126.誓う愛は、永久に。
あれから数日が経った。
またなんてことのない朝が来る。
カーテンの隙間からこぼれる穏やかな日射しで目を覚ます。
起床してからサルキアは思い出した。
――そういえば今日はアンダーが表彰される日だった。
アンダーが軍に連れてこられた日から二十年が経ったという。
ちょうど結婚と重なったこともあり、これまでの国家への貢献を表彰するということとなったらしく、そのお祝いの日が今日なのだ。
ちなみにこれはヴィーゲン将軍が企画してくれたことらしい。
もしかしたら国王への点数稼ぎの要素もあったのかもしれない。なんせ彼は国の下で働く者であり、また、娘を国王の妻として差し出した人物だから。
だが、もしそうだとしても、それでも構わない。
どんな形であれ、アンダーのこれまでの頑張りが報われるのはとても喜ばしいことだ。
身支度を済ませたサルキアが部屋を出ると、ちょうどオイラーが通りかかる。
柔らかな表情で「おはよう」と挨拶の言葉を発する彼は、威厳ある王の顔ではなく、どこにでもいる妹思いな兄の顔をしていた。
「今日の表彰式には私も参加するんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。私は関係者ではないが、アンが称賛される時を見逃すと痛恨だからな。ようやくアンが真っ当に評価される時が来たのだから、その時を見逃したくはない」
その時、向かい側から、隣り合って歩くジルゼッタとランの姿が見えた。
オイラーの姿を目にすると、ジルゼッタは挨拶をしてきっちりとした動作で頭を軽く下げる。それを追いかけるようにランもまた丁寧かつ可憐に礼をした。
二人の前を通り過ぎてから、サルキアは、改めて兄であるオイラーへ視線を向けて「そういえば、お二人との関係はどのような感じですか?」と尋ねる。するとオイラーは少しばかり困ったように眉尻を下げ「まぁまぁ、といったところだろうか」と答えた。
そんなことだろうと思った、と、サルキアは胸の内だけで溜め息をつく。
なんせいまだにまったくもって進展がないのだ。
オイラーと夫人たちの間には。
多くの困難を乗り越える中で絆は生まれているはずなのだが、男女としての関係性はまったくもって進んでいない。
事件や解決すべき問題が色々あったこともあってもうしばらくそういったことについてごちゃごちゃ言う者は出ていない、が、平和になればまた突っ込む者も発生してくることだろう。
「もしかしたら世継ぎは君の子かもしれないな」
「……陛下」
冗談を言うな、というような顔をするサルキア。
「いや、だが、そういうことも考えられないことはないんだ」
「そうでしょうか」
「君の子とて条件は同じだろう? 王の血を引く人間であるのだから」
「それはそう、ですが……そのようなことになれば納得しない者も多いでしょうね」
確かに、オイラーの言うことも間違ってはいない。
恐らくではあるが歴史を遡れば王女の子が王座に就いた例もないことはないだろうし、オイラーの子が王になろうが、サルキアの子が王になろうが、ある意味条件は同じだ。
王の血を引く者という意味では違いはほぼない。
だが中には順序を重んじる者もいるだろう。
そういう者からすれば王の第一子となるオイラーの子に王座に就いてほしいという考えが強いはず。
万が一、サルキアの子が、なんてことになれば――そういう者たちが不満を抱く可能性は高い。
「そうだろうか。私はそれでも問題はないと思うが」
「いずれにせよまだ先の話ですけどね」
問題とは尽きないもの。
これから先も様々な問題に直面することとなるのだろう。
きっと、そんな気がする。
先のことを考えるとつい溜め息をつきたい気分になってしまう部分もあるが、サルキアは、それ以上の幸せがそこにあると信じるよう努力した。
「ああそうだな。近いような、遠いような、そんな未来の話だ」
◆
夜はいつも甘い匂いと共に。
「表彰式お疲れさまでした」
「長すぎんだろマジで」
愚痴をこぼすアンダーをベッドに腰掛けて見守るサルキア。
両者の表情はリラックスしたものだ。
「オレ、あーいうのあんま好きじゃねーんだよなぁ」
アンダーは自然な足取りで室内を歩き、これまた自然な流れでサルキアの隣に腰を下ろす。
「そうなのですか?」
「だってさぁ、何かはずいだろ?」
先ほど身体を洗い流したばかりのアンダーの頬からは微かに残る湯の熱が感じられる。
「ま、アンタは慣れてんだろーけどな」
隣にいるサルキアを横目で見るアンダー。
暗闇に溶けるような黒髪からは石鹸の香りがした。
昼間はそれぞれ用事があって忙しい。じきに落ち着くのだろうが、ここしばらくは会える時間があまりない。以前の方がまだしも偶然会った時なんかに話せていたような気がする。
だが、夜だけは、お互いに相手を独り占めできる。
「ねぇアンダー」
絡み合う指も。
傍で見る瞳も。
誰にも奪われることはない。
「ずっと好きでいてくれますか?」
サルキアの目がアンダーに向いて。
「そりゃあなぁ」
「何だか曖昧ですね」
「めんどくせぇ」
「あの、そういうのやめてください。曖昧な答え」
アンダーの目もサルキアに向く。
暫し、沈黙があって。
「好きだろなぁ、ずっと」
彼はようやく口を開く。
「けど多分、そのうち、隣にいんのが当たり前みてーになんだろな」
「それはそうですね」
「いつかそうなっても――そんでも好きだよ、お嬢、アンタのことだけは」
意外にも真っ直ぐに言われたものだから内心動揺するサルキア、その頬は紅潮している。
「一生、な」