可可、可不可、不負ep1
翌日の朝、僕が事務所に向かうと既にゲティの姿があった。いつもよりも早めの時間に来たつもりだったが時計を確認してしまった。
指し示す時刻は朝の7時であり、僕が間違っていないことの証左だった。
「ゲティ、今日早くない?」
「まずは挨拶。それに朝から出かけるって言ってただろ」
「朝から出かけるとは言ったけどこんなに早いとは思わなかったな。もしかして楽しみにしてて寝れなかったとか?遠足前の小学生みたいにさ」
「バカ言え。小学生の年齢の時には家から殆ど出られず遠足なんてものはなかったさ」
「そういう話じゃないんだけどな」
魔術の名門と呼ばれる家は子供の時からの教育が盛んだと聞いたことがある。かく言う僕も割と小さい時から先生にお世話になっていたが、家族が魔術師の場合は生まれた時から魔術師になることが義務付けられているようなもの。
日本という風土柄、いろはは魔術師の両親のもとに生まれても日常を過ごすことができたのだろう。魔術に厳しい家だったら魔力操作の苦手な者など勘当されていてもおかしくはない。
「まあいいや。早く来たことに理由はあるの?」
「理由はある。お前と同じだと思うがな」
僕もいつもよりもかなり早い時間に出社をした。ゲティがいることは予想外だったが、考えてみれば僕と同じ発想に至るのもおかしいことではない。
「僕は荷物を置きに来ただけだよ」
「すぐに出るつもりだったんだろ?」
ゲティと話しながら持ってきた鞄を机に置き、ジャケットはハンガーに掛ける。最近の気温は秋を忘れてしまい、日中暑さが鳴りを潜めることがない。それなのに夜になれば冬を思い出し、寒さの準備を始める。服装が難しい。
「よく分かってるじゃん。流石ゲティ。僕のことならおまかせって感じ?」
「キモい」
「ひどいなあ。ま、すぐに出るんだけどね。ゲティも勿論来るでしょ?」
「当たり前だ」
僕が適当な荷物を持って事務所から出ていこうとすると、ソファに座っていたゲティも立ち上がり僕の後をついてくる。フーちゃんが入るサイズのリュックを背負っており、本当に遠足に行く中学生のようだった。
リュックの上部は少しだけ空いており、フーちゃんの頭が見えている。
『すまないがふたりだけで分かったつもりになるのはやめてもらえないか?儂には全く分からん。なぜふたりとも朝早く集まっているのだ?』
この場にいるのは僕とゲティだけではない。ひょっこりとリュックから顔を出したフーちゃんが僕たちに問いかける。
「あ、フーちゃんおはよう」
『おはよう』
「早く集まった理由ね。集まったって言うよりは事務所に来たらゲティがいたっていうのが正しいんだけど」
「そういうのはいいからフーちゃんに教えてやれ」
「ゲティが言ってもいいのに」
ゲティは僕がフーちゃんと話しやすいように背中側に背負っていたリュックサックを前側へ持ってきた。丁度僕とフーちゃんが向かい合わせになる。
『それでどうしてだ?』
「今から向かう目的は相良さんの家を見つけること。それはフーちゃんも分かっているね?」
フーちゃんは首をコクリと動かす。
「そこにはゲティの目的であるいろはちゃんも住んでいる可能性が高い」
『ふむ』
「いろはちゃんは学生だ。出会った時に制服を着ていたから9割方間違いないだろう」
ゲティと魔術管理局で一悶着会った時、いろはちゃんは制服を着ていた。その事を思い出し、昨日の夜に東京の学校の制服を確認したのだ。その結果いろはの着ていた制服が丁度葛飾区の辺りにある高校のものだということが判明した。
制服というのはある意味着ている人の所在を証明するものになり得る。もしかしたら相良さんはあの時、いろはが、制服を着ているということに焦っていたのかもしれない。その情報から自分たちの所在がバレてしまう可能性を考慮して。
『残りの1割はなんだ?』
「ん?制服が好きな人のコスプレって線ね」
「バカなことを言うな」
『日本の制服はポップカルチャーだとネットに書いてあったぞ』
このぬいぐるみはネットを駆使して色々な情報を得ているらしい。来栖さんか空穂ちゃんの入れ知恵だろうが、余分な知識を得てしまう前に禁止にしたほうがいいのではないだろうか。
そのうちネットミームしか喋らないぬいぐるみになってしまったら目も当てられない。
「その制服を着た人が沢山向かう場所が学校なんだよ。いろはちゃんが通っている高校に目処が立っている以上、その学校付近で貼り付いていたらいろはちゃんが見つかるかなって」
「私も同じ考えだ。最悪女子高生を見続けている成人男性がいたら事案になるからそのフォローも兼ねてな」
「そのへんはルーン魔術を使うから問題ないよ。自分の姿を認識させにくくする魔術もある。注意深く見れば僕に気がつくだろうけど出勤通学している最中に注視する人なんて居ないからね」
感性や直感を意味する文字の『ᛚ(ラグズ)』と停止の意味を持つ『I』を組み合わせれば僕を感知する他人の感性を停止させることができる。イメージとしては僕の周りが靄がかって認識しにくくなるという感じみたいだ。
『ほう。面白い魔術もあるものだな。他にはどんな物があるんだ?』
「内緒。ここで話していても時間が過ぎ去るだけだし、早めに向かわないとね」
時間的にも部活の朝練があるような生徒はすでに登校しているかもしれない。いろはちゃんがどのような高校生活を送っているか知らない以上、早めに向かうのが最適だろう。
「事務所の鍵閉めるから皆も出て」
ゲティが出たあと事務所の鍵をかける。調さんや酸塊さんも鍵を持っているため何かあったら事務所に入ることができるが、いつもの時間になっても鍵が掛かっていたら僕が来ていないことを察するだろう。
「そう言えばゲティ」
「なんだ?」
事務所の階段を降りながらゲティに話しかける。
「ここまで言っておいて何なんだけど」
「ん?」
「正直言って僕はいろはちゃんの顔を覚えていない。会った時も殆ど一瞬のことだったし」
「それがどうかしたのか?」
ゲティが引きずってきた時は気絶している女の子の顔をまじまじと見るのは失礼だと思い目線を外していた。気絶しているとは言えセクハラだと判定されてしまえば僕に勝ち目はないのだ。
いろはちゃんが復活したあとはそそくさと帰っていってしまったので確りと顔を見ては居なかった。
「見た目で判断できないなって」
「その点は私が判断するから大丈夫だ。それよりもお前は何が言いたい?」
ゲティひとりで登校する生徒全てを見るのは大変だ。
「なんか写真とかないの?」
「あるにはあるが私が鴨野家に世話になっている時のものだ。いろははまだ小さいから今とは全然違うぞ」
「それじゃ意味がないね」
やっぱりゲティひとりに任せるしかないのだろう。僕にはいろはちゃんを判断するすべが無い。
『ひとつ質問なんだが』
「なに?」
フーちゃんは既にリュックサックの中に詰め込まれているため、フーちゃんの声だけが聞こえる状態だ。リュックサックから声が聞こえるのも不自然なので基本的には喋らないように言ってある。
『社長もゲティも魔力を持っている人を見極められるのではないか?いくらいろはが魔力を外に出せないとは言え魔力は一般人より持っているのだろう?』
フーちゃんの言葉を聞き足を止める。
「それだ。うわ、なんで気が付かなかったんだろう。一般の学生よりも明らかに魔力が多い子を見ればいいじゃん。それをゲティに教えて確認してもらえばいいわけだし」
数日前にゲティと召喚術師として戦った以上、現在も魔術師として研鑽を重ねているのだろう。自分では外に魔力を流せないからといって魔力自体が隠せるわけではないのだ。
「ゲティ、僕も役に立てそうだよ」
「いや、私は最初からそれで判断するつもりだったぞ。だからお前が何を言っているのか分からなかったが……」
この点に関しては完全に僕が悪い。
僕は魔術師で相手も魔術師だ。判断する要素なんて見た目以上に分かりやすいものがあるのに失念していたのだから。
よろしくお願いします




