燃えて萌えて華開くep2
僕は朝日が昇るとともに起床した。昨日思いついた舞さんの朝の神社へお参りに付いていこうという計画を実行に移すためだ。ただの興味本位と言うわけではなく、どこまでなら近づけるのかの確認もしたかった。急に起こされることも想定して枕の下に『ᚨ(アンサズ(コミュニケーション))』のルーンを入れていたが杞憂だったみたいだ。
目覚めた僕は服を着替え、軽く身だしなみを整えてから玄関に向かう。アウターは一着しか持ってきていないため、連日同じものだがいいだろう。
「あら、今日は随分早起きね」
そこには丁度、家から出ようとした舞さんの姿があった。朝日と共に起きた為、玄関で格好良く舞さんが来るのを待っていようと思っていたのだが先を越されてしまったみたいだ。
「早起きは三文の徳って言うからね」
「三文って100円くらいらしいわよ」
「じゃあ自販機の飲み物一杯分の幸運を祈るよ」
そんな軽口を叩きながら舞さんとともに家を出る。夏が近いとはいえ、早朝はまだ暑くはなく過ごしやすい気温であった。特に木々が沢山生えているこの場所は街中よりもだいぶ涼しいだろう。
「あんたも付いてくるの?」
「勿論。そのために早起きしたから」
「入れないって言ってなかった?それにこの前襲われたし」
昨日の散さんとの話をしっかりと聞いていた舞さんは僕に問いかける。その顔は此方を心配しているわけでもなく、ただ興味本位で聞いたらだけみたいだ。
「入らないよ。鳥居をくぐればそこは神様のテリトリーだから鳥居の外にいる。それでたぶん大丈夫なはず」
「何かあっても知らないわよ」
鳥居の外にいる僕に何かあるということは、必然的に鳥居の中にいる舞さんも巻き込まれることになると思うが黙っておく。
神社へ続く道を通るのはこれで2回目だ。前回の時は神社までたどり着くことは出来た。しかし、今回は段々と身体が重くなっている。気の所為ではなく、何かの圧に身体を押さえつけられている。鳥居の前にすら行けず、神社の鳥居からまっすぐ伸びた道の半分も行けなかった。
「舞さん、ごめん。これ以上行けなさそう」
「え、なに?どうしたの?」
舞さんには何の影響もなさそうだ。僕だけが謎の圧によって神社に来ることを拒まれている。自分が何も受けていない舞さんは道の途中で行けないという僕のことを不思議そうに見ている。
「鳥居までも行けないみたい。多分、神様に嫌われてる」
「そうなの?」
「前回のこと根に持ってるみたい」
神様からの愛を受けている少女を神様の目の前で誑かしたとでも思われているのだろう。縁切りの神様というのは自分の寵愛を与えたものとそれ以外のものの縁を切る神様なのだろうか。図書館で調べなければ行けないことが増えてしまった。
「じゃあそこで待つか、大丈夫そうなところで待ってて。日課だけ終わらせてくる」
「分かった。僕は行くの止めておくよ」
そう言うと軽やかな足取りで神社の方へ向かう舞さん。行くのを止めることを決めた僕の身体からは謎の圧が消えた。やはり、僕をこの神社に近づけたくはないらしい。この神社の中で舞さんと僕が一緒にいるのが許せないのだろう。
昨日は一日舞さんと共にいたが別段、今のような圧は感じなかった。帰り道に家に近づくに連れて裏世界へ巻き込まれ、家に着く頃にはなくなっていた。思えば裏世界に巻き込まれた場所は丁度神社へ続く分かれ道の辺りだった。
「嫉妬深い神様だ」
僕は地面に座り込み、戻って来る舞さんを待つのだった。
・
「お待たせ」
舞さんは一輪の花を持ち戻ってきた。
「おかえり。それ今日の花?」
「種類とかは分からないけど今日神社で神様から受け取った花」
花の種類には詳しくないが毎日家に飾られているものと同じ種類のものに見える。僕だけではなく、舞さんも花の種類は分からないらしい。
実際、花を見ただけで種類が明確に分かる人は植物に詳しい人くらいだ。
それよりも気になる言葉が聞こえる。
「受け取った?どういうこと?」
取ってきたや摘んできたではなく"受け取った"と舞さんは言った。受け取るというのは個人ではありえず、他者が存在している時に使う表現。
「別に見えるとかそういうわけじゃなくて、毎日朝になると境内に置いてあるの」
「不思議なこともあるものだね」
この神社には分からないことが多すぎる。地元にも図書館があると昨日聞いたので、行ったほうがいいだろう。地元の図書館ならその土地の郷土史などあるはずだ。
・
「それで今日はどうするの?」
「舞さんって離君神社以外の神社行ったことある?」
「小さい時におじいちゃんと一緒に行った事あるけど」
「おばあちゃんとは?」
「無いわね。離君神社の管理があるとかでおばあちゃんとは行ったことない」
今日は離君神社以外の神社に向かうことにする。ここの神様が舞さんにも執着している場合、他の神社に行った時どのようになるのか気になるのだ。今後の仕事でも舞さんは他の神社に行くことがあるかもしれない。その時になって、他の神社に行くことが出来ないとなってしまっては困る。
「今日は別の神社に行ってみよう」
「良いけど大丈夫かな」
恐らく大丈夫ではないだろう。舞さんではなく、別の神社に連れ出した僕が大丈夫ではない。それでも確かめたいことがあるのだ。
「大丈夫、大丈夫。何かあったら僕がどうにかするからさ」
「いや、あんたがどうにかできたことないじゃん」
神様に追われた時は逃げ延び、火の玉の時は通り過ぎた。言われてみれば僕は何もしていない。相性が悪いのだ。僕の魔術は自分対象であり、自分に影響のある場合のみ他人を対象とすることができる。それに予め、設置したり準備したりしておくような"待ち"の魔術のため突発的な出来事には準備が足りていない。
それに相手は神様だった。神様は魔術よりもさらに神聖で超常的な存在である。人がどうこうできる次元ではないのだ。
「とりあえず今日は別の神社行ってみよう。火の玉をみて思いついた神社にさ」
・
昨日の図書館での資料の中に、神社を紹介している本があった。新潟県にある神社の紹介で大きなところから小さな摂社まで載っており、僕は舞さんを待ちながら興味深く見ていたのだ。
その時にT市からも近く、そこそこ有名な神様を祭神にしている神社を見つけた。
「着いたよ。ここが目的地の宮火神社。祭神は迦具土神」
「離君神社ほどじゃないけど大きくはないわね。それに普通の建物の近くに急に出てくるし」
「大きい神社の中にある小さな神社って思ってくれていいよ」
横には旅館があり、目的を持ってこの場に訪れない限り素通りしてしまうようなところに鳥居はある。この鳥居の近くに寄っても今朝のような身体の重さは感じない。
ここの神社は迦具土神を祭神としてる宮火神社。この土地を火災から守るために作られ、火の神様を祭っている。
迦具土神は日本神話に登場する神様である。伊邪那美の子供とされるが、火の神様故、生まれる時に産道を焼いてしまいそれが元となり伊邪那美は死んでしまう。それに怒った夫の伊邪那岐が迦具土神を切り捨てるというお話だ。
「それでなんでここに来たの?」
「昨日火の玉みたよね?それで火の神様の資料を昨日見たこと思い出してね」
「本当にそれだけ?」
「それだけだよ」
僕たちは鳥居の前で一礼をし、参道の横を進む。中央は神様の通り道と言われており、中央を進むのは無礼に当たるとされている。
それでも大きな神社などは混雑しており、そのような現代マナーと呼ばれるものは必ずしも守られているわけではない。
奥の方へ進んていくと小さな祠のようなものがある。祠の前には鳥居があり、上部には『宮火神社』と書かれている。神社の鳥居にはその神社の名前が書かれていることが多いが、思い出す限りでは離君神社には名前が書かれていなかった気がする。
「ここまで来たけど何もなかったわね」
「何かある方がおかしいんだよ。僕らは普通に神社に来ただけなんだし」
「あんたといると変なことが起こるから言ってるのよ」
「神様の前で言い争いは止めておこう。手を合わせてから帰ろうか」
神の御前である場所では争いを起こさないというのはルールとして存在している。そもそも日本の神様は争いには向かず、戦いの相手も化け物であったり神様同士で戦うことは殆どない。海外の神話は神様同士の戦いがよく描かれているため、日本神話は平和な神話ともいわれる。
僕と舞さんは祠の前で礼をし、手を合わせ瞑目する。
『やっと来たか。……なんじゃ、お主。何処かの神の回し者かの?』
頭の中に声が聞こえる。目を開けて舞さんの方を見るとバッチリと目が合った。舞さんにも声が聞こえたらしい。祠の方を見ても扉が開いていることも無く、周囲を見ても誰一人としていない。
『人間というものは何かしらの姿が見えぬとまともに話もできぬのか。久々に我の声が聞こえたのだ、仕方がない』
謎の声はそう言うと祠の前に火の玉が現れた。昨日の夜見た火の玉と同じもののはずなのに感じるものが違う。一言で表すならば神聖な火。そうとしか感じられない火の玉が目の前に存在している。
「あなたは、ここの祭神様ですか?」
『如何にも。この島国各地に力を分けているうちの一つに過ぎないがな』
「迦具土神……?」
「敬意が足らんぞ小娘」
流石に神様を前にして不敬を働くことは出来ない為、舞さんの肩を叩いて訂正を促す。すぐに「迦具土神様」と言い直してくれた。
『それよりもそこの小娘』
「私ですか?」
迦具土神様は舞さんに声を掛ける。ただの浮いている火の玉であるため表情どころか仕草も読めないが声の迫力だけで相手の言葉を聞いてしまう。離君神社の神様とはまた別の圧を感じる。
『貴様、どこの神社のものだ?神にだいぶ好かれて、いやもはや呪いのようではないか』
呪いとは相手の不幸を願うこと。離君神社の神がが舞さんに対しての執着を迦具土神様は呪いと称した。決して舞さんの不幸を願っている訳では無いと思うが神における呪いは人間のものとは違うだろう。
日本神話で有名な呪いは伊邪那岐と伊邪那美のものがある。要約すると死んだ伊邪那美の元を訪れた伊邪那岐は見るなと言われた伊邪那美の顔を見てしまう。死した伊邪那岐はその顔を夫である伊邪那岐に見られたくなかったにも関わらず。それに対して伊邪那美は『毎日、国の人を1000人殺す』という誓い建てたのだ。それが日本神話における呪いだ。
この呪いのせいで人間には寿命があると昔の人は定義したのだ。
「神社?多分離君神社ってところですけど」
『離君神社?知らんな。神は誰じゃ』
「えっと、ちょっとわからないです」
僕を置いて神様と会話をしている舞さんを見ながら最近の女子高生のメンタルはどうなっているのか甚だ疑問である。来栖さんも裏世界の出来事にすぐ順応するし、舞さんも今の状況を受け入れている。悪いことではないが、これが女子高生のスタンダードだと思ってしまう。
『忘れられた神ということか』
「忘れられた神ってなんですか?」
『言葉の通りじゃ。信仰の無くなった神は少しずつ力を失っていく。ただの1人でも信仰するものがいれば存在はできるが。小娘のところの神も、もはや小娘しか信仰してくれる対象がおらんことでその小娘に執着しとるんじゃろう』
迦具土神様の言葉で合点がいく。僕が離君神社の神様に嫌われているのは俗物的な考えだが舞さんが神社に来なくなる可能性があったからかもしれない。男と女が縁を結ぶことにより神社に来なくなることを神様は知っているのだろう。
結婚により地元を離れたり、子育てで忙しくて手が離せなくなったりと理由は様々ではあるが残る事実は神社に誰も来なくなるということだけ。
神様は自分の存在を守るためにもたった1人の信仰者を守らなければならないのだ。
「知りたかったことが知れて良かったです。偶然ですが此方に来ることが出来たのも幸いでした」
偶々、火の玉に遭遇して火の神様を思い出した。その結果がここの神社にたどり着くことが出来た。
『偶々?何を言っている。我が火の玉を使ってここに誘導したに決まっておろう。今の時代に珍しい、神の力を感じた故、それに連なるものを呼ぶのは必然であろう?』
僕は着てきたアウターのポケットに手を入れると、そこには入ったままになっていた『ᛈ(ペルソー(偶然))』と『ᛚ(ラグズ(直感))』のルーンが掘られた石が入っていた。街から出てきた時に来ていたアウターに入りっぱなしになっていたようだ。
「説明してもらうこと出来ますか?」
『仕方ない。久々の話し相手、譲歩してやろう』




