夢見る人と現を見る霊ep2
Side酸塊八重
空穂さんを先頭に、目的地へと向かいます。今回の件、私からすれば特に気にすることのない些事でした。
私には呪いが見える。呪いとは誰かの不幸せを願うものであり、人から人への悪感情ともいえます。そのため、生きている人は誰しも小さな呪いを受けていると言っても過言ではありません。悪人が呪われるのは勿論、どんな善人であってもそれを僻む者からの呪いは受けています。
呪いに苛まれている人間はたくさん見てきました。しかし、呪いがかかっている幽霊を見るのは初めてだったのです。だからこそ興味を惹かれました。
呪いの終着点は人間の死。空穂さんは死んでいるため、呪いは終わっています。それでも呪いが残っていて、その呪いは効力がないと私判断し、そこで話は終わったはずでした。
愛美さんの言った何かが気になるという言葉。社長以外の人が言ったのならば歯牙にも掛けずに一蹴したでしょう。気になるというあやふやなものでは下した判断を覆すことなどできません。
愛美さんが言うということに意味がありました。あの子の目は魔術師2人が神眼だと推測しています。厳密にはそこに研究者が1人混じりますが。社長と学校の養護教諭をやっている名前を忘れた魔術師と調さんが同じ結論に辿り着いているため8割型確定している情報です。
八咫烏の導きの目。その話だけは社長さんから聞いていました。ただ、眼帯をつけて守っているため力を見せることは出来ないとも言っていました。
先日のクマのぬいぐるみの悪戯の件で私は彼女の力を目の当たりにしたのです。
・
〜数週間前〜
「八重さん、お部屋に入れてもらってありがとうございます」
「構いませんわ。それで何をなさるつもりですの?態々ぬいぐるみと地図まで持ってきて」
事務所から出て私の部屋に来た空穂さんと愛美さん。恐らくですが、社長に見られたくない何かがあるのでしょう。
机を借りてもいいか聞いてきたので了承すると、愛美さんは私の部屋にある大きくないテーブルの上に地図とクマのぬいぐるみを置きました。
私なら僅かな呪いの残滓を地道に辿って、掛けた人の元へと向かうことが出来ますが、一体何をしようとしているのでしょうか。
「空穂ちゃん」
「あいあいさー」
気合を入れた愛美さんに対して気の抜けた挨拶で答える空穂さん。この2人の関係性は聞いたことが無いですが友達?なのでしょうか。仲の良さをみる限り生前からの付き合いのようにも見えます。
愛美さんの後ろに回った空穂さんは両手を使って愛美さんの目を隠しました。私は空穂さんが見えているものの、実体としてはっきり見えているわけではなく投影されたプログラムのようなものとして見えています。つまり少し透けているのです。私から見たら、空穂さんが目を隠していても愛美さんの右目と眼帯は透けて見えています。
「じゃあ、やるね」
「しっかり守るねー」
「あの、すみませんが何をするか先に教えてくださいませんか?監督責任もありますので」
社長のもとならいざ知らず、私の目の前でよく分からないことをされて何かがあった場合、社長さんからの信頼を裏切る形になってしまいます。明らかに何かをする様相で事務所を出てきたのに社長さんは付いてきていない。これは私に任せるという信頼の表れのはずです。
「そうですね。すみません。説明します。社長には内緒にして欲しいんですけど……」
「聞いてから判断してもよろしいですか?命の危険があるようなことなら納得しかねますわ」
「その辺りは調さんから多分大丈夫と言われているので大丈夫だと思います」
「調さんが言うなら大丈夫かもしれませんね」
あの男はだらけているようでよく見ている。現状問題なし程度ではあると思うがあの人が許可を出したのなら大丈夫なのでしょう。何かあったら責任は調さんが取るでしょうし。
「それで何をしますの?」
「私の目を使って直接呪いが何処から出ているかを見ます。調さんと探し物の依頼とかをこの目の練習として何度かやったので大丈夫だと思います」
「社長さんはその目は使えないって言ってましたけど……」
「だから内緒なんです。使えるようになってから報告したいなって」
説明している最中も空穂さんの目隠しは継続しており、端から見たら異様な光景のまま会話が進んでいました。
「それで、空穂さんは一体何を?」
「私は愛美の守護霊でー、襲いかかる脅威から愛美を守れるの。だから愛美が呪いとか危ないものを見るときは私の手を通して見ることで直接的な害意をシャットアウトー」
呪いを直接的に見ると負のエネルギーが愛美さんと繋がり、災いが起こるかもしれなかったため止めるつもりでした。それに空穂さんが愛美さんの守護霊という話は社長さんから聞いていました。ですが愛美さんに危険が迫ると分かる程度の事は聞いていたが呪いからも守れるほど強いとは知らされてはいません。
「社長が知ってるのは私達の最初の頃の話だからー」
「ずっと一緒にいて色々なことを知って、そうしたら色々出来るようになっていたんです」
「友情パワーってやつですねー」
長く一緒にいることで2人の繋がりが強くなっているのでしょうか。後で社長さんにそれとなく聞くことにしましょう。
「それならやってみてもいいと思います。でも、私が危険だと判断したらやめてくださいね?少しとは言え、そのぬいぐるみには呪いがかかっていますので」
「分かりました」
「それと、見るのはそのぬいぐるみだけにしてください。この部屋は私の部屋ですので呪い関係のものが沢山ありますから」
「了解です」
その後は私には何もわかりませんでした。空穂さんの手の下で愛美さんが眼帯を取りました。私にはよく分かりませんが明らかに人間の眼ではなく、外した瞬間から大きな魔力が眼に宿っています。幸いにもこの部屋は呪物の関係から外に魔力が漏れ出さないようにしているため社長が来ることはありません。
その眼でぬいぐるみと地図を見ると、その顔には先ほどまでとは違い、全速力で走ったかのような表情と汗が流れています。空穂さんが愛美さんのポケットからハンカチを取り出して汗をぬぐってあげていますが、それほどまでに体力を使うことなのでしょう。
「はぁ、はぁ、えっと……」
「落ち着いてからで構いませんわ」
息切れをしている人間から早く聞き出すほど切羽詰まっているわけではありません。大きな力には大きな代償が付き物なのです。
「いえ、大丈夫です。このぬいぐるみが持ち主へと導いてくれます。地図で言うとこのあたりです」
愛美さんが指を差した先はこの事務所からそう遠くない場所。距離としても30数kmと言ったところでしょうか。歩いていくには大変な距離ですが文明の利器を使えば時間はかかりません。
愛美さんはスマホを取り出して地図に書かれている住所を入力しました。どんどんと拡大していき、画面をスワイプし続け、ある建物の場所で止まりました。
「ここです」
そこにあるのはスマホで見る限りはただの一軒家でした。私でもこの事務所に居る状態でピンポイントに犯人の居場所を当てることはできません。
愛美さんの情報が正しいかはまだ分かりませんが、この力は人間のものではないことだけは分かります。
「分かりました。もう眼帯つけていいですよ」
私がそう伝えると愛美さんは眼帯をつけます。そうすることで愛美さんが纏っていた魔力は一気無くなりました。あの眼帯は社長お手製の魔術が込められた眼帯。確りと効果は出ているようです。
「愛美ーお疲れ様ー。今日は結構長く出来たねー」
「うん。大分疲れちゃうけど1分くらいは何とかできるけどそれ以上は倒れちゃうから……」
「最初の時は大変だったもんねー。いきなり倒れて、私も調さんもてんやわんやだったもん」
汗の量からも察していましたが、やはり体力をかなり消耗するみたいです。1分が限界みたいなのでこの力を頼りにすることは止めたほうが良いでしょう。
「お疲れ様でしたわ。普段、といいますか眼帯を付けているときは何も見えないんですの?」
「見えはしませんが感じるものはあります。眼じゃなくて頭に直感として流れてくるというか……。今回、私が八重さんに見せようと思ったのもそうした方が良いって思ったからなんです」
「愛美の直感は当たるよー」
私達は経験や知識から判断をして行動に移すため、直感で動くということは殆どしません。魔術師ではないからこそできることなのでしょう。
愛美さんが落ち着くのを待って社長の元へと戻ります。神眼を持っているとは言えこの状態の女子高生を社長さんの前に出すわけには行きません。私は部屋にあるタオルを渡します。
「あ、ありがとうございます。あの、八重さん」
愛美さんはタオルを受け取り「洗って返しますね」と言いながら汗を拭い、空穂さんも後ろに回って「お疲れ様ー」と言いながら肩を揉んでいます。。顔をタオルで隠すようにしながら私の名前が呼ばれました。
「なんですの?」
「眼帯外した時に感じたんですけど、私の後ろの方からものすごい悪い気配がして。何かあるんですか?」
愛美さんは後ろに空穂さんがいるのにも関わらず一回も後ろを振り向いてはいない。愛美さんの後ろにあるのは私のベットだけです。恐らく、愛美さんが言っているのはベットではなくその下にあるもののことでしょう。
「呪物です」
「え、呪物ですか?」
「そうですよわ。私の物です。私の持つ呪物の中で一番呪いが詰め込まれた、そんな呪術ですわ」
・
クマのぬいぐるみの一件はそれで片が付きました。後々調べてみるとその家に住んでいた男がゴーレム魔術師に誹謗中傷をしていたらしいです。
その件から私は愛美さんの直感を信じることにしたのです。それ以降も愛美さんのお陰で急な雨に振られなかったり、道を間違えなかったりとひとつひとつは小さな偶然が、重なり合って大きな必然となる所を目の当たりにしては信じる以外の選択肢はありませんでした。
その愛美さんが空穂さんの呪いについて気になると全く引かなかったのです。呪いによって死んだ可能性が低くなってもなお、その調査を進めることは本来の私ならば行わないでしょう。それによって被害が出てから調査をすると思います。
本来の私の行動すらも無意識的に変えてしまうということも、導きの目の効果なのかもしれません。
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事務所から空穂さんの家の距離は遠くないとは言え、歩くと足が痛みます。前までは沢山動いて居たため大丈夫だったのですが事務所に戻ってきてからは歩くことも少なくなったため筋肉が固まったような感覚に陥っています。私のような人間は普段から体を動かさないと動けなくなることを実感しました。
適当な菓子折りをもって歩き、目的地に着きます。空穂さんの家は何処にでもある一軒家でした。最近では防犯の観点から表札が掲げられていない家もあるらしく、空穂さんの家にも表札は付いておりませんでした。
玄関の前に立ちインターホンを鳴らすも誰も出て来ず、物音もしません。駐車場と思しき場所には車もないため恐らく不在なのでしょう。
空穂さんはポケットから鍵を取り出します。
「あら?空穂さん鍵は触れるんですわね。実体のあるものには愛美さんが見ていないと触れないと聞いていましたが」
「なんか分からないけど触れるんですよー。多分死んだ時に制服のポケットに入れててそのまま幽霊になっちゃったからとかじゃないですかねー」
空穂さん本人が分からない場合、私にも分かりません。うちの事務所には幽霊の専門家は居ないため聞くこともできません。調さんはその辺りのことは知識としては知っていても詳しいことまでは分からないでしょう。
「って、あれ?」
鍵穴に鍵を差し込もうとしても鍵の形状が全く合っておらず差し込むこともできません。
「空穂ちゃん、どうしたの?」
「なんか鍵が変わっててー」
「それはそうでしょう。空穂さんが死んだ時に持っていた鍵ならば警察が証拠品として押収しているはずです。家族の方からしたら知らない所に自分たちの家の鍵があるのは怖いでしょう。鍵を変えるのは当たり前のことですわ」
寧ろ、死んでから半年経つのにも関わらず、昔の鍵が使えると思っていたほうがびっくりします。防犯意識の低さが表れており、真面目で慎重そうな愛美さんとの相性はいいように思えます。
「あ、開いたー」
鍵を入れることを諦めて、愛美さんが玄関のドアに手をかけるといとも容易くドアは空きました。
空穂さんの防犯意識の低さは鏑木家の問題だったのかもしれません。昼間なので夜よりは安全かもしれませんが鍵を掛けずに家を出るなど危険すぎます。
玄関から勝手知ってる自分の家の如く空穂さんは中に入っていきます。私達がやっているのは住居不法侵入であり、完全な犯罪です。そう思うと私の足は止まりました。
「うわー。私の仏壇あるー。なんか変な感じー」
玄関からどんどん中に入っていく空穂さんと、家の外で待つ私たち。入ってすぐの所に空穂さんの仏壇があったらしく、自分で自分の仏壇を見て不思議がっている空穂さんを他所に私達は会話を始めます。
「あの、愛美さん。常識的に考えてですね」
「はい」
「お家の方がいらっしゃらない時に家に入るのは犯罪ですわ」
「私もそう思います。空穂ちゃん戻ってきて」
愛美さんからの呼びかけにペットの如く戻って来る空穂さん。段々と愛美さんの飼っている大型犬の様にも見えてきました。
「えー私の家なのにー」
あくまで生きている頃の空穂さんの家であって今の居場所は愛美さんのところでしょう。幽霊である愛美さんには人間の法律は適応されないと思いますが、私達にはバッチリと適用されるため不法侵入はできません。
家の扉を閉めて私達は考えていると、車の音が鳴りました。駐車場には1台の車が止められており、鏑木家の誰かが家に帰ってきた事の現れです。このまま家に入っていれば泥棒と勘違いされ通報されていたかもしれません。間一髪の所で私達は警察のお世話にならずに済みました。
「あ、お母さんだ」
此方に向かってくるのは空穂さんのお母さんのようです。よく見ると空穂さんに似ている部分もあります。少し窶れて見えますが、娘さんが亡くなっているのもあって仕方がないことなのでしょう。
「あら?貴方は前の……」
「こんにちは。空穂ちゃんのお母さん」
愛美さんはこの方と面識があるようですが私は初対面のため、どのようにしてこの場を乗り切るか考えます。
「えっと、今日は空穂ちゃんにお線香をあげに来たんです」
「あら、態々ありがとう。あの子も喜ぶわ」
「うれしー」
先ほど空穂さんが自分の仏壇があると言っていたのをうまく利用して家に入る口実を作る愛美さんの手腕に驚きを隠せません。意外と強かな部分がありますね。
「それでそちらの方は……」
「私の従姉妹です。お盆休みで家に来てて、ここまで一緒に来てくれました」
「あらそうなの」
「酸塊八重です」
またしても愛美さんの機転により私の存在が流れの中に収まりました。魔術師特有のコミュニケーション能力の低さが露呈してしまっています。
「暑いですし、中には入ってください」
来栖母は玄関に鍵を差し込んで回すが元々その扉は鍵が掛かっていません。それに全く気付きもせず、私たちを中に迎え入れてくれました。
突撃!隣の呪いの家!




