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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
その呪いは誰が為に

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その願いは徒花のようにep1

 夜に帰ると言って事務所を出た僕は、やっぱり暑くなって事務所に戻ってきた。そこには三人の姿はなく、出かけてしまったみたいだ。


 クーラーの効いた部屋の中で一人っきりの空間。都会特有の喧騒も、この部屋の中で聞こえる分にはいいスパイスとなって心地の良い空間が生まれる。


 八重さんは戻ってくるだろうけど、2人には直帰していいと行ったので今日は来ることはないだろう。少しぐらい怠けて、今日は内職のルーン文字を彫ることにする。何となく彫りたくなった『ᛉ(アルギス(防御))』と『ᚨ(アンサズ(コミュニケーション))』を数個掘っていく。僕の魔力を使うため結構疲れるので1日に数個が限界だ。

 それが終わると疲れが出てきてしまい、ウトウトしながら仕事をしていたものの、いつの間にか寝てしまった。


 起きた僕が見たものは事務所のソファに座った酸塊さんと来栖さん、そして空穂ちゃん。時計を確認すると午後5時のようでパンザマストから童謡が流れてくる時間だ。子どもは家に帰る時間なのだが来栖さん達はこの事務所にいる。


「あ、社長ー。おはようございまーす」


「寝顔可愛らしかったですわ」


「あはは……」


 三者三様の反応を示す。この事務所に普通の人は入ってこられないし、依頼者も外の投函箱に入れていくことが主なため油断していた。社長が眠りながらサボっている所をバッチリと見られてしまったのだ。この事をゲティに知られようものならまた長々と説教をされてしまう。

 何とか誤魔化さなければ。


「えっと、三人はどうしてここにいるの?」


「先程まで空穂さんのお家に伺っていたのですが大きな問題が発生してしまいまして、社長さんにも相談に乗っていただこうかなと思い、事務所に戻ってきたのです」


 駄目だ。僕に用件があったのにも関わらず、当の本人が寝ていたため起きるのを待ってくれていたなど言い訳の余地もない。


「社長もお疲れのようですし、日を改めましょうか?」


 来栖さんは此方を見ずにそう呟く。明らかに気を使われているのが分かってしまう。


「いや、大丈夫だよ。問題が起こったのなら対処しないとね。依頼じゃないけど社員の危機かもしれない。それは社長としてどうにかしないと」


「社長ー。ヨダレの跡付いてるよー。かっこつかないねー」


 ふむ。社長としての威厳は一旦捨てて顔を洗ってきたほうがいいかもしれない。元よりそんな威厳はないのかもしれない。



 顔を洗って気持ちをリセットした僕はデスクの椅子に座り、3人の方を向いて何があったのかを問う。

 3人の話を要約すると空穂ちゃんの家に行ったらヤバいものがあったと。


「そのぬいぐるみ持ってこなかったの?」


 酸塊さんがヤバいと思ったレベルのものを一般家庭に置いておくのもどうかと思う。それに空穂ちゃんを殺すと呟いたらしいし。鏑木家の面々に被害が及ばないうちに何とかした方が良いし、予防として持ってきたほうがいいと思うが何故かそれをしなかった。


「半年以上放置されていたので取り敢えずは大丈夫だと判断しましたわ。今回空穂さんと遭遇したことでどのように変化するかは分かりませんが、先にぬいぐるみに関わる呪いについて調べて対処法を練ろうかと。現状何が何だか分からないので」


「空穂ちゃんに対して殺すって言ったのなら被害に遭うのは空穂ちゃんだろうし鏑木家の人は取り敢えず大丈夫なのかな?」


「え、社長ひどーい」


「なんかあったら言ってね」


「なんか恨まれることしたの?」


「何もしてなーい。っていうか覚えてなーい」


「社長。空穂ちゃんを虐めないでください」


「でも不幸中の幸いは被害に遭う可能性があるのが空穂ちゃんってことだね」


 空穂ちゃんは死んでいるし、守護霊として幽霊になっている。死んでいる者を殺そうとしても上手くは行かないだろう。来栖さんに被害が及ぶかも知れないが、その場合は空穂ちゃんが予め察知して対策を取ることもできる。

 空穂ちゃんが死んでいるからこそ大丈夫な可能性が上がっている。


「気になったのは血まみれのフクロウだね」


「私も初めて聞きました」


「動く血まみれのフクロウをみたら愛美さんはトラウマになるかと思いまして……」


「確かに不気味ですけど大丈夫ですよ?」


「その眼で何が見えてしまうかも分からないですし」


 フクロウも鳥。来栖さんの目も鳥。鳥仲間としてなんとか出来ないものだろうか。

 冗談はさておき、話を聞く限りでは今回の対象が何か分からない。酸塊さんは何かしらの呪いが掛けられている人形と判断したみたいだけど誰がその呪いを掛けたのかも気になる。

 血まみれという時点で誰か被害者が出ている可能性と、その呪いを施した人物の血液の可能性の2パターンが存在している。


「空穂ちゃん」


「んー?なにー?」


 話に少し飽きてきたのか来栖さんの髪の毛をイジって遊んでいる空穂ちゃんに声をかけた。僕たちが出会った頃と比べて来栖さんの髪の毛は伸びている。肩に少しかかる程度の長さでふんわりとした髪の毛と合わさって似合っている。

 女子高生に限らず、女性の髪形やファッションなどを褒めるとそれだけでセクハラに当たると何かの記事で読んだ為軽率には言えない。空穂ちゃんならもう死んでるし訴えられることもないし伝えられるけど。


「フクロウのぬいぐるみ。血塗れだったらしいけど最初からそうだったわけじゃないよね?」


「当たり前じゃーん。もしそうだとしたら捨ててるはずだよー」


「そりゃそうだ。じゃあ仕舞うときも血まみれじゃなかったんだよね?」


「うんー」


 そうなると先ほど考えた事は前者となる。しかしぬいぐるみが自分で動き出して相手に危害を加える事があるのだろうか。

 ぬいぐるみは殺す対象として空穂ちゃんを選んでいる。当の本人は死んでおり、その死因は窒息死。血が出るような死に方はしていない。仮にぬいぐるみに殺されたとしたら空穂ちゃんは血を流していないとおかしい。川で見つかった事から血が流れている可能性もあるが外傷等は無かったようだし。

 フクロウのぬいぐるみは空穂ちゃん以外の誰かの血液がつくような事をした、ということになる。

 それが誰で何のためにというのは今はわからない。


「ぬいぐるみっていうか、本来動かないものが能動的に人間を殺すことってあるの?」


 ぬいぐるみが人を殺すことは可能だが、それは術者が命じた時に起こり得ること。例えばゲティがぬいぐるみのまま悪魔を使役したら人くらい簡単に殺せるだろう。

 それはあくまで魔術の媒体に人形を利用しているだけ。ぬいぐるみが自分から相手を殺しに行く事は僕の知識では当てはまるものはない。

 

 空穂ちゃんの家にあるぬいぐるみを魔術師が使役している可能性も零ではないが、限りなく低いだろう。そもそも魔術師なら一般家庭のクローゼットにあるぬいぐるみに態々魔術を掛けたりはしない。もっと確実な方法を取る。


「呪いの人形が動き出すという話は何度か聞いた事がありますわ。ただ、それは目が動くであったり髪が伸びるであったり別の場所へ移動するというものでは無かったはずです」


「呪いは呪いでも酸塊さんの知ってる呪いじゃないのかも知れないね」


「そういう事あるんですか?」


「信頼してもらえるのはうれしいですが、私にも知らない事はありますの。特に呪いというのは人が掛けるもの。それは多種多様で一概に特定できるものではありませんわ」


 酸塊さんは申し訳なさそうに微笑んだ。呪いをかける側ではなくどちらかと言うと解呪する側。酸塊さんは受動的に呪いに触れているため、様々な物を扱っている。その経験から呪いには多種多様なものがあり、それを自分の体に移すことで解呪しているのだ。逆に言うと自分の体に移さなければその呪いは解呪出来ないとも言える。

 呪いの種類によっては決まった解呪の仕方があるが、基本的には呪いは終わるまで続く。術者がやられるか、相手がやられるかするまで続くのだ。


 それこそ僕が出張した時にゲティが解決した丑の刻参りの件も、呪った女子高生が大怪我をする事態になってやっと収束したのだ。

 

 呪術師も昔からの言伝や書物などで勉強するため古い知識には弱く新しい知識には弱い。

 今の時代は新しい怪異も、新しい呪いもどんどんと発生するのだ。


「酸塊さんの知らない呪いっていうのは単純に新しいのろいかも知れないってことだよ」


「新しい呪い……ですか?」


「そうだね。文明の利器、インターネットを使って調べてみようか」


 


 自信満々に言ったものの、パソコンの操作は僕よりも酸塊さんのほうが遥かに得意なのだ。僕の机にも一応パソコンはあるし、今も付いているけど資料作成などにしか使わない。そう考えると現場仕事も事務仕事も他に優れた人がいるこの事務所で役に立たないのって僕なのでは?と思ってしまうが、社長を務められるのは僕しかいないと考えることでマイナス思考は取っ払う。


 酸塊さんが自室からノートパソコンを持ってきてソファに座って起動した。酸塊さんの隣には来栖さんが座り、その後ろから空穂ちゃんが抱きついている状態であり、僕が画面を見れるような隙間は空いていない。


「なんか見つけたら画面見せてよ」


「いえ、社長さんのパソコンと画面共有しますのでそちらでもご覧ください」


「が、画面共有?」


「此方の画面を社長の机の上のパソコンでも見られるようにする機能ですわ。今、申請を送りましたので許可してください」


 パソコンの画面を見ると『画面共有を許可しますか?』の文字の下に『はい/いいえ』の部分があり、『はい』をクリックすると僕のパソコンの画面には何もしていないのにブラウザ画面が映った。

 正直、今何が起こったのか分からない。3人は当たり前のように検索をしてああでもないこうでもないと言って調べているが、僕は目の前で起こっていることにびっくりしてそれどころではなかった。


「社長さん」


 酸塊さん、パソコン使いこなし過ぎている。ついこの間までスマホを持っていなかったのが信じられないくらい。僕と年齢が離れていないが最新技術に対しての順応度が比べ物にならない。

 これなら態々足を動かして色々行かなくても呪い関係で解決できることがあるんじゃないかとすら思う。リモート解呪とかも出来そうだが、酸塊さんの解呪方法は呪いに触れなくてはならない為、結局足を使う羽目になるのだろう。


「社長さんっ」


「え、あ、はい。何かあったの?」


 名前を呼ばれて何か見つけたのかと思い画面を見る。


「うおわっ!びっくりした……」


 真っ黒な画面の中心に刃物を持った真っ赤なぬいぐるみがいた。気を抜いていた所にびっくり系の画像を見せられた気分だ。

 魔術師とはいえ僕は人間だ。ジャンプスケアとも呼ばれる静かな空間に大音量で驚かせに来るようなびっくり系は苦手なのだ。普通にびっくりする。

 魔術師は予め準備してから魔術に挑むため色々な事を予測してから動いている。アクシデントが起こってもそれを予測して動いており、よっぽどのことがない限りはその場の判断で動ける。しかし予想だにしない事が起こると思考が一瞬止まってしまう。言い訳では無いがそういう理由からビックリ系が苦手なのだ。


「何してるんですか社長」


「なんか面白い声でたねー」


「はあ……。それでこれは何?」


「ひとり鬼ごっこと言うらしいですわ」


 一人鬼ごっこという名前は聞いたことがない。鬼ごっこは子どもたちが集まってやる遊びのことだろう。鬼を決めて、その鬼に触られたものが次の鬼、そしてその鬼に触られたものが次の鬼、という追いかけっこの一種だ。それは複数人いなければ出来ないことで、一人とは対極にある遊びと言ってもいい。

 画面に映る画像を見ても鬼ごっこをしているようには見えない。ぬいぐるみが刃物を持って動いているような写真にしか見えないのだ。


「僕はこれ知らないけど……」


「都市伝説、と言われるものみたいです」


 てけてけと同じようなものか。てけてけが近代妖怪とするならば一人鬼ごっこは近代呪いというものになるのだろう。


「それでこれがどうしたのさ」


「このひとり鬼ごっこ、特定の手順を踏むとぬいぐるみが自分で動き出し対象を殺そうとするらしいのです」


「それってつまり、そういうことですか?」


「あのフクロウのぬいぐるみがやっていることはひとり鬼ごっこに似ているとは思いませんか?」


 今、酸塊さんが言っていたことが全ての場合フクロウのぬいぐるみがやっていことは似ていると思う。都市伝説には少し痛い目に遭っているのだ。確りと調べて慎重に動いたほうがいいだろう。都市伝説は全く分からない未知の分野。調さんにも聞いたほうがいいかも知れない。


「似ているとは思うけど決めつけるのは早計だと思うよ。取り敢えず、今日は解散しよう。もう暗くなるし、いくら日が長いとは言え女子高生は帰らないとね」


 時計を見ると午後6時を指していた。少しの間に日は長くなり、6時とは言えまだかなり明るい。油断をすると一気に暗くなるので女子高生2人は早く家に返したほうがいいだろう。


「フクロウが襲ってきたりしませんよね?」


 来栖さんは恐る恐る僕に聞いてきた。


「空穂ちゃんが守ってくれるから大丈夫だよ」


「その空穂ちゃんが狙われてるんですけど」


「愛美は私が守るよー」


「まじめな話大丈夫だと思うよ。空穂ちゃんはもう死んでる。これ以上殺すことは出来ないからね」


 納得したような、そうではないような、そんな顔をしながら来栖さんと空穂ちゃんは帰っていった。

 もし本当に危険なら空穂ちゃんだけじゃなくて来栖さんも何かしらの行動に出ているはずだ。彼女の直感、導きの目の効果は弱いものではない。来栖さんが生きていく為に最善の道へと導くはずだから危害が加わる可能性は低いのだ。


「2人きり、ですわね」


「いや、調さん帰って来るし。そうしたらちょっとひとり鬼ごっこについて聞こうか。僕等じゃ埒開かないし」


 僕の座っている場所にゆっくり近付いて来て、肩に手を乗せて妖艶に語りかける酸塊さんを僕は無視する。女子高生がいる前ではスキンシップは控えめだったが居なくなった瞬間にこれである。


「もう少しドキドキしてくれてもいいですのに」


「さっきの画像のほうがドキドキしたからね」


「あら。じゃあ私も血を浴び、包丁持って社長さんの所へ来ましょうか?」


「それなら逃げないとね」


「私が鬼ですので、死ぬまで追いかけますわ」


 縁起でもない会話を繰り広げながら調さんが帰ってくるのを待つ。

 調さんが出かけておらず、ずっと部屋で寝ていたことに気が付いたのは外が暗くなってからであった。

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