その一輪が愛おしくてep1
ある程度の調査を終えて倉庫から出た僕たちは一度、華上家に戻ることにした。その頃には日も傾きかけ、夜が近づいてくる。
蔵の中での時間は相当経っていたらしく、散さんもいつも通りに復活していた。
「なにか分かったか?」
「全部舞さんの勘違いだったことが分かりました」
「言い方考えてよ」
言い方も何も、事実をただ伝えただけだ。舞さんが自分の思い込みで神社の名前を勘違いし、御利益も勘違いした。神社としての形質は何も変わっておらず、神様も変化したわけじゃない。変化したのは人や思いだった。
「花守神社というのが正しくて、縁結びの神様であってました。蔵の中で華上咲さんという方の記した日記のようなものを発見しました」
散さんは一瞬肩を揺らしたが、話の続きを促すように声を発することはなかった。
「そこには咲さんが神社に対してやっていたこと、そして行けなくなってからのことが書いてありました。その中に気になる記述があったんですが……」
「気になる記述?」
「何回も神社に対して『命を絶やさないように』というような言葉が使われていました。散さんは何かご存じではないてすか?」
咲さんの書いた書物には『命を絶やす』という言葉が沢山出てきていた。その言葉の示すものがあの神社へ参拝をしに行く人や、管理をする人を指しているのか分からない。
「済まない。私はあの神社に関しては本当に中身を知らないんだ。咲の書いた書物が残っている事も初めて知ったくらいだ」
「いえ、大丈夫です」
散さんならなにか分かるかも知れないと思い聴いてみたが空振りに終わった。
「命を絶やすってどういう意味なのかしら?」
舞さんは僕と散さんの会話が途切れた隙を付いたように問いかける。話に入る隙を伺っていたのは何となく気付いてはいた。僕と散さんが真面目な雰囲気で話しているところに自分が疑問を呈して良いのか迷っていたのだろう。
「単純に考えるなら花守神社で人が死ぬってことだと思う」
「そんなことあったら事件だし、聞いたこともないわよ」
神社の境内で人が死んだら警察案件である。そのような事が起きたことはないらしく、この考えは一蹴された。他にも参拝客が居なくなるという提案も元々もいないという理由から却下されてしまった。
「すまんがちょっといいか?」
僕達が端から見たら漫才のようなやり取りをしていると、今度は散さんが話に割って入ってくる。
「なんです?」
「そもそも坊主たちは何をしようとしてるんだ?神社について調べるのは良いんだが一体何を……」
「神社を再興したいのよ!参拝客を増やすとか綺麗にするとかじゃなくて、神様が安心してあの神社に居られるように守るの!」
舞さんは散さんの目をまっすぐ見て答える。散さんも、何も言わずに舞さんの目を見続ける。血が繋がっているからこそ分かることがあるのだろう。舞さんが本気なのか、その覚悟があるか、散さんは見極めようとしている。華上家として後を継ぐに足る者なのかを判断しようとしている。
散さんは1つ溜息を吐き、姿勢を正し話し始める。
「1つ話しておきたいことがある」
「何よ」
二人での会話が始まろうとしていたため、僕は席を立ちその場から退席しようとした。家族間に関わる話ならば僕がここに居ては話しにくいこともあるだろう。
しかし、散さんは「坊主も座ってろ」と僕の退席を拒んだ。仕方ないためもう一度着席する。
「華上家は花守神社を守る家だから先祖が名乗ったことは伝えたな?」
「倉庫に行く前に聞いたけどそれがどうしたの?」
「守ることによりこの家に神のご加護がかかっているのだ。そして、その加護の力は段々と弱まっているのだ。あの神社自体の力が弱まっていると私は考えている。舞、お前がやろうとしていることは回り回ってこの家の神様のご加護を強くするということになる」
「それで?」
「神様とより強い縁を結ぶことになるだろう。その覚悟がお前にあるか?私は何が起こるか分からない。勿論、そこにいる小僧にもだ。危険かもしれないし、何もないかもしれない。それでもお前はやるのか?」
「やる。この家に産まれて、神守という家系に生きてきた。家を継ぐなんて軽々しく言えないこともここ数日で分かった。それでも、神様の居場所を少しでも良くしたい。毎日のように行ってた場所だから私が出来ることはしたいの」
散さんは舞さんに諦めてほしいわけではないだろう。この家の秘密とも言えることを話したのだ。後を継ぐ者に家の秘密を伝えるというものは暗に認めていることに舞さんは気付いているのか分からない。
舞さんはただ、自分のやりたいこと、やるべきことを自分で決めて行動をしようとしているのだ。
それよりもそんな話を僕が聞いてよかったのだろうか。その話を聞いたところで僕が悪用出来ることはないが、良いことに使う事も出来ない。ただ、家の秘密を聞いただけになってしまった。
それに今この空間は散さんと舞さんが真剣に話していて僕は蚊帳の外だ。先ほどのタイミングで離席してもよかったのではないだろうか。何かを発言する空気でもないし、段々と居心地が悪くなってきた。
「そうか。それなら私は何も言わない。舞の好きにすると良い。孫が何かをやりたいと言っているんだ、私も一緒に頑張ろうか」
「おじいちゃん……」
二人が会話をして、いい雰囲気になっているため、僕は紙とペンを取り出す。そして紙に『命を絶やすとは何か』という文字を書き込む。今の考えを整理するためだ。命を絶やすという言葉には人間の命が関係している可能性は低い。現在あの神社に行っているのは華上家の人間だけである。
咲さんが妊娠して行けなくなってからあの神社の神額が落ち、夢に神様が出てきたという。その後から命を絶やすという言葉が出てきた。華上家の人間があの神社に行かなくなることが命を絶やすことに関係するとすれば、華上家の人間が全員死ぬことが命を絶やすということなのだろうか。
しかし、書物には『私の絶やした命』という文章もあった。華上家の人間は生きているためこの考えも間違っているだろう。
咲さんが行かなくなったことで絶やされた命とは何か。紙に『華上家 死ぬ』と書いたが塗りつぶして消した。結局考えても何も思い浮かばない。
「あんた、何してんのよ。華上家死ぬなんて縁起でもないこと書かないでよ」
二人で話していると思っていたが、いつの間にか話し合いは終わっていたらしく、僕の方を向いて小言を言ってきた。
「いや、考えの整理をしてたんだよ。舞さんに師匠から一つ教えてあげる」
「師匠って何よ」
色々なことを教えて成長のために手助けをしているんだから僕は舞さんの師匠だろう。結局、僕が教えたのは知識を付けることと、情報を整理することだが裏世界に関してはこれが一番大事。
「状況を整理する時には紙に書いてやるのが一番いいんだよ」
「スマホとかじゃ駄目なの?」
「データが消えるとか間違って消しちゃうとかあるでしょ?紙に書くと自分から捨てるか燃やすしかそれがなくなることはない。それ以外にも、乱雑に書かれた情報が1つの図として残るんだ。スマホでも良いんだけど結局整理するなら自分で書いて消してを繰り返すほうが良いんだ」
「ふーん。覚えとく」
「師匠の教えだよ」
「だから師匠って何よ」
舞さんに偉そうに講釈垂れたが、僕の目の前には重要な事は何も書かれていない紙があるだけだった。それを隠すために長々と話した風に映らなければいいが。
・
話し進まず、堂々巡りになってしまったため一度解散することにした。寧ろ途中からは雑談のようになってしまった。会議は踊る、されど進まず状態だ。
倉庫にあった書物を見ても、花守神社では何の神様を祀っているかは分からなかった。そこが分かれば調べて対処をする方法があるかも知れないがその手は使えない。
そして命を絶やすという言葉がも意味がわからない。現状打つ手なし。
「どうするかなー。会社の人に聞いたところで意味ないし」
ゲティは悪魔と占いの専門家、調さんは色々なことを知っているがその場に行き、様々な選択肢を出して対処をする人のためこの場に居なければ分からないことが多い。女子高生2人は魔術師ですらないし聞くことも出来ない。最後の酸塊さんは電話を掛けられない。
僕のスマホの連絡先は少ないため、他の選択肢は同業者しか居ない。後が面倒なため頼るのは本当に困った時だけにしたい。
「まずは神様について考えたほうがいいかな」
最初から考える。僕が襲われたのはあの神社で舞さんと2人きりになった事で神様の怒りを買った結果というのは正しいだろう。神様の寵愛を受けている、神様と縁が結ばれている子と2人になったのは図らずとも神様への反抗と取られてもおかしくない。
そして、それ以降は神社に入るのを拒むように身体が重くなる。それは神社の参道に入ってからだけであり、普段は舞さんと居ても何も起こらない。あの神様のテリトリー内だけで起こる事だ。
そして命を絶やしてしまうことで華上家との縁が切られてしまうこと。先程、華上家と話している時には言わなかったがそのようなことが書かれていた。直接ではなかったたがそう読み取れた。華上家を今後とも守るためには、この件も解決しなければならない。
「方針は決まった。神様の正体を知ること。命を絶やす、と言うことを解決すること。この2つが今、僕達がやることだね」
寧ろ、この2つが分かればその後は華上家の仕事である。僕は、あくまで部外者。関わった以上、華上家の人間に少しばかりの愛着は湧いているが深くまで関わるつもりはない。仕事が終われば帰る身であるため、後に責任が残ることは出来ない。
それに今回の依頼は舞さんの成長を助けるというもの。その依頼達成の為にもここからは、舞さんに表立って動いてもらう他無いだろう。どうせ、僕はあの神社に入れない。
「神様のこと、どうやって調べればいいかな」
僕は腕を組んだまま座り、唸りながら考える。椅子があるわけではないため、座布団の上に胡座をかいた状態である。
今まで神様と相対したことはなかった。神様に関わることは仕事で何度も経験したが、なるべく神様に目を付けられないように気を付けていた。
神話に出てくるような神様に詳しい知人はいるが、地方の神様にまで精通している人は居ない。
「ちょっといい?」
僕の部屋をノックする音と共に僕を呼ぶ声が聞こえた。
「いいよ。どうかしたの?」
僕の返答を聞いてから舞さんは部屋の扉を開け、部屋の中に入ってくる。そして僕の前に座ろうとする。僕は立ち上がり、部屋の隅にあった座布団を持ってきて舞さんはに手渡した。対面するように座り話し始める。
「私、考えたんだけどね。まずはあの神様が何の神様なのかを知ることが大事だと思うの」
舞さんも僕と同じ考えに行き着いたみたいだ。
「僕もそう考えてたんだけど、それを調べる方法が分からないんだよね」
「あー、私もそれが分からないのよ。神様のことなんて誰に聞けば良いのか。おじいちゃんも知らないし他に知ってる人なんて居ないし」
3人寄れば文殊の知恵とは言うが、2人では何の知恵も浮かばず、この部屋にいる悩める者の数が増えただけになってしまった。
図書館で調べようにも華上家に残っている資料に載っていない物が載っているとは考えにくい。この市に住んでいる人に聞いたところで花守神社のことを知っている人も少ないだろう。
「そうだ!」
悩んでいた舞さんは急に大きな声をだして僕の方を見る。大勢は前のめりになり、床に手をついて僕の顔を見ている。僕も男であるため、Tシャツでそのような体勢をとるのは辞めてほしいが指摘をするだけでもセクハラになるかも知れないので、舞さんの肩を押して元の体勢に戻るように促す。
「それで急にどうしたのさ。なにか妙案でも思いついた?」
「優秀な弟子が教えてあげる」
「弟子ってなにさ」
「さっきあんたが師匠って言ったでしょ」
そんなこと言っただろうか。言った記憶があるような、無いような。
「それでどうしたの」
「神様のことを聞く人が居ないわけでしょ?それなら神様のことは神様に聞けばいいじゃない」
僕の弟子は師匠の僕が思いつかなかった考えを述べてきた。
2章ラストです。
散らばった宝石を集めるように伏線回収していきます。




