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魔術会社サークルのオカルト怪奇譚  作者: 人鳥迂回
深く混じって"愛"対して

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可可、可不可、不負ep7.

 体内に蓄積された水銀を取り除く術は魔術師にはない。それこそ魔術的要素を含んだ水銀による異常のため、当時から僕と相良さんが関わり合っていればなんとか出来たかもしれない。

 僕の知り合いには医学専門の魔術師がいる。変な人だが人を助けるという点においては信用に値する。その人ならば体内にある水銀をどうにか治療できただろう。

 相良さんを見るに、自分の研究と娘の命なら娘の命を取るだろう。自分の研究がバレるリスクよりも、その後の娘の人生を考えた時に禁忌を犯していることがバレたくなかったのだ。


「魔術師であるが故に娘さんは亡くなったってことね」


「ええ」


「それなら何で未だに賢者の石の研究をしているのさ」


 相良さんは娘さんが病気などで亡くなることが無いように賢者の石の研究を続けていた。娘さんが死んでしまった以上、研究を続ける理由など無いように思える。

 奥さんが死に、娘が死ぬことに恐怖を覚えて始めた研究。初歩の初歩から始めた研究はきっと先人をなぞるだけで新たな成果が生まれたかは分からない。

 

 娘を殺した魔術の研究を未だに続けている理由が僕には分からなかった。


「単にこの研究をしているときだけは妻のことも、娘のことも忘れないからです。いい記憶も悪い記憶も。賢者の石の研究は私が妻と娘に捧げた魔術の証。それを途中で投げ出すことは二人の死を私が忘れることに他ならない」


「お墓参りとかすればいいんじゃないかな?」


「化野くんは身近な人が亡くなった経験がないから分からないんですよ。自分に近しい人が亡くなり、不可能を可能にする超常のものが手元にあればなんとか出来ると思ってしまうのが魔術師なのです」


「一緒にしないでほしいなあ」


 結局、相良さんは奥さんや娘のためと言いながら自分の心を守るために行動をしていただけなのだ。辛いことがあった時に人間は防衛機制が働くとされているがその類だろう。

 相良さんは賢者の石なんてものが出来ないことが分かっている上で、その研究をしている時は奥さんや娘のためを思うことが出来るからやっていただけ。その事実は悲しいと思うが魔術師としては呆れるばかりである。


「霞を掴むようなものと分かって研究をしてるなんて魔術師とは言えないよね」


「魔術師である前にひとりの人間なんですよ」


「自分語りありがとね。此方からも質問いいかな?」


 話を聞く限り、相良さんは過去の研究をなぞっていただけだ。それも資料か何かに記載されている方法。一介の魔術師が見られるような資料など貴重性が高いとは思えなかった。真に秘匿性の高い研究資料などは簡単には見ることが出来ないだろう。


「いいですよ」


 相良さんは呆れたように言い捨てる。呆れているのは此方も同じなためお互い様だろう。


「賢者の石の研究ってさ、まだ水銀を使ってるだけだよね?」


「はい。水銀と様々な物質を魔力で掛け合わせて反応を見ている程度ですね」


「その研究場所ってどこにあるの?」


 相良さんは黙る。この部屋で研究していない以上、どこか別の場所で実験をしているはずだ。その場所を知ったところで真偽は分からないが、聞き出せるものは聞き出しておきたい。


「それはまあ、魔術管理局の人にでも話しますよ。化野くんには教えてあげません」


 先ほどの僕の態度への意趣返しのように相良さんはからかいの笑みを浮かべた。


「あっそ。因みに水銀と組み合わせる物質に動物や人間は使ってないよね」


「使っていませんよ。そういう研究も勿論ありましたがそこに至るには時間がまだまだ掛かりそうでしたので」


 相良さんの言葉を聞いて少しだけ安心した自分に驚く。人間を使った研究は賢者の石の研究と同様に禁止されている。相良さんが人間を殺してその媒体に使用していたらこの先僕らが出会える確率は皆無だっただろう。

 この家を出たら僕は相良さんを通報する。言い逃れをすることは無いと思うが、一応証拠のために録音もした。


 賢者の石の研究をしていたとは言え、やっていたことは先人の踏襲のみ。どのくらい重い罰が下るかは分からないが終身刑になるとは思えない。

 解放されて出てきた時に再び相良さんが禁忌に手を染めることが無いように別の所に興味を持たせる必要があった。


「相良さんって元は呪術師だったよね」


「ええ」


「それじゃあさ、霊魂って信じてる?幽霊でもいいよ」


「信じてるも何も呪術は幽霊を使用することもありますよ。幽霊からの依頼と言えば可笑しいですが「自分を殺した人を呪ってほしい」と頼まれたこともありますね。その幽霊はその場に留まっていれば悪霊と化すので呪いをかけた後はすぐに成仏してもらいましたが。そもそも霊魂と幽霊は違いますよ」


「知ってる」


 霊魂は魂と呼ばれる者が人や動物から離れて肉体と精神が分離したもの。幽霊はそれが何かを形取り、意志を持って行動するものだ。

 霊魂自体に意思はないが幽霊には意思がある。意思があるということは生の感情も負の感情もあるということ。死んでいるものは負の方向に傾いているため、放置しておくと悪霊になっていくのだ。


「奥さんや亡くなった娘さんの霊魂ってどうなったの」


「どうなったのって……どうなったのでしょう」


「幽霊は見えるのに霊魂は見えないの?」


「見えませんね。仮に見えたとしたらそこら辺に沢山見えるはずですよ。霊魂の状態では成仏なんて出来ず、幽霊になることで成仏できるんですから」


 「そうなの?」


「私の持論です」


 自分の持論を意気揚々と語るのは辞めてほしい。この方面には詳しくないため危うく信じかけてしまった。僕も幽霊を見ることはできるが、霊魂は見たことがない。そこに何かしらの境界があるとは思うが今は関係ない。


「纏めると霊魂が意志を持つと幽霊になるってことでいいんだよね」


「そうですね。意思を持つほど強い思いがあれば幽霊になるかもしれません」


 ある男が晩年になって病気で苦しみ、生死の境を彷徨ったという。その時枕元に若い頃死んだの妻が幽霊として表れて「死ぬのはまだ早い」と声をかけてくれたそうだ。その時になって何十年も前に死んだ妻が幽霊になるということは霊魂は時間など関係なく、何かの拍子で幽霊になる可能性もある。


「相良さんに一つ面白い話をしてあげる」


「よっぽど面白い話じゃないと私は笑いませんよ」


 いつも薄笑いを浮かべているくせに。


「うちの事務所に幽霊が働いてるんだ」


「それは面白いですね。成仏させなくていいんですか?悪霊になると思いますが」


「それが様々な偶然が重なってね。今はほかの社員の守護霊になってるから成仏する必要がないんだ」


 話したのは空穂ちゃんの事。彼女は普通に生きてある日普通に殺された。その場所が霊的力を持つところだったからこそ幽霊として今を生きているのだが、本人が幽霊になるほどの強い思いがあったのだろう。

 僕が相良さんに伝えたいのは幽霊が働いているということではない。


「化野くんは何を――」


「相良さん。賢者の石よりももっといい研究がある。霊魂から幽霊を作り出し、それを現実に繋ぎ止める研究だ。偶然とは言え、僕はそれを成した。うちの社員はただの幽霊から守護霊となり今を生きている。死んだ存在だから人としての道を辿ることは出来ないけど、話すくらいは出来る」


 相良さんは薄笑いをやめた。

 真剣な表情で僕のことを見つめる。僕は嘘をつかない。同じ魔術師である相良さんはその事が分かっていながらも僕が嘘を付いていないか確認しているようだった。


「つまり化野くんは、まだ存在しているであろう私の妻と娘の霊魂を幽霊にしてこの世に繋ぎ止める研究しろと――そう言っているんですよね」


「そういうこと。どう?賢者の石よりもよっぽど未来は明るいと思うけど。何故なら成功例があるから」


 嘘は言っていない。だが本当のことも言っていない。

 空穂ちゃんが守護霊になれたのは来栖さんの存在があったからこそだ。幽霊に対して神の眼が関わる偶然なんて奇跡だろう。

 僕の目的は相良さんの願いを叶えることではない。残酷な世界を生きていくための指針づくりだ。


「これまで私が研究してきたことは何だったんでしょうね」


「自分で言ってたじゃん。霞を掴むようなものって。ただの時間の無駄さ。お墓を立ててお線香でも与えていたほうが有意義だっただろうね」


 言葉も発さずに資料を読むふりをしていたゲティと目があう。「言い過ぎだ」と言いたげな目線を僕に向けていたが、これくらいは言ってもいいだろう。

 死者のことを考えず、分不相応に生者が死者に縋っているのだ。禁忌と知りながらやっている行為に意味はない。先人の失敗から何も学ばない。


 何よりも、魔術師として出来ないと分かっているのに研究を続けることに腹を立てていた。


 魔術師とは未知を探求し、不可能を可能にする者たちのことだ。行き止まりに向かって歩き、立ち止まる者のことではない。


「もっと早くその事を教えてくれれば良かったのに」

 

「お生憎様だけど人生の標を立ててあげるほどお人好しじゃないんだ。そういうのは幽霊にでも聞いてほしいね」


 その言葉を聞いて相良さんは再び笑った。

可可、可不可、不負、終了

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