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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
過去が笑い、現在は傍観し、未来は叫ぶ

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七竈に思いを馳せてep2

ポイントくれ

 その日から化野はドルイドの教えを受けることになる。しかし、ドルイドは教育をしたことはなかった。かれこれ数十年の間、森の中で魔術の研究をしていた彼には弟子は一人もいない。初めて出来た弟子に魔術を教えようにも一向にケルト魔術の素養は見られなかったのだ。

 魔術という概念が浸透していない日本人には魔力を理解することも難しかった。化野に魔術師としての期待をしていたドルイドは人生初の躓きを覚えていた。自分自身で魔術を研究して履行することと、誰かに魔術を教えることは大きく違うことをこの時初めて知ったらしい。


「まさかここまで魔術が使えないとは思いませんでした」

「だから言ったでしょ。僕には魔術が使えないってさ」


 映像の中にいるドルイドの表情を化野は見たことがなかった。当時の自分はドルイドの教えに対して真面目に勉強をしているつもりだった。それでも魔術はあり得ないものという考えが脳内にあり、魔術をイメージすることができなかったのだ。当たり前に魔術を使う魔術師の脳内には魔術が存在しないイメージなどは無いため、当時の化野とドルイドの間には乖離が生まれていた。

 その結果、体内に魔力があるにも関わらず魔術を使えないという化野のような少年が生まれてしまったのだ。だが自分の意志で魔力を操作して魔術を起動できないだけで、化野自身は魔術を使っている。ドルイドから渡されたお守りであるルーン文字に魔力を流し、コミュニケーションを取れている。魔術の成功例があったからこそ、ドルイドの期待ははかなく散ったのだった。


「使えないことはありませんよ。現に今も使えていますし」

「僕には仕えているようには思えないけど」

「まだ分かりませんがケルト魔術に関しては才能がないのかもしれません。少し実践をしてみましょうか」


 尚も諦めきれないドルイドに押されて、室内で行っていた座学から実践形式の勉強へと切り替わる。


「(当時の先生ってこんなにも必死だったんだね。自分の魔術を継承するために)」


 ドルイドは自身が作り上げてきたケルト魔術を継承する相手が居ないかと思い悩んでいた。魔術師にとって一代で終わってしまうのは自身の名を後世に残せない不名誉なことだった。一子相伝の魔術を伝えることで、自身の名を残す。ドルイドは結婚もしておらず、子供もいない。新たに弟子を取ろうにも、魔力を持っている子は既に他の魔術師の弟子になっているし、ファンタジー作品が多々ある現代では地味な魔術に興味を惹かれる子供は少なった。化野の存在は魔力もあり、自分の教えを素直に聞いてくれるので弟子として魔術を継承するのにふさわしい存在だったのだ。


「(この後、僕にはケルト魔術の才能が全くないと知って酷く落ち込んでいたなぁ)」


 化野が思い出していた頃、画面の中のドルイドも表情が固まっていた。


「何も起きないよ?」

「本当ですか?その植物の木に力を込めたら何も感じませんか?」

「うーん。何も感じない。ただの木だね」


 映像の中にいる化野が手に取っているのは一本の木の枝。その木の枝には化野には読めない文字が刻まれていた。


「先生。この木の枝って何?」

「これですか?これはローワンと呼ばれる木です」

「ローワン?なにそれ」

「日本ではナナカマドと言うんでしたか」


 ナナカマドという植物が日本にもある。七度竈に入れても燃えないと言われ、火災よけや雷除けとして植えられることもある。ケルトでは魔除けとされる木で、実と葉の形から五芒星を連想させる理由から魔術的意味合いを強く持つ。ケルト魔術の中でも神聖な植物として媒介によく使われているのだ。


「それじゃここに刻まれている文字は?」

「その文字はルーン文字。一文字一文字に意味を持つ不思議な文字だと思ってくれていいですよ」

「なんて書いてあるの?」

「ᚦ(スリサズ)ですね。この文字は北欧神話の雷神トールに関連付けられます。私がこの枝にスリサズを刻む理由もそこにありますね。雷神トールが川に流されそうになった時、ローワンの枝にしがみついて難を逃れたという伝説があります。そこから魔除けの意味合いを持ちます。この文字の意味は棘などの攻撃的な意味を持ちますが棘は外に向けば最大の防御となる。ローワンの枝に込める魔術は魔除けや幸運なので相性がいいんですよ」


 滔々と語り始めるドルイドに、化野は懐かしさを覚える。普段は優しくて温厚なドルイドも自身の魔術について語る時は饒舌になってしまう。魔術師だから魔術を使うのではなく、魔術が好きだから魔術を使っているのだ。その考えは今の化野にも受け継がれている。魔術を使わなければいけない環境に生まれ、生きるために魔術を覚えた人達とは考え方が違う。


「難しいよ」

「……業くんには難しかったたですね。兎に角、その文字にはローワンの枝と同じように魔除けの力が込められているんですよ」

「魔除けね」


 この瞬間のことは化野の記憶に深く残っている。

 化野がルーン文字を見て、認識しながら力を込めるとローワンの枝が淡く光りだしたのだ。魔力というものもよく分かっていない化野は体の中にある力を枝に送り込むイメージをしながら、枝のことをじっと見つめていただけだった。

 イメージこそが魔術であり、自分の方向性を示す。魔力を流すイメージが固まりさえすれば、小さな魔術は発動するのだ。


「で、できてますよ。業くん」


 喜びを隠しきれずに幼き化野の肩を何度も叩くドルイド。その衝撃で集中力が途切れてしまい、淡く光っていたものが霧散していった。


「これが先生の言うケルト魔術?光っていただけにしか見えないけど」

「ケルト魔術とは少し違いますが形質は似たものでしょう。他にも試してもらっていいですか」

「いいよ」


 化野とドルイドは一度家の中に入る。ドルイドから研究材料があるため立ち入りを禁止されていた部屋に連れて行かれ、棚から様々な木材が目の前の机に置かれる。掃除を怠っているからか、木の匂いの中に黴臭さが混ざっていた。化野は今は亡き祖父母の実家に言った時の押し入れの匂いと同じようなものを感じていた。長い歴史が作り出した匂いだ。

 

 机の上に数本置かれた木材ら全て、魔法使いが使うような杖の形状に整えられており見栄えが良かった。ローブを着てから杖を持てばコスプレが完成してしまう程の完成度。

 ドルイドはその木材から不思議な文字が刻まれているものと刻まれていないものを選別してから再び外へと足を運ぶ。


「先ほどと同じようにこの枝に力を込めてください」

「これは何?さっきと違う木の種類?」

「これはヒイラギの枝です。日本でも季節の節目に魚とヒイラギで魔よけを作ると聞いたことがありますし、割とメジャーな植物なのではないですか?」


 幼き化野はヒイラギという植物を知らなかった。産まれてから十年程度日本で生きてきたが魚と木を使った魔除けなど一切見たこともなければ聞いたこともない。

 日本から遠く離れたこの地でもヒイラギという植物が魔除けとして同じ意味合いを持つことに化野の興味は向いていた。植物自体に意味を持たせて、精神の安寧を測る。何処にいても人間というものの根幹は変わらない。


「分かんない。兎に角力を込めればいいんだね」


 脳内で、力がゆっくりと木の枝に向かうようにイメージをする。一度の成功体験から、すぐに魔力を操作できるようになるのは才能という言葉でしか片付けられず、ドルイドも感心した表情を浮かべていた。

 化野がヒイラギの枝に魔力を通しても何も起こらない。失敗したと思った化野はすぐにドルイドの方を向くが、ドルイドは失敗に対して叱責をすることはなかった。


「さっきは上手く出来てたのに出来なくなっちゃった」

「大丈夫ですよ。次はこちらを」

「さっきと一緒だよね。また失敗しちゃうかも」

「よく見てください。その枝にもルーン文字が刻まれていますよね」


 木の枝を持ち上げてじっくりと観察をすると小さく文字が書かれていた。


「そこにはアルギスという守護のルーンを刻んであります。ヒイラギが魔除けの意味を持ちますがローワンとは別の魔除けです。ローワンが他者を近づけない魔除けならば、ヒイラギは相手を諭す守りの魔除けです。ヒイラギの棘は時間経過で取れて丸くなっていきます。時間をかけた魔除けの魔術がヒイラギを使ったケルト魔術になります」

「だから説明されても僕には分からないって」

「そのルーン文字には守る意味が込められています」

「今度は守るイメージ……守るイメージ……」


 小さく言葉を唱えながらヒイラギに力を込めていく。頭の中に浮かんでいるのはローワン時に考えていた相手を倒す魔除けではなく、やって来た魔を説得して帰ってもらう優しいイメージ。化野は目を閉じて、強くイメージをしていると、ヒイラギの枝が淡く光りだした。


「わっ。できたよ先生。さっきはできなかったのに」

「ふむ。もしかしたら業くんはケルト魔術ではなくルーン魔術の才能があるのかもしれませんね」


 これが化野がルーン魔術士として魔術を覚えることになるルーツだった。

・ローワン

・ヒイラギ

・雷神トール

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