贈り物ep4
事務所に着くと、ソファに酸塊さんが座っておりスマホを何やらいじっていた。今迄機械を使ってこなかったのにも関わらず、いざ使い始めると僕やゲティとは比にならない速度で使いこなしていた。因みに調さんは意外と使える。電子機器苦手仲間が増えることはなかった。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
酸塊さんは僕が帰ってきても床に座ることはなかった。最近のことなのだが、来栖さんが「それ、社長さん嫌がると思いますよ?」と僕が言えなかったことを直接伝えてくれたお陰だ。それを言われた時、泣きそうな顔で此方を見てきた酸塊さんに対して「ま、多少ね」と言ったら以後気をつけます、と言ってそれ以降はやらなくなった。
それでもソファに座りながら姿勢を正し此方を向いてから挨拶するので本質は変わっていないのだが。
それと出張から帰ってきた日の酸塊さんのテンションが高かったのも暫く振りに僕に会ったからだと判明した。事務所の昔馴染みはそういう物だと流していたが初めて見た女子高生ズが問い詰めると顔を赤くして答える酸塊さんがいた。呪術師のルールのせいで人と禄に関わって来なかったため、問い詰められると弱いのだ。
「今日はどちらに行ってたんですか?」
「土暮さんからの依頼だよ」
「土暮さん?存じ上げませんわ」
酸塊さんも何回か会ったことがあるはずなのだが興味が無かったのだろう。会った時にはゴーレムを見て楽しそうにしていたように見えたが、あくまでゴーレムに対して興味を持っただけで土暮さんはどうでもよかったみたいだ。
「依頼内容なんだけど酸塊さんにも手伝ってもらっていいかな?」
「取り敢えず座りませんかー?」
「まだここ入り口ですよ」
2人に言われて入り口で話していることに気付いた。僕だけは事務所の中に入っていたが2人はまだ通路に立っており、いそいそと事務所の中に入った。定位置となっている場所に僕たちは座る。僕は社長用デスク、その前に置かれている向かい合わせのソファの片方酸塊さんが座りもう片方に来栖さんと空穂ちゃんが座っている。
僕は自分の席に座る前にソファ前のテーブルにぬいぐるみの入った紙袋を置いた。酸塊さんは僕が事務所に入った瞬間から手に持っていた紙袋に目線が向いた為、何かに気が付いていたのだろう。
「では改めて。今回の依頼はその紙袋の中身なんだ」
僕の言葉を聞き、酸塊さんは紙袋に手をかける。女子高生ズは先ほどの僕の叱責を聞いたからか全く動かない。危ないものに触らないというのは覚えておいてほしい為、反省してくれるのは助かる。
「これは、ぬいぐるみですか?」
「そうだよ。中に血の染み込んだ綿が詰められてるらしくてね。土暮さんが送られてきたらしいんだけど呪いの気配を感じたから事務所に持ち帰って調べることにしたんだ。今は酸塊さんもいるしね」
「呪いですか。確かにこれは呪いの力を感じますね」
僕は呪いという仮定で動いていたが酸塊さんが言うのなら間違いないだろう。やはり、あの場で空穂ちゃんを制止しておいてよかったのかもしれない。強い呪いの場合影響を受けてしまうこともあるのだ。
酸塊さんは熊のぬいぐるみを上下左右から眺め、スマホで写真を撮っていた。
「八重さんー。そのぬいぐるみ気に入ったんですかー?」
「八重さんすごく写真撮ってるからね」
いつの間にか2人は酸塊さんのことを名前で呼んでいた。そういえば酸塊さんも2人のことを名前で呼んでいた気がする。いつの間にそんなに仲良くなったのだろうか。もう何年も一緒にいるのだが、ほんの一ヶ月程度の付き合いで信頼度を抜かされてしまったような気がしてしまう。
「いえ、好きだから撮っているわけではありませんわ。先に写真を撮っておくことで、後で何かしらの変化があった時に見比べることができます。そのために撮っています」
呪いとは物に宿ることも多い。そのものが元とどう変わっているか等も呪いの判断材料になるらしい。他の魔術と違い、呪いは種類によって対処法が違う。対処法を間違えれば呪いは強くなったり、余計な被害を出したりする。推測を知識や状況証拠で補強するのが他の魔術より大切なのだ。
最初伝えられていた呪いとは別のものだったという事例もよくあり、酸塊さんは呪いの調査には慎重に挑んでいる。
「社長さん。中に綿が詰まってると言ってましたわね」
「うん。言ってたのは土暮さんだけど、縫合のすき間から赤黒い綿が見えるから多分詰まってる」
「確認として裂いてもよろしいですか?」
「土暮さんもそれを欲しがるとは思えないし大丈夫。調べるためだからやっても大丈夫だよ」
酸塊さんは持っていたバッグの中からカッターを取り出す。酸塊さんの格好は地雷系?と呼ばれるような格好だと空穂ちゃんから聞いた。そのような格好をしている子がカッターを持っていると別のことをしているように見える。そもそもどうしてカッターがバッグから出てくるんだ。
「バッグにカッター入れてるんですか?」
「このバッグは一応仕事道具が入ってますの。カッターはハサミと違って切る事よりも裂く事に向いてます。呪物の種類によってはハサミでは切れずともカッターならば1層ずつ裂いていけるものもありますので」
「なるほどー」
ビニール手袋をつけてから熊のぬいぐるみを持ち上げ、下手くそな縫合の糸をカッターで断ち切る。熊の背中は半分ほどまでしか切られていなかった為、底の方までカッターで裂いた。
「これは……なんというか凄いですわね」
中から出てきたのは赤黒く染まった綿。それも一箇所ではなく中に入っている綿の殆どが血に染まっていた。遠目に見ても異質なのが分かる。クマの顔を下にして机においているため僕の方からはクマの顔が見える。背中を裂かれて中身を出されているのにも関わらず、1つも表情を変えないクマを見て不気味に思える。
「うちにあった熊のぬいぐるみ思い出してちょっと悲しくなるなー」
「空穂ちゃんも持ってるんだ」
「うんー。昔から部屋にあるやつー」
「呪いの気配はしますが、中に何かが入っているというわけでもないですね」
綿をすべて取り出して中を確認するも何も出てこない。
「呪物の類いであれば中に何かを入れることもあります。例えば人形を相手に送りつける場合には中に人の腕やお札などが入っていることもありましたわ」
「あれ?この綿、最初に取り出したやつと中に詰まってるやつよく見ると色が違いますね」
「はい。私も取り出している時に気付きましたわ」
「え、私わかんないなー」
僕も分からない。遠くで見てるから分からないと信じたい。酸塊さんがいるからと安心して適当にやっているとバレてしまっては社長として立つ瀬がない。
「つまり、それは別の素材ってことかな?」
色が違うということは綿のように見えるけど別の素材と言うことだ。血が染み込む素材というのは分からないが、綿のように綺麗に液体を吸い込み酸化するような物質ではないということだろう。
「いえ、これは綿ですわ」
「あ、そう」
僕はこれ以上口を出すのをやめることにした。余計なことを言ってしまっては酸塊さんの邪魔になってしまう。決して、僕が見当違いな事を言うことで空穂ちゃんたちから失望されたくない訳では無い。
「この色、絵の具とかですか?」
「流石ですわ愛美さん」
「やるじゃん愛美ー!」
「私は触って取り出した感触から分かりましたが見ただけで分かるのは……」
「視るのは得意なので」
「正しくは絵の具というよりも綿を赤黒く染めているものでしょう。恐らく血の染み込んだ綿は背中の表面だけ。今縫合されていたところも土暮さん?が切ったのではなく犯人が切った所を土暮さんが気になって再度切ったのでしょう」
土暮さんにとっては背中を裂いて綿を入れられていたクマの人形が問題なのであってその犯人を問題とはしていなかった。しかし、呪術師の酸塊さんは呪いは人が起こすものと知っている。微かにでも呪いの魔力を感じることができればそれは人が介入しており、犯人がいることが分かるのだ。
「色を付けた綿を先につめてー、その後に血のついた綿で蓋をして縫い合わせたってことー?」
「酸塊さん、まとめて」
「はい。纏めると、このぬいぐるみを土暮さんに渡した人がいます。その人は土暮さんに呪いをかけようとしましたが失敗しています。そもそもこれは呪いにすらなっていないただの嫌がらせでしょう」
「なるほどね」
でも確かに僕と土暮さん、それに酸塊さんも呪いの魔力を感じたのだ。呪いになっていない物で魔力を感じることはない。面白半分でやってできるのならばこの世には呪いや魔術があふれている。
「でも、やったのは素人じゃないよね?呪いの魔力を感じたし」
「呪いは起こそうと思った時点で負のエネルギーが宿ります。それが蓄積され、正しい方法を行うことで呪いとなり得ますわ。このぬいぐるみはそれの始まりの負のエネルギーを溜め込んだだけの状態ですわ。それは素人でもできてやり方も」
酸塊さんは慣れた手つきでスマホを操作して何かを打ち込む。空穂ちゃんはふらふらと酸塊さんの座っている後ろへ回り込みスマホの画面を覗き込む。人のスマホの画面を覗き込んだら駄目でしょうが、と僕が思った頃には来栖さんに注意されて席に戻っていった。まるで親と子供みたいだ。
「これです。このオカルト掲示板に書かれています」
酸塊さんから画面を此方に向けられるが遠くからでは文字が小さくて見にくい。僕は席を立って酸塊さんのとなりへ座る。酸塊さんは動きがぎこちなくなったがこれも魔術のルール故だろう。
スマホの画面には『藁人形にでもできる呪いの人形の作り方』と書かれた画面が映っていた。藁人形自体が呪いの人形みたいなところはある。それはさておき、呪いの人形の作り方をよく見ていくと、この熊のぬいぐるみのようなものが載っていた。作り方は綿をすべて自分の血で染めてそれを詰めたものを送りつけるというものだったが、現実的ではない。家でそんなに血を出せるわけもなく、犯人は少しだけ自分の血を使い、後は染めた綿で補ったのだろう。
「これ見てください」
今度は来栖さんのスマホの画面を見る。『土暮大志とか言う似非科学者www』という掲示板があった。そこを開くと同じIDで「タヒね」とか「〇す」とか「呪いの人形を贈った」など書かれており、犯人と思しき人物が投稿しているのが分かった。
「社長さんは知っていると思いますが、私、呪いの痕跡を辿れるんです」
酸塊さんは呪いが何処から発せられているか分かる。それは呪いが分かるというよりも、離れていても呪いをかけた者と対象は繋がっているためその繋がりが見えるということらしい。強い呪いでは範囲が広すぎて分からないが個人的な弱い呪いなら結構な確率で分かるようだ。
「じゃあ、実際に行ってみようか」
最初から辿れば良かったと思うかも知れないが、酸塊さんの中にもルールがある。酸塊さんは呪いには強いが人には弱い。逆上して反撃してきた時に触られるのが駄目な酸塊さんは行動ができないため、自分から動くことはない。普段しないことは忘れてしまう、それが村主さんだった。
「あ、あの。行かなくても分かるかも知れません」
立ち上がった僕を止めるように来栖さんは声を出す。
「どういうこと?」
「まだ詳しくはいえないんですが、地図ってありますか?」
「全国地図?」
「はい。もし細かいところが必要ならスマホで調べるので大丈夫です」
僕はそのまま机の横にある棚へと足を運ぶ。全国各地に仕事に行くこともあるので地図は手に届く範囲においている。全国地図はスマホとは違い、書き込めるため重宝しているが書き込んでいる地図を渡してしまって大丈夫だろうか。
守秘義務に反することは書いていないと思うが、結構汚くなっている。
「はい。これ、ちょっと色々書いてて汚くなってるけど大丈夫?」
「ありがとうございます。それで、八重さん」
「なんですか?」
「お部屋行かせてもらってもよろしいですか?」
「?別にいいですわ」
そう言うと、酸塊さんと来栖さんは席を立ち事務所から出ていく。勿論熊のぬいぐるみは持って行く。その後ろを空穂ちゃんもついていく。事態が急変しているため付いていけていないが、僕もその後ろをついていくことにした。来栖さんが何を思いついたのか気になるし、何をしようとしてるのかも気になる。
「おっとー。社長は来ちゃ駄目ー」
「空穂ちゃん?」
事務所の扉の前で立ちふさがる空穂ちゃん。僕を事務所から出さないようにしているようだった。
「これから女性の部屋でガールズトークなのー。男の人が女の人の部屋に軽々しく入っていいと思ってるのー?」
「いや、これ、仕事……」
「兎に角駄目ー。私は行くけど、事務所から出たら愛美も怒るよー」
僕にそれだけ伝えて空穂ちゃんは事務所から出ていった。事務所に1人だけ残された僕。先ほどまでは騒がしかったのに急に訪れた静けさに春の寒暖差のようなものを感じた。来栖さんが怒るのを少し見てみたい気もするが、怒られると分かっててやるのは気が引ける。
「女の子、呪いよりもよっぽど怖いじゃん」
女子高生の言いなりに、事務所で1人待つ僕だった。




