125.夜の素敵な
パレードの後は披露宴のような食事会が開かれた。
サルキアらはそれに参加。
そして夜遅い時間に広い一室へと戻る。
戻る、と言っても、この部屋へ入るのは初めてではあるのだが――なんせここは夫婦のために準備された部屋で――しかし王城内であることに変わりはないため、そこまで非日常といった雰囲気になることはなかった。
ようやく人前から離れることができたサルキアとアンダーが一旦ソファに腰を下ろして「少し疲れましたね」「長すぎだろ」なんて言葉を交わしつつ寛いでいると、誰かが扉をノックした。
怪しみつつもアンダーが扉を開ける。
するとそこには蓋つきの銀の大皿を手にしたアイリーンの姿があった。
蓋がついているため皿に何が乗っているのかは視認できない。見た感じが料理を乗せてくる大皿に似ているので、恐らく食べ物だろう、とざっくり想像することはできるのだが。
「贈り物をお持ちしました」
アイリーンは平常時と同じ侍女服を着用している。
「はぁ? んだ、そりゃ」
唐突な話についていけないアンダーは眉間にしわを寄せる。
するとアイリーンの背後からにょきりとランが姿を現して「とっておきのスイーツです」と慎ましい笑みを浮かべつつ言った。
「以前サルキア様とのお茶会でお出ししたものなのですが、その際とても気に入っていただけましたので、今回ご結婚お祝いとして改めてお贈りしたいと考えた次第です」
ランが丁寧に説明すると。
「菓子か」
「そうです。おめでたいこの機会に、と思い、たくさんご用意しました」
アンダーは怪訝な顔をするのをやめたが。
「ふぅん。……けど、その女が作ったやつなんて、毒とか入ってねーだろーな」
まだ少し疑っている部分はあるようだった。
「なぁ、お嬢」
「何ですか?」
「前に気に入ったスイーツ、とかいうやつ、受け取っていーか?」
唐突に言われたサルキアはすぐには思い出せなかったようだが、数秒の間の後に繋がったようで。
「……もしかして、マカロンサンドですか?」
シンプルな問いを放つ。
ランとアイリーンが同時に「はいそうです」と答えた。
それにぱあっと反応して明るくなったサルキアの顔を見て、アンダーはようやく納得したようだ。
「じゃ、貰うわ」
彼はついにそう発して大皿を受け取った。
手にしていたものを渡すことができたアイリーンが「お受け取り感謝します」と軽く一礼すると、アンダーは「どーも」と返す。
扉は閉ざされる。
戻ってきたアンダーは大皿を部屋の中央に設置されたローテーブルの上に置くと、半球を描くような形をした銀色の蓋を持ち上げた。
そこに広がっていたのは花畑。
……否、それはあくまで表現だが。
様々な色のマカロンサンドが大皿に並んでいて、見る者を感動させるような色のうねりを生み出している。
「や、やはりっ……!」
途端にサルキアの瞳が宝石のように煌めく。
「んなスゲーもん?」
「マカロンサンドです!」
「ふーん、うめぇの?」
「そうなんですよ。前にいただいたことがあったのですが、それはもう、とてもとても美味しくて。変な声が出そうでした」
するとアンダーは小ぶりで橙色をした一個を指でつまみ口へ運んだ。
「確かにうめぇな」
彼はたくさん並んだマカロンサンドの一個目をあっさり食べてしまったのだった。
「え……。そんな、勝手に食べたりします……?」
「毒見みてーなもんだな」
「そうでしたか。理解しました。確かにそうですね」
「だいじょーぶそーだけどな」
「良かった。ではいただきましょう」
毒が入っているなんてことあるはずがない。
そう思いつつもサルキアはそれ以上突っ込むことはしなかった。
夜の素敵なマカロンサンドタイムを。
大切な人と、二人で。
◆
翌朝、サルキアらのもとへ姿を現したのは、エリカだった。
「お母様……どうしてここへ?」
やらかしてしまっていたのか?
心当たりはないがもしかして怒られるのだろうか?
そんなことを考えて少しばかり不安になるサルキア。
「わらわはここを発つ」
第一声、エリカは淡々と発した。
「え……」
まさかの言葉に思考が停止してしまう。
サルキアは顔を硬直させたまま何も言えなくなってしまった。
「旅行か? 相変わらず、いい御身分だなぁ」
そこをさりげなくフォローするのはアンダーだ。
「無礼者めが、そうではない」
「んじゃ何だよ」
「わらわは新しい人生を歩むと決めたのだ」
「はぁ?」
「罪に穢れた身でも世のため人のためできることはあるだろうと思うのでな、わらわはここへ居続けるよりも外の世界で善行を積むことを選んだのだ」
サルキアは聞き取ることさえ難しいような小声で「お母様……」とこぼすことくらいしかできないでいる。
「ふーん」
「ではこれにて、さらば」
エリカは、何の未練もない、とでも言いたげな面持ちだった。
「達者でな」
開いた扇子で口もとを隠したエリカは短く別れを挨拶をするとその場から立ち去った。
結局サルキアは何も言えないままで実の母と別れることになってしまった。
サルキアは複雑な心境を抱えたような顔をして俯く。そんな彼女を放ってはおけなかったらしく、アンダーはその背をぽんぽんと叩いた。
「お嬢、そんな顔すんなて」
彼なりに励まそうとはしていて。
「だいじょーぶ」
暗い顔になってしまった大切な人にかけるその声は、どこか優しさを帯びたものだった。