更新はお忘れなくep6
無事に実技も終わり、新たな魔術許可証を受け取る。受付の人には「期限切れになると対象にならない場合がございますので更新期限は厳守してください」とお小言を貰ってしまった。これに関しては忘れていた僕が全面的に悪いため素直に謝罪をした。
ゲティと約束した時間まで15分ほどあり、何もないところでただ待つという無為な時間が発生する。時間を意識すればするほど、時間の経過が遅くなっていく。
意味もなくスマホを取り出して明日の天気などを調べたりしてみても数分もかからず終わってしまい手持ち無沙汰になってしまった。
「見て回るところもないし、暇だな」
声を出してみても返答は誰からも来ない。
「化野さんじゃないですか。お久しぶりですね」
そのはずだったのだが、僕が座っている椅子の後ろから声をかけられた。僕の事を名字で呼ぶ人は多くはない。親しい人ほど僕の事を名前で呼ばないため、名前は知っているが関わりが薄い人が後ろにはいる。
呼ばれたため振り返ると痩せこけた頬に整えられていない髪。服装も長年着古した衣服を纏っている人間がそこには立っていた。風貌は見るからにマッドサイエンティストのようだ。
「久しぶり」
この人物には見覚えがある。この見た目の人物を簡単に忘れてしまうほど僕の脳みそは腐っては居ないのだ。
「覚えていただけたとは光栄ですね」
「相楽さんの事を忘れるのは簡単じゃないよ」
「この風貌も役に立つ時があるとは」
この男の名前は相楽凛太郎。僕が知っている情報では錬金術師の男。元々は呪術師であったがある時から錬金術を学び始めて正式に錬金術師として魔術師登録をされているはずだ。
以前、話した時は既に錬金術師だったため呪術師と言うのも本人が勝手に言っているだけの可能性があった。呪術師と言っても酸塊さんのような呪物師とは違い、依頼を受けて対象を呪うという完全にアウトな仕事をしていた。素人が行うものでは無いため、刑事上も民事上も相楽さんは罪には問われない。依頼人の行動によっては依頼人が殺人教唆などで捕まることはある。
「錬金術師だったよね」
「はい。呪術関連からは足を洗いましたよ。娘の手前もありますし」
身嗜みなど一切整えていない見た目からは想像できないが結婚しており、娘もいる。不幸にも病気によって奥さんを亡くしており、男手一つで娘さんを育て上げているのだ。奥さんが亡くなったことで娘の面倒を見なければいけないという使命感から、危ない呪術師からは足を洗って錬金術師になったらしい。
「どうして錬金術師になったのさ。答えたくなかったら答えなくてもいいよ」
「大した理由はありません。魔力を使って専門的な知識がなくても収入が得られたからです」
錬金術師と言っているがその種類は多岐にわたる。金を錬成する研究をしているものもいれば様々な物質を作り上げようとしている人もいる。科学を突き詰めていく魔術師のことを総じて錬金術師と呼んでいるのだ。
それこそ土塊さんもゴーレムを使役している魔術師だが、性質としては錬金術師と言えるのかもしれない。
「卑金属を金属に変えるというのは簡単なことではないのでもっぱら魔道具の修理とかその程度の仕事しかしてません。魔道具は修理するのも高いの案外私みたいな個人のところにも仕事が舞い込むんですよ」
「錬金術師に直せるの?魔道具の技師とかじゃないと難しいと思ってたよ」
「直すというか元に戻す方が正しいでしょうか。うちに持ち込まれるのは金属製の魔道具だけですし、錆やへこみなどを本来の魔術が変質しないように生成していくんですよ。錬金術師と銘打っていますが科学的なことを魔術を使ってやっているだけですね」
「魔術としての錬金術師よりも鍛冶師とかのほうが近いのかな」
「その認識で合ってると思いますよ。私の場合に限りますが魔力操作をしてはいるものの魔術を使って治すということはしていません。元々は呪術師ですし専門的な技量は少ないんですよ」
「そうなんだ」
元来の錬金術は卑金属を金属に変えて儲けようとする研究を行っていた人たちのことを指す。紀元1世紀頃には既にエジプトで生まれていたとされている科学技術だ。水銀の核分裂を行うことで金が生成できるという研究をしている人がいると聞いたこともある。長い歴史を経て、受け継がれているオカルト的な話なのだ。
「そう言えば娘さんは元気?」
相楽さんが錬金術の研究を行っているのは単に娘さんのため。魔術師として生計を立てている者にとって新たなる発見は莫大な資金となる。ただでさえ金銭不足に悩んでいる魔術師からすれば喉から手が出るほど欲しいだろう。
昨今、実践的魔術師が減り研究的魔術師が増えたことも金銭的な面が大きい。魔術師というオカルト的な存在に出資をしてくれるスポンサーなどいるはずもないため、地道に活動を続けていくしかない。
探求心が高い魔術師からすれば研究を行い、それを実証する実践をするというのがパターンになっている。だがお金がないため実践に回せる機材などが購入できないので研究だけ行い、実践は別の魔術師に頼むことも少なくはない。
「娘、ですか?」
「ほら前に会ったとき嬉しそうに写真見せてくれたじゃん?奥さんが亡くなったのは悲しいけど娘のためにも頑張らないとって」
前回会ったのは数年前になる。僕が事務所を立ち上げる前だったのでお互いに歳をとってしまった。その時に始めてあったので奥さんが亡くなったことと娘さんのために頑張っていることを同時に知ったのだ。
奥さんが亡くなってしまった時の相楽さんのことは知らないが、娘さんがひとりで寂しい思いをしないように頑張っていたのだろう。あの時の写真では小学校に入るか入らないかくらいの年齢だったはずなので今は、3年生か4年生くらいになり反抗期が差し迫っているかもしれない。
「ああ」
相楽さんは僕の質問に対して寂しい笑顔を浮かべた。
「娘は死にましたよ」
「……。」
「妻と同じ病気で。遺伝しないと聞いていたのに偶然。本当に偶然同じ病気でした」
相楽さんが浮かべた寂しい笑顔に何も応えることができない。身近な人の死を経験したことがない僕にとってどれ程のことか分かったような口を聞くことはできない。
妻を失い、娘を失い、それでも魔術師としてこの場にいる相楽さん。何を考えて今生きているのか僕には想像もできなかった。
「そっか」
軽薄な言葉に聞こえてしまっかもしれない。しかし僕が相楽さんに言えることはこれしか無かった。どんな言葉を紡ごうとも寄り添える言葉も慰める言葉も空虚に聞こえてしまう気がしたからだ。
「錬金術師といえど何でもかんでも生み出せるわけではありません。死んだものをどうにかするなんて黒魔術しか無いんですから」
「言いたくないこと言わせちゃってごめん」
「いいんですよ。私の落ち度です。娘を死なせてしまったことは私の罪です。贖罪のためにも縋り付くように錬金術師をやっているのですから」
奥さんの分も精一杯、子供を育てようとしていたのは前回の会話からも伝わっていた。魔術師だって人間だ。愛する人もいれば、それを失う悲しみは現世界に生きる人たちと何ら変わらない。
病気で亡くなった娘さんに相楽さんは罪の意識が芽生えているようだが、病気というのは故意に起こそうとしない限りはどうしょうもなく襲ってくる。娘さんの病気も相楽さんが責任を感じる必要はないのかもしれない。
「ねえ相楽さん」
「何ですか?」
身近な人が2人も亡くなっている相楽さんは腐っても錬金術師だ。錬金術には禁忌とされるものがある。それは人間が生まれてから死ぬという1つの流れを変化させ、人間が人間であるという道理を捻じ曲げてしまう研究。
飲むことで不老不死の力が手に入ると言われるエリクサーも錬金術で作られる霊薬の1つだ。中国に伝わる仙丹もエリクサーの一種らしい。死んだものを生き返らせることはできないが、生きているものの傷を癒やし不老不死を授ける物質。
「賢者の石を作ろうなんてしてないよね?」
その物質の名前を賢者の石という。




