3.ギルドで依頼を受けよう
アグロフォレストリー、森林農業。
未だに色々呼び名があるが、植物を混ぜて育てて管理の手間を減らしつつ、牧場と畑と森を混然一体まとめて管理しようという手法である。
現在日本には企業が運営する森林農場がいくつか存在する。
アーチの多用された木造の大ホールに多様な全身鎧に身を包んだ人がたむろする。ゲームのような光景である。
しかしてここは企業農場入り口の大ホールであり、全身鎧に見えるのは最新型プロテクターである。
「ファンタジアフォレスト3冒険者ギルドへようこそ。
ギルドカードはお持ちですか?」
気軽にMMORPGみたいなレジャーを楽しみたい社長の設計思想のもと、全員が全身鎧ならぬプロテクターを着て、今日も企業農場は平常運転である。
危ない作業なので気を引き締めてもらいたいという社長の提案で作業員を冒険者と呼ぶようにしたと言われているが、社長の趣味である。
これが企業主導の日本の超大規模森林農場第一号であり、ここの経営企業である。
その三つ目だからファンタジアフォレスト3といい、第三ギルドとなっている。拡張が必要なほどに農場経営が成功してしまったのである。
ちなみにファンタジアの名前は、幻想曲のように自由かつ臨機応変にして確かな農業と自然のハーモニーを作りたいという理念が込められている、などともっともらしい説明がされている。
この最初の経営手法を真似たせいで、日本中にこんな感じの冒険者ギルドっぽいものが建っている。
日本全国にゲームのファンタジー世界を彷彿とさせる農場が広がっているのである。
青年は受付から邪魔にならないように場所に移動し、ARガイドを起動する。
『こんにちは。ARガイドです』
ARガイドの姿はいくつかの種類から選べるが、聞き取りやすい声という事で標準で設定されているのは妖精の女の子である。森の中で視界が広い方がいいので小さい妖精の姿、誤認の少ないようにアニメ調、と、もっともらしい事が説明されている。
『本日は捕獲、採取、管理代行。どの依頼を受けますか?』
ゲーム画面のように選択肢が出る。ARというよりMRに近い機能もあるが、ファンタジアフォレスト内では統一してARガイドと呼ばれている。
視界の右上の辺りのアイコンが赤く光っている。赤い部分をタップする動作をすると、詳細な情報が表示された。
『現在B20エリアで鹿の捕獲依頼。
猟銃を使用しています』
簡易な地図付きで注意が出る。
捕獲。特殊な事情が無い限りは、要するに狩猟依頼である。狩猟免許が必要な事がある。
大規模森林農場が増えて以来、こうした特殊な農場に対応できるように多少鳥獣保護法は変わったが、今でも猟銃を使える人は免許を持ち、日本の法律でも認められているプロのみである。
そうしたプロの人なら矢先を確認せずに撃つことはまずなく、更には現在のプロテクターの性能なら猟銃一発くらいで命に危険が及ぶことは少ない。が、気をつけるに越したことはないのでこういった警告が出る。
飲み物を飲むために頭部プロテクターを開いたところを銃弾が掠めた。というような潜在重大危機記録すらある。
ちなみに河川氾濫や土砂崩れなどの災害時にも赤色の警告が出るので、入場前に確認するに越したことはない。
B20を避けて依頼を検索しますか?という項目があるので青年は迷わず画面をタップするジェスチャーをした。
依頼項目は大きく分けて三種類。捕獲、採取、管理代行である。
採取依頼一覧を見る。
エリアDの5でひまわりの生花の採取依頼。エリアGの15でナスの実の採取依頼……
要は採取依頼とは収穫である。
この農場でも連作障害を避けたり相互作用で生育が良好になるコンパニオンプランツを組み合わせたりといった工夫はしている。
ついでに山一帯を管理しているので暑い所もあれば涼しい所もある。それを利用して季節から多少ずれた物が旬のような質で収穫されていたりもする。そこは管理者の腕の見せ所である。
管理代行依頼一覧を見る。
エリアFの8、9、10で枝打ちの依頼。エリアCの24、25で下草刈りの依頼……
要は水撒きや種撒き、施肥、除草、落ち葉掃き、農薬散布、摘花、水路の掃除や調整、土壌の微生物叢の確認のための試料採取など、捕獲と採取以外の全般が管理代行依頼である。
常時人海戦術で作業している分、作業者の慣れや知識もバラバラで現場での細かい管理が難しい。そのため作業とエリアと時間帯で分ける事で対応している。
猟銃を使用しているエリアがピックアップされるのもそうだし、例えば枝打ちと収穫を同じエリアで同時にやったら混乱も起こりがちだし危ない。そういうスケジュールの調整一つとっても管理者の腕の見せ所である。
「久しぶりだから、まずは簡単な依頼で現場に慣れたいんですが……隣接するエリア内で2、3の依頼が達成できる条件はありませんか?」
ARガイドが提案したプランから気になるものを探す。
「この、管理代行依頼の『木の根踏み』っていうのは?」
『キノコの発生に関する実験だそうです。
キノコの食用部分を子実体と言いますが、それを形成するためには特定の電気刺激が必要とされています。
現在検証中の仮説ですが、木のセルロース結晶が圧縮されると圧電効果により微弱な電流が流れます。
菌類によって木のリグニンが消費されると、木はより柔らかく、圧縮されやすくなり、電流が流れやすくなります。
ある種の菌は、木の養分が減った時に、動物に踏まれるなどした圧力で流れる電流を合図にし、胞子を散布するために子実体を形成する可能性が示唆されています。
現在その条件の実証を行うためにD18エリアにセンサーを設置しています。
そのため冒険者は該当エリアの地上を歩くだけでよく、あえて木の根を踏みに行く必要はありません。
他の依頼の途中に達成する事ができるので達成率は高いですよ』
企業農場はこのような形で研究の手伝いもしているのである。
「楽そうだけど、この近くは難しそうな依頼ばっかだしなぁ……もっと基本的なのがいいんだけど……」
青年はお気に召さなかったようである。
「カミキリムシの捕獲依頼は近所の農場だから単一依頼だし……」
被害が深刻なのかカミキリムシの単語に反応したのか、ARガイドが補足を始める。
『現在特定外来種クビアカツヤカミキリの食害が深刻化しています。
カミキリムシの幼虫はフラスという水で練った木屑の様な糞をします。
桜などにも付くので木の幹や根元にフラス、または木屑の様な物を見つけた場合、日時場所情報の付いた画像データを当社の懸賞金ページに送信してください。未発見被害情報であれば確認が取れ次第懸賞金を出させていただきます。
屋外を歩く際には是非ご活用ください』
しばらく青年は依頼を検索し、決定する。
『E27の金糸瓜の採取依頼とEの28の小松菜の栽植依頼を受けました。入場して建物裏手にある5番窓口で必要な道具を受け取ってください。入場時に消毒を行う為、プロテクターの密閉を確認してください』
受付が済んでようやくファンタジアフォレスト3に入場である。が、その前に消毒である。
入場口でプロテクターの上から何か蒸気のようなエアブローを勢いよく吹きかけられる。虫や病原体を持ち込むのを防ぐためである。
『消毒を行います。プロテクターの密閉を確認してください』
『消毒を行います。プロテクター口部の密閉を確認してください』
プロテクターが半開きだと、安全のため消毒噴霧が行われない。
しつこくアナウンスが繰り返されて消毒が開始されない時は半ドアならぬ半開きが疑われる。
数人で入場する時に、誰だよ機械止めてんのみたいな顔して最後まで確認しなかった者が犯人なのは世の常である。本人にしかアナウンスされないので早めに確認するが吉。
扉が開き、霧、というか蒸気が晴れると、目の前には広々としたなだらかな草地。遠くに山。
周囲の草地にはまばらに木が生え、遠くの方に羊か牛らしき白っぽい四つ足の生き物が歩く。
ARガイドに表示される地図に従ってギルドの巨大な建物の裏手に行けば、そこは倉庫のようになっている。
数十の窓口がその一画に並んで設置されていた。
横の窓口では採取から帰って来たらしい人がカートを受け渡している。
「野菜にかけている袋は再利用しないんですか?」
やや小柄な鎧集団が引率の係員に質問している。社会科見学に来ている児童であると思われる。
「野菜に掛かっている袋は虫や病気から野菜を守る役割がありますが、野菜が一番過ごしやすいように野菜ごとに空気や水の通りやすさを変えています。
自然に還る素材で作られているので、使っている間も徐々に分解しているんです。
そのため、一度燃やしてガス化し、そのガスから新品の袋を作っているんですよ」
「その分解する性質のせいで森林農業の防護ネットがマイクロプラスチックになって野菜に取り込まれて人体に蓄積すると聞いたのですが」
「そうした噂を検証するため、外部機関にも調査を依頼しています。研究棟でも検査していますが、そうした事は起きていませんね」
今時の子は動画共有サイトで眉唾の言説を摂取してしまうパターンがあってつらい所である。
それを横目で見る間に5番窓口から青年に声がかかる。
窓口横の水晶玉に触ると本人確認完了である。
「E27の金糸瓜の採取とE28の小松菜の栽植依頼でお間違いないですね。お気をつけて」
簡素だが巨大な背負子を渡される。
荷物には道具や苗、運搬用の折り畳みカートなどは全て詰まっている。そこそこの大荷物だがプロテクターのパワーアシストのお陰で重量で苦労する事は滅多にない。
青年は窓口から目的地に向かって歩き出す。
E27は山の上である。
「Eのラインは……と」
『E27に向かう場合、右手前方200メートルの所にE30への直通架線があります』
ガイドに従うと、青年の右手前方200メートルの所にあるのは屋根と柱だけの簡単なつくり、いわゆる上屋と呼ばれるような構造物。看板には黄緑に白字で大きく『E30』の文字。
その屋根の下から出ているワイヤーは高圧線の電線を思わせる。それは遠く山の上の方まで続いていた。
青年のかなり前方、ワイヤーのたもとに一人。
ワイヤーにぶら下がった状態で山の方へとスルスルと移動していった。
ロープウェイを文字通りにするとこうなるような構造。
山の中で木材を運ぶときに高所にワイヤーを渡して、そこに木材をぶら下げて搬器で運び出す方法を架線集材と言う。それと似た仕組みである。
基本的に山に向かう方と降りてくる方、二本のワイヤーが渡されている。
高所作業用にフルハーネスが義務付けられてだいぶ経つが、ここではプロテクターと留め具で安全基準を満たしている。
青年もワイヤーのところまで行って背負子から重量フックのような装置を取り出し、プロテクターに固定されているのを確認してワイヤーに取り付ける。
フックの動作部をワイヤーに沿わせた状態で開環部を閉じてロックすれば準備完了。
そのままぐっと体重をかけると、それを合図に巨大フックのような装置の動力が動き、ワイヤーを登っていく。
なぜこんな特殊な移動方法か。
山あり谷ありの自然の地形が残されている上に、材木や作物も植わっていて、そこかしこに灌漑用水路がうねり、あちこちに家畜の逃亡防止用柵がある。当然道を作るのも手間で車両は入り込めない。歩いて移動するならちょっとした山登りで片道数時間である。
そうしたわけでファンタジアフォレスト内の移動・運搬手段は、ほとんどこのワイヤーと自走搬器を利用したものであり、入場にプロテクターが必要な一因になっている。
架線はかなり上空を通っている。どうしてもこの移動が怖い人は地上を移動する事になる。
必然、ギルドに近い農場の仕事しかできない。なかなか不便である。
ちなみにプロテクターで落ちても安全な事は度重なる実験の他に、数年前のファンタジアフォレスト5で未発見の廃鉱の縦穴に数百メートル転落した人が無事生還した事、更には初代ファンタジアフォレストの断線事故からも証明されている。
ただし、張ったワイヤーが直撃したらプロテクターでもただでは済まないので、絶対にふざけないようにと最初の講習で注意される。断線事故ではスナップバック、つまり切れたワイヤー断端の暴れに巻き込まれた人が水平方向に数十メートル飛ばされている。
当たり所が悪ければ命にかかわっていたと言われ、社会科見学に来てクマに襲われてもギリ生還できる最強防具で無敵感を感じていた児童たちは思わぬ伏兵にシュンとなるのである。
さて、架線での移動中に見える景色はさながら木々の上を飛ぶドローンのような視界になる。行き先はワイヤーが伸びているので一目瞭然の絶景だ。
架線の左右にはかなり距離を開けて、いくつか並走する電線のようなものと、それに渡された布のようなものが見える。
布のようなものは振動を電気に変える風力発電機である。移動用架線に吹きつける風を軽減するのが本来の目的で設置されているため、軽く廉価に作られている。
その反面、発電量は小さく、大量に設置されているにもかかわらず全体を合わせてもファンタジアフォレストをまかなえていない。
架線での移動は結構なスピードだが、移動中は暇である。
「ガイドさん、金糸瓜のデータが欲しいんですけど」
青年の右肩にはAR映像のガイドの妖精さんがいる。
「了解しました」
青年の音声入力に反応して、ARガイドが植物の画像を持って正面に移動する。
『金糸瓜はそうめんかぼちゃ、糸瓜、スパゲッティスカッシュなどとも呼ばれています。
実が象牙色からこのようなクリーム色になった頃、開花からおよそ30日から40日後に収穫します』
開花時期の情報を告げるのは開花時にAR上で日付タグをつけて共有し、採取日を管理しているからである。
開花時にカメラにとらえられた実は、ARで開花日が表示されるようになる。そのため実をつける植物の花を見に行くという管理代行依頼が存在する。
画像を見て青年がつぶやく。
「本当に瓜だ……糸っていうからきゅうりみたいに細長いのかと思ったけど」
『熱を加えると実の部分がほどけて麺のような細長い形になる事から名付けられたと言われています。
でんぷん質が少ないためカロリーが少なく、かぼちゃと言ってもズッキーニに近い種類です。水分が多く、食感はナスやキュウリのようだという意見もあり、酢の物に使用するレシピが有名なようです。日本には十九世紀後半に渡来したとされています』
調理法を伝えるのはご家庭での消費を促すためである。
馴染みの薄い作物は最近では遺伝子操作によるものだと思われて敬遠されることも多いので、歴史に関する情報を付け加える事もある。
作物の情報を眺めつつ青年は架線を上って行った。