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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
その呪いは誰が為に

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箱庭の中の孤独ep3

 酸塊さんの言うとおり、村の中を見て回った時には死体を一つも見つけることが出来なかった。壊れた家や、壊れかけの家をくまなく捜索した訳では無いが、家の外に死体が無いというのもおかしな話だろう。

 仮にこの村で人がたくさん死んだとして、全てが家の中で死んでいるというのも考えにくい。


「でも死体がないくらいはおかしくないんじゃない?ここは裏世界だし、死体がなくなっててもおかしくはない」


「そうです。ですが社長さんは死体を見つけたと仰られました。1つだけ死体があるというのもおかしいのです」


「外に晒されて長い年月で風化したっていうのもありそうだけどね。死体のあった部屋は外とは遮断されていそうだったからどっちも形が残ったのかも」


「そう言われてしまえば……」


 ボロボロの家には風も通るし雨も入ってしまう。この場所に天候の概念があるかは分からないが、仮に雨風が発生するとすれば死体は無くなってしまう可能性もある。

 人間の骨が野ざらしにされた結果がどうなるかは知らないため、この村に白骨化した遺体が本当にないのかどうかは調べないと分からないのだが、態々死体を探し出して調査するよりも目の前の家には探さなくても済む遺体があるのだ。

 

「ん?」


 顎に手を当てて考え込んでいた顔を上げて酸塊さんが僕の方を見る。


「何?」


 僕のほうが身長が高いため、自然と酸塊さんが僕を見上げる形になった。前よりも少しだけ身長差が大きくなった気がする。僕の背が伸びたのか酸塊さんが縮んだのかは分からない。


「今、どっちもって言いましたか?」


「うん。言ったけどそれがどうしたの?」


「中にある遺体って1人分では無かったのですか?」


「いいや?多分母親らしきものと子供っぽいものの遺体」


 僕の返答を聞くと酸塊さんはとても大きな溜息を吐いて頭を抱えてしまった。何か問題でもあったのだろうか。確かに死体の無かったこの村に、2人分の死体が合ったとしたらこの家だけが何か特別な力を持っていると考えるのが筋だろう。

 何やら横でぶつぶつと聞こえない大きさの声を発している酸塊さん。いつもはこのような状況になることはないため珍しいものを見ている気分だ。


「この件はゲティさんに報告させていただきます」


「えっ。何を?」


 どうしてゲティの名前が出てくるのだろうか。

 

「社長さん。散々ゲティさんから報連相の指摘を受けていましたよね?」


「確かに何度も言われたよ」


「それなのに。どうして。ちゃんと死体が複数体あることを教えてくれなかったんですか」


 ずんずんと効果音が鳴りそうな歩き方で僕の方へと詰め寄ってくる。後退って距離を取ろうとしたが服を掴まれてしまい、僕と酸塊さんの距離が極端に近くなる。

 少女漫画とかではこういうのはときめくシーンに描かれがちだが、男女が逆だし、何よりも胸ぐらを掴んでくる女性にときめくのはマゾヒズムが過ぎるだろう。


「酸塊さん、落ち着いて」


「いくら社長さんでもこの状況で教えてくださらないのは困りますわ」


「ごめんて。それにしても僕、説明してなかった?」


「してませんでしたわ。ただ死体があったとしか」


 確かに言った覚えがない気がする。死体には変わりないし、2体と言っても片方は胎児のように見えた。生まれることの出来ないまま母親が死んでしまったサイズの子供。それを態々報告するまでもないと勝手に判断したのだ。

 裏世界では情報が武器になる。僕だけが知っていても共有できなければ酸塊さんが危険に陥る可能性もあったため僕の落ち度だろう。


「こんなことならば私も一緒に見に行けば良かったですわ」


「うーん。それじゃもう一度見に行く?」


「いいんですの?先程は社長さんがダメと仰るので待っていましたが」


「だって気になるでしょ?酸塊さんだって魔術師なんだから」


「確かに気にはなりますけど……」


 先程までの勢いは鳴りを潜め、歯切れの悪い言葉で会話を続ける。確かに最初に家に入った時は何があるか分からなかったため僕が1人で調査をした。濃密な魔力を確かに感じたため酸塊さんを外に待機させていたが、よくよく考えてみれば酸塊さんは一介の魔術師である。

 出会った頃とは違い、僕が面倒を見なければいけない存在ではない。勿論社長として社員を見るのは当然僕の仕事の1つなのだが、酸塊さんには仕事を任せることのできる信頼も確かにある。


 呪物に関わる様々な依頼を受けてきた酸塊さんならば、何が危険で何が大丈夫かを僕以上に判断する能力には長けているだろう。

 酸塊さんを連れて行ったほうが危険が少なくなる可能性もある。もしもの時は僕の魔術で2人とも守ればいいのだ。酸塊さんの持つ魔力を通せば僕のルーン魔術は発動することができるはずだ。


「信用してるんだよ」


「え?」


「酸塊さんが今までやってきた呪物系の依頼。きっと呪物に関しては僕よりも詳しい。危険だったら退くことも知っている。久しぶりだったから昔の感覚で酸塊さんを守っている気になってたけど、君はもう一人前だったね。だから一緒に調べようか」


「そう、ですか。ありがとうございます。分かりました」


 嬉しそうに笑う酸塊さんを見て、成長を感じるのと同時に変わらないものも確かにあることを実感した。昔も褒めると嬉しそうに笑っていた。

 親からも誰からも厄介なものとして扱われてきた酸塊さんは誰かに褒められることは無かった。褒められることに慣れていなかった。

 最初のうちはどうしたら良いのかと狼狽していたことも覚えている。自分が褒められる事をしている自覚もなく、どうして褒められているかも分からなかったのだろう。そんな彼女に対して僕が言ったのは簡単なこと。

「取り敢えず、お礼でも言って笑えばいいと思う。それだけで褒めた側も満足するよ」

 その時は褒められて困っている酸塊さんが楽になればいい程度のことを考えて言っただけだったのだが、それ以降も褒められる度にお礼を言って笑ってくれる。

 変わるものもあって変わらないものもある。

 

「それじゃどうする?」


「中に入って調べることは確定ですが、先に詳しく死体のことを聞きたいです」


「詳しく?2人分の死体があるって言ったよね」


「母親と子供の死体と聞きました。そう判断した理由を聞かせてもらいたいのです」


「分かった。先ず母親の死体だと判断したのは骨盤だね」


 男性の骨盤は縦に狭まるのに対して、女性の骨盤は横に広がっている。僕の見た白骨死体の骨盤は横に広がっており、その事から女性と判断した。

 もう一つの大きな理由は直感的に、子供の死体を女性の白骨化した腕が包み込むようにしていたから、というものがあるがこれはあくまで主観的な判断に過ぎない。


「子供の方は?」


「見た目」


「見た目?白骨化していたのでは?」


「ううん。子供の方は腐っているみたいな感じだったね。懐中電灯で照らしたとは言え暗かったから確実とは言えないけど。それに子供のサイズもかなり小さかったよ。もしかしたら生まれなかったのかもしれない」


 僕が見た子供のサイズは赤子として生まれる大きさでは無かった。腐って小さくなった可能性もあったがそれにしても小さかった。


「それはおかしくないですか?」


「親が白骨化しているのに子供が白骨化してないこと?」


「そうですわ」


 今更言われて再確認したがそれこそが一番の違和感なのだ。どうしてあの部屋に入って死体を確認した時に気付かなかったのだろうか。

 あの部屋の魔力に当てられたからという言い訳は通用しないだろう。あの小ささで白骨化していないということは母親よりも後に死んだということになる。普通に考えたら母親よりも弱い赤子が、母親よりも後に死ぬことなどありえない。


「なんで気付かなかったんだ……。どう考えたってあの胎児が怪しいでしょ」


「認識を歪める何かがあったのかもしれません」


「認識を歪める……か。僕の魔術の盲点だ。直接的に危害を加えられない場合、守護のルーンは効果を発揮しない。別のものを使うべきだった」


 守護のルーンは僕に対する攻撃を軽減するものだ。酸塊さんの呪いも僕に対しての攻撃と判断して守護のルーンの効果対象になる。あの部屋にある胎児が僕を攻撃するのではなく、ただ自分の認識を歪めるだけの何かだった場合守護の魔術は発動しない。


「今は後悔よりも先に進みましょう」


「あ、そういえば」


 僕はリュックの中に入れておいた元コトリバコを取り出す。


「この箱の中に紙が入ってたんだけど」


 本日2回目の盛大な溜息が僕の耳に届いた。

社長くん、ポンコツだってよく言われない?

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