疑わしきは罰わせずep6
ゲティは『東京ガイドマップ』を開き、胸元から取り出したペンを使って印をつける。本に直接書き込むのはどうかと思うが、使われていなかった本が日の目を初めて浴びたのだ。3年間も使っていなかったものに印をつけられたところで気にすることはない。
「社長」
ゲティに呼ばれたことで僕は上の空だった思考を机の上に戻す。
「何?」
「東京で魔力が高いところってどこだ?」
「魔力が高いところ?」
「または陰陽道との関わりが深いところでも良い。当てずっぽうで探すより分かっている情報から捜索したほうがいいだろう」
相良さんは錬金術師だが魔道具の整備などをしていると言っていた。それに賢者の石の生成には土地の魔力はほとんど関係なく自身の魔力を使うだろう。
つまり、いろはの力に関係する場所から居場所を推察しようとしているのだ。いろは自身は式神術を使えないとは言え、鴨野家自体は陰陽道の家系だ。力の一端を受け継いでいてもおかしくはない。
ゲティの言う魔力の多い場所は東京には沢山ある。大きな神社には強い力が宿っており、土地自体にも力がある場所もある。明治神宮や浅草寺などの神社から高尾山などの自然も有名だ。
噂や都市伝説に過ぎないが東京大結界というものもあると聞く。山手線の感情が太極図になっており、結界を張っているなどというオカルト話もあるらしい。
建物の位置や道などによって陣を引いているのが東京という場所――らしい。
「力のある場所は沢山あるよ。それこそこの街だって力は強い」
「それじゃもうひとつの方。陰陽道に関する場所は知らないか?」
陰陽道に関わる場所と言われても詳しくはない。言ってしまえば僕の魔術は西洋のもので陰陽道自体は分からないことも多いのだ。
仕事柄最低限の情報は知っていてもゆかりの場所や霊場などは数えるほどしか知らない。
「詳しく知らないけど有名なところは2つだけ知ってる。東京は1つだけ。それ以上は僕にも分からない」
「それで十分だ。お前が知っているほどの有名な場所ならそれだけ力も強いだろう。一応東京のものともう一つも聞いていいか?」
「引っかかる言い方だけどまあいいや。ひとつ目は晴明神社。これは京都にあるらしい。やっぱり陰陽道って言えば安倍晴明とか有名だよね」
「ほう」
ゲティは地図の端のほうに晴明神社とメモをとる。場所に関しては調べるなりすれば良いためまずは情報収集のフェーズらしい。
その間もフーちゃんは器用に地図を眺めていた。まだストラスを召喚していないため力を発揮できてはいないが何らかの意味があるのだろう。
「もう一つは五方山熊野神社かな。これは東京にあるよ。安倍晴明が創建に関わっているみたいで境内も陰陽五行説に基づいて正五角形になってるらしい」
「陰陽五行説って万物が陰陽と5つの元素でできているってやつか?」
東洋の思想で万物が陰陽と木・火・土・金・水の5つの元素で生成されるという思想である。ここにある陰陽は陰が悪いイメージで陽が良いイメージに捉えられがちだが本来は互いに対立するものという意味で陰陽と五行の相互作用が重要視されているのだ。
「そうそう」
「個人的な感覚としては五行説っていうのはしっくり来ないんだよな」
「あー、西洋的思想が関係してるよね、それ」
「ああ。私が住んでいた地方では四大元素説が一般的だった」
五行説が木・火・土・金・水なのに対して四大元素説は火・地・風・水の4つで形成されている。五行説は相互作用に重きを置いているが四大元素説はその組み合わせ自体に意味を持っている。
例えば五行説の『木』を考えると、陽の作用は燃えて『火』を起こすが、陰の作用は『木』は『土』を養分を吸い取る。それに対して、同じ火でも四大元素では火は燃えるものとして考え土を乾かすが水とは相性が悪く消えてしまう。互いが関わり合って作用を起こすのが五行説、物質そのものに意味がありそれぞれが独立した作用を起こすのが四大元素説と言えるだろう。
「ほんと、土地柄で考え方が違うもの魔術の楽しいところだよね」
「それなのに行き着くところは知識の探求に他ならない。土地は変われど人は変わらずってところだ」
「間違いないね」
世界各地でオカルトは生まれ、怪異も発生している。アジアでもヨーロッパでもアフリカでも、その土地に根付いたオカルトが存在しているのだ。
日本は自然発生系のオカルトが多いが、西洋では死んだものが幽霊となり人々に悪さするものが多い。土地によっては神が独自の行動を起こすことで自然に効果を出す伝承もある。結局は人が好き勝手作り上げたものが力を持ちオカルトとなっているのだ。
ただ火のないところに煙は立たない。その噂が起こるところには何かしらの根拠がある。それを普通のが見る事ができるかどうかは別の話だ。そこに興味を持った者がその分野に傾倒し魔術師となっていく。
どこの土地でも興味本位で首を突っ込んだものが巻き込まれることには分からないのだ。
話題から逸れたことにも気づかず本題そっちのけで雑談をしている僕とゲティ。そして僕らが話している間に何やら動いていたフーちゃん。机の上にくちばしや羽根を使って器用に地図を広げていた。
『おい。社長とゲティ。本題から逸れているぞ』
「フーちゃんすごいね。ずいぶんと器用に広げるもんだ」
『これくらいは簡単だ。細かい動きをするのが大変なのが玉に瑕だがな』
「よく地図なんて分かったな」
『何かあった時のために東京の地図は覚えておいた。調が覚えろというのでな』
備えあれば憂いなし精神の調さんは兎に角空穂ちゃんたちに何かがあった時に備えてフーちゃんに様々な事を教えているみたいだ。フーちゃんはコミュニケーションのルーンの効果か事務所の全員から可愛がられている。
「それなら今回は改めて地理について教える必要はなさそうだな」
『いや、あくまで地図が分かると言うだけで何があるかどうかはわからん。愛美も学校があって遠出はできない。あくまで地図を覚えていると言うだけだ』
「それでも助かるよ。少なくとも僕たちと一緒に行動するのに不都合はなさそうだ」
『それでお前たちの言っていた場所はこの地図のどこにあるのだ?』
僕たちが言っていたのは晴明神社と五方山熊野神社の2つ。フーちゃんが広げている地図は東京のため熊野神社の場所を教えることにする。
五方山熊野神社があるのは葛飾区。フーちゃんが足で踏んでいる辺りに目的の場所があるのでフーちゃんを持ち上げて指をさす。
「ここにあるよ」
『足で踏んでいたか』
「丁度ね」
「そこならここからそう遠くはない。明日にでも行けるがどうする?」
ゲティが僕の手からフーちゃんを奪い取り聞いてくる。普段から悪魔を召喚する媒介にぬいぐるみを利用していることから可愛いものが好きなのだ。
いつもは来栖さん達がいる手前、フーちゃんに触ろうとはしなかったがふかふかの触り心地を体験したかったのかもしれない。
「悪魔を召喚するのは今じゃないの?」
「今召喚したところで意味はないだろう。来栖の目とは違うんだ。目的地を見ただけでそこへ行くべきか分かるような力はない」
またしても僕が知らない情報が出てきた。来栖さんが事務所の中で力を使っているところを見たことはない。そもそもルーン魔術を使っているとは言え、神の力を簡単に使ってしまえば来栖さんにどのような影響が出るか分からないため無闇矢鱈に眼帯を外さないように言っているのだが。
「あんまり来栖さんの力を使わせるのは……」
「分かってる。そのあたりは言い聞かせてあるよ」
態々僕が言わなくてもゲティが来栖さんを軽んじることはない事は分かっていても、つい言葉が出てしまった。
「いや、お前もギャラルホルンを見つける時に来栖に選んで貰ったと聞いたぞ」
「あれは眼帯を外していないからセーフ。直感で選んでもらっただけだから」
「お前も大概だな」
嘘は言っていない。
本当のことも言っていない。
なんか百話超えていたみたいです。気が付きませんでした。
今後もよろしくお願いします。




