっ飛ばして結果だけを直感として感じることが出来る。結局のところ論理が無いため憶測でしか語ることの出来ない直感も内容を調べていけばその答えにたどり着くことが多い。


「それは、まあ。信憑性は少しだけ上がるが」


「でしょ?」


「仮に相良が賢者の石を作っていたとして、お前はどうしたいんだ?調査して魔術管理局に突き出すのが目的か?」


 実際に相良さんが賢者の石を作っていたのなら、それを知った僕が報告しないのは隠蔽に加担したことになってしまう可能性もある。

 それはあくまで調査したらの話だ。


「魔術管理局に突き出すなんてそんなことはしないよ。僕が言っているのはまだ憶測の話だ」


「実際にやってたら突き出せばいいだけだろう?」


「うーん。やってたらね」


「要領を得ないな。簡潔にお前が何をしたいのかを話せ」


「せっかちだなあ。簡潔に、か。僕の目的っていうか興味は相良さんが賢者の石を完成させていてもさせていなくてもどちらでもいいんだ。ただその研究の内容と実績が知りたい。興味が湧いちゃったんだよね」


 魔術師とは存在しないものに興味を抱き、理の外から実体を起こす存在。無知こそ恐怖であり、知こそ力となる。賢者の石は伝承としては知っているが、当然実際のものを観たことはない。研究すること自体が罪となるため研究をしているものがいるという話も聞いたことがなかった。

 実際に研究しているとすればどのような研究をしているのか、どのような実験をしているのか、失敗した時にどのようなことが起こったのか。過程こそが面白く興味がわいてしまったのだ。


 単純な話、気になってしまったから調べたいというだけなのだ。その結果が本当に賢者の石の研究をしていたのなら情報だけ知った後に魔術管理局に突き出せばいい。


「はあ」


 僕の発言を聞いてゲティは大きなため息を吐いた。このため息は怒っている時に出るものではなく、僕に呆れている時に出るものだ。

 常日頃からゲティにため息を吐かれている僕は些細な違いからゲティの感情を読み取ることが出来るようになってきた。社長として部下の顔色を伺うことも大切なのだ。


「ため息は幸せが逃げ」


「うるさい」


 僕の言葉を遮るようにゲティが言葉を発する。


「まだ喋ってる途中なんだけど」


「碌なことを喋っていないから別にいいだろ」


「いいけど」


「それで、なんだ?私はお前の興味に付き合えと言われているのか?」


 僕が賢者の石に興味あるのは確かだが、同じ魔術師としてゲティは興味が湧かないのだろうか。召喚術師からしたら賢者の石は興味の対象外な可能性もあるが知り得ない超常の物を知ることが出来るチャンスを棒に振るのは魔術師としておかしい。


「ゲティは賢者の石、興味ないの?」


「ない。死んだものは生き返らないし、不老不死なんて不幸なだけだ。見た目が変わらないことも含めてな」


 悪魔との契約で成長というものを代償として捧げてしまっまゲティは身体的に成長することはなく、子供の姿のままだ。本意ではなく、不死ではないが不老の一種をすでに手にしている。その姿のまま生きていく苦労を知っているが故の発言だった。


「面白そうだと思ったんだけどなあ」


「そういう訳だ。私は付き合わないぞ」


 ゲティからの許可は取れなかった。別にゲティを付き合わせなくても酸塊さんでも誰でいいのだ。ひとりで調査するのは何かがあった時に大変なため避けたいが。

 依頼でもない内容に本気になる理由は無いのだが、何故か相良さんのことが気になる。勿論賢者の石についての興味はあるがそのことを諦めることが出来ない。


 直感だが、この場で相良さんの調査をやめては行けない気がしているのだ。

 それもゲティと一緒にやるべきだと、僕の魔術が伝えてくる。


「いや、ゲティには付き合ってもらうよ」


「嫌だ。私はそんな面倒事に首を突っ込みたくはない。自分の店もあるし暇じゃないんだ」


 ゲティが自分から興味を持ってくれるのが一番だったのだが、生憎とそうはいかなかった。

 無理矢理引きずり回しても調査をしてくれるとは思えない。あまり使いたくはなかった手だが、ゲティの人間性に問いかけることにする。


「僕の予想だと相良さんが危険な研究してるかも?っていう事は分かる?」


「だから付き合いたくないんだろ」


「そこで一緒に住んでいるのはだーれだ」


 ゲティの表情が固まる。

 内容が内容なので少しだけユーモアを交えて伝えたのだがゲティには一切笑っていなかった。

 相良さんのそばにはゲティが小さい頃に可愛がっていた鴨野家の娘が人質のように一緒に暮らしているのだ。


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