表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1.企業農場の受付に行ってみよう

 現在、日本の人口の八割ほどが農事業アグリビジネスに従事している。

 いわゆる農林水産業と、その加工流通などに関わる仕事である。


 少し昔の農業が衰退していた時代の人が聞いたら、未来の日本は諸外国から経済封鎖でもされたかと心配されそうである。


 幸い、日本は安定して経済成長しながら食料自給率を伸ばしている。

 そして農業偏重は日本だけでなく世界的な傾向である。




 木造の大きな建造物。

 入ってすぐの大ホールはファンタジー世界か中世の聖堂かと見紛うようなアーチを多用した内装。

 木材がふんだんに使われ、高い窓から陽光が入っている。


 現代の建物なので耐火処理等々が施されており、当然見た目通りの白木ではない。しかし雰囲気は木材のやわらかさを感じられるようになっている。


 ここは大手企業の経営する大規模森林農場の入り口である。

 建物の裏手の山々には広大な草地と森が広がっている。



 現在の企業農業の主流は二つ。

 一つは完全屋内型の植物工場。

 もう一つはアグロフォレストリー、森林農業である。


 森林農業。

 未だに定義も呼び名も色々あるが、相性のいい複数種類の植物を混ぜて育てて管理の手間を減らしつつ、牧場と畑と森を混然一体、まとめて管理しようという手法である。


 牧場や畑に木が生えていてはいけない道理はなく、パーマカルチャーと呼ばれる環境調和型農法の発想は古い。

 言葉自体は20世紀の初頭からあるが、そもそも大昔からスペインはイベリコ豚のご飯はその辺に生えてるドングリであり、日本を含め、多くの国では里山やそれに類する環境を管理してきたのである。


 しかし、1950年以降の人口を支えた高収量品種や防除技術の開発、機械化、いわゆる緑の革命を経た時代。


 例えば機械化農業では畑に木が一本生えているだけでそれを避けるのに労力も手間も技術も必要になる事から分かる通り。

 例えば昔から生垣が使われ、動物の移動が制限されるために囲い込み農法が成立している事から分かる通り。

 例えば小さい庭木に芋虫が付けばあっという間に同じ種類の葉を食い尽くされてしまう事から分かる通り。


 木と虫に溢れる森林農法は、基本的に二十世紀に発明された大量生産技術に向いていないのである。


 木が生えれば日照に違いも出る。品質を均一にするのに支障が出る。

 複数の植物を管理するとなれば必然的に膨大な知識が必要になり、手間がかかり、難度も上がる。

 地形や気候によって植生や注意点が違うので他地域への応用も難しい。

 そうした事情であまり積極的に行われていなかった。


 主流になったのはいくつかの技術革新を経た後であった。




 入り口付近の大ホール、長い木製のカウンターにて、フォーク並びで速やかに手続きが進んでいる。


「次の方、どうぞー」


 柔らかい声の呼びだしを受け、フォーク並びの一番前の人が受付に進み出る。

 混雑した受付でよく見るごく普通の光景である。


 ただし、並んでいる人も受付の人も、ファンタジーゲームの全身鎧か特撮ヒーローのような格好であるという事を除く。


 甲冑姿の受付係員がほほ笑んで声をかける。


「ファンタジアフォレスト3、冒険者ギルドへようこそ。

 ギルドカードはお持ちですか?」


 冒険者ギルドである。

 本当に冒険者ギルドという名前で、ギルドカードという会員証もある。


 全て、社長の趣味である。


 受付に並んでる人も全身鎧なら、受付のお姉さんも全身鎧姿である。

 水着みたいなビキニアーマーではなく、恐竜に轢かれても大丈夫そうな武骨な全身鎧である。

 そんな鎧のお姉さんお兄さんたちが、銀行や郵便局のごとく、広い受付カウンターに等間隔に座っている。


 どう見てもゲームか特撮に出てくる全身鎧に見えるが、コスプレではない。



 これは森林農場の正式な作業着であり、現代技術の粋を集めた最新プロテクターである。

 元々はコンタクトスポーツやモータースポーツ等の防具を取り扱う会社であった。


 農林水産省が「これ以上バターを安くするのは無理です! 脱脂粉乳が売れないから!!」と泣いてた時に「じゃあうちでバイオプラスチックとか肥料とか研究してみよっか?」と大量に脱脂粉乳を買い始めたのがこの会社である。

 そこで脱脂粉乳原料の高性能新素材を連発し、高い需要を生み出した。その経緯で社長が農業に興味を持ってしまって現在に至る。


 いつでも安全にファンタジーっぽく野山を駆け回りたい。MMORPGみたいに。


 そんな事を思い立った社長が、アグロフォレストリーとかそれっぽい事を言い張って作った遊び場であるのは公然の秘密である。


 実のところ、半分レジャー感覚で利用されている。


 とはいえ伊達や酔狂で全身鎧っぽい作業着ではない。

 人の手が入った見通しの良い森とはいえ、死角が多く存在する森の中である。

 多少整備されているとはいえ、急峻な地形も多く。危険がいっぱいなのである。


 そこに動物がうろうろしている。


 なぜなら野生動物が農場内を通り抜けられる仕組みになっている。

 完全に野生動物の出入りを塞いで生息域を分断してしまうのはよろしくないという理屈である。


 また、牧場に居るような草食動物も、処置をされなければ気性は荒く、角を持っていたり突進してきたりする。

 この農場の生き物はご飯を与えられ、病気を予防、治療され、かなり自由に放牧されている反面、人間と生存を争うライバルでもある。


 更に、危険な農薬や大型の作業機械も扱う職場である。



 甲冑が銃火器に負けて数世紀。近年ようやく3Dプリント技術が発達し、最適な有機材料や有機無機複合材料、特殊な構造で衝撃を吸収する手法が使えるようになった。

 更には冷暖房装置やパワーアシスト装置の発明、改良、小型化。

 そのお陰で全身鎧の実用性と価格の妥当性、更に夏に着こんでも熱中症で死なない快適性が得られたのである。


 半野生環境下での農作業という、プロでも危険が伴う重労働をレジャーの一種に変えたのがこのプロテクターであった。


 見た目が多様なのは個人の識別を容易にするためだとされている。


 実のところ社長の趣味である。



 受付では様々な内容が行き交っている。


「素材持ち込み、加工依頼ですね。連絡しておきます。工房棟へどうぞ」


「ファンタジアフォレスト3、冒険者ギルドへようこそ。

 ギルドカードはお持ちですか?」


「はい、プロテクターの新調でしたらお求め安くなっております。

 原油の増産による素材価格の下落ですね。一部炭素加工品も燃料から資材に流れたようです」


「持ち込み素材の買取は精査が無ければ10kg毎500円です。一律規格部外品と同じ扱いになってしまいますので。

 はい、精査にお時間かかってしまいますがよろしいですか?」


「講習は可猟期間半ば頃、12月から予定しております」



 炭素本位制。

 今日の炭素製品は金属や貨幣価値に近しい。

 技術の進歩により、燃料、食品、繊維や資材などの有機物が、かなり自由に相互に作り替えられるようになって成立した仕組みである。


 炭素本位制においては産業を安定させ、余剰な生産分は市場の価格に応じてより高く売れる形に素早く加工して売る事が基本戦略となる。

 ゴミの再資源化技術の進歩も目覚ましく、処理施設が原料代わりに受け入れて、余すところなく燃料や素材へと変換するような事が行われている。


 依然として産油国、科学先進国は有利ではあるものの、その格差は徐々に是正されている。


 なぜなら土地には限りがある。

 そして農作物は種類が膨大過ぎた。


 十や二十の食品なら合成食品で完全再現は可能。より良い食品の製作も可能である。

 しかしスーパーに並ぶ程度の一般的な食材全ての味や食感を再現しようとするだけで、コストが指数関数的に増大するのである。

 また、食品に使うとなれば、有害物質が大問題になる。

 燃料や資材などであれば健康に問題がない物質でも、口に入る場合は膨大なコストをかけて除去しなければならない。


 合成食品だけで一国の食を賄おうとすると、効率や安全の面からでんぷんとタンパク質と食物繊維で必須栄養素を固めた栄養剤でようやく飢饉を防げると言った有様である。


 そう、食品だけは燃料や資材から合成するのは安全性や需要供給の面から極めて非効率だったのである。

 必然、生活の質のために農業に注力される。


 利害関係の少ない国や、土地が離れていて自国に大災害が起こっても影響が少ない国にも積極的に投資し、より友好的に、より安全に、より相互利益を目指して取引を結ぶのも戦略の一つなのである。


 今時ミルクレイクだのバターマウンテンだの農産物の過剰供給だのとのたまう政府は居ない。

 需要、相場価格、国内外の生産量、各国の輸出入量などの総合的な情報に即応する流通、加工システムを構築できなかった失敗国家である。



 あらゆる内容で企業農場の受付の混雑は一向に収まらない。


「個人菜園の植物からのデータ抽出のご依頼ですね。

 連絡しておきます。研究棟へどうぞ。

 ファンタジアフォレストのホームページにてエリア毎の気候データを公開しております。そちらも併せてご覧ください」


 森林農業を革新した一つに、植物に関するデータの蓄積がある。


 森林農業は、個人で大規模な運用は難しい。

 関心の高い欧州、退耕還林政策と食糧増産の両立を目指す中国などで研究機関を中心にして限定的に始まった。


 同時に完全屋内型の植物工場が増えたことで、季節を待たずに植物を育てられるようになる。それは試行スピードが上がり、完全管理された環境下でのデータの蓄積が加速する事を意味した。


 この屋内と屋外、双方の農業が活発化した結果、相乗効果が起こる。


 まず、屋内の完全に管理された環境で育った作物について、徹底的に分析された。

 検証した内容は日照量、日照時間、給水量、土の成分、植栽密度、各種温度、湿度、風量、植生、土壌細菌叢、等々。

 そうして育った作物の各種成分や形、大きさ。細胞や色素の量や分布、密度、等々を徹底的に調査。


 そうしたデータの厳密な蓄積により、作物を調べればさらされた環境を逆算する事が可能になった。


 これは年輪を調べて過去の環境を把握するのに似ているが、よくある葉物野菜などでもそれが行えるようになったのである。

 これにより、リアルタイムでチェックするのでなければ屋外農場に高価で繊細なセンサーを設置する必要が無くなった。間引きした野菜など育った作物の一部を調べる事で、過去の生育環境を把握できるようになったからである。


 作物の調査によって極めて限局的な気候データ、土の質、収穫量などのデータが収拾される。

 他方では環境DNAの分析によって周辺環境の植生から生息動物、微生物に至る生物のデータ、人工衛星による広域の気候データも合わせて、膨大な分析によって研究が進んだ。


 そうした基礎研究が積み上がった末の森林農法。

 日本で最初に導入されたのは比較的最近、炭素本位制の始まる少し前の事である。


 社長が農業に興味を持ってしまったとある大企業が、山に呑まれた廃村を丸ごと買い取って森林農場の企画を提案したのがはしりである。


 当時は国内で豚熱が勢いを増しており、「森の中で猪と接触するような環境で豚飼うとか何考えてんの?!」と、農林水産省激おこだったが、結局ワクチンや隔離によってその企業の土地が感染拡大の防波堤になり、後から農林水産省にっこりである。

 実際に海外では森の中の猪との接触による感染拡大が起こっていたので、関係省庁の懸念ももっともであった。


 そんな森全体の管理はそれこそ専門職がドローンを駆使し、AIなどデータ解析技術を利用して行う。

 一方で実際に現地に行って植物の世話や現物を収穫して運ぼうとする段階になると、わざわざ専用機械を作るよりか人間が一番効率がいい、と、そういうわけである。雇用吸収の側面もある。


 林業と名がつくとはいえ、荒れ果てた山を整備し直したため、育つのに数十年かかる木材はまだほとんど収穫されていない。それが育つ間に換金性の高い作物を同時に栽培できるのも、この混農林業の強みの一つであった。


 管理されているとはいえ、農薬を使ってもそうそう虫が居なくならない程度に大自然の中である。

 一応色々な仕組みで病害虫を防ぎ、洗浄・加工して出荷されるが、何が居るか分からない森の中、葉っぱに農薬とか重傷熱性血小板減少症みたいな病気を持った虫がついてるのが嫌な人は森林農業ではなく無菌状態の清潔な植物工場で育った製品をお買い上げである。

 現代の科学技術では、一番いい無農薬苺は、神懸かり的な専門農家か植物工場の中にしか存在しない。何でも自然が一番と思ったら大間違いである。


 そういった経緯もあり、現在森林農業の企業は政府や自治体から環境に詳しい便利な大企業として認識されている。


 外来の厄介な病原体に悩む地方自治体に泣きつかれて対処した折には、よく分からん団体から「森林農法は過剰な農薬と危険な病原体だらけ!!」とネガティブキャンペーンを張られたことがある。

 もちろん完全に間違っているわけでもなく、森林農法は病気や虫との戦いであり、薬品も使う。

 ちなみにこの病原体に対応した時は、土壌や中間宿主の糞などに含まれているDNAを検査して、病原体の居る範囲を突き止め、強烈な薬を使って徹底的に根絶した。

 宿主になっていた野生動物が薬で病原体ごと餌を吐き出す様子はショッキングな絵面えづらのせいか、よく分からん団体が間違った見出しでよく転用している。




「ファンタジアフォレスト3、冒険者ギルドへようこそ」


 その一画。受付で止められた青年がいた。


「申し訳ありませんがプロテクターが安全基準を満たしていない為、入場できません」

「これ四年前に作ったばっかりなんですけど……」


 青年が若干食い下がる。


「更新された作業用プロテクターの安全基準にのっとっております。申し訳ありませんが規則になっております」

「ええと、どうすればいいですか?」

「作業用プロテクターを新調していただきます。一時間ほどかかりますがよろしいですか?」


 現代冒険者ギルド、工房は併設である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ