箱庭の中の孤独ep5
普段は大人びた言動をしている酸塊さんでも窮地に陥ったときのメンタルは案外弱かったりする。
特に最近は空穂ちゃんや来栖さんがうちにはいってきたことで最年少ではなくなり面倒を見るという自覚が出ていたのだろう。
僕もそれを微笑ましく見ていたのだが、本質は早々変わらない。寧ろ、この場に酸塊さんより後輩が居なくて良かったとも思う。弱音も吐かず、無理をしてしまっていただろう。
「どう?落ち着いた?」
正体を聞き出そうとしたが、酸塊さんの「整理するので少し待ってください」という言葉を受けてもう一度座り直した。片方が座っているのに僕が立ちっぱなしというのも居心地が悪い。
「ええ。助かりましたわ」
「いえいえ。それは何より」
「それでこの異変の正体ですが結論は最後に言いますわ。なぜそう思ったのかをお話します」
「結論が先でもいいけどね」
「結論ありきで話してしまうと喋っている途中に違和感を感じてしまっても訂正できないではありませんか。それに社長さんの先入観も無くしておきたいので」
「先入観?」
「結論を先に言ってしまえばその結論を前提とした内容に感じてしまうでしょう。私の考察を聞いてから判断してもらいたいのです」
「分かったよ。それじゃよろしく」
今何が起こっているのか、僕には正直よく分からない。いざとなればルーン魔術を使って裏世界から脱出することも出来るだろう。それをしないのはこの異変を解決しようと酸塊さんが動いているから。
裏世界から脱出するだけだと異変の解決には至らない。報酬の発生する依頼ではないが最終手段に取っておきたい。
「まず1つ目。配信者がいなくなった件です」
「コトリバコなら女性や子供を対象にするからおかしいってことかな?」
「そうですわ。最初から違和感はありました。コトリバコも伝承。どこかで食い違いがある可能性もあり保留していました。ですがここにあった物はコトリバコではなかった。配信者の人はなぜ消えたのかが疑問です」
「ん?分かったんじゃないの?」
「疑問が発生するということが分かりました。これが結論にも繋がりますので」
僕の相槌を邪険にすること無く話を続ける。近場にあった木の棒を使って地面に数字と文字を軽く書いて説明を続ける。
「2つ目。この村の人が全員いなくなってしまったこと。これは居なくなった村人が主ではなく残ったものが大切なのですわ」
「あの母親ってこと?」
「いえ。あの母親よりも長く生きていた者がいます」
「……なるほどね。段々話が見えてきた」
「3つ目。最後ですわ。ここの村が外に出られない鳥籠だということ」
村にいた人は外に出られなかった。配信者がこの村に迷い込んだのもイレギュラーだろう。勿論僕たちがこの村に入り込んだことも。
それがなければこの村からは誰も出ることができない。僕たちも出ようとしたけど出られなかった。出入り口のない鳥籠。
「酸塊さんが言いたいのはさ」
「はい」
酸塊さんが纏めてくれた内容から僕の中で1つの可能性が生まれる。呪術に詳しくない僕でも知っている程の有名な呪物。危険なものとして日本でも詔が出され禁止された歴史のあるもの。
「この村自体が1つの独立した空間で、最後の一人になるまで死に続けたってことだよね」
「はい。それで最後の一人になったのが――」
「あの胎児ってことだね」
村人が死ぬ度に少しずつ大きくなり、母親が死んだことにより村で最後の生き残りとなってしまった、この世に産まれ落ちなかった胎児。
これは。
「蠱毒」
「その可能性が高いと思われます。社長さんも私と同じ答えに辿り着いたようで一安心しました」
蠱毒とは古代中国で生まれた呪物であり五月五日に百種類の虫を集めてそれを1つの壷の中にいれる。その種類には蛇から虱まで様々な種類がいたらしい。その壺の中で最後の一種に残ったものを使って人を殺すものだ。蠱毒で生き残ったものは強い力を持つものとされ、それを使って人を殺した場合死刑になるという。
この村は人為的か、偶然か、蠱毒と同じような状況が起こってしまっていた。
そして最後に生き残った胎児が蠱毒の中の王となり、この裏世界を維持させていたのだろう。蠱毒だが取り出されることはなく、壺の中で外の世界を見ることもなく留まっていた。そこに配信者という虫が入ってきたのだ。壺の中にいる虫が一つじゃ無くなったことで生存闘争が新たに始まり、そして胎児が生き延びた。
死体が無くなっていた理由までは分からないが蠱毒が何か関係しているのだろう。
「なんで母親の死体だけなくなってないんだろう?」
「……死んでも親の愛は子供を思っていますわ。それを胎児は知っている。だから親とは最後まで一緒にいたかったのでは無いでしょうか」
酸塊さんにも何かを思うところがあるらしい。
「それでなんで酸塊さんはさっきあんなに取り乱してたのさ」
蠱毒ということが分かったからと言って先程までの取り乱し様は説明がつかない。確かに強い呪いだがどうにかする手段は沢山あるはずだ。
例えばあの胎児を完全に殺してしまえば、胎児は蠱毒の敗者となり問題は解決するはず。
「この空間自体が蠱毒になっていますわ。仮にあの胎児を完全に殺したとしても、この空間には私と社長さんがいます。残り1人になるまで出られないとしたら何方かが死ぬ他ないでしょう?」
確かに言わんとすることはわかる。
蠱毒は最後に生き残ったものが呪物として使われる。外の世界に出られる。それは他のものがすべて死んだということだ。この世界から出るにはたった1人の生き残りにならなければならないと酸塊さんは思っているらしい。
「酸塊さんは呪いを吸えるじゃん。それでも駄目なの?」
「蠱毒という呪いはほぼ完成していると言っても過言ではありません」
「確かに。胎児だから外には出られなかったけど一度は――いや、配信者も殺してるから2度かな?蠱毒の勝者として完成してるね」
逆に言うと自らの足で歩くことのできない胎児で良かったのだ。この裏世界から抜け出して、現世界で何かをしようと考える知能まであったら面倒なことになっていただろう。村人が何人いたかは知らないが、多数の屍の上に成り立った呪いだ。その強さは計り知れない。
「沢山の村人を使って出来上がった蠱毒を私一人の身体に取り込むことは出来ません」
「それもそうだね」
「仮に、私の身体に取り込んだとしたら最悪の場合私が呪物になります」
「最良の場合は?」
「何事もなく私が死にますわ」
最良の結果が何事もなく酸塊さんが死ぬというのはそれほどまでに危険なものということを示している。仕事柄、酸塊さんはいつ死んでもおかしくない。呪物の強さを見誤って自身の身体に取り込んでしまえば何時だって死んでしまう可能性はある。
「酸塊さんは特に呪物の強さを見誤ると危険だからね」
「痛いほど分かっていますわ」
酸塊さんがモゾモゾと動き出したため僕は立ち上がる。服についた土ぼこりを手で軽く払ってから、酸塊さんを立ち上がらせる為に手を伸ばす。
その手を取った酸塊さんは僕の手を支えにして立ち上がろうとするが、座っていた時間が長かった為か僕の方へと少しよろけてしまった。
「おっと、大丈夫?」
肩を支えて酸塊さんが倒れるのを防ぐ。こうやって酸塊さんに直接、長時間触ることが出来るのも僕くらいしかいない。僕がいなければよろけた時だって、誰かに支えてもらうことは出来ない。
「大丈夫です。何とも、やる瀬無いですね」
酸塊さんは自分の足を触る。その手の先を僕は見ない。
それは酸塊さんの責任であって僕が何かを言うことではない。酸塊さんの選択に正しいも間違いも何もない。
「自分自身の足で立てないというのは。この義足にも慣れたと思っていたのですが、まだまだ難しいものです」




