箱庭の中の孤独ep4
「2度目は言いませんが、本当にゲティさんに報告しますわ」
「勘弁してよ」
自分でも今回のことは不味いことは分かっている。箱の正体がコトリバコじゃないという判断を酸塊さんに下されたことで箱の中に入っていた紙の存在を忘れてしまっていたのだ。
入っていたと言っても底に張り付いているような形で簡単に取り出せるような位置ではなかった。
箱をすぐに酸塊さんに渡していればこんな事にはならなかったのだろうが後の祭りである。
ゲティに報告されて説教が確定してしまった今、この裏世界から出るのが少し嫌になってくるが冗談を言っていられる場合でもない。
「それで入っていた紙というのは一体なんなのでしょうか?」
箱の中に入っていた紙を取り出す。箱の底にピッタリとはまるように4つ折りにされた紙は、日の光が当たることもなかったため綺麗な状態で保存されていた。
綺麗とは言え時間経過で脆くなっている可能性もあり、慎重に紙を開いていく。開くと紙は1枚ではなく数枚重なっていた。
開いた紙には文章が書かれており、なんとか読むことが出来た。昔の文章というわけではなく、ギリギリ解読できる文章だったのが幸いして読み進めることができそうだ。
僕一人で読むわけにもいかず、酸塊さんにも聞こえるように音読をする。ちゃんと読んだ後には酸塊さんに紙を渡して確認してもらうつもりだ。物自体を渡せば報連相なんて事は言われないし、これ以上僕の罪状を増やす必要もないだろう。
「読み上げるね」
「お願いします」
『この手紙を読んでいる方へ。助けてください。助けてください。もう私しか残っていません。みんな消えてしまいました。1人、また1人とこの村から消えてしまったのです。何故か誰もこの村からは出られませんでした。私は身籠っていたため、村の人達は私に残された食料などを渡してくれました。なんとか生き長らえて来ましたがもう無理でしょう』
「これが1枚目」
「村から人が消えた、と書かれていますわね」
「2枚目も読む」
『何故か村人は死んだのではなく居なくなってしまいました。私のお腹の子はこの状況でも元気に育っています。村人がどんどん居なくなっていく状況とは反対に子どもは大きくなっていくのです。ですが私は長くない。どうかはこの子だけは』
「やっぱりあの死体の女性は胎児の母親だったんだね」
「腐食した胎児が村人がいなくなるのに比例して大きくなる……?」
「あ、次で最後だ」
『食料を届けてくれた村人も居なくなりました。きっともう私以外にはこの村には居ない。食料も尽きました。村からも出られません。数日もすれば私は死ぬでしょう。この箱庭のような村の中で孤独になった私と我が子。これは呪いです。どうか誰かがこの呪いを解いてくれることを願って』
3枚あった手紙を全て読む。
この村で最後に生き残った女性の手記。自分1人だけがこの世界に取り残されてしまったような絶望感。それを抱えながら死んでいったのだろう。腹で何も知らぬまま眠る我が子を抱いて。
「この手紙から何か分かる?」
僕は読み終わった手紙を酸塊さんに渡す。その手紙を受け取って見落としが無いか確認した後、僕へと返してきた。
返されても困るため、もう一度折りたたんで箱の中にしまった。
「死体を確認しないと分かりませんが、かなり特殊な状況の可能性があります。もしかしたら配信者の男性もこの村の人と同じように消えてしまったのかもしれません」
「僕たちも消える可能性あるのかな?」
「この場所で命が尽きれば消えてしまうのかもしれません。社長さんの言う母親の白骨死体が消えていないのだけが不思議ですが」
他の村人は消えていったらしいが母親の死体だけはこの村に取り残されていた。
「この母親は1つの箱の中で最後の一人になっちゃったんだね」
「そうですわね……。――いえ、まさか」
酸塊さんは僕の方へと近寄り再度手紙を箱から取り出した。丁寧だが素早く手紙を開くともう一度読み返している。眼球が右から左へと流れていくさまから確りと読み込んでいるのが分かる。
僕が手紙を読み上げた時には特に気になる部分はなかった。紙魚一つない綺麗な手紙だったが酸塊さんには何かが引っかかったのだろう。
酸塊さんの行動に疑問を持ちながらも、声を発さずに見守ることにした。
「社長さん」
「ん?何か分かったの」
酸塊さんは地面へとへたり込み天を仰いでいた。呼び掛けられたから応えたが、次の言葉を紡がない酸塊さんに対して何かを言うことはない。
今日はよく歩いたから足の調子が良くないのかもしれない。座ってしまった酸塊さんの横に腰掛けて、僕は死体のあった家の方を見る。
最後の住人が過ごした家。コトリバコは無かったけど白骨化した母親の死体と、腐食している胎児の死体。何故か胎児は白骨化しておらずに残っていた。
そしてここに迷い込んだらしい配信者は消えてしまった。2カ月前に失踪したままここで過ごして居たのだとしたら、水も食料もないこの村では2週間と持たないだろう。
この村に存在する生きている人間は僕と酸塊さんだけだ。
「すみません社長さん」
「お?復活した?」
横に居た酸塊さんは天を仰いでいた顔を僕の方へと向けていた。
「もしかしたら私たち2人ともここから出られないかもしれません」
唐突に呟くような声で伝えてくる。きっと、自分のせいで僕を巻き込んでしまったとか考えているのだろう。ここに来る判断を下したのは僕だから責任を感じる必要なんて無いのに。
「それじゃゲティ達に連絡しないとね」
「ここ、電波繋がりませんわ」
「駆け落ちとか思われたらどうしよっか?」
「空穂さんや愛美さんには伝えてありますし、下手したら皆でここに来ちゃうんじゃないですか」
「それもそうだね」
少しだけ距離を離して座っていたのだが、酸塊さんは座りながら器用に僕の方へと近付いてくる。汗をかいているはずなのに香ってくるのは香水の匂いだろうか。
会話が止まる。2人とも言葉を発すること無く、隣にいる人間の体温を感じながら長くない時が流れていくのを見ていた。
2人ともここから出れないと酸塊さんは言う。きっと酸塊さんはこの異変の予想外付いてしまったのだろう。僕にはまだ分からないが、専門家がそういうのならば出られないのかもしれない。この裏世界自体を破壊しない限り。
「なにか、分かったんだよね」
「……ええ。もしこれが本当ならばかなり残酷な話ですわ。私が1人で来れば良かったと思うほどに」
酸塊さんに1人で調査をさせる時はある程度の安全性が確保されている時だけだ。以前は依頼の関係で酸塊さんには遠出をしてもらったが依頼をしてきた人が知り合いでもあったため何かあったら対処をしてくれると踏んでいたのだ。
なんだかんだ酸塊さんも一人の魔術師のため、自分でどうにか出来る時は多い。
でも、酸塊さんの体質的にも呪いに深く触れてしまうのはよくないことも分かっている。自分を犠牲にして生きてきた彼女の根幹には誰かが助かるためには自分を犠牲にする覚悟がある。
「最悪の場合、社長さんだけがこの世界から出ることは可能だと思います。この異変を起こしている存在と私が死ねば社長さんは出ることができますわ」
「ふーん」
「どちらかしか生き残れないとなった場合、私よりも社長さんの方が良いでしょう。自分を卑下するわけでは無いですが社長さんのほうが価値があります」
他人と自分の存在を価値という点で比較している時点で自分を卑下していることには気付いていないようだ。
「そっか。じゃ2人で出れるように頑張ろうか」
「え?いや、今の話聞いてましたか?」
僕は立ち上がり伸びをする。地べたに座り込んでいたため、お尻が痛い。今度ピクニックとか行くときはクッションか何かを持っていったほうがいいかもしれない。もう少しすれば夏も終わるだろうし過ごしやすい季節になるだろう。みんなと一緒に何処かへ行くのもいいだろう。
それは誰一人欠けても叶わぬもの。
「聞いてたよ。酸塊さんが言ったのは最悪の場合でしょ?それなら最善の場合を目指そう。僕と酸塊さんの2人ともこの裏世界から抜け出す、それが最良だ。だから教えてよ。この異変の正体」
次回、伏線回収1つ目




