夢見る人と現を見る霊ep5
空穂さんが私の肩越しに顔を出し、部屋の中を見ると、フクロウのぬいぐるみは動きを止め部屋の中の魔力も霧散していきました。
「あ、このぬいぐるみなつかしー。ってきたなーい」
「え、あ、そうですか」
「八重さん必死で私を止めたけどなんかあったんですかー?もしかして私まずいことをしちゃったりー?」
「えっと、私も状況整理が出来ていないので後でお話しますがまずはそこから動かないでもらってもいいですか?」
「じゃあ愛美のところ戻ってますねー」
空穂さんが来た瞬間、フクロウの魔力は無くなりましたがその原因が分かりません。ただ間違いなく、このフクロウは空穂さんを認識しています。空穂さんが近くに寄れば何が起こるか分からないため、一度空穂さんをこの部屋から離し、フクロウのぬいぐるみを確かめることにします。
空穂さんが愛美さんの元へと戻り、再びこの部屋でぬいぐるみと2人きりになりました。血で汚れているため汚く見えるぬいぐるみですが、動いていなければただのぬいぐるみでしょう。
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』
空穂さんが遠く離れると同時に、再びフクロウのぬいぐるみは動き出して壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返し発するようになりました。魔力もフクロウのぬいぐるみからあふれ出します。
「すみません。空穂さん。もう一度来てもらっていいですか?」
「はーい」
何かの確信があったわけではありませんが、先程と同じ状況を再現します。さっきはこの部屋に空穂さんが来てから状況が変わりました。なのでもう一度空穂さんをこの部屋に呼んでフクロウのぬいぐるみの変化を見ようと思います。
足音も立てずにこちらへ来る空穂さんの姿を今度はしっかり認識し、空穂さんは私の後ろからこの部屋を見ています。
するとフクロウのぬいぐるみは動きを止め、呪詛も吐かなくなりました。
空穂さんの存在がトリガーになって何らかの行動をしている可能性が高まりました。
「空穂さん、あのフクロウのぬいぐるみの事をご存知ですか?」
「知ってるー。でもなんであそこにあるんだろ?お母さんも入ってないって行ってたし……」
「どういうことですか?」
「えっとー、あのぬいぐるみ、古くなったからクローゼットの奥に閉まってたんだよねー」
私はクローゼットの方を見ます。そこには開け放たれたクローゼットがあり、恐らくはそこに置かれていたのでしょう。
「空穂さんって、死ぬ日にクローゼットを開けた記憶ありますか?」
「全然覚えてなーい。でもあのクローゼットはそもそも使ってないよー。昔の服とか入ってるところだから、最後に開けたの中学とかかもー?」
クローゼットの中に入っているはずのぬいぐるみが部屋にあり、そのクローゼットを開けた記憶がない空穂さん。そしてこの部屋には空穂さん以外の人が入る可能性は低いことから考えられることは、あのフクロウのぬいぐるみが自分でクローゼットから抜け出したということでしょう。
荒唐無稽な話なのは分かっていますが、私は呪物師として呪いの人形を何度も見たことがあります。夜な夜な動き回る物だとか、人を死に至らしめる人形など様々な物があるため、今回もその類だろうと思います。
今、私が不自然なのは先程まで殺すと連呼していたフクロウのぬいぐるみが空穂さんを前にして、ただのぬいぐるみと化していることです。
殺したい対象が目の前にいるのにも関わらず何のアクションも起こしていないことが不自然極まりない。
「あのフクロウのぬいぐるみって何処で入手したんですか?」
「うわ、全然覚えてないかもー?私も今見て思い出したくらいだしー。ただ滅茶苦茶大切にしてたのは今思い出したー」
「そうですか。取り敢えずこの部屋から出て少し話しましょう。何が起きたかもそこで説明します」
私がそう言うと空穂さんは部屋から出て私も部屋から出ました。そしてドアを閉めようとドアノブに手をかけます。その扉には2月から全く進んでいない大きなカレンダーが掛けられており、この部屋の時間は2月から止まっていた事が分かります。
半年ぶりにこの部屋が動き出しました。もしかしたらあのフクロウのぬいぐるみは動かない時の中でずっと2月のカレンダーを見つめていたのかもしれません。
・
愛美さんと合流し、私達は階段で今起こったことを話し合います。
私にも理解できていないことが多いため、他の人の考えが欲しいというのも一つの理由です。
私の呪術師という職業に依頼が来る時は、大抵その呪物がどのような不幸を齎すのかを分かった状態で連絡が来ます。未知の物に遭遇する機会というのはあまり無いのです。今回は依頼ではなく、愛美さんのお願いであるため正体不明のものを自分で突き止める形になります。
愛美さんの直感を信じてここまで来てしまいましたが、想定外の大物に当たってしまったのかもしれません。準備が不十分な中で出来るだけのことをするべきでしょう。
「それで何があったんですか?」
部屋には少しも近付いていない愛美さんは何が起こったのか全く知りません。あの光景を見たらフクロウにトラウマを植え付けられてしまうかも知れなかったですし、愛美さんの目でアレを見たら何かが起こってもおかしくないような不気味さでした。
「そうですわね。何処から説明しましょうか……」
「えっとー。じゃあ部屋入ったところから教えてくださいー。扉開けようとして階段に戻ってきてから八重さん1人で行っちゃったので、そこで扉を開けようとした時のことを教えてくださーい」
「扉を開けようとした時、最初の時と同じように寒気に襲われましたが、2度目ですのでそのまま扉を開けました。空穂さんには申し訳ないですが部屋を見回したところあのフクロウのぬいぐるみがありまして」
「フクロウのぬいぐるみ……ですか?」
「そー。昔、私が持ってた奴ー。クローゼットにしまってたんだけどー」
「それが一人でにクローゼットを抜け出して机の上に置かれておりました。それが何か気になり、私が空穂さんを呼ぼうとしたところ『殺す』と連呼し続け小刻みに震え始めました」
「えー。なにそれこわっ。私見てないよーそれ」
「そこが不思議なんですが、空穂さんが部屋を除いた瞬間、フクロウのぬいぐるみの動きも言葉も止まり、更には纏っていた魔力すらも霧散していったのです」
説明の最中ではあるが愛美さんが空穂さんの頭を軽く叩いて「危ないことしちゃ駄目でしょ」と軽く起こっていました。どちらかと言うと私が空穂さんの事を呼んだ直後に異変が起こったため、空穂さんを止める言葉を紡がなかったのが原因と言えるのですが。
「空穂さんが居なくなると再びフクロウは動き出し、空穂さんを呼び戻すとまたフクロウの動きが止まりました。空穂さんを見ても何かをする素振りは見せなかったため、一度部屋から出てここで作戦会議というわけです」
「クローゼットから勝手にでてくるって変な話ー。ちゃんと閉めてたはず無んだけどなー」
空穂さんの言葉を聞いて一つ思い出した事がありました。
「それで思い出しましたが、空穂さん。部屋の窓はしっかり閉めないと駄目ですよ」
全開になっていた窓について小言を言います。事務所の戸締まりなどを任せることも出来ませんし、少しは防犯意識を持ってもらいたいのです。
愛美さんと常に一緒には居ますが何があるか分かりません。
「そのへんはちゃんとしてますよー」
「ですが部屋の窓全開でしたよ?」
言い訳をしようとする空穂さんに現場証拠を突きつけます。実際に見て、感じた物を伝えれば否定しようがないでしょう。
「え?多分私閉めてますよー?私が死んだのって2月ですし、そんな寒い時期に窓を全開にするなんてありえませんよー」
・
確かに私は風に靡くカーテンと開いている窓を見ました。ですが空穂さんの言うことにも一理あります。空穂さんが無くなったのは2月であり、雪の降るほど寒い季節です。その時期に窓を全開にして外に出るということは考えられないでしょう。季節が夏のためそこに考えが至りませんでした。
窓を開けっ放しにしていては虫などの物が入ってきていてもおかしくありませんがあの部屋は半年間空いていたにしては綺麗すぎました。換気されていたためか埃っぽくも無く。
「鍵は、閉めましたか?」
「それはちょっと覚えて無いですねー」
「も、もしかして泥棒とかですか?」
「それはちょっと分からないですがあの部屋は穂波さんが入れない、一般人でも感じ取ることができる程の不快感があります。泥棒の人も入れないと思いますよ」
「それじゃ一体……」
現状で起こったことを纏めると。
1.空穂さんの部屋には呪いのぬいぐるみ
2.それはクローゼットから自力で抜け出した
3.不自然に開いている窓。
この3つが不自然で不可思議な点でしょう。
私の手に追える問題ではないのかもしれません。あのぬいぐるみは直ぐに対処するべきではあります。半年間大丈夫だったとはいえ、今日空穂さんを認識してしまいました。この後何が起こるか分かりません。
「私にも分かりません。一旦事務所に帰って相談してみましょう。社長か調さんが居ればいいのですが。一応穂波さんにはぼかしながら伝えましょう」
階段を降り、リビングへと向かいます。
扉は開いており、中では穂波さんが洗い物をしている最中でした。開いている扉をノックしてから部屋に入ります。
「あら?大きな声してたけど大丈夫だった?」
結構大きな声を出した為、一階にいる穂波さんにも聞こえていたみたいです。
「ええ。ご心配おかけしました」
「それで空穂の部屋には……」
「一応入れはしましたわ。ですがちょっと問題がありまして……」
「問題、ですか?」
呪いのぬいぐるみの事を伝えるのは辞めておきましょう。同じ空間に呪いに関するものがあると知ってしまえばこの家で過ごしにくくなるかもしれません。この家には鏑木家の思い出がある筈ですし、解決するまで何も起こらないようにしないといけません。
「その問題を早急に解決しますのでそれまで空穂さんの部屋に入ろうとしないでもらってもよろしいですか?」
「えっと、状況が分からないんですが……」
直接言えないとなると全部を隠すしかありません。そうすると相手はなにも分からないため説明が必要になります。人とコミュニケーションあまり取らないことが仇となり、真に必要な時には役に立てません。
「うーん。今度部屋を片付けるからちょっと待っててーってお母さんに伝えて?」
「穂波さん。空穂ちゃんが部屋を片付けるからちょっと待っててーって言ってます。やっぱり女の子なので部屋に入ってほしくないのかも知れません。今度また、部屋を片付けに伺ってもいいですか?」
「え、えぇ。それは構わないけど、今度は連絡してね?」
「お母さんの携帯番号変わってなければだいじょーぶ」
「穂波さんの携帯番号変わってなければだいじょーぶって空穂ちゃんが」
空穂さんの言っていることを愛美さんが通訳のように穂波さんへと伝えています。どちらも直接相手と話せていないのにも関わらず、楽しそうで見ているこっちは口出しをすることが出来ませんね。
それにしても私がどう誤魔化そうかと考えていた所を咄嗟の機転で解決してしまうとは愛美さんも社長さんに影響されてしまったのでしょうか。
あの人は誤魔化す時に息を吐くように適当な事を言うことがあります。決して嘘は付かないのですが本当の事を言わないと言うことが多く、その真意を突っ込まない限り全てを教えてはくれません。それが役に立つこともあれば、問題を起こすこともあります。困った人なので私が付いていなければいけません。
「それでは次来るまで空穂さんの部屋には……」
「空穂の頼みでしょう?ちゃんと守ります」
「ありがとー。お母さん」
「空穂ちゃんも喜んでますよ」
考え事をしている最中に、あちらでは話が纏まったようです。ビジネス的な会話ならまだしも、普通の会話なら愛美さんに敵いません。今回は彼女が居てくれて助かりました。
「愛美ちゃん。貴方が居てくれたお陰で私、いえ私達家族は悲しい思い出で終わらなくても済むかも知れない。まだ、空穂がそこに居るって言うのも全部は信じられない。私には何も見えない無いから。それでも、貴方の言うことは空穂が言いそうな事。空穂が考えそうなこと。それは十数年親をやってきた私には分かることなの。だから貴方にはありがとうって伝えたい。空穂がまだそこにいるっていう幸せな夢を見せてもらえるんだもの」
「穂波さん……。私もこの夢が覚めること無く続くことを願ってます。空穂ちゃんと一緒に」
生きている人は夢を見ます。もう死んでいる人間がそこにいると言う奇妙な事が起こっている今に縋って。
死んだ者の声が聞こえるなんて言うのはただの偶然でただの奇跡なのです。偶然が重なり合い、愛美さんと空穂さんが出会って、そして穂波さんに繋がりました。
それでも死んだ本人が生き返ることもなく、歳を取る事はありません。何時消えてしまうかも分からず、周りの人は歳を取っていき、そして周りの人から死んでいきます。
幽霊となった空穂さんはそういった現実を見て生きていくしか無いのです。
それでもこの一時の幸せを噛み締めて生きていくのでしょう。




