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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
その呪いは誰が為に

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箱庭の中の孤独ep1

 僕の眼前にあるものは蓋のついていない箱。

 冷や汗がダラダラと止まらない。僕が開けたわけでもないのだが、そこにある箱が仮にコトリバコだったとした場合この村の惨状はコトリバコが作り出した可能性もある。

 箱の中には何かが入っているようには見えないが、この部屋に充満する濃密な魔力。恐らくこの部屋事態がとても強い呪いの力を持っている。

 発生源は詳しく分からないが、これ見よがしに置かれている小さな箱以外には存在しないだろう。


「社長さん、もしかしてですけど……」


「待って、状況整理させて。1回外に出るから」


 前方に何かがいるわけでもないのに、ゆっくりと後ずさりながら家を後にする。玄関の外では酸塊さんがちゃんと待っており、家に入ってくることが無かったことに安心した。呪いに耐性のある僕ですらかなりの魔力を感じたのにいくらルーン魔術があるとはいえ酸塊さんだとどんな影響が出てしまうか分からない。

 酸塊さんに限らず、無防備にあの魔力を浴びてしまえば最悪の場合死に至る可能性もある。


「お疲れ様でした」


「いや、本当に。これ、結構やばいかも知れない」


 酸塊さんはポケットからハンカチを出し、僕の額を拭ってくれる。その行為によって僕が汗をかいているのに気がついた。眼前にあった状況に対して注意を向けるあまり、汗をかいていることにすら気が付かなかったのだ。


「中で何を見たんですの?何となく予想は付きますけど――絶対に当たってほしくない予想と言うのは生まれて初めて持ちましたわ」


「正直見なかったことにしたいくらいだよ」


「私も聞きたくはありませんが、そうもいきません」


 この空間から素直に帰ることが出来るのなら投げ出して帰りたい。

 正直な話、コトリバコの話を聞いただけだった時は「ヤバい物があるんだな」程度にしか思っていなかったし、呪いの系統なら僕の魔術と相性がいいから何とかなるとも思っていた。

 蓋を開けてみれば――いや、コトリバコの蓋が開いていた時にこの表現は正しくないだろう。

 本物らしきものを見てしまった後ではもっと念入りに準備をするべきだったと後悔してしまう。

 それほどまでにあの部屋に閉じ込められていた魔力というのは大きく、強く、そして暗かった。


「さて、一体何をみたんですか?」


 酸塊さんの問いに、状況説明と僕の行動を交えながら回答をしていく。

 僕自身の整理の時間としても使わせてもらおう。


「まず、家の中に入った時には少しだけ魔力を感じる程度だった。でも家に上がって奥の引き戸に近付けば近付くほど身体が重くなる感覚に襲われていった。多分ルーン魔術のお陰で動けてただけだと思う。意を決して僕は引き戸を開けたんだよね」


 あの引き戸に近付けないよう働いていた魔力による身体の重さ。それを無理やり突き進み、扉を開けた僕。

 目の前に広がる異常な光景。


「そこにあったのは死体」


 今の日本において日常生活を送っていく上で死体を見ることはまずない。それは裏世界に関わる魔術師だって同じだ。法外な活動をしている魔術師ならば露知らず、僕たちは法律を守って働いている魔術師だ。誰かを殺す依頼なんて以ての外。偶に死因調査等も受けることはあるが直接死体を見ることはない。

 白骨化した遺体だったのがまだ救いだった。腐蝕した遺体だった場合は声を出していたかも知れない。


「そしてポツンと置かれていた蓋の外れた箱」


「やはり箱があったのですわね」


「濃密な魔力の漂う空間。そこにある蓋の開いた箱。これって結構ヤバいよね」


「ヤバいですね」


「だよね」


 ふと、今の状況で思ったことがある。このコトリバコ調査の達成条件は何なのだろう。コトリバコを破壊することではないのは確かなのだが、目の前で見てしまえば封印など出来るはずもない。アレを封印できるのはもっと力を持った人か、複数人で行わなければならないだろう。


「酸塊さん。コトリバコの調査ってどうしたら完了になるの?」


「一応、ここに存在することが分かったのなら魔術管理局連絡すればいいと思いますが……」


「じゃあもう連絡して終わりにしない?」


「それがそうもいかないのです」


「なんで?」


「調査報告が不十分ですので。私が直接確認することが出来ればいいのですが……」


「多分だけどそれはものすごく危険な気がする。魔力に当てられちゃうかも」


「もう一度、社長さんが調べてきてもらえませんか?指示は出しますので」


 もう一度あの感覚を体感するのは遠慮したかったが、酸塊さんに行かせることができない以上僕がやるしか無かった。


「コトリバコ事態を持ってきてもらえれば大丈夫です」


「え、それでいいの?大丈夫?」


「伝承通りならばコトリバコはその土地に住む女子供に発動する呪いです。私たちは関係ない者であること、それに開けられているのならその呪いはこの家のものに掛かっていること。以上の2点から問題は特にないかと思います。ですが万が一を考えて社長さんに取ってきてもらいたいのです」


 酸塊さんの考えはあくまで推測。触っただけで呪いの対象が移動したり、部屋から出すことによって呪いが拡散されたりすることがあるかも知れない。

 

「分かった。コトリバコ、取ってくるよ」


 どうして僕は取りに行くと言ったのか分からない。酸塊さんのいう問題ないという言葉を鵜呑みにしてしまったのだろうか。それとも先程感じた魔力によって知らず知らずの内に恐怖してしまいおかしくなってしまったのか。

 

「お願いします。因みにさっき見た時にはコトリバコ中には何か入っていましたか?」


 記憶を呼び起こす。ほんの数分前の記憶とは言え、多大な情報が入り込んできた頭の中では思い出すのにも時間がかかる。

 あの部屋は確かに暗かったが、僕はコトリバコを懐中電灯で照らして確認した。その時には中には何も入っておらず、ただの木箱のようにも見えた。


「何も入ってなかったと思う。遠めだから確実とは言えないけど」


「色は?」


「色?コトリバコの色ってこと?」


「はい。コトリバコは動物の血も使います。なので箱自体が黒くなっているはずですわ」


 記憶の中のコトリバコは木でできていたが動物の血液などが入っているようにも見えなかったし、中に何もないと思ってしまう程度には綺麗な状態の箱だった。


「いや、普通に木の色だったはず。動物の血のようなものも無かったと思うけど」


「それも確認してみてください」


「分かった」


 もう一度、家の入り口を潜る。2回目ともなれば身体に感じる魔力がどのようなものか理解できるため覚悟ができるのだ。


「それじゃ行ってくるよ」


「お気をつけて。何かあったら教えてください」


 酸塊さんの言葉に背中を押され、再び家の中に入っていく。同じような道をたどり、先ほど開けっ放しにしたままだった扉の前に立つと、何も変わらずに箱が置かれていた。

 誰かが動かすこともなく、ひとりでに動くこともないのだから当然だが、呪いの道具というだけで何の変化も起こっていないことに安心してしまうのだ。

 懐中電灯でコトリバコを照らす。


 淡い木の色。材質は分からないがヒノキのように明るめの色をしている。この色をしているのなら動物の血などが使われていた場合はっきりと分かるだろう。

 だが、その痕跡はやはり見つけることは出来無かった。


「酸塊さん。やっぱりこの箱には血液の汚れも見えないし、中に何も入ってなさそう」


 玄関にいる酸塊さんへと大きな声で状況を伝える。


「それではその箱を此方へ持ってきてもらってもいいですか?」


 その言葉に返答をすること無く、目の前のコトリバコを見つめる。触った瞬間何かが起きたりしないか。この部屋から出した瞬間に呪いが酸塊さんの元へ行かないか。

 不安は勿論ある。酸塊さんも社員の1人であり僕の大切な仲間だ。危険に晒すこともしたくないし、無理をしてほしくもない。

 だが、この問題を解決するためには酸塊さんの判断が必要になるのだ。呪物の専門家である酸塊八重の力が必要だ。


 そして僕は、意を決してコトリバコを手に取った。


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