燃えて萌えて華開くep4
迦具土神様の話をまとめるとこうだ。
僕達が神様に最初に襲われた日、迦具土神様は神の気配を感じたようだ。その気配には悪い気と良い気が入り交じっており気になったらしい。その場に特殊な気配を1つ感じた、それが舞さんのようだ。舞さんは神に愛されているので、神の気配が少しだけ人に混じっていると迦具土神様は言っていた。
そのような物は神と繋がりが出来ているため、詳細を聞いたり会話が出来ると踏み、火の玉を使いこの神社に誘導したようだ。あの神社の前で火の玉を使えたのは、ただ迦具土神様の力が離君神社の祭神の力よりも上だったからであった。
神様にとって誤算だったのは僕達が火の玉に目もくれずまっすぐ歩き去ってしまったことらしい。普通の人間なら驚き、その火の玉の道を進むことでこの神社にたどり着けるようにするらしい。僕が居たことによってまっすぐ進み家に帰ってしまったというわけだ。気が付いたら火が消えていたのではなく、火の照らしていた道を進まなかったのだ。
この神様にも嫌われるようなことにならないことを祈るばかりである。
迦具土神様はまだ話足りないようだったが僕らにも時間があるため帰ることにした。神様の感じる時間と僕達人間の感じる時間は違うのだ。
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「やっぱり変なこと起こったじゃない」
「僕のせいじゃないよ。どっちかと言うと今回は舞さんのせいじゃないかな?」
「正直、迦具土神様が何を言ってたか半分くらいしか分からなかったけど……」
「簡単に言うと、離君神社には舞さんしか来ないから舞さんに毎日来てほしい神様がいるってことだよ」
だから僕は排除されそうになっている。あの神社の周囲でだけ神様の力が働いているようだ。少し離れた宮火神社でも、気配を察知することのできる力を持った迦具土神とは力の差がかなりある。
「それは分かるけど、それじゃなんで私巻き込まれてるのよ」
「それに関しては完全に僕のせいだね」
「どういうこと?」
「僕が舞さんを連れ去ってしまうって思われたんだ。だからそれを引き留めるために神様がいろいろやっている」
「わかりやすく言ってよ」
相手は女子高生のため、年上の成人男性がぼかして言っている事に気づいて欲しい。僕は別に舞さんを口説こうとしているわけではないのだ。ただ事実を述べているだけで、ニュアンスで感じ取ってほしかった。少し言い淀んだ後、完結に伝えることにした。
「舞さんと僕が恋仲だと思った神様が嫉妬したんだと思う。縁切りの神社に男女2人で来るってことはその2人には縁があるってことだからね」
「は、はあ!?なんであんたと」
案の定顔を赤くして否定をしてくる。こうなることが何となく分かっていたから遠回しに伝えていたのに。それに僕が恋仲だと言ったわけではなく、神様が勝手に勘違いしたのだ。僕が悪いみたいに言われるのは心外である。ブツブツと呟いている舞さんを落ち着けてから帰路に立つ。
「そんな訳だから僕はあの神社に近づけないと思う。でも、さっきの迦具土神様も言ってたけど力がかなり弱ってるみたい。ちょっと調べてみる必要があるかも」
「調べるって?」
「あの神社がなんで縁切りの神社になっているのかとか、祀られているのは何の神様なのかとか。それが分かることで信仰を高めることができるかも」
「そうしたらどうなるの?」
「なんでも聞くんじゃなくて自分で考えなよ。今回は仕方ないけど。神様への信仰が大きくなれば、舞さんの神守としての力が多分上がる」
離君神社神社自体の力が弱いこともあって舞さんに授けられた力は悪いものを寄せ付けないものだけだ。
学生時代の話だが、神様に好かれた魔術師や契約をした魔術師がいた。その魔術師たちは神の持っている権能を使うことができ、それを魔術としていた。神と言っても神話の主神クラスのものではなく神々の世界に存在していた名もなき神だが。
それこそ迦具土神様の言っていたような忘れられた神とは名もなき神と同じものと言えるかもしれない。名もなき神と契約し、その神の眷属としてたった1人の名を知るものになる。その眷属を守り、自分の存在を守っているのだ。
「そっか。それじゃ私のためにも神様のためにも何とかしなきゃね」
「それでこのあとT市の図書館に行こうと思うんだけど。昨日のところは離れてたし、地元のことは地元の郷土史とかで調べたほうが良いと思って」
「分かった。私も付いてく、っていうか場所分かんないだろうし案内してあげるわ」
自信満々に歩みを進めていく彼女の後をついていくのだった。
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隣のN市の図書館に比べたら少し小さいが立派な図書館である。中に入り、地元の歴史資料がある場所へ向かう。舞さんは僕の後ではなく、別の場所へ向かった。
「T市の歴史資料はここかな。離君神社だから「は行」のやつを調べよう」
歴史資料は量が多いため、五十音で分かれていた。は行の本を手に取る。重量感のある本は歴史の重みともいえるだろう。その本を持って近くの椅子に座り調べ始める。
しかし、離君神社の記述は無かった。他の資料も漁ってみるがどこにも離君神社について名前すらも書かれていない。神社の荒み具合をみる限り、最近できた神社だとも考えられない。歴史資料に無いということは考えられない。
時代が進むにつれ名前が変わったのだろうかと思い、ら行も確認する。神社の名前は音読みをすることが殆どだ。その反対に寺の名前は訓読みで読むことが多い。確認としてら行の本も確認してみたが、やはり離君神社の記載は無かった。
同じ資料には今日行った宮火神社の事は書かれていた為、神社が載っていないということはなさそうだ。スマホを取り出し、検索欄に離君神社を入れて検索をかける。最初からそうすれば良かったのだが、普段使わないため忘れていた。
スマホの検索でも引っかからない。
「どういうことだろう?実際に存在しているわけだし……。散さんに聞いてみないと分からないな」
図書館での目的は直ぐに済んだ為、帰ることにする。舞さんに声をかけるため周囲を探す。彼女は意外と近くにおり、今日は新潟県の神様が載っている本を見ていた。
「舞さん、何見てるの?」
「うわ、びっくりした。急に声かけないでよ」
驚いて本を落としそうになっていた。そこそこの厚みのある本なので落としたら大変だ。真剣に読んでいたため、小声で声をかけたのだがそれ以外に驚かせずに僕の存在を気付かせる方法はあったのだろうか。
「こっちの調べ物は終わったよ」
「そう、じゃあ帰るわよ」
「舞さんの方はいいの?」
読んでいた本を本棚に戻す。その本の付近には土地の信仰であったり風土記であったり、地元に関係する物が置かれていた。興味を持ってくれて何よりである。
「私のは何時でも調べられるからいいのよ。それに目当ての物はなかったし」
「目当てのものって何?」
「離君神社のこと。やっぱりあの神様がなんなのか気になるのよ。今日の迦具土神様の話でもそうだけどあんたが来てから急に巻き込まれるようになった。巻き込まれると毎回私が何も知らないことが分かったの。あんたが言ったでしょ、まずは知識って」
舞さんも僕と同じく離君神社について調べていたらしい。僕とは別のアプローチだったがそれでも離君神社の存在はこの図書館には知られていなかった。
知識を得るということは恐怖を減らせるということにも繋がる。魔術師が、恐怖するのは理解が出来ない事。知識さえあればその場をくぐり抜けることができる。その知識の推察が間違っていたとしても、自分を冷静に保つことができ、裏世界という摩訶不思議な世界で思考を止めることがなくなるのだ。
舞さんは今回僕のせいで巻き込まれているかもしれない。しかし、僕が帰ったあとに一人で巻き込まれないとも限らない。今まで無かったことが急に起こる可能性もゼロではないのだ。
「やってやるわよ。私のためにも神様の為にも、私しか居ないんだから」
彼女はやるべきことを見つけたのか、燃えていた。
使命感からか、責任感からか分からないが、舞さんの神守としての意識が萌えて始めていた。
・
その後は何事もなく帰宅。
昨日と同じように散さんに迎え入れられ、その日に起こったことを話す。今日の話は専ら宮火神社に行ったこと。
「今日は神様に会ったわ」
「宮火神社に行ったんですよ」
「ふむ。宮火神社ということは迦具土神様か。会ったとはどういうことだ?」
「いや、だから火の玉として出てきた神様と話したってことだけど」
舞さん言葉に散さんは机に手を立ち上がる。飲んでいたお茶が入った湯飲みが大きく揺れたが中身がこぼれることはなかった。
「舞、お前、神様が見えるのか?小僧は分かるが……」
「言ってなかった?初日にこいつが来たときも見てるし」
「私はてっきり坊主だけが見た物だと思っていたが……。そうか、私には見えないからな」
初日に廊下で華上家は代々神守の家系と言っていたが散さんは神様が見えないという。孫である舞さんが見えるのだから散さんが見えてもおかしくはない。
「散さん、神守の家系の方ですよね?見えないんですか?」
「見えん。気配は感じるが。そもそも神守の家系なのは私の妻の家系であり私は婿養子なのだ。昨日も言ったが私はあの神社に入れん。魔のものは見えるのだ。ただ神とは魔のものとは別格だ。おいそれとただの人が見ていいものではない」
今日の迦具土神様が例外に当たるだけで、神という物は人前に追いそれと出てこない物だ。
年に1回10月には出雲大社に神様が勢ぞろいする。その月は旧暦では神無月と言うが出雲のほうでは神が集まるゆえに、神在月と呼ぶ。その期間は神に対して様々な催しをして神と縁を結ぶらしい。
神とは人間とは違う遥か格上の存在であり、見える見えないという話自体がおかしいのだ。
「じゃあ見えてるこいつが異常なのね」
「舞さんもだけどね」
横に座っている舞さんに肩をどつかれる。「仲が良くなったもんだ」と普通の祖父のような事を抜かしている老人が居るが完全な暴力である。暴力で仲良しと判断するのは昭和の体育教師みたいなのでやめてほしい。肉体派魔術師ではないのだ。
「そうか、舞にも見えるのか。舞はそこの神社の神様も見えているのか?」
「いえ、見たことないわ。今日迦具土神様を見たのが始めてだもの」
散さんは感慨深そうに呟く。その目は過去を思い出しているかのようで眼は少しだけ潤んでいた。
「私の妻、舞からすれば祖母だな。あいつも神が見えていたのだ。この地で神子としてあの神社を守っていた。神子として未婚でなければならないため私たちは婚姻を結んではないない」
「じゃあ、舞さんのご両親は?」
「妻が産んだのは息子だった。息子は普通に妻を娶り、舞が生まれたのだ。あの神は夫婦の契りを結ぶことに対しては否定的だが子孫を残すことに対しては自分の存在を後世に伝えるためと割り切っているのだろうな」
「両親は普通の人よ。変なものも見えないし、今も出張中。おじいちゃんは神社のもろもろの仕事、行政的な奴やってる。私は直接神社に行って掃除したりしてるってこと。おじいちゃんがあの神社行かないのって面倒だからとかじゃなかったのね」
「面倒で職務を怠っては神守の仕事などできんよ」
つまり、散さんは男性なのであの神社の神様に嫌われているため入れないということ。だから舞さんがあの神社に行っているということ。神社にいる神を、2人とも確りと守っているのだった。
「散さんはあの神社の神様がなんなのか知らないんですか?」
「ああ、知らない。恐らく倉庫に古い書物が保管してあるからそれを見れば分かると思うが」
散さんは立ち上がり、タンスの中から1本の鍵を出してきた。その鍵は持ちての部分は錆びていたが差し込む部分に腐食は見られず、今でも使えそうに見えた。
「倉庫はこの家を出て裏手にある。舞は場所が分かるな?」
「昔から入っちゃ駄目って言ってた場所でしょ。鍵かかってるから入れないに決まってるのにね」
「お前はやんちゃだったから鍵を探して入ったら大変だったからな」
他人の前で自分の過去の事を話されると恥ずかしく感じるらしく、舞さんはこっちを一瞬見た後、散さんの方を睨んだ。散さんはそんな舞さんをみて笑っている。これがこの家族のコミュニケーションの形なのだろう。
恥ずかしさを隠すように舞さんは立ち上がり、少し大きな声で一人ごちる。手に鍵を持っていることから、直ぐに倉庫へ向かうようだ。僕も舞さんについていくため立ち上がる。
「図書館で態々調べたのに」
「副産物としていろいろ学べて良かったでしょ」
「それもそうね。それで離君神社について分かるわ。どこにも載ってなかったのが家にあるなんて灯台下暗しってやつね」
よくよく考えれば離君神社を代々守ってきたのは華上家なのでこの家に資料があると考えつきそうなものであるが、舞さんと色々な場所を巡るのが楽しくなっていたのか思いつかなかった。
縁切り神社の事を調べていくうちに、僕と舞さんには奇妙な縁が結ばれてしまったのかもしれない。次に離君神社に行くときは確りと魔術の準備をしていかなければならない。僕の魔術が神様に通じるかは分からないが備えあれば憂いなしだ。
「ちょっと待て、舞」
立ち上がり部屋から出ていこうとする僕達を焦った声が呼び止める。先ほどまでとは違う声色に僕達2人は振り返る。散さんは先ほどまで座っていた状態から膝立ちになり、舞さんの方へ手を伸ばしていた。
「なに?おじいちゃん。どうしたの」
舞さんはいつもと違う様子の散さんに戸惑っている。数日前に来た僕でも分かる。普段の散さんは少し豪快で、冗談も言うような大らかな人というイメージだ。しかし、今の散さんは焦っており、何か大変な事態に巻きこまれた様相をしている。
「お前、その、離君神社とはどこの神社のことだ?」
聞く。
「いや、家の近くのあそこの神社よ」
答える。
「そんな神社、私は知らないぞ」
資料にも、散さんも知らない神社。
離君神社は僕と舞さんしか知らない神社だった。
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