5.ほんわかほんわか?
その日、ランは、王城からそう遠く離れていない場所に位置する庭園を散歩していた。
「今日はとても良い天気ですね……!」
ランはご機嫌だ。
なぜなら侍女アイリーンが同行してくれているからである。
「そうですね」
「ついてきてくださってありがとうございます、アイリーンさん」
ランはアイリーンのことが好きだ。
出会ってすぐの頃は緊張してまともに話せなくなってしまったこともあったが、今ではすっかり慣れた。そのためアイリーンと過ごす時間はランにとってとても大切なものとなっている。
「そういえば、アイリーンさんはお好きな植物はありますか?」
軽やかな足取りで庭園内を歩くランが問うと、アイリーンは視線をやや上へやりながら暫し考えるような表情を作る。
そしてその果てで。
「ヤバキノコですかね」
するとランは目が飛び出すような勢いのある驚いた顔をする。
「えっ……!? そ、それ、ですか……!? 好きな、植物が……き、き、きき……きのこッ!?」
想定外の答えだったようでランは何度も目をぱちぱちさせていた。
「要らなくなったヤバキノコを父からよく貰っていたのです」
「えええ……」
「焼いたり煮たりして食べていましたが、美味しくて、好きでした」
アイリーンはにっこりして語る。
「や、やめてくださいっ! アイリーンさん! ヤバキノコはたくさん食べてはなりませんっ!」
「……ラン様?」
「ヤバキノコは正式名称はソレヤバイノヨタケといって、解毒効果があるため負傷者なんかに少量口にさせるのは問題ありませんが、たくさん口にすると腹を下したりめまいがしたり体調不良になったりといった問題が発生することがあるのです! ですからたくさん食べてはなりません! 日常的に口にするべき食材ではないのです!」
突如凄まじい勢いで知識を披露してしまったラン。
少しして正気を取り戻す。
遅れて恥ずかしさが湧き上がってきたようで、顔を赤く染めながら小さくなって「も、申し訳ありません……急に……」と謝罪した。
「知識をありがとうございます」
「……わたくしは、もう、本当に……いつもいつもこのような残念さで……恥ずかしい、の、一言に尽きます……」
ランはしょんぼりしながら小股で歩く。
「残念などではありません、ラン様は色々なことにお詳しく――って、あっ」
アイリーンが声を出した、次の瞬間。
「ひゃああああっ」
青空にランの愛らしい高い声が響いた。
……そして彼女は前向きに転んだ。
「っ……たたた」
数秒の間の後にランはゆっくりと顔を上げる。
どうやら足に何かが引っかかってそれで転んでしまったようだった、のだが――その何かがまさか人間であるとはまったく想定しておらず。
「……イタイ」
「え、ええええ! ひ、人!? も、も、申し訳ありませんっ……! 踏んでしまい……!?」
目の前に自分の下敷きになっている女性がいることに衝撃を受けたランは慌ててその場から飛び退き尻餅をついた。
「……ダイジョウブ?」
ランの下敷きになっていたのはまだ少女の面影を残す若い女性であった。
「あ……は、はい」
仰向けに倒れていた女性はむくりと上半身を起こす。
黄みに傾いたような、それでいてほどほどに落ち着きも感じられるような黄緑色――鶸萌黄、と言えば相応しいかどうかは定かでないが――そんな色の髪を持つ彼女は、まさかの展開の連続に動けなくなっているランへ片手を差し出した。
「立てる?」
「は、はい」
ランは差し出された手を取ってゆっくりと立ち上がる。
「足もとをきちんと見ておらず踏んでしまい……申し訳ありませんでした」
ようやく落ち着きを取り戻してきたランは謝罪。
「ダイジョウブ、リッタ、今日も元気いっぱい」
しかし自身をリッタと呼ぶ彼女は謝罪されていることをそこまで深くは捉えていない様子であった。
こうして話は終わったかのように思われたのだが。
「貴女、もしかして……リッタ・チェリブリッヒ!?」
アイリーンが突然口を開いた。
「ラン様にお仕えすることになっていたリッタじゃない!」
「……ウン」
「うん、じゃないわ! こんなところで一体何をしているの!」
アイリーンの言葉に首を傾げるリッタ。
「ラン様、彼女もラン様担当の侍女です!」
「わたくしの?」
「はい! ですが予定日に姿を見せず行方不明だったのです!」
「そ、それは大変です……なんということでしょう……」
ランともう一人の侍女リッタの出会い、それはあまりにも特殊な形となった。
「リッタ、名前、リッタ・チェリブリッヒ」
ほんわかしつつもどこか野性的な雰囲気をまとったリッタは名乗りつつランの肩に手を乗せる。
「ラン、会いたかった。待ってた、よ? 会えて、とっても、嬉しい」
リッタは柔らかく微笑む。
その顔を目にした時、ランは、彼女は悪人ではないのだと理解した。
少々変わった女の子。
行動からして一般的な侍女とは大きく違っている。
けれども、悪人ではない。
ランが目の前の彼女に対して警戒心を抱くことはなかった。
「リッタさんですね。よろしくお願いいたします。仲良くしていただけそうで、とても嬉しいです」