立つ鳥跡を濁さずep6
次の日、新幹線の車窓から、移り行く景色を眺めながら目的地へと向かっていた。
僕たちの事務所のあるところからS県までは車で行ける距離ではなく、歩いていくなど以ての外。少しだけ値は張るが新幹線を使う方法を取るのが一番確実だった。
森だか山だかを進むため一応準備をして向かっているがあまり乗り気には慣れなかった。
単純に残暑の残る季節であり、暑い中自然の中に入っていくのは面倒なのだ。依頼と言うか僕たちが問題を認識して酸塊さんが行きたがっている以上付いていくしかなかった。
「酸塊さん」
「なんですか?」
「昨日夜考えてたんだけど、1つ聞いていいかな?どうしても疑問なところがあって」
「いいですよ」
新幹線に乗る前に買ったペットボトルのお茶を一口飲んで喉を潤してから話し始める。
「僕も一応調べたけどコトリバコは子孫を絶やす呪いってことで間違いないんだよね?」
「ええ。実物を見たことは無いのですがそのように言われています」
「なら、なんで配信者の男の人が帰れなくなったんだと思う?これが女性だったら呪いに巻き込まれたというのも分かるんだけど」
「コトリバコのことに注視しすぎて忘れてましたね。その男の人の安否確認も兼ねているんでした」
僕の目的はどちらかと言うと配信者の安否確認だったのだが。事務所では裏世界になっている以上生きているかどうかは分からないと言ったが若い女の子がいる手前、僕の予想がいえなかっただけである。勿論、事実が確認できていない以上嘘を言っているわけではない。
裏世界は現世界と表裏一体となっているものであり、そこだけ時間の流れが遅いなんてことは殆どない。時間の流れを変える何かが存在しているのなら話は別だが、今回の配信者は2カ月前に羇村に入り込み出られなくなってしまった。
人間は水も食料も摂取できない場合すぐに死んでしまう。仮に水があったとしても、閉じ込められた中では食料の確保などは出来ず2カ月など持つはずもない。
安否確認と言うよりは死んでいることを確認しに行くという方が正しいだろう。
「ま、多分死んでると思うけどね」
「好奇心は猫を殺すとも言いますが――」
「猫だけってわけじゃない。そんな事はこの業界じゃ日常茶飯事さ」
興味を持ってのめり込むことで取り返しのつかないことになるのは魔術師ではよくあること。倫理的に行ってはいけない実験も1回バレなければ何度も何度も行って、次第に自らの破滅へと向かっていく。
「正直、どうして男性が巻き込まれなのかは分かりません。ですがコトリバコについても噂程度にしか分からないのです。細心の注意を払っていきましょう」
「多めにルーンを持ってきたし直接書き込めるように魔力ペンも持ってきたよ。いざとなれば封印できれば良いんだけど……」
「行き当たりばったりで申し訳ありません」
座ったまま僕に頭を下げられても困るのだ。行き当たりばったりなのは確かだがそもそも準備をするほどの情報も無かったのだ。酸塊さんが悪いわけでもない。
存在しない村の情報なんてあるはずもないし、噂や伝承でしか登場しないコトリバコの正しい情報など勿論ない。
「気にしないで。始まってしまったなら終わらせないといけないんだからさ」
行き当たりばったりという言葉はやめたほうがいいだろう。
臨機応変に対応していこう。
・
S県につき、O地域までタクシーに乗っていく。運転手さんから何処へ行くのかと聞かれたのでハイキングに行くと、嘘でも本当でもない事を告げた。一応、羇村の場所をマップアプリで表示させて運転手さんに聞いてみると顔を青くしながら此方へと振り返る。
「ここに、行くつもりなのかい?」
「この場所が気になっているのです」
酸塊さんが答えると青ざめていた顔はさらに血の気が引いたような色になり、身を乗り出して少し大きな声を出して此方へと警告をしてきた。
「やめておくんだ。その場所には絶対に行ってはいけない。この辺に住む人たちはその場所へは決して立ち寄らない。嘘か本当かなどどうでもいいのだ。その場所には何かがある。決して行ってはいけない。寧ろ行かないでくれ。今は何も起こっていないんだ。変に刺激して何かが起こってしまっては困るんだ」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」
行かないとは一言も言っていないが僕の言葉を聞いた運転手さんは安心したように「そうか、一瞬肝を冷やしたよ」と呟き、再度運転に戻った。
目配せをする僕と酸塊さん。地元でも曰く付きのやばい場所として知られているらしい。何があるなどということは知らなさそうだが、伝えられている話からでも恐怖を感じてしまうような何かがあるということなのだろう。
その後は特に話しかけられることもなく、目的地に着いたらお金を払ってタクシーの運転手とは別れた。
この場所から羇村へは少しだけ歩く。あの運転手の反応から人目に付かないように移動したほうがいいだろう。
「人目につかないように少しだけ遠回りするけど大丈夫そう?」
「ええ。問題ありませんわ」
「結構歩くかも?山道かも知れないからなんかあったら言ってね」
「準備はしっかりしてきたので大丈夫ですわ」
本日も黒い格好をしている酸塊さん。今日はいつもと違ってスカートではなくパンツスタイル。暑さが残っているにも関わらず長袖を来ているが、自然の中に入っていくのならばそこまで違和感は無いだろう。こまめに水分補給はしたほうが良さそうだが。
「それじゃ行こうか」
「行きましょう」
僕達の2人旅はこうして始まったのだ。
・
「この辺だと思います」
スマホが圏外になることはなく、動画の概要欄に載せられていた場所までたどり着いた。辺りを見回しても木々が乱立しており、村のようなものは見えない。
場所を照らし合わせても、ここが配信者のいる場所には間違いない。
「何もないね」
「裏世界へと行くための方法があればいいのですが」
そういえば僕が裏世界に入る時は何かに巻き込まれることが多く、自分から入ろうとしたことはなかった。猫又の時も、神社のときも、相手のいる裏世界に僕が入り込んでしまったのだ。
持ってきたリュックの中から長いロープを取り出す。もしものために持ってきていたものが別の用途で役に立ちそうだ。
僕が何をしようとしているのか分からず、不思議そうに此方を見ている酸塊さんを置いておき、僕は準備を進める。
立っている木と木の間にロープを張る。これが裏世界の入り口になるのだ。このままではただ木にロープを張っただけなので、現世界と表裏一体となっている裏世界をつなげる必要がある。
僕から見て右側の木には『ᛖ《エワズ》』の文字を刻み、左側の木には『ᛜ《イング》』の文字を刻んだ。今回僕が欲しかったのは現世界と裏世界の区切り、そしてここからの移動だ。『ᛖ《エワズ》』には移動と言う意味があり『ᛜ《イング》』には区切りという意味もある。
それぞれの文字には他の意味もあるが、僕が今回引き寄せたい運命は裏世界に入り、異変を解決するという運命。それを手繰り寄せるためにルーン文字へと魔力を流す。
魔力を流した時に感じた違和感。木々にではなく、魔力を持つものにルーン文字が作用しているような感覚。違和感を感じたのは今回が初めてだからではない。《《今までと同じような感覚》》だったからだ。僕の魔術が変化したことが如実に現れる。自分自身の運命にしか使えないはずの魔術が魔力を持つものに作用するようになっていた。
胸にぶら下げているギャラルホルンが淡く輝いていることにも気づき、ルーン魔術に反応していることも分かった。
急に気付くことが多かったため、一瞬混乱してしまったが自分のことは後で考えればいい。まずは目先の問題をどうにかしなければならない。
「どう?酸塊さん」
「思っていたよりもすごいですわ」
「じゃあ行こうか」
ロープによって作られた木の入り口。その空間の先には先ほどまで見ていた自然の景色とは違う、廃れた村が広がっていた。




