箱庭の中の孤独ep2
肩透かしというほどのことではなかったが箱に触れても何も起こらず、感じていた重い魔力は依然そのままだった。
コトリバコらしきものを手に取ると、片手でもギリギリ持てる大きさだった。
中を覗いてみても、予想通り動物の血を使った跡などは一切見受けられない。
「ん?これは……」
箱のそこには一枚の紙が折りたたんで入れられていた。懐中電灯で照らして見ることも出来るが、1人で読むよりも酸塊さんと一緒に見たほうがいいと判断して、箱から取り出さずに持っていくことにした。
「社長さん。大丈夫ですか?」
「大丈夫。すぐに戻るよ」
酸塊さんからは僕の背中しか見えていない状況で僕がいきなり立ち止まってしまったら疑問に思うのも無理ないだろう。
ほんの少しだけ心に余裕が生まれたので、目の前に有る2人の死体に合掌。刑事ドラマなどで刑事さんが死体に対して手を合わせているのをみたことがあるので見様見真似でやってみる。
手に取った箱を抱えて魔力が満ちている部屋から外へと向かった。今度は後退りで移動することはせずに、死体に背を向けて玄関に足を進める。
「その手に持っているものが……」
玄関で待っていた酸塊さんは、すぐに僕の手の中にある箱を注視する。これを目的にここまで来たのだから興味を引かれないほうがおかしいだろう。
僕たちの街からかなりの時間をかけ、歩きにくい道を通り、裏世界に入ってまで見つけた代物だ。
「コトリバコ、かも知れない。この村の全部を見たわけじゃないから分からないけど、あんなに濃厚な魔力のある部屋にこれ見よがしに置かれていた箱。ほぼ確定なんじゃないかな?」
村の中は広くはないとは言え、まだ調査していない建物もある。コトリバコが壊れた建物の下敷きとなっていて取り出せなくなっている可能性もある。
決めつけるのが早計なのはわかっているがあの部屋を経験した以上、この箱が全くの偽物だとは考えたくない。
「えっと。社長さんさすがに気づいていますよね?」
もしもこれが偽物だとしたらあの部屋の魔力に説明がつかない。そして本物を探すまで調査を続けることになってしまう。裏世界に流れる時間は現世界と同じなこともあるし、違うこともある。
この村には日が指しているが夜になるのか、明るいままなのかも見当がつかない。戻るための手段を試していない事からも出られるかどうかは確認しておきたいのだ。
「分からないよ。それが本物のコトリバコだよ」
「いえ、これはコトリバコではありませんわ」
「……だよね」
持ち上げた時には分かっていた。この箱からは魔力を感じない。中を覗いても綺麗なままでコトリバコの伝承とは全く違う。勿論、子供の指が入っていることもなかったし動物の血も入っていなかった。
ただの立方体の箱だ。
「あの部屋の魔力の濃さから本物かと思ったんだけどね」
「距離が離れていてもうっすらと感じましたが……」
「結構きついと思う。僕がルーン魔術を使っていても感じるくらいだし」
「その原因がこの箱ではない、と言うことが問題ですわね」
「そうなんだよなー」
これが本物のコトリバコだった場合、原因がコトリバコということで片付けることも出来ただろう。
ただ、この箱は本物ではない。そうなるとあの部屋の魔力は別のことが要因で引き起こされていることになる。
コトリバコの話も配信者の言葉と噂程度の事からあると仮定して動いていただけで確証があるわけではなかった。
ここに本物のコトリバコがあるかどうかすら分からない。
「本物のコトリバコだとしたら呪いの力が段違いで強いはずです。この村に漂う魔力は確かに強いですがコトリバコの力と考えるには少ない気もしています」
「つまり、ここに本物のコトリバコは無いってこと?」
「そう決めつけるのは早計です。村全体を調べてみないことには分かりません」
「ここの家は最終的には調べなきゃいけないわけだから1回置いておいて、先にこの村全体を調べようか」
村の中にもこの家と同じように魔力の温床となっているような場所があるかもしれない。それを調べた後にこの家に取りかかっても問題はないだろう。
この場所にいるのは僕と酸塊さんの2人だけしかいない。
取り敢えず元コトリバコはリュックの中に一時的に入れておくことにした。
・
手分けをして探すことはせず、2人で村を歩き回った。裏世界で離れ離れになる事でいい方向に向かうことは少ない。1人では対処できない問題でも複数人なら対処できることもある。無駄な被害を増やさないためにも複数で行動するのが大切なのだ。
個人で解決できるような力を持つ魔術師なら分からないが僕も酸塊さんも受動的な魔術師だ。事が起こってからそれに対して適切な対処法を探ってから行動に移す。力技で解決することは苦手なのだ。
2人で時間を掛けて村を周った所で、家としての形を保っていたのは僕が入った一件だけで他の家はボロ家になっていた。
「結局ここに戻ってきちゃったね」
「そうですね」
「村の中心って言われてた場所にも言ったけど何もなかったし」
配信者が撮影をしていた村の中心らしき開けた場所。そこには何もなかった。配信者の痕跡が何かが残っていることを僅かながらに期待していたものの空振りに終わってしまったのだ。
「あの配信者の人は結局どうなったのでしょう」
「うーん。ここから無事に逃げ出すことが出来ていれば2ヶ月も動画更新が止まるとは思えないんだよね。実際に自分が体験したことを赤裸々に話すはずだし」
「仮にですが、ここでの時間経過が現世界と違うとするとどうですか?」
「どういうこと?」
「私たちはここに入ってきてから1時間程度たっていますが、今外に出たら1日経っている、つまり裏世界では時間の経過が早い可能性です」
普通は現世界と裏世界は表裏一体であり、同じ座標に異なる世界が存在しているため流れる時間も同じようになっている。
ただ、現世界でも分からないことがあるように裏世界にも分からないことが沢山あるのだ。例外として時間の流れを変える何かがいてもおかしくはない。
「可能性はないとは言えない。でもいくら声を出しても配信者の人は出てこないし物音1つ立たなかった。今のここ場所には居ないということで話を進めよう。無駄なことを考えている余裕が僕らにはないかもしれない」
僕がそう思うのには理由がある。僕らが入ってきた入り口。そこから出ようとすると村の中に引きずり込まれるような感覚と共に足が前に進まなかったのだ。配信者の様子を思い出し、ルーン魔術を使っているから意識を保てていたのだ。
入口を作った時と同じように建物の柱を軸にして出口を作ろうとしたが出ることは出来なかった。
僕たちはこの裏世界に閉じ込められている。何者かが外に出ることを拒んでいる。
「入り口が見えているのにそこから出られないのは予想外でした」
「僕も入り口がそのままになっているのを見た時は出入り自由になると思ったからね」
「この空間を作り出しているのが一体何なのかを分かることが出来ればいいのですが」
「確実にこの家が怪しいけどね」
村を周った時に、この家以上の魔力を感じる場所はなかった。閉じられていたこの家と違い、他の家は吹きさらしのような状態であるため近くに行けば魔力を感じやすい。それにも関わらず、感じる魔力は村の中に漂っているものと同じで強いものを感じることはなかった。
「やはり、もう一度入って調べるしかありませんわ」
「調べるも何も中にあったのは死体だけだったからね……」
「あっ」
酸塊さんは何かに気付いた様子で家から少しだけ離れ、村全体を見回すように観察をしてから僕の名前を呼ぶ。
酸塊さんのいる場所に近づいていく。
酸塊さんがした行動と同じように僕も辺りを見回す。そこにあるのは廃墟だけで、代わり映えのしない景色だけが目に映る。
「……。社長さん」
そんな僕とは対照的に酸塊さんは神妙な面持ちで語りだす。
「どうしたの?」
この裏世界の中で起こっている、一番の異変を。
「これだけ見て回っても、私は村にいる人の死体を1体も見ていません」
この村には僕が見たもの以外には1つも死体が見当たらなかったのだ。




