2.二輪の花
オイラーのもとへ挨拶へ行くため部屋を出たランは廊下でメイド三人組に声をかけられた。
「あんたね? 第二夫人。あんたみたいなぽっと出の女がオイラー様の女になるなんて、頭湧いてんじゃないの?」
「気に食わないわ、あんたみたいなやつ!」
「感じ悪いのよ! 偉そうに城内一人で歩いてんじゃないわよ! ここじゃああなたは一番下の地位なんだからっ」
最初は用事か何かだろうと思ったランだったが、数秒で悪意を向けられていることに気づいた。
「ぁ、の、わたくしは……その……」
しかし気の弱いランは言い返すことはできなかった。
「うじうじしてむかつくのよ!」
「被害者面すんなっての!」
「そうやって弱そうに見せて陛下の気を引こうって算段でしょ? あーあ、これだから余所者の計算高い女は。嫌い、だいっきらい!」
三人から同時に圧をかけられて困り果てていると。
「一体何をしているのか」
メイドの背後から声がした。
女性の声。しかしながら高くはない。むしろ低めの、芯のある声。凛とした騎士を想わせるようなもの。
ランが恐る恐るそちらへ視線をやれば、そこには、すらりとしたポニーテールの女性が立っていた。
「寄ってたかって一人の女性を虐めるのは感心しない」
燃える夕陽のような色をした髪を揺らしながら女性はメイドたちに数歩近づく。
その目つきは数多の戦を越えてきた強者のよう。
さすがにその迫力には圧倒されたようで、メイドたちは気まずそうな顔で散っていった。
「つい口を挟んでしまい申し訳なかった」
「あ……い、いえ、ありがとうございました」
「迷惑ではなかったかな」
「は、はい。むしろ、とてもありがたく……その、どうすれば良いものかと困っておりましたので……感謝、ばかりです」
その後二人は互いに名乗り合い少しあれこれ話をしていたが、やがてその中で気づく――第一夫人と第二夫人という関係性であることを。
「そうか! まさか、貴女が第二夫人だったとは!」
「……わたくしも、驚いております。ジルゼッタ様のようなお美しい方が、第一夫人とのことで……」
しかしながらその事実が二人の関係を悪くすることはなく。
「我々には争う理由はないはずだ」
「そうですね」
「良かった。敵視されていたらどうしようと少しばかり心配になっていたところだ」
「わたくし、あまり知り合いがおらず……ですので、可能であれば今後も……ジルゼッタ様とは仲良くしたいです」
何なら仲間意識を生んでいるほどで。
「ではラン、ジルと呼んでくれないか」
「えっ……?」
「あくまで希望、だが。その方がしっくりくる」
「ぁ……ぇ、と……でも」
「嫌だろうか?」
「い、いえ! 呼ばせてください! ジルさんと呼びます!」
それから二人は一緒に国王のもとへ挨拶しに向かうことにした。
――そして、その時がやって来る。
「陛下、ご挨拶に伺いました」
ジルゼッタがノックしそう述べると、一分も経たずに扉が開いた。
オイラーの表情は硬い。
だがその原因が緊張していることだとは誰も気づかないだろう。
王と対面する時、ジルゼッタは片膝を地面について座り頭も下げていた。
「ジルゼッタ・ヴィーゲンと申します」
「……ああ」
「ご挨拶に参りました」
「……頭を下げる必要はない」
続けて名乗りと挨拶をしようとするランだったが――オイラーに視線を向けられた瞬間恐怖に染まり言葉を発することができなくなってしまう。
それでなくともランは男性が苦手なのだ。
そのせいでこれまでも異性の友人は一切できなかった。
ただ、彼女の場合その点が評価され清らかな乙女としてここへ来ることとなったのだから、人生とは何が起こるか分からないものなのだが。
急に無言になったランのことが気になってジルゼッタは面を持ち上げた。
だがその時既にランは泣き出しそうになっていて。
「……君は?」
オイラーがそう短く声をかけるや否や、その青空のような瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「「どうした……?」」
オイラーも、ジルゼッタも、ただただ困惑することしかできない。
「あーあ、やっちまったな」
そこへ唐突に口を挟んできたのはそれまで部屋の奥で寛いでいたアンダーだ。
「オイラー、アンタ、目つきこえーんだよ」
「なっ……」
「圧かけすぎ」
「……そ、そうか」
アンダーからの指摘をオイラーは素直に受け入れた。
それからも数分ランは泣いていた。
だがやがてその涙にも終わりが近づいてくる。
ようやく落ち着いたランは物凄く小さな声でではあるが名乗りと挨拶を軽く済ませた。
ただ、その手は終始小刻みに震えていて、まるで肉食獣に睨まれる小動物であるかのようであった。
◆
「まさか泣かせてしまうとは……」
ジルゼッタとランが去ってから部屋に戻ったオイラーはすっかり落ち込んでいた。
「ああ、駄目だ、早速やらかしてしまった……」
「あんま気にすんな」
「だがアン。私はなぜこうなのだろう。どうして女性相手だといつも上手くいかないのだろう……」
オイラーはランを泣かせてしまった件について非常に深刻に受け止めている様子だ。
「ま、まだまだこれから、だろ? 頑張れよ。ちっせーことでそんな落ち込んでも意味ねーから」