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タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  作者: 四季


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9.甘い不快感

 時は少し遡り。

 夜に何者かに連れ去られたサルキアは目を覚ますと見知らぬ場所にいた。


「……ここは」


 ゆっくりと瞼を開いた彼女の目に映ったのは牢獄のような場所。床も壁も天井もすべてが灰色、石と思われるような素材でできている。おしゃれな壁紙が貼られているでもなく、家具や仕事道具が置かれているわけでもない。殺風景という単語が似合うような一室だ。


 そしてサルキアはというと、そんな部屋の中に一つだけちょこんと置かれた背もたれのある椅子に座らされた状態で拘束されている。


 ……ああそうか、お兄様と喧嘩して部屋を飛び出して、それで。


 はじめは困惑するばかりであったが、徐々に思い出してくる。何があって今に至っているのかを。そして、それと同時に、自身がおかれている状況が少しずつではあるが見えてきた。


 そんな時だ、見知らぬ男が姿を現したのは。


「おひめちゃまぁ~、可愛いでしゅねぇ~。会えて嬉しいでしゅよぉ~」


 屈強そうな外見だが喋り方は甘ったるく赤ちゃんじみているという奇妙な男であった。

 男は腰を左右に揺らしてリズムをとるような独特の歩き方で拘束されているサルキアに接近する。


「可愛い可愛いおひめちゃまぁ~、おじさんと遊びまちぇんかぁ~?」

「遊びません」


 刹那。


「ッ!!」


 男は急に椅子を横から強く蹴った。

 凄まじい衝撃にサルキアは強く目を閉じてしまう。


「あ~あ~あ~、萎えまちゅぅ~」


 それまで甘い声を出していた男は急に低音を響かせる。


「おひめちゃまはおひめちゃまらしくぅ~、きゃぁきゃぁ言って怯えて泣いていればいいだけにゃのにぃ~、変に肝が据わってるもにょだからぁ~、ぜんっぜん可愛くないし関わってもむかつくだけでちゅねぇ~」


 サルキアはただ前だけを向いていた。


 恐怖心がないと言えば嘘になる。

 けれどもここで弱々しい態度を取れば相手が余計に強気に出られるようになるだけだ。

 敵に余裕を与えるようなことはしたくなかった。

 だからこそサルキアは、恐怖心も、自身の様々な想いも、すべてを押し殺して耐えていた。


「おひめちゃまぁ~? 何か言ってごらんなちゃいよ~? それともぉ、恐怖で声を出まちぇんかぁ~? おちょちょちょ~」

「私はお姫様ではありません」

「んはぁ~?」

「しっくりきませんし、嬉しくもないので、そのような呼び方はやめてください」


 すると男は右手の親指とそれ以外の指でサルキアの頬を挟み込むように掴んだ。


「偉そうでしゅねぇ~?」

「っ……」

「この状況でしょんなことを言えるなんて馬鹿でしゅかぁ~? ぐふぐふ。ここには誰の目もないんでちゅよぉ~? 怒らせたら、酷いこと、何されても知りましぇんよぉ~?」


 男のねっとりとした声は聞くだけでも不快だ。


「なんてぇ、まっ、今日はこの辺でぇ~」

「……帰るのですか」

「ぐふふぅ。おじさんともっと遊びたかったでちゅかぁ~? だとしたら残念でちたねぇ~」


 ――と、そんな感じで、取り敢えずその時は何もされずに済んだサルキアだったが。


「ばぁいばぁ~い」


 一人になってから押さえ込んでいた恐怖心が急激に湧き上がり、思わず泣いてしまいそうだった。


「……自業自得だわ」


 意味もなく呟いて、こぼれかけた涙を呑み込む。


 きっと誰も助けになんて来てくれない。だって自分にはそれほどの価値はないから。それでも、何もなくて突然誘拐されたのであれば、兄か誰かが少しは気にかけてくれたかもしれない。そう思える部分はあって。けれども、その兄にさえ自分は牙を剥いたのだ。その結果こうなったのだから、偉大な兄とて今は自分のことを心配はしないだろう。


 サルキアの脳内を巡るのは後ろ向きな考えばかり。


 もし永遠にここで生きなくてはならないとしても、それでも、自業自得なのだから仕方がない……。


 でも、せめて、敵前でだけでも強く在り続けなくては。


 その思いだけがサルキアの折れかけの心を支えてくれる。




 時は流れ、夜。


「もう外は暗いですなぁ、お姫様?」

「何なのですか」

「お腹空いたでしょう? 食べ物を持って参りましたぞぉ」

「……食べ物?」


 それは、その日一回目の食事だった。


「ほら、食べさせてあげますぞぉ」


 係の男は見るからに不味そうなスープをスプーンですくい上げるとその先端をサルキアの口へ強制的にねじ込んだ。


 出来立てではないようで液体が生温い。だがそれはそれで良かったのかもしれない。美味しさは劣る、が、熱い液体を無理矢理口に突っ込まれれば火傷しかねない。そういう意味では熱々でなくて良かった。


「ほらほらぁ、次々行きますぞぉ」

「待ってください早すぎます」

「おやおやぁ? 贅沢ですなぁ。この状況で食べる物を貰えているだけ幸運だというのに、まだいちゃもんをつけますかなぁ?」

「……それは」

「おやぁ? ようやく自覚しましたかなぁ? さすがはお姫様、贅沢なことに気づいておられないようですなぁ」


 その日サルキアが口にできたのはその生温いスープだけであった。


 けれども空腹はそれほど気にならない。




「んっはぁ~ん! おひめちゃまは今日もうちゅくちぃでちゅねぇ~!」


 翌日はまたあの男が現れた。


 その顔を見るだけで吐き気がする。


「今日もぉ~、おじさんとぉ、たぁ~っぷり遊びまちょぉねぇ~!」


 男はサルキアの首筋を指先でなぞり耳もとをくしゅくしゅと触って満足げな表情を浮かべる。


「取り敢えずぅ、国のこととかぁ、新王のこととか教えてもらってもいいでちゅかぁ~?」

「話すことは何もありません」

「今日もとおーっても嫌そうな顔をしてまちゅねぇ~? んふんふ。んふぐふふぅ、んふふぅ」


 にやにやしながら男は高貴な髪を指で弄ぶ。


「いいんでちゅかぁ~?」

「どういう意味ですか」

「従ってくれないとぉ~、おじさん、好き放題にいたずらしちゃいまちゅよぉ~?」

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