14.あれから
その日、オイラーには朝早くから予定があった。
国家運営に関する会議ということで不参加は認められないものであり、そのため、オイラーは渋々アンダーのもとから去った。
本当なら一日中アンダーの傍にいたいところだっただろうが。
だがそんなわがままは通用しない、なぜならオイラーは一国の王という個を超えた立場であるからだ。
オイラーがいないタイミングを見計らい、サルキアはアンダーを訪ねる。
「あれからいかがですか? まだ苦痛がありますか」
「……まーな」
「そうですか。それは……長引きそうですね。すみません」
あれ以来ずっと熱心にアンダーの治療にあたっているランは言葉を交わす二人を微笑んで見守っている。
その手もとには器があり、片手で持った棒で何かを混ぜている様子である。
穏やかな目をしたランは嬉しそうな顔をしているがその一方で手の動きが止まることは一切ない。
「このたびは色々とご迷惑おかけしました」
「や、気にすんな」
「ですが私の愚かな行動のせいでこのようなことになってしまいました」
「アンタらマジでめんどくせぇな……」
アンダーは横たわったまま小さく溜め息をついてそっぽを向いた。
「私は貴方という人間の本質を見誤っていました」
混ぜ終えたランはベッドへ近づくと銀のスプーンで器の中のものをすくい上げアンダーの口もとへ運ぶ。アンダーはもうランのことを警戒していない様子ですんなりと口を開いた。銀のスプーンはスムーズに彼の口腔内へと入っていく。
「申し訳ありませんでした」
アンダーは何も言わないが、サルキアはその場で深く頭を下げた。
「それではこれで失礼します。あまり長々と話しても疲れさせてしまうといけませんので。ここまでお付き合いありがとうございました」
サルキアは最後にもう一度軽く礼をして退室した。
「お二人はもうすっかり仲良しですね」
常に真面目な顔をしているサルキアが去って、扉が閉まってから、ランは柔らかな日射しのような声で言う。
「んなわけねーだろ」
「そうは仰いますが……わたくしには、お二人は十分打ち解けていらっしゃるように見えます」
「勘違いすんな、そんなんじゃねーんだよ」
「はい、こちらをもう一口食べてくださいね」
「ここで話逸らすか……」
なんだかんだでランの指示には従うアンダーである。
彼は最初こそランに反抗的な態度を取ることもあったが今ではすっかり大人しく従うようになっている。言葉では少々反抗的な態度を見せることもあるが、行動はそれとは対照的。ランを気に入っている様子はないもののランを嫌っている様子もない。また、色々治療してもらっていることもあって、彼なりに恩は感じているようだ。
「味は大丈夫ですか?」
「ああ、好き嫌いはあんまねーからな」
また、意外なことだが、ランもアンダーに対してはそれほど緊張せずに話すことができている。
なぜなのかは定かでない。
ただ、関係の始まりが治療であったことは、一つの大きな理由にはなっているだろう。
ランは他者のために何かすることが好きだ。
そしてそういった状況においては日頃でならできないこともできてしまうといったことが多々ある。
やる気に満ちているから怖いものが減る、というか。
とにかく、人助けのために動いている時の彼女には、湧き上がる不安を撥ね除けるだけの勢いがあるのだ。
「それは素晴らしいことですね」
「食えるもんなら何でも食ってきたからな」
「そうですか……身体に良くないものは避けてくださいね。もちろん、食べ物が十分にない状況では仕方ないですが……今は食べる物も選べるはずですので」
そんなランの熱心な治療の甲斐あってアンダーの体調は徐々に改善してきている。特に足に受けた毒の影響はもうほぼ抜けきったようなものだ。だが問題がなくなったわけではない。胸もとに命中した術による苦痛、それはいまだに消えていないのである。術による発作のような苦痛は今もたびたびアンダーを襲う。貧しさの中で育ってきたために頑丈に育ったアンダーではあるが、そんな彼をもってしても、その苦痛には抗えない。
――魂を削られるような苦しみ、と、彼はそう表現した。
「解呪にはまだ時間がかかりそうで……申し訳ありません、けれど、少しでも早く……苦痛からお救いできるよう努力しておりますので、どうかもうしばらくお待ちください」
◆
アンダーのもとを去ったサルキアは廊下を歩いているとメイドたちが何やら噂話しているところを目撃してしまう。
「聞いた? 陛下、ダメダメだそうよ」
「ええ~、そうなの? かっこいいのにね。結局見た目だけ、か~」
「何でもお気に入りの男が倒れてご自身も弱られてるとか」
「嘘でしょ何それかっこわるーい」
メイドたちは仕事もせずオイラーの悪口で盛り上がっている。
おおよそ事実ではあるが、それでも、こうして悪く言われているのを聞いてしまうと妹として良い気はしない。
「ていうか、その男っていうのも、どこの誰か分かんないようなやつなんでしょ?」
「元捨て子だってさ~」
「何それ、そんなやつ大事にしてんの? 陛下って、実はちょっとおバカなんじゃない?」
「そーれーなー」
サルキアは無視して通り過ぎようとした。
けれどもどうしても我慢ならなくて。
「皆さん」
だから声をかけた。
「噂話も良いですが、今は勤務時間内ですので、職務にお戻りください」
なるべく柔らかな表情で。
胸の内を読まれないよう気をつけながら。
結果、メイドたちは気まずそうな顔をしながら散っていった。
『君までアンを侮辱するのか』
あの夜オイラーが発した言葉をふと思い出す。
「これまでも、きっと……」
――今は少し、あの時の彼の気持ちが分かる気がする。
誰もその人の本質を見ようとはしない。
生まれや表向きの顔だけで判断する。
……でもそれは自分もそうだった、ついこの前まで。
「陛下、私は」
ふと見上げた空は、いつの間にか灰色の雲で満たされていた。
もうすぐ雨が降りそうだ。




