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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
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溜まりに溜まってep3

「調さん、予約取れたよ」


 昨日は、翌日打ち合わせをするという取り決めをして解散した。指定した時間通りに来た調さんに対して、僕は予約が取れたことを伝えた。


「予約取れたって、予約待ち結構あるんだろ?」

「偶然、偶々、今日キャンセルが出たんだって」


 僕は手の中で石を転がしながら調さんと会話をする。朝、普通に電話をしたら、『偶然』にも当日キャンセルが出て、一番最初の客としていけることになったのだ。

 僕の方を見て溜息を吐く調さん。


「それやっぱりズルだろ」


 僕の手を指差しながら調さんは言葉を投げる。『ᛈ(ペルソー)』偶然を意味するルーン。これのおかげで当日予約が完了した。今日行くという運命を手繰り寄せたのだ。


「運命を手繰り寄せただけだよ。ズルしてない」

「前から気になってたんだけどよ。その運命を手繰り寄せるってのはなんだ?お前の魔術の性質か?」


 僕からすると運命を手繰り寄せるとしか形容できないことをやっているつもりでも、他から見ると変なことを言っている人に見えていたのかもしれない。魔術の性質、僕の魔術は占いに近しい。他人を攻撃すると言うことができなく、生きていく流れに依存した魔術だ。


「そうだね……。調さん、手を挙げてみて」


 僕の言葉を聞いた調さんは"右手"を挙げる。


「なんで今右手を挙げたの?」

「いや、どっちとか言われなかったし」


 確かに僕は手を挙げるように言ったが、どちらの手を挙げろとも言わなかった。調さんには右手を挙げる、左手を挙げる、両手を挙げる、そもそも手を挙げないなど様々な選択肢があった。その中で右手を挙げることを選んだのだ。


「今の調さんの行動で、左手を挙げるような運命を手繰り寄せるのが僕の魔術だね。そもそも運命っていうのは分岐しているんだ」


 僕は紙をだし、丸を描いてその中に自分と文字を書き入れる。その自分と書かれた丸から放射状に線を伸ばした。それぞれの線を指さしながら説明をする。


「今の僕が辿るのがこの線の運命。でもこの横の線にも僕の運命は広がっている。それこそ右足から先に出すか、左足から先に出すかでも運命は変わるんだ。僕の魔術は、今いるこの線の運命に他の線の運命を手繰り寄せる事ができるって言えば分かりやすいかな?」


 だから自分にしか使えない。相手に対して使うときは自分の運命が変わる時だけである。猫又相手のときは自分が生きると言う運命を手繰り寄せるため魔術を行使した。空穂ちゃんには僕の魔力を込めたルーンを直接渡した。そのことで空穂ちゃん自身が自分の運命を切り開いたのだ。僕にしか使えないのではなく、ルーンを持っている人の運命に対してしか使えない。それが僕の魔術だった。


「なるほどな、じゃあ俺の行動の制限をすることとかはできないんだな?」

「出来なくはないよ。ただ準備がいる。例えばソファに文字を刻んだらその文字の効力がソファに拘束して僕に危害を与えないようにする運命を手繰り寄せる、とか。結局、持ち主の主観というかイメージの話。よく言うでしょ、魔法や魔術に一番大事なのはイメージだって」


 僕の理想とする運命を手繰り寄せようとするにも僕が理想の運命をイメージする必要がある。運命は分岐すると言ったがそれを僕は認識することができないのだ。右足から先に出した僕は左足を先に出した僕のことをイメージするしかない。そのイメージを手繰り寄せて今の僕の運命にする。


「難しいな、とりあえず一旦いいや。また今度詳しく聞くわ」

「どういたしまして、それより予約取れたの午前中のやつだからもう出るよ」

「それは先に言えよ」





 平日の午前、学生たちは学校へ行き社会人は仕事をしている時間に僕たちは地下にある『ストレス発散場』の前にいた。平日なので人通りは多くなく、ここに来る途中の店も人がまばらに入っているだけで、昨日の午後の賑わいとは打って変わって少しの静けさがこの場を包んでいた。


「昨日あのあと考えたんだが」


 ストレス発散場の前で立ち止まり、調さんが話し出す。


「昨日は人間のストレス、負の感情で淀みができる的なことを言ったろ?」

「確かに言ったね」


 龍脈の流れを悪くするような障害物として、人間の負の感情があるかもしれないと昨日の調さんは推測していた。それはあの時、あの場での仮定であったため僕が事務所に帰ってから色々考え直したらしい。昨日事務所に帰ったら調さんはすぐに『考えることがある』と言って自分の部屋に入っていってしまった。僕はとりあえず、何が起こってもいいように僕と調さんを守るための魔術の準備をすることにしたため、今日は準備万端である。


「ここが出来たのってつい最近だよな?」

「確か一、二ヶ月前くらいだった気がする」


 この『ストレス発散場』が出来た時に事務所にチラシが入って居た気がする。『貴方のストレスを発散しませんか?物を壊すというのは普段できないこと!物を壊してストレス発散をしよう!』みたいな事が書かれていた。OPENの日がキリのいい数字だったから覚えている。


「それで一日に予約が三組。当然定休日もある。そんな少ない量の負の感情で霊脈の流れが悪くなるほどの負の感情って溜まるのか、それがどうにも引っかかるんだ。それに霊脈は聖なる力だぞ」


 人間の負の感情を溜め込む場所になっている、と考えられるこの場所。しかしまだ出来てから時間が経っていない。一日に10人程度の人が、自らに溜め込めるストレスを発散し、その場に負の感情を残したところで大した量にならない可能性もある。さらに、この場所は霊脈の真上。霊脈とは自然からなる大いなる聖なる力。不浄の物でも浄化し洗い流してしまう、とも考えられる。


 まとめると、

 人が発散したストレスが負の感情となり、霊脈の流れを阻害している説に対して負の感情が溜まり、聖な力よりも上回るものになるためには量が少ないのではないか。

と言うのが昨日から調さんが考えていたことらしい。

 

「じゃあ、どういうことなの」

「さっぱりだ。兎に角入ってみなきゃ分からん。考えるより動けってな」


 分からない、と言うことも立派な選択肢になりえる。逆に、分からない状況で結論づけると手痛いしっぺ返しを食らうことがある。分からないと結論づけることにより、何が起こっても対処できるようにする、それも一つの選択肢なのである。




 中に入ると薄暗かった。辺りを見回すと従業員らしき人が一人、カウンターに座っていた。


「予約した草伏です」


 『勝手に俺の名前使うなよ』と小声で調さんに言われる。僕の名前は電話越しだと伝えにくいのだ。過去生きてきて何回も聞き直されたり、漢字を聞かれたりで面倒なので誰かと行動するときは僕じゃない方の名前を使っている。

 受付の人に名前を伝えると、名簿を確認してから立ち上がる。『こちらへどうぞ』と僕らに声をかけてから奥の部屋へ案内された。


「本日はストレス発散場をご利用いただきありがとうございます。名前の通り、ここは日々溜まったストレスを発散する場所になります。物を破壊する、大声を出すなど日常でできないストレス発散行為を行いストレスの解消にお役立てください。正しい、性行為等を行うための施設ではございませんのでご了承ください。この部屋は防音ですので声も音も聞こえません。時間になるか、この部屋から出てきてもらえれば終わりになります。質問はなにかございますか?」


 僕たちは二人揃って首を振る。


「それではお楽しみくださいませ。失礼します」


 そう言って従業員の方は出ていった。従業員の人はふつうの人だった。この施設の中に入ったが魔力は感じない。僕は、どこかの魔術師が"敢えて"龍脈に細工をして"何か"をしようとしている可能性も考えていた。だが、この施設自体には魔力を感じないため魔術師や魔法使いなどが絡んでいる可能性は低そうだ。


「んじゃ、とりあえず調べるか」

「おけ、制限時間は……。三十分らしいし早くやっちゃおう」


 利用時間は三十分、意外と長い気がするが物を壊したり大声を出したりしていると自然と過ぎてしまう時間なのだろうか。

 この部屋にあるものを観察する。テレビやベッド、タンスに写真立てに花瓶。古びたゲーム機などもある。家電製品や高価な物を壊すという行為に罪悪感が生まれるがそれを破壊することがストレス解消に繋がるのだろう。片付けや掃除は丁寧にされており、前のお客さんの壊した物の破片などは綺麗に片付けられていた。この部屋に置かれている物は少し古びているが綺麗な部屋だった。


 いや、綺麗すぎる。調さんの最初の仮説は人間の負の感情が溜まっているというものだった。その説は違う可能性があると調さんも言っていたが合っている可能性もあった。しかし、この部屋に入ってきた時だけでなく、この部屋を見てもそのような負の感情が溜まっている場所を見つけることはできなかった。

 しかし、龍脈の流れが滞っている場所はこの施設の場所以外考えられない。昨日調べたがやはりこの中央通りの地下も上も、新しく出来た店はこの店だけだった。徐々に流れが悪くなる場合は、龍脈の流れが徐々に変わっていく。川の流れと同じだ。それが急に流れが悪くなったというような依頼。つまり新しく出来たこの店舗が原因と考えられ、まだ何かあるはずだ。


「調さんなんか見つかった?」


 僕は調さんにも声を掛ける。


「何もない。たぶん何かあるとは思うんだが、どうせだしいろいろ壊してみるか。中に何か仕込まれてるかもしれん」


 藁人形に髪の毛を仕込んだり、箱の中に呪いを仕込んだり、器の中に悪いものを入れるというのはよくある事である。そもそも、最初はこの施設という箱の中に負の感情が入っていると考えていたわけで。

 僕と調さんは備え付けてあるバールのようなものと金属バットを手に取り、色々なものを破壊していった。テレビだったり、ゲーム機だったり、花瓶だったり、手当たり次第壊していく。


「これ、ストレス発散になるの?なんも感じないけど」

「俺は逆にストレス溜まりそうだわ、物壊すって罪悪感半端ないわ」


 そんな話をしながら調さんも色々なものを壊していく。壊した物の中身を確認しても、そこには何もない。封印を解いた時のような嫌なものが溢れ出る感覚もない。僕たちはただただこの部屋にあるものを破壊する、この部屋本来の使い方に沿った行動をしているだけだった。


「ん?なんだコレ」


 そろそろ壊すものが無くなってきて辺りを見ているとタンスの前で調さんが声を上げた。タンスは横から殴られ見るも無残な姿になっている。タンスの引き出しは空いているため、中から何か見つけたのだろうか。僕は調さんの方へ近づいて声を掛ける。


「どうしたの」

「いや、この写真立て壊れねーんだけど」


 タンスの上には写真立てがあった。中には何も入っていない。ただの写真立て。変な雰囲気もしないし、もし変なものだとしたらこの距離まで近付いた調さんが気付かないわけがない。僕も、持っていたバットで写真立てを殴った。写真立てに当たっているはずなのに当たった感覚がしない。何かに守られているような、そんな感触があった。


「本当だ。壊れないねこれ」

「多分これだろ。原因。なんだこれ」

「壊してみるよ」


 この場で唯一壊れないもの。中に何も入っていない、木で枠組みを作られたであろう写真立て。普通ならバットで殴ったらバラバラになるはずだが傷一つつかない。

 僕はその写真立てを壊してみることにした。これが今回の依頼が起こることになった原因かもしれない。気になるものは確りと調査する。

 僕は準備していた道具を出す。と言ってもただの魔力ペンである。写真立てを手に取り、写真立ての裏にペンを立て文字を書き込む。写真立てに書き込んでいるはずなのに薄い膜のようなものの上に書き込んでいる感覚になる。多分この写真立てが壊れなかったのも、薄い膜に守られて居たからだろう。

 『ᚺ(ハガル)』の文字。これは空から降る氷、つまり雹を表す文字。自然災害である雹はいとも容易く物を破壊する。そこから関連付けて『破壊』の意味を持たせて写真立てに書き込んだ。


「ここは物を破壊していい場所だからね、ルーン魔術で破壊してもいいでしょ」


 そして書いた文字に僕は魔力を流すと、写真立てを覆っていた膜のようなものは砕け散った。

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