不思議は7つで収まらずep6
明日空先生は私に問うてくる。「アスクレピオスの杖」を知っているかと。その問いに対する答えは簡単だ。
「いや、知りませんけどー」
知る訳がない。普通に生きてきた女子高生であった私が魔術関係のことを知っているほうがおかしい。最近は社長の仕事を手伝うのに役立つから、魔術関係の資料なども少しだけ読むが難しすぎて分からないことの方が多い。
分からないと所を社長に聞いても「僕も分かんない」って言ってゲティさんに丸投げされる。勿論、その後に社長はゲティさんに怒られている。
愛美は魔術系よりも妖怪とかの動物系のものばかり読んでいるため、起きていてもアスクレピオスの杖など知らなかっただろう。
「そうだとは思いましたけどぉ」
「それでそのアスクレピオスの杖ってなんですか?」
明日空先生は手に持った鍵を真上に掲げる。保健室にも電気は付いていないはずなのにその鍵だけが淡く光っている。
「すごぉく簡単に説明するとぉ、アスクレピオスっていうとんでもなく優秀な医療の神様がいてぇ、その神様の持っていた杖がアスクレピオスの杖なんですよぉ」
「それでそのアスクレピオスの杖がどうかしたんですかー?もしかしてその鍵がー?」
「これはぁ、アスクレピオスの杖の一部を使って出来たものですぅ。一応アスクレピオスの杖のと言えますねぇ。これでも5%位の力はあるんですよぉ。これを使えばどんな傷も病気も治せますねぇ」
杖というより長い鍵にしか見えないのだが、現代で持ち歩くのに大きな違和感を持たれない鍵の形状にしているのだろう。
どんな病気や怪我でも治せるのなら、学校の養護教諭をやっているのは何故か。社長も日々嘆いているが魔術師は魔術師として稼げないのに出費が嵩むようだ。仮に明日空先生が金銭で困っているなら大きな病院で働けばいいし、それができる力もある。魔術師だとバレないように人を治すことなど容易いだろう。
「何でも治せるのにどうして養護教諭なんてやってるんですかー?大きな所行ってもっと沢山の人治せば良いのにー」
「人間の医者には人間の医者のテリトリーがありますしそこを犯すつもりはありません。それに、私の魔術のルールとして生身の人間の治療は出来ないんですよぉ」
「どういうことですかー?」
「愛美さんの左目のような魔力を纏った部分しか治せないということですぅ。その点、鏑木さんは全身が魔力を纏ってますのでどんな怪我でも治せますよぉ」
「私はケガしないので大丈夫ですー」
初めて言われたが私の全身は魔力を纏っているようだ。生前はそのようなことは言われたことがなかったし、幽霊などが見えるという霊感もなかった。やはり死んだことによって変化したのだろう。
私が自分自身のことについて考えていると明日空先生は鍵の先端を愛美の目に近付けた。その鍵が放っていた淡い光は愛美の左目に纏わりつくと、暫く発光した後、また鍵へと戻っていった。その後、元々つけていた眼帯を愛美の左目につけていた椅子に座った。
処置を終えたのか鍵を胸ポケットにしまった明日空先生は此方に向き直る。
「さて、来栖さんがこの状況ですし七不思議探しはこれでおしまいにしましょうかぁ」
私は愛美を見る。先程までは気を失っていたが、今は寝息を立てている。起こせば直ぐに起きそうだ。
「依頼はそれで良いんですかー?」
私たちは依頼できている。七不思議を調べてほしいという明日空先生の依頼。依頼は途中だが、七不思議を解明してほしいや解決してほしいという依頼ではなかった為、達成ということに成るのだろうか。
「仕方ないですねぇ。今回も7つ目は見れませんでしたということでぇ」
「今回も?」
「何回か調べたことがあるんですよぉ。絶対に7つ目を調べる前に何かしらのアクシデントが起こって7つ目がわからないんですよぉ」
「7つ目ってなんですか?」
「来栖さんのノートにも載っていると思いますがトイレの花子さんですよぉ」
トイレの花子さんは私でも知っている。3階のトイレの3番目の扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と聞くと返答が返ってくるというものだ。昭和の時代から語り継がれている一番有名な学校の怪談だろう。
7つ目の不思議がトイレの花子さんだと分かっているのに、明日空先生は7つ目が分からないと言っている。
「なにが分からないんですかー?花子さんってことは分かってるじゃないですかー」
「七不思議の7つ目にはもう一つ言われていることがあってぇ。7つ目を知ると災いが起こるというものらしいですよぉ?トイレの花子さんということは知っているんですがそれが何か分からないんですよねぇ。何か分からないものがあるというのはどうにも興味や好奇心が擽られましてぇ。まぁ、今回はここでお開きとしましょうかぁ」
先生はその言葉と共に椅子から立ち上がり、愛美の方を揺すって起こした。起きた愛美はこの状況が分かっていなかったが、そばにいた私が軽く説明をしたおかげか冷静に明日空先生にお礼を言っていた。
依頼主がお開きでいいというので私たちはそれに従う。勿論、依頼書に依頼完了のサインしっかりと貰った。
宿直なのは本当のようなので明日空先生はこのまま学校に残るらしい。先生に別れのあいさつを告げて学校を出ることにした。
・
「なんか最後に大変な目に遭ったねー。心配したよー」
「心配かけさせてごめんね」
校門をよじ登るようにして出た私たちはそんな会話をしながら学校を出た。七不思議の調査はすべて完了した訳では無いが、裏世界に関わるものがあの学校に存在したということは成果と言えるだろう。これで社長が帰ってきた時に報告できるというものだ。
「それにしても明日空先生って一体何者なんだろう?」
「魔術師って言ってたし、愛美も助けてくれたから悪い人じゃないのかも知れないけどー」
「でもあの人、どうにも胡散臭いよね。雰囲気が」
「そうだねー。明日ゲティさんにでも聞いてみよっか?知り合いみたいだし」
学校の校門前で話していても意味がないため、私たちは家に帰ることにした。私はともかく、愛美は結構疲れているだろうしお母さんに見つかる前に帰ったほうがいいだろう。
再度学校の方を見る。学校は大きく、そして暗いため、昼間は感じることの出来ない不気味さが漂っている。中に1人でいる明日空先生をすごいと思ってしまうほどに。
「あれ?あそこ電気ついてない?」
私と同じように学校を見ていた愛美は校舎を指さす。愛美が指した所を目で追うと、確かに明かりが1つ付いていた。
「消し忘れかなー?でも私たちが移動した時は付いてなかったよね?」
その光を見る。
「あれ?人がいる」
その電気の先には人がいた。
「警備員さんだねー」
私たちが学校に入った時に見つかってしまった警備員さんだった。私たちが学校内で行動していた時は偶然にも警備員に遭遇することは無かったが、今は3階を見回っているらしく仕事をしっかりとしていた。
「でもあの明かり動かなくない?」
「えー?」
警備員さんの持っている懐中電灯の明かりらしき光は先程から全く動いていない。窓の外を照らすように円形が見える。移動しているのならば懐中電灯の光も動くはずだが、あの光は止まっている。それも、外に向けて照らした状態で。
外に何かあるのだろうかと思い当たりを見ても、私たち以外の物は何もない。
私達だけがこの場にいるのだ。
もう一度警備員さんの方を見る。やはりその光は全く動いて居ない。私が少しだけ動くと懐中電灯の角度が少し変わった。窓に反射され、うっすらと警備員さんが照らされる。そこにいたのは、直立不動で此方を照らし続けるナニカであった。
当然だが私たちは見ないふりをしてすぐに家に帰った。
・
あの子達、無事に帰れましたかねぇ。
来栖さんが鏡の件で倒れた時も焦りましたけどぉ、一番焦ったのは出会い頭でしたねぇ。こんな深夜まで見回りをする警備員なんて居ませんしぃ、明らかにヤバい物が二人を連れて行こうとしてましたぁ。
あの場で気付いて、二人を回収できて良かったです。七不思議を調べるどころじゃ無くなってしまうところでしたぁ。
鏡の時に近くに居られなかったのも、一階にあの警備員の気配を感じて少し調べようとしただけだったんですがぁ。幸いにも保健室にすぐに逃げ込めたのは良かったですねぇ。
教室内には入ってこないあの存在は一体なんなのか、次は依頼を出してみましょうかぁ。
・
「ゲティさん。あの明日空っていう怪しい人なんなんですか?すごい胡散臭いし」
次の日、私達は仕事を終え事務所に来たゲティさんに詰問する。いきなりの出来事にゲティさんは困惑していたが明日空先生の名前を聞くと「落ち着け」といって私たちを椅子に座らせた。
「あの明日空って男は魔術師だ。会社とかに所属しているわけじゃない野良の魔術師。仕事で何回か一緒になるが確かにあの男は言動も雰囲気も詐欺師みたいで胡散臭い」
小さい体で腕を組み、首を上下に動かしながら語るゲティさんは小動物のようで可愛らしく見える。
「何回か関わっていく内に分かってきたが、あいつは本当に本心で話しているし、誰かを助けたいって思いも本当なんだ。胡散臭く見えるだけの真人間なんだよ。何だかんだお前らも助けられただろ?」
思い返すと愛美の怪我の件だけではなく、最初から私たちに付いて来たのも危険が及ばないように、何かあったら対処出来るように付いてきたのかも知れないと思い始めた。
「でもアクシデントあった時に居なくなってたんですよ。あの人」
「アクシデント?なんかあったのか?」
ゲティさんには昨日あったことのあらましを伝える。ゲティさんは言動に反して優しい人なので此方を心配する表情をしていたがそれを嬉しく感じる。愛美のことを心配して気にかけてくれる人がいることが私は嬉しいのだ。私の好きな人が皆に好かれていれば私も幸せだ。
「あいつが一言も言わずに生徒を放り出してトイレに行くなんて考えづらい。恐らく、優先しなければならない何かがあったんだろう。お前たちに危険が及ぶような何かが」
「一言言ってくれれば良いのに」
「何もなかったら言わないのがあいつの胡散臭さに拍車を掛けているんだよな」
結局、明日空先生の事は分からないが愛美を助けてくれたという一点だけで信用してしまいそうな自分がいた。
「なにはともあれ、依頼ご苦労だった。お前たちの依頼は達成だな」
私たちが二人で成し遂げた初めての依頼。達成感はあまりないが充実感は感じている。調査をした結果も出せていないし、役に立てた感覚もないが、それでも充実感を感じているのは愛美と一緒にやり遂げたからだろう。嬉しくなった私達は互いに抱きしめあった。
「二人だけの初依頼達成だね。お疲れ様空穂ちゃん」
「お疲れ様ー愛美ー」
「いや、ちょっと待てお前ら」
感動している私たちに入る横槍。いくらゲティさんでも私たちの感動のハグを止めることは許されないが、愛美が私を離してゲティさんに応答してしまったので泣く泣く私もゲティさんの方へ顔を向けることにした。
「なんですか?」
「初依頼って、お前たち依頼受けたことなかったのか?」
「はい。社長の依頼に付いていくことはあっても受けたことはないですね」
愛美の言葉に机を思いっきり叩くゲティさん。俯いていて表情はよく見えないが耳まで真っ赤になっている。恥ずかしいということではなく恐らく滅茶苦茶に怒っている時の変化だ。
「あのバカッ!そういう事はちゃんと言っとけ!もう何かしらの依頼やったことあると思って2人に依頼受けさせたじゃねーか!」
「言わなかった私たちにも責任あるかもですしー、社長のせいでは」
「いや、これはバイトの管理責任問題だ。帰ってきたら説教だな」
何だかんだ、ゲティさんは社長にお説教する時に生き生きしているように見える。社長もゲティさんのお説教は一応聞いているようだし、2人の独特なコミュニケーションなのかも知れない。
・
「依頼完了のサインもしっかりもらって来たし、これで依頼完了だ。お疲れ様、来栖、鏑木」
明日空先生からサインを貰った紙をゲティさんに渡し、私たちの依頼は終了した。色々なことがあったがただの一夜にしては濃密な夜を過ごした。一番最後の警備員さんがなんだったのか分からないが、アレには昨日一番の危機感知センサーが働いていたので考えないほうがいいだろう。
コンコン
事務所の扉からノックの音がする。調さんの場合はノックをしてからこちらの応答もまたずに事務所に入ってくるため選択肢から除外。事務所に直接来る依頼人が居ないわけではないらしいが極小数だ。基本的に外の投函箱に入れていく。
ゲティさんが「どうぞ」と言うと事務所の扉が開けられた。
「ただいま戻りました」
扉を開けて入ってきたのは黒髪ロングぱっつん地雷系女性。依頼人では無いだろう。戻りましたと言っていたし。
「酸塊じゃねーか。おかえりー。社長はまだ帰ってきてないぞ。それよりお前一人で歩いて戻ってきたのか?」
「存じておりますわ。社長がいらしたらもう少しはしゃいでますもの。他に誰がいると言うんです?調さんは役には立ちませんよ。交通機関も勿論使っています。足があるのですから歩くのは当然ですわ」
入ってきた女性と親しげに話すゲティさん。恐らくだが、私たちの会ったことの無い社員さんだろう。愛美は急に入ってきた女性に目が泳いでいる。愛身の回りにはこのタイプのファッションの女性がいることは無いためどうしたらいいのか戸惑っている。ここは1つ、私が手を差し伸べてあげるべきだろう。
「えっと、ゲティさんそちらの方は」
「あぁ、こいつは――」
「私の名前は酸塊八重ですわ。ここの社員ですので今後ともよろしくお願いしますわ。新入社員さん」
此方に向かって丁寧にお辞儀をする酸塊さん。椅子に座ったままだった私たちは立ち上がり酸塊さんに向かって会釈をする。ファッションに目が行きがちだが顔も整っており、ゲティさんとは別方向での可愛い系の顔立ちをしている。
酸塊さんの自己紹介に応えるように私たちも自己紹介をする。
「私は鏑木空穂です。ここでアルバイトをやってます。愛美の守護霊です」
「えっと、私は来栖愛美です。よろしくお願いします。不思議な目を持ってます」
そういえば、愛美にはまだ明日空先生が言っていた目のことを話していなかった。社長が帰ってきたら話し合ったほうがいいと思うので後で伝えることにしよう。
「女性4人、女子会と洒落込みたいところですが、1つよろしいでしょうか」
酸塊さんはゲティさんでも愛美でもなく、私の方を向いている。
「私ですかー?」
「そうですわ。空穂さん、突然ですが貴方。呪われてますよ?」
七不思議は7つ目を知ると不幸が訪れる
この節に7話目がありません……。
つまりそういうことです(偶然)




