2.作業着を新調しよう
アグロフォレストリー、森林農業。
未だに色々呼び名があるが、植物を混ぜて育てて管理の手間を減らしつつ、牧場と畑と森を混然一体まとめて管理しようという手法である。
素人が参加するには危険が多すぎるため、現在の森林農業ではプロテクターの装着が義務付けられている。
ゲームのコスプレ全身鎧のように見えるが、冒険者、もとい従業員を守る、現代技術の粋を集めた冷暖房パワーアシスト諸々完備のプロテクターである。
お手軽にMMORPGみたいなことをしたい社長の趣味なのは公然の秘密である。
プロテクターの新調の為、青年が採寸用の部屋に入る。着てきたプロテクターを脱ぎ、少々手足を広げ、大の字のような立ち方をしたら3Dスキャン開始である。
『全身スキャンが完了しました。プロテクター製作の際は調整のために何度か工房にお出で頂きます。数分後にお呼びいたしますので休憩室でお待ちください』
一瞬でスキャン完了。室内のカメラが全身を撮影して解析するだけなのでほぼ証明写真の撮影と同じペースである。
フードコートの呼び出しのようなものを渡されて休憩室の好きな席に着く。施設側の準備ができたら鳴って知らせてくれるはずである。
休憩室もファンタジーの居酒屋風。白木風の床、壁、大きな梁の天井。つややかな木製の椅子と机。
飲食を提供するカウンターがあり、料理が提供され、数種類の飲み物が氷で冷やされたガラス様の古風なドリンクサーバーに用意されている。
プロテクターの口部を開けると、パンや肉の焼ける香ばしい匂いを先頭に、果汁の香り、そして淡く木の匂いを感じる事ができる。
隅の方で近所の子たちが集まって携帯ゲームで遊んでいるが、咎める人は居ない。ここに勤めている親御さんを待っている子も居たりするのである。
一分経たないうちに青年の持つ呼び出しが鳴る。
彼が呼ばれた部屋はパソコンや3Dプリンター、電動の切削工具、有害なガスや塵を吸引する箱型の作業台、ドラフトチャンバーといった機械が所狭しと置いてある。
古風で暖かな雰囲気の木造の一室に最先端の機械類、少し時代錯誤を感じる光景である。
プロテクターの基本設計が映るモニターの前に、これまたプロテクターを着た人物が居た。今回担当する技師である。
挨拶もそこそこにプロテクターの設計の話に移る。
「現在ここで扱っているプロテクターは二種類。全身一塊型と頭、胴、脚部の三部型です。どちらか希望は有りますか?」
技師は義務的に二つの違いの説明を始める。
「日常的に義肢や足腰への補助として利用する場合は、三部型を推奨しています。
部分的に使う事ができるように内装も別にして分離できるように製作するわけですね。
欠点としては、電力消費と機械スペースがわずかに大きくなります」
「実は一塊型って着たことないんですよね。たまたま以前作ったのが三部型で」
「じゃあ学生のうちに一度着てみた方がいいかな? 合わなかったらすぐ戻せばいいし。
制度の都合で成人、つまり成長期終わる頃になると一定期間内の再製作にお金かかるんですよね」
プロテクターは個々人の体に合わせて作られているため転用ができず、個人が持ち帰って管理するのである。
一方で非常に使い勝手がよく、酷暑や厳寒の続く日や、足腰の弱った人の外歩き用などで街中での利用者も増加している。
授乳や育児のため子供を保護するスペースの付いたモデルすらある。おんぶ紐より安全で負担がかからないと好評であり、プロテクター目当てでとりあえず森林農業に参加する人までいるほどである。
街中を甲冑が歩いてるのは怖いという文句はまぁ今でもたまにある。
技師は続いて一塊型の説明に移る。
「一塊型は分離できないので折りたたんでもかなりかさばりますけど、慣れれば着るのは楽です」
畳んでも人一人がしゃがみ込むぐらいのスペースを占有する。
「あとはー……一塊型だと頭部が外れないので、内装の洗浄時に壺風呂代わりには使いづらいって文句言われますね。
ほんとは人が入ったまま注水するのは内部の汚れが十分に落ちない可能性があるので推奨してないんですけど―……」
設計を話し合ったら再び待合室へ。
やり取りから十分経たないうちに再び青年の持つ呼び出しが鳴る。
入った部屋には鎧ができていた。
ただし籠細工のように隙間がある。
むしろ格子状の外枠だけがあるスカスカの鎧であった。
パワーアシストの人工筋肉部などの電気機械の配線まで見えている。
これは完成品でもなければ失敗作でもない。
大型の製品を3Dプリントする時は外枠を格子状に出力して籠細工の様な仮の形を造形し、サイズや可動を確認するという方法がよくとられるのである。
特に生体に合わせて作るものは、義肢のように仮の造形に型取り材を付けて、より精密な型を取ることが多い。
その上で動作に問題が無ければ、型取りしたものを鋳型にして籠細工の様な外枠の内部に材料を満たして完成となる。
外枠も一緒に材料で包み込むことで補強として使うのである。最近は偕老同穴という生物の骨格を模した外枠が主流となっている。
現在この方式でないものは透明性が必要なパーツ。この鎧にあるものだと顔面部のシールドぐらいだろう。
「えーと」
青年が着替えに戸惑う。支柱に支えられ、立ち姿のまま開いているプロテクターは特撮のスーツといった様子である。慣れている三部式は厚手の服のような感覚で着れて、留め具をシートベルトの様にはめ込めばすんなりと固定できたのだ。
技師がアドバイスした。
「貴重品ポケットは外側がここで内側がここです。ギルドカードとかを入れてください。
着るときはまずコートを着るように内部に入って長靴を履くように脚部を通してください。
先に腕のパーツを固定して、この腹部部分を外側からこう、手で押し込むとこんな風に胴部が動いて固定されます。挟まれないように注意して、着込んだ後で外側から押してみてください」
「へぇ~」
中に乗り込んで言われたように押し込むと、あたかも折り畳み傘のようにプロテクター前面のパーツが連動し、きれいに鎧が閉じる。
「あ、動く前に首と腰の固定装置を忘れず留めてください。外す時はこの逆。首と腰の固定装置を外して前胸部のここを押し上げます」
「すいません」
技師は、プロテクターが体にあっているかどうか、一つ一つチェックしている。
「服の巻き込みなし。ガイドの異常なし。
動いて苦しくなったり痛かったりしたらすぐ言ってください」
「大丈夫です」
「体のどこかに引っかかる所とかきつい所とか無いですか? 逆にガタつくところは? はい。こちらからゆっくり動かしますので、痛かったらすぐに言ってください」
可動域の確認である。引っかかって動かなくても不自由だが、必要以上に動くと捻りや脱臼など怪我の元になる。それを確認するための既定の柔軟体操のような動きを一通り行うのである。
「頭部、しばらく着けてみてきついところは無いですか?」
「大丈夫です」
大体バイクのフルフェイスヘルメットと同じ構造である。
「AR投影部の文字は読めますか?」
目の近くを覆っている透明な部位はAR画像の投影場所と顔面部の保護を兼ねている。
技師は部屋の壁や机の上を指し示した。
「いくつか写真と模型があります。それを見た時にARの説明文の位置が正しいか確認してください。離れたり近づいたりしてみてくださいね」
模型や写真に重なるように説明文が出てくる。視線やジェスチャーを感知し、文字が現れたり、逆に邪魔にならないように消えたりするのも確認できる。
「バイザー、日除けを下げても視界大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
投影部の上に手動で動かせる可動式の日除けがある。
「口部は手動で開けられますか? 事故防止にちょっと仕組みが変わったんですけど」
「んー……、ああ、分かりました。パズルみたいですね」
口の周りは作業中の水分の補給や万が一の救急時の気道確保などの為に開けられるように作られている。
「各部酸素分圧基準値よし、顔面部空隙量よし、視野、AR配置異常なし、頚部固定圧基準値よし、腰部固定圧基準値よし、自覚障害部位なし」
技師がメッシュ状の鎧内部に貼ってある圧力センサーの値と青年を交互に見ながら確認にチェックを入れていく。
「それじゃあ固めるのと表面処理で30分から1時間ほどお待ちください。デザインとか塗装の注文とかありますか?」
「特にないです」
無難な感じにデザインをお任せする。
完成まで数十分かかるその間に、青年は食堂でハンバーグランチを頼む事にした。玉ねぎが甘すぎず辛すぎず、芳ばしさが引き立ち、胡椒がほどほど、ナツメグがほんのり香る、肉が主張しすぎないご家庭ハンバーグである。
青年は家から着てきた方のプロテクターを脱いだ。
物が掴みにくいわけではないが、厚手の手袋をつけたままご飯を食べるのはしんどい。ぐらいの感覚である。
食事を終えて水を飲みながら、ホッと一息つく。
「全身鎧だと簡単に脱げないんだよなぁ……」
青年が横の椅子に置いた頭部と胴部を見ながら呟く間に、呼び出しが鳴った。
完成品の見た目は完全に西洋甲冑。人が入っていないとスーツアクターのガワ。
金属色の表面。そのまま着込める内装。関節部は、微細な鎖帷子のような構造を濃い色のシリコンゴムのような柔らかな素材が包み、柔軟で高強度、汚れの落ちやすいなめらかな仕上がりになっている。
もう一度一連の動きを再現して動作に問題がない事を確認する。
「最終チェック入りまーす。運動機能確認項目よし。密閉性よし。空気循環どうですか? レジン臭などは残ってませんか? 体温調節機能はどうですか? 暑かったり冷たかったりするところないですか?」
技師のチェックに答えていく青年である。
「問題ないと思います」
「古い方のプロテクター、こちらで処分します?」
「お願いしていいですか?」
頑丈なため、専門施設でないと処理できない。
「じゃあ個人情報保護のためにここの情報プレートを破壊しますので目視確認お願いします」
かくして青年の四年ぶりの相棒はお役御免となった。
「不具合出たらすぐ持ってきてくださいね~。保証書は内側に一体化してギルドカードと紐づいてますので、本体かギルドカード持ってきてくれるだけでOKでーす。それではご安全に」
企業農場の入り口、大ホール。
プロテクターという名の現代版全身鎧を新調した青年が、受付に向かう。同じような鎧兜の人が大勢いるため悪目立ちすることは全く無い。
「ファンタジアフォレスト3冒険者ギルドへようこそ。
ギルドカードはお持ちですか?」
受付でお決まりの声をかけられ、青年はカードを差し出す。
「プロテクター左手にある認証コードの提示をお願いします。はい、バイザーを上げて、向かって左のクリスタルに手を置いてください」
大きい水晶玉の置物が受付にあるのだが、ただのタッチ式読み取り機である。
「はい、ご本人の確認ができました」
受付の確認はこれだけである。
「こちらの入場証は退場時に返却ください。ガイドに従って依頼の受注をお願いします」
ギルドカードに代って渡される入場証はカード型。基本的にファンタジアフォレスト3内の設備を使うための通信用である。
人の少ない山の中、万が一に備えて頭部の360度天球カメラから冒険者の周囲の映像もギルドに送信されている。
作業をさぼって苗とかをその辺に捨てないように監視の意味もある。
歩きながら入場証を頭部プロテクターの耳の辺りにある差込口に嵌めると目の前に映像が浮かび上がる。
『こんにちは。ARガイドです』
眼前に浮かび上がる画像はアニメ調の女の子っぽい姿。羽の生えた妖精サイズの女の子がファンタジアフォレスト3のガイドである。