その一輪が愛おしくてep2
『それで我の所に来たというわけか』
目の前には言葉を話す火の玉。僕達は再び宮火神社へと足を運んでいた。神様のことは神様に聞けばいいという舞さんの言葉を聞いて思いついた神様がカグツチ様だけだったのだ。今日もこの祠の前には誰もおらず、僕達が声を出していても怪しまれることはない。
「連日来てしまい大変申し訳ないのですが少しお聞きしたいことがありまして」
『ふむ、言ってみよ』
「先日離君神社のことをお伺いしたと思うのですが、此方の不手際で名称が変わっておりました。正しくは花守神社と言うらしく、そちらについてご存じありませんか?」
『ふむ』
迦具土神様は考え込むように動きが止まった。元々炎の揺らめきで動いていると感じていたが、その揺らめきすらも止まっている。木々の葉が擦れる音、近くの池で鯉が泳ぐ音、自然の音だけが僕たちを包み込む。
『知っておる。何が聞きたい?』
動き出した炎の揺らめき。その揺らめきが言葉を発するように僕たちの頭に声が届いた。
「始めに、花守神社を知っているとのことでしたが何故前回は知らないと仰られたのでしょう?迦具土神様の力であれば私たちを火の玉で導く時などに神社の存在が分かるはずですが……」
前回来た時に神社のことを知らないと言っていた。夜に火の玉を使って僕たちを誘導しようとするくらいだ。気配を察知することには長けているだろう。それにも関わらずあの神社の存在を知らないと言った理由が知りたかった。
『お主らはあの神社を別の名で呼んだな?それに関して我は知らぬと答えたまで。ただ、花守神社自体の力が衰えていることは事実だったため、お主らには伝えたが』
「それなら言ってくれても良かったじゃない……。あ、いえ良かったじゃないですか?」
『知らないものを知っているとは言えぬ。知っているものを知らないともいえぬ。一度、虚偽を伝えれば我の人格にも差し障ろう。それに知らんのか?神は"嘘をつけない"』
嘘を付くというのは弱い人間に許された特権であり、自分を守るための防御壁だ。相手と自分を騙すことが人間が自分を保つために行ってしまう行為。神は弱い存在ではない。人間と同じ尺度で考えるのではなく別の存在と考えなければならない。
格上の存在として何が気に障るか分からないため、此方が誠意をもって対応する他無い。
「いえ、知れただけ助かります。次の質問なんですが、あの神社の神様の名は一体なんなのでしょう」
僕達が資料を調べても全く分からなかったことも神様なら知っていると思い、聞くことにする。今日ここに来た目的はこのことを聞くためだ。
『それに関しては知らん。神同士、互いの存在を知っているものばかりでは無いのだ。名など後世の人の子らが勝手に付けたもの、それによって信仰が発生しているため悪しきことだけではないが。名がつく故に縛られてしまうこともある』
神様の言わんとする事は分かる。名前がそのものを形取り、そのものを定義してしまう。
『花守神社の神には、誰も名前を付けていないのかも知れないな』
「そんなことあるんですか?」
『あるかないかで言えばある。神社の名前がそのまま神の名になっている場所もあるが、それは神の名ではない。神の名を人間がつけただけのもの。真に無もなき神は沢山いる。その中の1つだろう』
日本国内にも特定の神を祀っていない神社というものはある。Y県には空気自体を祀っている神社があると聞いたことがある。信仰対象のある神社というわけではないがそれでも神社と呼ばれている。それは神の無き神社であり、花守神社の神とは別物だろう。
花守神社には確かに神は存在する。僕が実際に体感した事だからそれは間違いない。ただその正体は迦具土神様でも分からない。その名前すら誰も知らない。存在はあるが名前がない、そんな神様も存在しているのだ。
「分かりました。最後に1つ聞いてもよろしいでしょうか?」
『よいぞ』
予め用意していた質問を迦具土神様に伝える。元々、全ての答えを言ってくれるかは確証はなかった。迦具土神様は僕の質問に対して、真摯に答えてくれている。
「命とは何を指すのでしょうか?いえ、花守神社のことを調べた時に命を絶やすなと伝承されてまして命とは何を指すのか気になったのです」
『命というのは人の生を表すものではない。産まれて、成長し、死にゆくもの全てが命なのだ。例えば魚にも虫にも命がある。そこらに生えている草にも命はある。目に見えぬ物だから分かりにくいが、この世には無数の命が存在しておる』
「私は毎日行ってますがあの神社には草木が沢山あります。それなら命は絶えることが無いのではないですか?」
今まで黙っていた舞さんが迦具土神様に質問をした。舞さんの言う通り、神様の言う通り植物に命があるとするならばあの神社には木々も生えており命が絶えることはない。寧ろ、今も生き続けている命が多いとも言える。
『管理はどうなっているのだ?』
「え?管理?」
『既に死んだ植物はどうしている?死とは穢れ。それが長く神域にあるだけでそこから淀みが産まれ汚染されていく。その場には新たな命は芽生えず、長い時間をかけてゆっくりと死にゆくのだ』
毎日神社に行っているが軽い掃除をしている話しか聞いていない。女子高生1人では神社全体を管理する事は難しいのは分かっているが管理が行き届いていないのだろう。その結果、枯れた草木などは見えない所で放置され段々と神社を蝕んでいく。その穢れがあの神社の力を弱くしている理由の1つだろう。
「それならどうすればいいんですか?」
自分自身の行っていたことが足りなかったことで神社の力が弱くなっていると突きつけられた舞さんは縋るような声色で神様に問いかける。
1人で全てをやるのは無理なのだが、それは舞さんの祖母である咲さんも同じはず。咲さんの時代にはそのようなことはなかったため、咲さんが子どもを産み、足腰が悪くなって神社に行けなかった間に神社にあった植物が世話をされなくて死んでしまったのだろう。
その事実は散さんも舞さんも知らない。恐らく、咲さんも知らなかったはずだ。
『少し話は変わるが我の母上と父上の話だ。我を産み落としたことで死んだ母上が父上に1000人殺すと言った。それに対して父上は1500人産み落とすと返したのだ』
日本神話で有名な話である。殺したことに対して新しく産み出せば良いというのは人間的考えではなく、神様特有の人を1つの生物として考えて1個体として考えては居ない例としても挙げられる。
神は人のために動くことはあるが、個人のために動くことは大きな神になればなるほど少なくなっていく。
「その話は知ってます。それがどうしたんですか?」
『死んでいる草木の多い神社を掃除するのは前提として、新たな命を増やせばいいのだ』
・
宮火神社から出て、僕達は目的地に向かいながら先ほどまでのことを話す。
「迦具土神様が言っていたのはつまり……」
「新しく植物を沢山植えて命を芽吹かせれば良いんじゃないかってことだね」
「本当にそれで良いの?」
「さぁ?僕にも分からないけどまずはやってみないとじゃない?」
新たな命を増やすという言葉を聞いて植物にも命があると思い出した。死にゆく植物に対して新しく生き続ける命を神社に捧げれば、その神社の力になれるかもしれない。確証は勿論無いが迦具土神様の仰ることには説得力があった。それも神のなせる御業なのかもしれないが、それでも得心がいった。
古来より八百万の神と呼ばれ、自然すべてのものに神の力が宿るとされている。花にも当然神の力が宿っている。その力が花守神社の力を大きくする。
そのために僕達はホームセンターに向かっている。神社からホームセンターに目的を持って行くことなど今までの人生で一度も無かったが軽い観光だと思って歩みを進める。
種を植えた所で僕が帰るまでには育たない。確認せずに帰って、後から成果を聞いても良いのだが結果をこの目で見ないことには納得が出来ない。手を打って、それが効力を示した時は嬉しいものなのだ。魔術と同じである。
そのため、咲いている花を買うことにした。当然、植物の種も買ってそれを蒔くつもりでもある。新しい命を植えた時にどのようになるのか確認も兼ねて既に咲いている花を使う。
神社に植物を植えるのは舞さん1人では厳しいため、僕も協力しなければならない。しかし、僕はあの神社には入れないためどうにかすることも考えないといけない。舞さんが神様にお願いすればいけるだろうか。
・
「今日話聞いた後だからなんか気になっちゃって。私、1回神社寄ってから帰るわ」
「それなら僕があの神社に入れるように舞さんには神様に頼んでほしいんだ。このままじゃ僕は入れなくて何も手助け出来ないからね」
「私はどうすればいいの?」
「神様に正直に頼んでみて。駄目だったらその時また考えよう」
「分かったわ」
華上家へ向かう道の途中の分かれ道で立ち止まり、僕らは話をした。この分かれ道を進むと花守神社があり、そのまま進むと華上家がある。僕はその場で立ち止まり、舞さんは分かれ道を進んでいった。
頼むように言ったが、それが実を結ぶかは分からない。いくら舞さんの願いだからといっても、僕の存在自体を神様が認めてくれるとは思えない。
分かれ道の先を見つめるとそこには鳥居がある。神額の外れた古い鳥居。この目では見えるものなのに、この先に進めない。目で見えるからその場所に行けるとは限らないのだ。
十数分待つと、舞さんは僕の元へ戻ってきた。少しだけ靴が汚れているため、掃除を少ししてきたのだろう。先ほどの迦具土神様の話を聞いて掃除をしないというのも舞さんの性格的には考えづらい。
「あんた、そこで待ってたの?」
「ちゃんと家まで送ってかないとね」
「すぐそこじゃない……」
軽口を叩きながら家までの道を進む。自分がお願いしたことをちゃんとやってきたか聞くのはどうにも緊張してしまう。自分の要望を叶えてくれたかどうか相手に圧を与えてしまわないか考えてしまうのだ。自分では出来ないことを頼んでいる手前、尻込みしてしまう。
「そういえば一応神様に伝えてきたわよ」
そのため、相手からその話題を切り出してくれるのは大変助かるのだ。
「なんて言ったの?」
「内緒。知らないの?神様への願い事は人に言っちゃいけないのよ」
私の願い事は世界最強になることです。嘘です。




