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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
その呪いは誰が為に

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箱庭の中の孤独ep7

「うわっ。びっくりした」


 魔術が発動し、胎児の死体を破壊したその瞬間。僕たちがいたはずの家は消失し、元から何もなかったかのように目の前には森が広がっていた。

 呪いに対して僕の魔術が効果的なのは酸塊さんと過ごす経験から分かってはいたが、始めて自分に対する防御以外でルーン魔術を呪い相手に使った。何故か失敗するという考えは殆どなく、僕の中のイメージの通りに魔術を履行することが出来た。

 魔術はイメージが大切だ。良く言われるこの言葉もイメージをしたことが出来るからというわけではない。イメージをすることで自分のやりたいことを明確にし、それ以外の物を排除するためだ。僕がイメージしたのは呪い自体の破壊。胎児の自体自体が呪いになっていたので、胎児の破壊を考えてそれを履行するために頭の中で運命を手繰り寄せるイメージをした。


 流石に胎児の破壊が裏世界自体の破壊になるとは思っても見なかった。何気に裏世界を破壊するのも初めてのことだった。確信は無いことばかりだったが、やってみて成功体験があれば出来る可能性としてこれからの選択肢に入ってくる。取り敢えず何でもやってみるものだ。


「えっと、森に戻ってきたってことでいいんですの?」


 戻ってきたのは僕だけではなくて安心した。裏世界で蠱毒に取り込まれてしまった人は戻らないとは思うが、生きている人間は現世界へと送り戻されたようだ。

 森の中を見回すと遠くの方にロープが見える。


「酸塊さんあのロープ。多分僕が入り口のために作ったやつだよ」


 木の間をつなぐように結ばれたロープは裏世界に入るために僕が作った入り口だ。裏世界と現世界は表裏一体であるが故に、先ほどまで居た家は森の中ほどの位置に有ったようだ。


「本当に戻って来られたのですね……」


「コトリバコだって言われてきたけど別物だった時は冷や冷やしたよ」


「そうですわね。社長さんは余裕に見えましたが……」


「そんなことはないよ。僕は僕で一杯一杯だったさ」


 嘘は言っていない。主に酸塊さんの心配で一杯一杯だったのだ。本来ならば呪いを身体に移す体質の彼女は最も呪いから遠い位置に居なければならない。しかし、酸塊さんは自分の体を使って解決できることなら自身を顧みず呪いに向かっていってしまう。

 出張に行かせたのは失敗だったのかも知れない。彼女に要らぬ自信をつけさせてしまった可能性もある。一応調さんとも酸塊さんの体質をどうにか出来ないか相談はしているが解決の目処は立っていない。


「取り敢えずここに居ても意味もないし帰ろうか?」


「はい」


「どうする?歩いて帰る?」


「流石に疲れました。ちゃんとタクシーと新幹線を使いましょう」


「タクシーか。ゲティの提案は断ったのにね」


「足の問題では御座いませんわ。精神の問題です」


「それはどうにもならないね」


 誰にも見つからないように森を抜ける。裏世界がどうして発生したか、裏世界は消滅したか、それは僕たちの仕事じゃない。あくまでも今回の依頼は調査だ。本命のコトリバコが無かったことと配信者が居なかったことで調査は終わり。おまけとして蠱毒を破壊したのは脱出するための手段だということにしよう。

 流石に民間人が巻き込まれているため魔術管理局には連絡しておかなければならないため気が滅入る。そんな夕暮れ。

 裏世界にいた時間は現実との乖離は無かったみたいだ。


 

 公共交通機関を駆使して自分の事務所に戻って来ると夜も深まる時間だった。雨の予報もなく月が綺麗に夜の街を照らしている。街灯の明るさのせいか星はほとんど見えない。


「ただいま」


 誰も居ないはずの事務所の扉を開ける。酸塊さんには部屋に戻ってもらい、諸々の書類作成は明日やることにした。僕も家に帰っても良かったのだが面倒なので事務所で寝ることにする。帰るのが面倒な時は事務所のソファで寝てしまうこともある為いつものことだ。

 今日は変に疲れたから早く寝たい。しかしその願いは叶わず、僕が寝るためのソファを使っている人が居た。しかも2人も。


「おかえり」


「お疲れ」


「あれ?ゲティに調さん。なんでいるのさ。もう夜遅いのに」


「酸塊が心配でな。一緒に帰ってきたんだろう?何事もなかったか?」


「あれ?僕の心配は?」


「一応してんだろ。恥ずかしがって言わないだけだろ」


 調さんの余計な一言によってゲティの肘打ちが鳩尾に入った。その痛みからお腹を抱えて蹲る調さんを見ることもなくゲティは話を進める。


「帰ってくるって酸塊から連絡があったからな」


「そっか。2人とも無事だよ。アクシデントはあったけどね」


 内容を求められたので大まかなことだけを伝える。コトリバコの調査に行ったら蠱毒に遭遇して裏世界に閉じ込められたが僕の魔術で脱出したと。

 それを聞いたゲティは疑問が浮かんだようで首を傾げている。


「お前の魔術は自分が対象なんじゃないのか?」


「そうだと思ってたし、実際前まではそうだったんだよね。でも魔力の通っている物には魔術が作用するようになったみたい」


「この街の影響か?」


「さあ。僕にも分からないけど。もしかしたらコレのお陰かもね」


 首からぶら下げていたギャラルホルンを取り出す。あいも変わらず木でできたような見た目をしたただの三角錐にしか見えない。これが本物にはあまり思えないが魔力は確かに感じるし偽物にも思えない。


「なんだそれ?」


 痛みから解放されたのかいつの間にか調さんが僕の方へと近寄ってきていた。なんだと言われても僕にも詳しいことは分からないのだ。


「酸塊さん曰くギャラルホルンらしい。北欧神話の」


「ヘイムダルが持ってたっていう笛か」


 知識の面ならば調さんに軍配が上がる。当然のようにギャラルホルンのことも知っていた。僕は一つの案を思い付き、首からギャラルホルンを外した。


「丁度いいや。これ調べておいてよ。僕のためにあの段ボールの中から来栖さんが一発で当ててくれたものなんだよ。きっと何かしらの導きがあると思う」


「来栖が?……分かった。調べておく。数日預かるぞ」


「おっけー」


 流石に呪物は渡すことはできないがおそらくギャラルホルンは魔道具と呼ばれるもの。魔術を直接発揮できる物もあるらしいが、魔道具そのものが魔術的機能を持っているものもありギャラクホルンはそれに当てはまるものだろう。

 調さんには偶に魔道具を調べてもらうことがある。どのように調べているかは分からないがそれなりの成果を上げてきてくれるため詳しくは聞かない。何やら知り合いに頼んでいるようだ。


「それでそっちは何かあった?」


 たった1日だけしか事務所を開けていなかったのだがその間にも何かしらの問題が起こっている可能性もある。


「私は特には何もなかった」


「俺はなぁ……」


「どうかしたの?」


 歯切れが悪い返事をする調さん。


「最近は酸塊の義足の調子がどうも変に見えて色々試してたんだけどよ。ほら、ああ言うのって暑さで膨張したりするから寒い部屋でやらなきゃいけなくて夏なのにクソ寒かったわ」


 ひとり鬼ごっこのことを聞きに行った時には夏にも関わらず厚着をして部屋の外に出てきたことを思い出す。あの時は何をしていたのか分からなかったが、酸塊さんの義足について色々試して居たのだろう。

 魔術師ではない調さんがこの事務所にいる理由の一つとしてメンテンナンスをする力に長けているということがある。僕やゲティは魔道具を殆ど持たないが酸塊さんの義足には僕の魔術が埋め込まれており、一種の魔道具とも言える。

 勿論義足の素体はちゃんとしたところに頼んでいるが微調整やメンテナンスを調さんに頼んでいるのだ。因みにフクロウのぬいぐるみことフーちゃんのメンテナンスも調さんが行っており、ぬいぐるみとおじさんの組み合わせだ。

 今回は酸塊さんに頼まれたわけでもなく自発的に行っているらしかった。


「それがどうしたの?」


「色々考えてさ。酸塊の受ける呪いをどうにか出来ねーかなって。数ヶ月も義足に何か細工をすればって考えてたんだが……」


「来栖がそれをさらっと解決したんだ」


「実際出来るかは分からねーけどな」


「どういうこと?」


 酸塊さんの受ける呪いが軽減されるのならばそれに越したことはない。理想としては体に残っている呪いも無くなって普通の人のように酸塊さんが過ごせるのが一番だ。

 調さんが数カ月頭を抱えていたことを来栖さんがさらっと糸口を掴んでしまったらしい。


「俺がゲティとその話をしてる時にあの2人も居たんだよ。そうしたら「身代わりを作ってそこに呪いを転送するって出来ないんですか?」だとよ。俺は酸塊自身が呪いを受けるって先入観に囚われて、そもそも呪いを酸塊に受けさせないってのは考えてなかったんだよ」


「実際、呪いというものは他者にかけるものだ。だから酸塊が受けるはずのものを他のものに受けさせるのは不可能ではないと私たちは思ったんだ」


「俺が数カ月考えてたのによ……。若いって頭が柔軟なこった」


 悔しそうにも見えるが、意外とそんなことはないらしい。行き詰まっていた事もあってか解決の糸口を掴めたことのほうが嬉しいのだろう。

 それにしても身代わりというのは案外土塊さんの所に連れて行ったのは間違いではなかったのかも知れない。ゴーレムは主人の身代わりとしても使うことがあると確かに伝えていた。主人の受ける災厄をその身に受けるとも。それを覚えていたのか身代わりに災厄を移すという考えに至ったのだろう。


「まぁ目処が立ったならいいじゃん」


「多分お前の魔術が必要になるが……」


「社員のためさ。何肌でも脱ぐよ」


 酸塊さんが少しでも呪いで苦しむことが無くなるなら、それは酸塊さんを事務所に引き入れた僕のやるべきこととも言えるだろう。


「兎に角、僕たちは無事戻ってきた。それで十分。明日は魔術管理局に提出する書類作らないと。民間人が巻き込まれるって面倒だなぁ」


 事務所で作っているような報告書とは違う堅苦しい文書の作成に頭が重くなる。一度報告をしてしまえば諸々の手続きは管理局が行なってくれるため書類提出さえしてしまえば良いのだが、不備がある度に送り返されてくる。一発で終わらせようとすると何重にも確認する必要があり面倒くさいのだ。

 やることを後回しにしないように、名刺入れの中に入れておいた魔術資格証を取り出す。運転免許証のように写真や住所、次の更新期限などが載っている。それとは別に魔術の種類、僕の場合はルーン魔術と書かれている。細かく分けられているわけではないが大まかな系統として魔術の記載もされているのだ。

 写真を眺めると撮った時の自分と今の自分の違いに驚く。確か資格証を取ったのは2年くらい前だったはずなので僅かばかり歳を取ったということだ。

 

「……やば」


「どうした?」


「い、いや何でもないよ」


 僕のつぶやきを拾うゲティ。当然ゲティも国内で活動する魔術師のため資格証を持っている。見たことがあったが今の容姿と全く変わらないため昨日撮ったと言われても信じてしまいそうな程だ。

 再度自分の資格証を確認する。何度見ても見間違いなどではない。今日起こった一件よりも頭を抱えることになってしまった。


「(魔術資格証の期限、切れてるんだけど……。再更新しないと不味いっぽい)」


 化野業あだしのごうと書かれていた魔術資格証に書かれた期限は数か月前に切れていた。


3章終了。

4章に続く。

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