燃えて萌えて華開くep1
第2章3節です
社長パートです
散さんに調査を頼まれたため、翌日から行動を開始することにした。
「調査って何すればいいんだろう。近くにある怪異とかなんか知ってる?」
「知らないわよ。私、悪い物見えないし」
舞さんと適当に喋りながら散策する。一応、何かの情報があればいいので人通りの多くなさそうな住宅街をぶらつく。僕一人であったら不審者に思われるかも知れないが隣に女子高生がいれば大丈夫だろう。親子には見えなくとも兄妹には見えれば幸いである。
まずは目標を考えなければならない。大きな目標は舞さんにある程度の知識をつけること。そのためには付近にいる妖怪等に慣れさせる事が大事だろう。
妖怪などは人間に危害を加えるものと考えられているが実際はそういうものばかりではない。人間が妖怪を見る機会がないように、妖怪もこちらの世界に来ることはまずないのだ。しかし、現世界の今いる座標は裏世界でも同じ座標になる。空間のズレによって世界が分かれているのだ。
つまり、見えてしまう人には見えるのだ。
舞さんには悪い物が見えないらしいが僕には見える。
「とりあえずこの辺の妖怪とかの噂知らない?」
「いきなり言われても困るわよ」
「散さんになんか聞いたりしてない?」
舞さんは顎に手を当て考え始める。いきなり立ち止まるものだから僕は先に進んでしまった。周囲に人影は見えないが歩道の中央で立ち止まっていては通行人の邪魔になるだろう。少し先に公園が見えたため、舞さんをそこに誘いベンチに座らせることにした。
公園には人っ子ひとりいない。それもそのはず、今日は平日である。昼型の人は学校に行っていたり仕事をしたりしていて公園に遊びに来るような人はいない。僕はこういう仕事柄フリーの時間があるため問題ないが舞さんは補導されたりしないのだろうか。
「そういえば舞さん学校は?」
「1週間くらいお休みなのよね。詳しくは知らないけどなんか理科室で火事があったらしくてその関係で休みだって。その代わり夏休みが一週間減るんだって。最悪」
「夏休みがあるだけ最高だよ。それじゃこの1週間は僕と仕事だね」
「……こっちも最悪」
大きく年齢が離れていないとはいえ、女の子に最悪と言われるのはダメージが大きい。空穂ちゃんたちとは違うタイプの子であるため慣れない。慣れない環境というのは思いの外ストレスがたまる。出張ということになっているので仕方ないが、1週間の間に何とかして、早くこの場から立ち去り自分の事務所に戻る決意をする。
少し無理をしてでも、無理やり怪異に触れさせる事が必要かもしれない。
「とりあえず図書館に行って調べよう。図書館の場所分かる?」
「一応この市にも図書館はあるけど、どうせなら隣の市の図書館行こ。N市の図書館は大きいし」
「大きければ情報収集に良さそうだね」
意見が一致した僕たちは公園のベンチから立ち上がる。相談している間も誰一人来なかった。人の声は聞こえてくるが姿が見えないため、少しだけ神様の空間の事を思い出してしまった。
・
「結構大きい図書館だね」
電車に乗り、バスに乗り、N市にある図書館に辿り着いた。実は図書館に来て態々調べることはない。大体はゲティや調さんに聞くことで解決するし、それでも分からなければ酸塊さんに聞けば大丈夫だからだ。生き字引が多い事務所である。
それに今はネットも普及している。最近やっと使い方を分かってきたので調べられるのだが、裏世界の情報がまともに乗っているわけもない。
「そういえば、なんでわざわざ図書館に来たの?ネットとかで調べられるでしょ」
「確かに調べられるよ。市の名前と妖怪とかで検索をすればね」
「じゃあなんで」
「なんていうか情報が多すぎるんだ。妖怪とかそういう物って古来より言伝や文献で伝わってきてるものでしょ?」
舞さんは僕の言葉に頷く。聞き分けは良い子なのだ。言葉が強いだけで。
「言伝や文献ってことは情報が変化していくんだ。例えば最初の人は幽霊を見たとする。その次の人は人形の幽霊だった、そしてその次の人は人形の幽霊には足がなかったって脚色されていく」
逐一彼女の方を確認し、理解できるような伝え方を出来ているか考えながら話す。人と話す時は相手が理解できるように話すのが大切だとゲティが言っていた。相手をバカにするわけでもなく、下に見るわけでもなく、幼稚園児にも伝わりやすいように説明する事が相手に伝えるということらしい。
「ネットっていうのは情報が全国各地から集まり、そこには沢山の人が関わってしまう。つまり、元のものからどんどん変化してしまうんだよ。都市伝説とか知ってる?」
「『くねくね』とか『てけてけ』とか?」
さすが女子高生というべきかネット関係のオカルトは知っていた。普通の女子高生ではなく、裏世界に関わる女子高生だからかもしれないが。
「アレもどんどんネットの噂で尾ひれが付いて大変だったし」
「会ったことあるの!?」
口が滑ってしまった。守秘義務という訳では無いが話し始めると饒舌になり、要らないことまで喋ってしまうのは僕の悪い癖だ。
「あー、まぁそれは追々ね。今大事なのはそういう尾ひれがない古い状態の文献を調べたいってこと」
都市伝説に付いて深掘りしたそうな顔をしていたので先に制す。今回は都市伝説は関係ない、と思いたい。あれに関しては僕の分野外というよりも知識外なのだ。どうやって対処すべきか分からない。
「理由は分かった。でもこんだけ大きな図書館で見つけられるの?」
「レファレンスサービス使えば行けるでしょ」
レファレンスサービスとは伝えた情報をもとに、調べものや資料探しの手伝いをしてくれるサービスだ。図書館にあるデータベースのパソコンを使って調べることもできるし、職員の人に聞くことで調べてもらえる場合もある。
「そう。とりあえず中入ろ」
そもそも外で喋る必要は無かったのだが、流れで図書館を前に立ち止まりながら会話をしてしまっていた。流石に図書館には平日でも入っていく人は疎らにいるため恥ずかしい思いをさせてしまったかもしれない。
舞さんの言葉に釣られるように僕も図書館の中に入った。
・
「職員さんに聞くまでも無かったかもしれないね」
今は6月。もう少しで夏になるという時期。外は真夏ほどではないが少し暑い。
少し先の時期に興味を持たれがちなもの。それは夏特有の心霊系である。この図書館の特集として、妖怪系の展示がしてあった。イラスト等とともに蔵書が置かれており、僕たちにとってはお誂え向きである。
心霊系と妖怪系は厳密には違うが、怖い話という点では同じになるだろう。
「新潟県妖怪図鑑とかいいんじゃない?」
舞さんは一冊の本を手に取る。『新潟県妖怪図鑑』と書かれた重そうな本。背表紙をめくり中を見ると初版の発行は1800年代後半となっていた。かなり古い本であるため、館内での閲覧は許可されているが貸し出しはしていないらしい。
最近では本の中身をデータ化して保存する事も増えてきては居るがやはり原本を大事にしなくてもいいというわけではない。本には本の良さがあり、それを守っていくことも大事なのだ。
「まずはそれを見ようか。ちょうどN市に来てるんだしN市のやつから調べてみよう。実際にそれを見に行くわけじゃなくて知識として入れておくのは大事だから」
「え、ここからは選んで調査するんじゃないの?」
舞さんは何か勘違いをしていたみたいだ。この図書館で情報を集めて、その情報を元に怪異の調査をすると思っていたようだ。実際、文献等には書かれているだろうがそれが実際に存在するものかどうかは分からない。
例えば火の玉などは、昔死んだ人の魂が燃えていると思われていたが、99%は死体に残る燐が自然発火したものと考えられている。ただ残りの1%は本物の怪異である可能性が高い。その1%を情報を元に調べていくのは困難だ。
まずは舞さんに裏世界のものに知識面から触れさせる事が大事だと僕は考える。
「まずはそういう物に触れないとね。舞さんも勉強してるだろうけど違うアプローチもしてみないと」
「分かった」
一言そう呟くと『新潟県妖怪図鑑』を手に持ち、近くの椅子に座って読み始めた。もっとパラパラと読むかと思いきや、しっかりと1ページ1ページ読んでいた。散さんの後を継ぎたいという想いは強いみたいだ。
舞さんが読んでいる間に、手持ち無沙汰になった僕は近くにある紙を手に取る。職員さんか誰かが作った新聞のようなものだった。そこには『学校の階段。学校の七不思議』と見出しに書かれていた。
「(そういえば、七不思議についでに依頼が来てたなあ。僕たちじゃ学校は入れないし空穂ちゃんたちに任せる訳にもいかないから保留箱に入れたんだっけ。あの人に連絡取れば何とかなるだろうし、帰ったらあの依頼片付けないとな)」
適当な本を読んだり、途中でお昼ご飯を食べ、また図書館で本を読むうちに図書館の閉館チャイムが鳴った。僕たちは図書館の外に出る。夏も近づいているため、辺りはまだ少し明るいが家に帰る頃には暗くなっているだろう。
「どう?なんかいい感じになった?」
「いい感じってなによ。とりあえずあの本は全部読んだ。他にも家の近くに何かないかも調べたわ。ちょっと知識が付いて興味がでたくらいで何も変わらないわ」
「最初はそんなもんだよ。知識があるっていうのは裏世界に関わる時に大切なんだ。それこそ生死を分けるくらいにね」
裏世界で自分の力で何かが解決することのほうが珍しい。相手は理解の及ばない超常のもの。それに対して、僕ができることは相手が何かを知っているという知識のみ。その知識だけで生きてこられていると言っても過言ではない。
「さっきから裏世界ってなに?」
「舞さん達のいう魔のものがいるところ。僕達のいる世界とは違うところの存在でしょ?だから裏世界って僕らは言っている」
名付け親の空穂ちゃんのことは言わずに、さも自分が考えたかのように伝える、ずるい大人がそこにはいた。
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「予想はしてたけど真っ暗になったね、それに小雨も降ってきた。昼は天気良かったのにね」
「ここらへんはまだ街灯があるからマシ。家の近くは明かりもないからこんな時間に出歩くことなんて滅多にないわよ。スマホのライトで照らさないと道見えないし」
朝の住宅街は家々に明かりが灯り、人が住んでいることを感じさせられる。ここから華上家に向かうにつれて段々と人通りも少くなり、それに比例するかのように街灯も少なくなる。鬱蒼とした木々の中にある華上家への道は明かりが全くないことは想像に難くない。
今も雨雲があり雨が降っているわけではなく、雲がないのにも関わらず雨が降っている。昼間なら狐の嫁入りというが夜では何というのだろうか。
少し早歩きで帰りながら色々な話をする。僕が今までどんな依頼を受けたのかやどんな社員がいるのかなど、言っては駄目なことを避けて伝える。その度に驚き等の新鮮な反応が見れた。
これが普通の反応だと改めて思うが、うちの社員は魔術師などが多いため何かが起こってもその事象に対してすぐに思考を働かせる。驚くという時間のロスは起きないのだ。
「本当にこの辺りくらいね。ギリギリ目で見えるくらいだしもう少し暗くなったら全く見えないや」
「だから言ったでしょ?自宅の明かりが見えるまでほとんど何も見えなくなるって。それよりも雨強くなったら嫌だし早く帰りましょ」
足元をスマホのライトで照らしながら道を進む。舞さんが僕の足元も一緒に照らしてくれるため、僕は前を向いて歩いていく。舞さんに世話をさせているみたいで大変恐縮だが変なことは言わない。強い言葉で返されるのは嫌なのだ。
「そういえば、ランタンに火を入れて木にぶら下げてたりするの?」
先の方を見ると道の脇には明かりがともっているようにも見える。火の揺らめきが見て取れるため、ランタンなどに火を灯してぶら下げてるみたいだ。舞さんは足元を見ながら慎重に歩いている。
「そんなことして誰が得するのよ。この道使うのなんて私かおじいちゃんくらいだし」
確かにこの道の先にあるのは華上家と離君神社くらいである。この神社に来る人ももういないと言っていまし、2人以外滅多に通らないのだろう。それでは木にぶら下げられたように見えるランタンは一体誰が置いたのだろう。遠目では視認できるだけでも数十個は見える。
「ん?じゃああれは?」
舞さんは僕の指差した方向を見る。先ほど、僕の話していた時と同じ様な表情をして驚いていた。舞さんが驚いたことによって僕も風景の一部として見ていた明かりを認識する。
「なに、あれ?なんか光ってない?」
早歩きで近づいていくに連れてランタンだと思われていたものの正体が分かる。
「火が飛んでるね」
「飛んでるわね。初めてみたけど人魂ってやつ?」
木々の間に無数の火が道を照らすように飛んでいた。
今回はep6まであります。




