箱庭の中の孤独ep6
僕が偶々いない時だったと思う。仕事から帰ってきたら調さんが大怪我をしていた。身体中包帯だらけで心配したものだ。本人に聞くと「階段から落ちてその先で自転車に引かれた」らしい。不運なこともあると思っていたがそれ以上に深刻な問題があったのだ。
何時もよりも言葉数の少ない調さんに言われて酸塊さんの部屋に行く。そこにはゲティとベッドに入った酸塊さんがいた。酸塊さんの部屋に入ったのはその時が初めてだったはず。
室内にいるゲティの面持ちはなんとも陰鬱で、ベッドに入っている酸塊さんのほうが苦笑いをしているほどだった。調さんからは何も言われなかったから何が起こっているのか分からない僕は酸塊さんに状況説明を頼んだのだ。
「酸塊さん、これどういう状況?」
布団を掛けてベッドに寝転がる酸塊さんは起き上がりもせず、普段見せない愛想笑いを見せる。
「すこし、やらかして仕舞いました。調さんにもご迷惑をおかけして」
「それは、大変だったと思うけど……。そんなに気にすることはないよ」
「気にすることは無いだと?お前何言ってるんだ!」
ここまで一言も発さなかったゲティが急に怒鳴り散らかす。怒るときは淡々と論理的に怒ってくる印象のあるゲティが声を荒らげるように怒鳴ることに驚いた。
「ゲ、ゲティ?どうしたのさ急に」
「アレを見ろ!」
ゲティは部屋の隅を指さす。部屋に入ってきた僕は2人の様子が気になってしまったこと、それに女性の部屋をジロジロ見るのは申し訳ないと思って部屋をみなかったこと、この2つからこの部屋にはそぐわない大きめな箱が目に入っていなかった。
その箱の方へと足を運び、中を見る。
「これって……」
「あんまり見ないでください。恥ずかしいですわ」
酸塊さんの寝るベッドの方へと走るように近づく。寝ているならばそこにあるはずの部分を手で何度も叩く。いくら叩いても、ベッドの下に敷いてあるマットレスの感触とベッドのスプリングが現実を押し返してくるだけだった。
「……ない」
「ええ。もうありません。私の両足は無くなってしまいましたわ」
「ど、どういうこと?」
箱の中には包帯のよう布でぐるぐる巻きにされた太い棒のような物が入っていた。その布には赤い染みがあり、明らかにおかしいものだと分かったのだ。ゲティの様子から異常なことが起こってしまったことが分かった。そして脳裏に浮かぶ1つの可能性。当たってほしくはない可能性を否定したくて僕は酸塊さんに近づいたのに。
「呪いを見誤りまして。そのまま放っておいたら全身に回って死んでしまうところだったのです。なので事務所に来てすぐに調さんに足を落としてもらいました。その結果調さんは大怪我してしまいましたけど」
現実は都合が良くない。
此方が心配しているのが分かっている酸塊さんはなるべく悲観的にならないように話している。それが僕の癪に障る。
「なんで笑ってんだよ。事務所に来て、やっと自分を犠牲にしなくても一緒に過ごせる仲間ができて。普通に過ごせるって喜んでただろ。足を無くして、なんで……」
「皆さんが私のためにそのような顔をしてくれるのが嬉しいのです。それに足の件は私の責任。私の選択ですわ。そのまま放置して死ぬこともできました。ですが皆さんと過ごしたいという一心で生きる選択が出来たのです」
本人が良くても僕たちはどうしたらいい。慰めなんて救いにもならない。無いものは無い。
「酸塊さんはそれで先に進めるんだね?」
「ええ。調さんが義足はツテがあると言っていました。時間はかかるかも知れませんが動くのには支障がないと思います」
「分かった。大変なところ悪かったね。僕はもう行くよ。ゲティも――」
「分かってる。早く出ていけ」
2人を部屋に残して僕は廊下に出た。扉を閉めてもそこから一歩も歩くことは出来なかった。事務所戻る気力もない。その場から動けたのは15分ほどしてからだった。
・
「なに?義足の調子悪いの?」
「いえ、そういうわけではないですわ。ただ、偶に感覚がズレてしまうのです。社長さんの魔術で生身と同じような感覚ではあるのですが……」
酸塊さんの義足には『ᛜ《イング》』のルーン文字を刻んである。生命の意味を持つ文字を刻むことで酸塊さんが義足でも自分の足のように動かすことが出来る。
「ゲティさんも調さんも心配しすぎですわ。空穂さんの家に行くときだってタクシーを呼ぶと何度も言われましたし、歩く速度を遅くしてくださったり」
「それくらい大切なんだよ。酸塊さんのことがね」
「うれしい限りですわ」
「もう一つ嬉しい話をしよう」
「なんですの?」
支えていた肩から手を離すと酸塊さんは真っすぐに立ち上がる。よろけたのは一瞬のことだったため、態勢さえ元に戻れば何事もないのだ。
蠱毒の件。酸塊さんが思っているほどには深刻な問題ではないのだ。
「蠱毒の王を殺す。ここまではいいよね?」
「はい。その後、私たちがどうやってここから出るかが問題ですわ」
「酸塊さんは一つ忘れてるよ」
「なにをですの?」
「僕のルーン魔術は呪いには強いってことだよ」
端から見たら今の僕はドヤ顔をしているのだろう。
この裏世界への門を開けた事からも、呪いというものに対して僕の魔術は上手を取れるらしい。敢えてやっていなかったが再び門を作れば現世界に戻れるだろうし、破壊の魔術を使えば呪いで出来たこの世界を壊すことも出来る気がする。都合良く僕の魔術は魔力のある所に作用するようになった。これを利用しない手はない。
「それってどういう?」
「まずはあの家、胎児を殺そう。安心してくれていいよ。これでも社長だからさ」
・
特に何かを話すわけでもなく問題の家へと向かう。その足取りは軽くもなく、重くもなく、ただやるべきことをやるために足を進めるだけだった。
2人で家の中にある死体の部屋へと行く。酸塊さんの身体が不調になることもなく、2人で部屋の中に入ることが出来た。
「これは……なかなかグロテスクですね」
目の前にあるのは産まれることの無かった胎児の腐食死体と白骨化した遺体。好んで見たいものでもない。白骨化した母親に抱かれるようにして存在している胎児を僕は今から壊すのだ。
目を閉じてから手を合わせて親子に対して経緯を示す。今から貴方達をこの呪縛から解き放します、そんな想いを込めてから目を開けて魔術の準備を始める。
やることは簡単だ。胎児の死体に直接魔術ペンを使ってルーン文字を書き込む。
「『ᚺ《ハガル》』。破壊の意味を持つルーンだ。これでこの胎児の呪いを破壊する。その運命を引き寄せるよ」
「このままでは2人とも浮かばれませんわ。社長さん、やってください」
「まかせて」
書き込んだ文字に魔力を流す。呪いとしての大きさが強いのか、ルーン魔術が発動するまでに少しばかりの時間がかかる。
酸塊さんは僕を信用しているのか、胎児の死体を見つめ続け僕の方を見向きもしない。そして魔力が確りと流れたことを感じ取り、僕は魔術を発動した。
僕の魔術はしっかりと胎児の死体を包み込む。胎児の死体自体を破壊するのではなく、その呪いだけを破壊するように魔術を発動した。自分の母親と共に死にゆくことをこの胎児の最後の幸せにしてあげたい。
この鳥籠のような裏世界の中からは出られることは無かったけれど、この鳥籠自体を壊して外の世界で成仏して欲しい。




