その願いは徒花のようにep4
本日は鏑木家へと伺い、ぬいぐるみを回収する日です。愛美さん達は学校の補講があり、その後も予定があるらしく1日の間に時間がないようでした。
日を改めても良かったのですが、あの2人をぬいぐるみに近づけたくはなかったためちょうど良かったとも言えるでしょう。
事務所からは一緒にゲティさんも着いて来てくれるのでなんとかなると信じたいです。
時刻は午後6時。まだまだ日は落ちる気配を見せません。
元々は日の高い内に伺う予定だったのですが、愛美さんが穂波さんに連絡を取ったところ仕事が終わるまでは家に帰れないからと時間を指定されたそうです。此方の都合で伺うのですから相手の希望に沿うのは当然のこと。
時間を掛けてゆっくりと鏑木家へと向かうことにしました。
「酸塊。大丈夫か?」
「ゲティさん。その質問もう3回目ですわ」
「そ、そうか。すまん」
「それに鏑木家はもうすぐですし、そんなに心配しなくても大丈夫ですわ」
「お前、呪いの影響で身体弱くなってるし心配するだろ普通」
この調子で事務所を出発してから何回も体調のことを聞かれました。そして何回も「タクシー使ってもいいんだぞ?」と此方に気を回してくれます。とても有り難いのですが、私はそこまで軟じゃありませんし、自分の足で色々な依頼を受けているのでこの程度の距離で音を上げることはありません。
ゲティさんは私よりも先に事務所にいた先輩であるため、入ったばかりの私のことを知っているからこそこんなに心配してくれるのでしょう。
見た目は小さく見えても、サークルの中では一番の年長者。周りをしっかり見て立ち回っています。立場上一番偉いのは社長さんですが、ゲティさんは社長さんの手が届かない所を人知れずやっていたりするのを何度も見てきました。
役所に提出する書類などを後回しにしたまま忘れてしまうことが多々ある社長に対して叱責しつつも手伝ってあげる優しさも持ち合わせています。
そんなゲティさんを見ているからこそ、過度な気遣いも私のことを心配していると分かってしまう。何度も断るのも申し訳なくなってしまいます。
「今は大丈夫ですわ。身体に呪いは少しありますが隔離してますもの」
「それは知ってるが」
「それよりももう着きますわよ」
昨日も通った道を昨日とは別の人と歩く。数軒先には鏑木家が見えており、歩みを進めるたびに目的地へと近づいていきました。
鏑木家に着くと既に駐車場には車があり、穂波さんが帰ってきているのでしょう。その事を確認してからインターホンを鳴らします。
数秒舞った後、インターホンのスピーカーからの声が響きます。
『はい。どちら様でしょう』
「昨日お伺いしました酸塊です」
『あら、もうそんな時間!今開けますね』
ガチャリと通信が切れると同時に家の中からスリッパの音が聞こえてきました。そしてその音は玄関で止まると扉が開く音と同時に穂波さんが顔を見せました。
「いらっしゃい」
「すみません。連日お邪魔してしまい……」
「いいのよ。来栖さんから話は聞いてるわ。上がってくださいな」
お言葉に甘えて鏑木家へと入る私たち。家の中はまだ涼しいとは言えない温度だったため、穂波さんが帰ってきてからあまり時間が経っていないのでしょう。靴を脱ぎ、案内されるままにリビングへと向かいます。当然ゲティさんは私の後を付いてきています。
ゲティさんの存在自体を穂波さんには伝えていないみたいですが、私ともう1人が伺う旨を予め来栖さんから穂波さんに伝えてもらっているので何事もなく物事は進んでいきます。
リビングに入り、昨日と同じように椅子に腰掛け、穂波さんが出してくれた麦茶をいっぱい飲んでから話が始まりました。
「一応来栖さんから話は聞いてます。何でも、空穂がどうしても取ってきてほしい人形があるのでいらしたとか」
来栖さんとは朝から連絡が付いておらず、昨日の夜、「穂波さんには朝連絡しておきます」という文によってメッセージは終わっていました。どのようにしてぬいぐるみを持ってくれるように説得するのか気になっていましたが来栖さんに任せて良かったみたいです。
「どうしてもというから私たちが来たんだ」
仕方なくという風にゲティさんは言ってのけますが迅速な行動から照れ隠しなのは分かりきっています。
「そういえば貴方は一体……?酸塊さんともう1人と聞いていたのでてっきり大人の方が来るのかと」
「……。ゲティと言う。成人しているし、『レメゲトン』という店で占い師をやっている。一応酸塊の友人であり、来栖や鏑木空穂とも親交があるから私も来たんだ」
穂波さんの発言によって一瞬固まってから話しだしたゲティさんを見て、不覚にも笑ってしまいそうになりました。事務所では小柄なことをいじられる事はありますが、見ず知らずの人に暴言を吐いて答えるわけにもいかず、飲み込む時間が一瞬必要だったのでしょう。鏑木家では皆が鏑木のため空穂さんのことをしっかりとフルネームで呼んでいる辺り冷静さは欠いていないようです。
笑ってしまったことに気付かれたのか、若干睨まれました。
「それは失礼しました。私は空穂の部屋には入らないように言われているので取ってきて上げてください」
来栖さんを通して言われた空穂さんの言葉をしっかりと覚えているらしく、微笑みながら私たちを空穂さんの部屋へと向かわせてくれました。
一晩開けて、冷静になり、昨日のことが信じられないと言われる可能性もありましたが杞憂に終わって良かったです。
「そういえば」
席を立ちリビングから出て空穂さんの部屋へと行こうと扉へと手をかけた私たちに穂波さんは声をかけます。背中を向けていたため、もう一度テーブルへと戻ろうとしましたが「大したことないのでその場で」と言われ穂波さんのほうへの振り返り次の言葉を待ちます。
「空穂が取ってきてほしいって言ったのは何のぬいぐるみなんですか?あの子、ぬいぐるみ集めるような趣味なんて無かったと思うんですが……」
「なんでもフクロウのぬいぐるみのようですわ。昔から大切にしてる物だから取ってきてほしいと」
「フクロウのぬいぐるみ?空穂がそれを大切にしていたと言ったんですか?」
穂波さんは机から勢い良く立ち上がり、此方へと向かってきます。それを見たゲティさんは私の前に立って穂波さんが何かの拍子に私に触れないように気を使ってくれました。勢い良く此方に来て触られでもしたら何が起こるか分かりません。
私の身体は呪いを溜め込んでいます。普通の人は一瞬触れるだけで何かしらの不幸に見舞われてもおかしくないのです。
「ええ。本人が確かに」
私が答えると穂波さんの動きが止まりました。本人にとっても無意識の行動だったのか、ハッとした表情を浮かべた後に一言謝ってから元の席へと腰掛けました。
「そのフクロウのぬいぐるみは私が空穂にあげたものなんです。凄く小さい頃、確か3歳くらいでした」
仏壇のある方を観ながら語り始めます。
「あの頃の空穂は病気になることも多くて部屋で休んでいることもありました。部屋に1人では淋しいだろうと思ってぬいぐるみを買ってあげたんです。どうしてフクロウなのかは思い出せませんが、何となく惹かれてしまって。それで空穂に『ぬいぐるみさんが空穂を守ってくれるから大丈夫だよ』って言ったら『私を守ってね』ってぬいぐるみに空穂が語りかけてました。今では良い思い出ですし、空穂もそれを朧気にでも覚えていてくれて大切と言ってくれたのは嬉しいです」
空穂さんは誰から貰ったかは覚えていないが大切なものと言っていました。病気で休んでいる時のことなので記憶が曖昧になってしまったのでしょう。
それにしても空穂さんを守ってほしいと願われたフクロウのぬいぐるみが今となっては空穂さんを殺そうとしています。一体何があったらそんなことになるのでしょう。
穂波さんへに軽く頭を下げてから空穂さんの部屋へと向かいます。
階段を登り一番手前の部屋へ。
「ここが空穂さんの部屋です」
「そうだろうな」
部屋に掲げられているネームプレートをみてゲティさんは答えます。
「それでこれを開けようとすると悪寒が走るとか言っていたな」
「ええ。恐らく中にいるぬいぐるみが何かをしているんだと思います」
「ふむ。ここからは何も魔力は感じないが取り敢えず開けてみよう」
ゲティさんが扉を開けようとドアノブに手をかけようとした時、静電気に弾かれたかのようにゲティさんは手を引っ込めました。
「なるほどな。言おうとしていたことが分かった。開けようとすると魔力が放出された。かなり強い魔力だったからそれに身体が反応して悪寒のように感じたみたいだ」
そう呟くと、今度は途中で手を戻すことはせずにドアノブに手をかけて扉を開けた。
その瞬間中の部屋から漂う濃厚な魔力。私からすれば呪いの力が部屋からあふれています。昨日来た時よりも濃くなっており、空穂さんが姿を見せてしまったことが影響しているのでしょう。
「あそこに見えるフクロウのぬいぐるみが呪いの人形です」
「ふーん。何か小刻みに動いてるが。あれが昨日言っていた動くってことか」
ゲティさんは物怖じせず部屋の中へ入っていきます。フクロウのぬいぐるみを1回見たあとは部屋の中の散策を始めました。ゲティさんの後に続いて私も部屋へと入ります。
フクロウがいたというクローゼットを散策するみたいです。中には普通に服が入っており何の問題もないように見えました。ゲティさんも特に気になるものは無かったのかクローゼットから踵を返しました。
「ん?あの窓ずっと空いてるのか?」
「ええ。昨日来た時も空いてました」
昨日の出来事を話した時に窓のことは話さなかったかも知れません。私の中で重要なこととして認識していなかったのかも知れません。
「泥棒とかが入った形跡もないし、虫とかが入ってきてもいない。鏑木母は鏑木の部屋には入れないみたいだし、窓が半年以上空いていたにしては綺麗すぎる」
「そうですわね」
「そうですわねじゃなくておかしいだろ」
「それよりもおかしな物が目の前にありますので。空穂さんも大概ということで」
私が丁度、空穂さんの名前を出した時でした。
昨日もそうだったのです。このぬいぐるみは空穂さんの名前を出すと――。
『うつほ。うつほ。うつほ。ころす。ころすころすころすころすころす――』
また空穂さんを殺すと連呼するぬいぐるみが誕生するのです。空穂さんの名前に反応する理由は呪いのため。ただこのぬいぐるみは穂波さんが空穂さんに与えたもので呪いが掛けられた形跡はありませんでした。
動きは昨日とは違い動くだけではなく、羽根を伸ばして飛び立とうとしているようにも見えます。ぬいぐるみのフクロウが飛べるのでしょうか。
「あー。昨日言ってた喋る奴はこれのことか」
「なんでそんなに冷静なんですか?」
「しゃべって動くぬいぐるみなんて見飽きてるからな」
ゲティさんの使役する悪魔は普段ぬいぐるみのを媒体として契約しているため、ぬいぐるみの姿のまま動くこともあります。
それとこれとは話が違い、呪いとは話が通じず、意思疎通も取れません。
いくらしゃべって動くぬいぐるみに見慣れているからといって悪魔と呪いは別物なのです。
『ころすころすころすころすころすころすころす』
「鏑木空穂はもう死んでるぞ」
フクロウのぬいぐるみに向かって一言呟くと、ぬいぐるみの動きは止まり、声も聞こえなくなりました。
「何をしたんですか?」
空穂さんが姿を見せたことにより昨日は動きを止めたフクロウはゲティさんの一言によって動きを止めました。一体何がトリガーになってこのフクロウが動いているのか見当もつきません。
「私にも分からん」
フクロウのぬいぐるみを見ると完全に動きが止まっています。理由は分かりませんが回収するならば今のうちかも知れません。私は持ってきたバッグから袋を取り出します。
「今のうちにフクロウを袋の中に入れちゃいましょう」
「フクロウを袋にって?面白いじゃん」
「冗談言ってる場合じゃありませんよ」
「はいはい。じゃ、袋に詰めるとするか。血まみれで汚いけどな」
触れたらまずい呪いの可能性があるため、直接フクロウのぬいぐるみに触るのは私がやります。遅延して発生する場合もありますが、フクロウに触れても呪いが私の身体に流れてくる事はありませんでした。
周囲に影響を及ぼす呪いではなく、呪いとして1つのものが形成されているタイプだと思います。
「それじゃ鏑木空穂に合わせやるからなー」
普段からぬいぐるみと喋っているせいかフクロウに語りかけるゲティさんの姿はぬいぐるみが大好きな中学生くらいにしか見えません。
『うつほ?うつほうつほうつほうつほうつほ――』
「もう!ゲティさんが空穂さんの名前を出すからまた喋りだしてしまったではありませんの!」
「私のせいか?」
「そうですわ!フクロウさん!静かにしないと空穂さんに会わせてあげませんわ」
このフクロウが空穂さんを狙っているのは確かです。直接合わせるのは危険ですが運ぶためには致し方ありません。
ぬいぐるみに2人が話しかける様は滑稽ですが誰も見ていないため問題ないでしょう。
私がフクロウにそう言うとフクロウは黙って袋の中へと入っていきました。このフクロウは空穂さんに会って殺そうとしているのは間違いないのですが何故私の言うことを素直に聞くのでしょう。自分の力を使わずに出会えるのが楽だからでしょうか。
もし飛べるとしたら自分の力で会いに行けるのに。
袋の中に入れたフクロウを手に持ち空穂さんの部屋から出ていくことにします。ミッションコンプリートです。ぬいぐるみを部屋から持ち出すだけなのですが変な疲れが体を襲います。
暑い中歩いてきたからなのか、この部屋の魔力に当てられたからなのか分かりません。
先に部屋を出ようとしたゲティさんは扉に掛けられているカレンダーを見ています。今は8月なのに2月のまま進むことのない空穂さんのカレンダー。それは二度と空穂さんがこの部屋に戻ることがないことを示しています。
「なあ、酸塊」
壁にかけられたカレンダーに手を触れてゲティさんは私に話しかけます。
「なんですか?」
此方へと振り返ることもなく、カレンダーを見つめたまま呟く声は何処か寂しそうで、そして悲しそうな声色。普段のゲティさんからは聞くことのない声に私の身体は少しだけ強張ってしまいます。ゆっくりとゲティさんの方へと近寄り、ゲティさんの見つめてるカレンダーへと私も目を向けます。
昨日はカレンダーの月しか見ていませんでしたが、日の所には予定が書かれており、最後の週には赤ペンで文字が書かれていました。
それを見た私はきっとゲティさんと同じ顔をしてしまったのかも知れません。
「呪いの種類にさ、幸せな呪いってあるのかもしれない。」
お母さんの誕生日を祝うと。もう一生守られる事の出来ない予定が、そこには書かれていたのです。




