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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
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第六話 言われなくてもわかってる(1)

 

「今日はもう遅いし、本格的な除霊は明日行いますから」 

 と和久が、案内してくれた八重に、自室へ戻るように促した。

 その様子を横目で見ながら、おかしいな、と直久は思った。普段なら、敵の本拠地が見つかったのなら時間など関係なく、とっとと除霊するのに。何か他にも気になることがあるのだろうか。

 直久が一人考えこんでいると、案の定、八重の姿が見えなくなったところで、和久がゆずるに話を切り出した。

「気がついた?」

「外のか」

「うん。やられたよ。気がつかなかった。屋敷の中にいると、ここの悪霊の気配が強すぎて……。うまく隠れてる」 

「それも、強い霊力を最弱化してばれないようにしている」

「うん。ただものじゃないね」

 そこで、ようやく二人が考え込むように黙ったので、もう口を挟んでもいいかなと直久は思った。

「何のことだ?」

 そう言われた和久は、眉をひそめながら、困ったような表情で直久を見た。

「それがね。どうやらこの屋敷は、中に住みつく悪霊だけじゃなくて、外からもなんらかの影響をうけてるみたいなんだ」

「外から?」

「うん。まずは、それも調べないと、うかつには手をだせない」

「ほう~~」

(なんだか大変なんだなぁ~この家)

 のんきに直久が相槌をうつと、和久はその直久の暢気さに、すこしほだされたようだった。

「とにかく、急いてはことを仕損じる、だよ。明日、この辺の地理についてオーナーに話を聞いてみよう」

 和久によって話がまとまると、一同は自室へと戻ることとした。



 部屋のドアの前まで来ると、中へと入ろうとしたゆずるに、くれぐれも気をつけるようにと、和久が念を押す。

 そういえば、と直久は思った。

 自分は和久と同室なので心配ないが、ゆずるは今夜一人だ。悪霊に狙われやすいのはゆずるの方なのだから、ゆずるも自分たちの部屋で休めばいいのに、と思わないでもないが、そうもいかないらしい。

 とはいえ、三人で一晩明かすだなんて、直久には息が詰まるにちがいない。ごめん被る。

 が、状況が状況なだけに背に腹は変えられない、とも思う。譲歩してやらなくもない。

 一人、直久は腕を組み、うんうん、と頷いていた。が、話は直久だけを取り残し、すでにゆずるとは別室で休む方へ進んでいる。

「ゆずる。なにかあったらすぐに呼ぶんだよ」

「言われなくても、わかってる」

 その返事はいつものように冷ややかなもので、さっさと部屋の中に入り、ガチャっと、ご丁寧に鍵までかけた音がした。

(なんだよ、ゆずるのヤツ! せっかく心配してやってるというのに、ほっっっっんと、感じ悪っ!)

 口に出してはいないものの、色々と思案させられた直久は、苛立ちを隠すことなく、舌打ちした。そして、ゆずるに聞こえるようにわざと大きな音をたてて自分たちの部屋のドアをしめた。

「あ。直ちゃん……」

 一人廊下に残された和久には、どちらの心情も手に取るようにわかる。だから、小さく息を吐くと、直久の後を追うようにして部屋に入っていった。



 部屋に戻ってきた直久は、大股でベッドへ行くと、むすっとした顔で、自分の体を投げ出した。スプリングのきいたベッドは、よく弾む。

「直ちゃん……」

 諭すような和久の声が追いかけてきたので、体をひねって背を向けた。その明らかな拒絶の姿勢も、ものともせずに、和久は続ける。

「ゆずるは今、すごく不安なんだと思う。だって、霊の存在は感じるし、見えるんだ。けれど、普段なら簡単に追い払える霊ですら、今は太刀打ちできない。その上、悪霊たちは次から次へと、ゆずるの魂を求めて集まってくる。なのに──何もできないんだ。すごく怖いと思う。そんなの僕だったら耐えられないよ。だって、ひたすらに、結界を張って身を潜めてやり過ごすしかないんだよ?」

 確かに、直久の想像をはるかに上回る恐怖と戦っているのかもしれない。  

 けれど、こちらが手を差し伸べようとしても、向こうは迷惑そうに振り払うだけだ。これでは、何もできない。

(もともと、何かをしてやれる能力もないけどな)

 直久は、深くため息をつく。

 違う。

 この苛立ちはゆずるに大してではない。ちゃんと気がついている。

 こんな時に、何の力にもなれない自分に対して、必要とされていない自分に対して、行き場のない焦りと劣等感を再確認させられるのだ。

 普段なら、知らん顔して笑っていられるのに。

 この惨めな感情を、見てみぬふりをしていられるのに……。

 返事のない直久の背中に、和久は静かに続けた。

「ゆずる、明日が力を失っちゃう日なんだ。今日も相当弱まっていたけれど、明日はまるっきり使えないんだ。だから──」

「……わかってるよ」

 直久は和久の言葉を遮り、体をひねって向き直った。

「気をつけてやれっていうんだろう?」

 吐き捨てるような一言に、顔色ひとつ変えずに和久は頷く。

「僕もゆずるも、ホントに直ちゃんを頼りにしてるんだよ。じゃなきゃ、連れてこないよ。どんなことをしても置いてくる」

「……」

 和久のその言葉は、直久の心には、まっすぐには届かなかった。


◇◆


 その後、双子はさして会話もせずに、寝仕度を済ますと、早々に布団に入った。

 すると、あっという間に直久の隣のベッドから規則正しい寝息が聞こえてきた。

 よく考えたら、和久一人で、この広い屋敷の浮遊霊を除霊したのだ。顔に出さないから気がつかなかったが、相当疲れていたのだろう。

(おつかれさん……)

 直久は、弟を起こさないように気を使いながら、体を起こし、ベッドに座った。そして、ぐっすりと眠る弟の布団を、かけなおしてやる。

 普段と変わらないように見えるが、きっとゆずるが不安を抱えているのと同じように、今の和久は多くの責任という重圧を感じているに違いない。

 依頼人家族を悪霊から守るだけでも、今回は厄介そうだというのに、霊力を持たない直久がいる。それに、ゴキブリホイホイならぬ“悪霊ホイホイ”と化したゆずるまでもが、和久の肩に重くのしかかっているはずだ。

 なにしろ、ゆずるは“あの”九堂本家の次期当主。大きな傷を負わせようものなら、長老たちがこれ幸いと、どんな無理難題を言いつけてくるかわからない。

(本家も何を考えてるんだか)

 和久ほど、本家に出入りしていない直久には、詳しいことはわからない。霊力を持たない直久は、本家から存在そのものを認められていないかのような扱いを常に受けている。だから、もともと本家には良いイメージは持っていない。

(ゆずるも、色々大変なのかもな……)

 こんな霊力の無い時に、こんなところに送り込まれるなんて。どう考えても“大事”にされている嫡子という扱いではない。

 それにしても寝られない。

 まったく眠気のけの字も感じないので、直久は、とりあえずトイレにでも行くかと、立ち上がった。

 その時──。

(!?) 

 小さい悲鳴のようなものを聞いた。隣の部屋、ゆずるの使っている部屋からだ。

 瞬間的に和久を振り返ると、弟はいまだ静かに寝息を立てている。

 仕方なく、直久は弟の肩を揺すった。

「おい、カズ。起きろ」

 だが、その眠りは深く、目を覚ます気がしない。焦った直久は、今度は本気で体を揺すった。

「カズ!! 起きろ!! ゆずるに何かあったかもしれないっ」

 それでも、和久はまったく起きない。

 これは尋常ではない。


 ────悪霊が夜中に何かをやらかす時、その邪魔になるようなヒトは、たいてい金縛りにあったり、眠らされることが多いんだ。だから、いくら頑張っても体が動かなかったり、起きなかったりする時は、悪霊の仕業であることが多いよ。


 なぜか、昔、和久がそんなことを言っていたのを、ふと思い出す。

 この不自然な眠りは、悪霊の仕業なのか?

 だとすると、ゆずるは……。

(やっべえっ!!)

 直久は何も考えずに、部屋を飛び出し、ゆずるの部屋の前に駆け寄った。そして、ノブを回す。ガチャガチャと音がなるだけで開かない。

(鍵かっ!)

 ちっと舌打ちをすると、直久はゆずるの部屋のドアを拳でたたき出した。

「ゆずるっ、聞こえるか!? 無事なのか!?」

 返事はない。ドアの向こうに気配もない。

 寝てるのか。それとも、もう悪霊に……。

 自分の想像に、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。

「おい、大丈夫なのかっ!!」

 部屋の中からの応答はなく、ゆずるの様子もうかがい知ることはできない。

(くっそう……!!)

 どうしたらいい。

 何かいい手はないか。

 自分にできることはないか。

(カズは起きねぇし、かといって依頼人を危険に晒すわけにもいかないから助けも呼べねえっ……ん、そうだ!)

 直久は一か八かの行動に出ることにした。体当たりで、ドアをぶち破る作戦を思いついたのだ。やったことはないが、よくテレビドラマで見る、アレだ。

 意を決し、ドアから4歩下がると、懇親の力をこめてドアに激突する。

「ぐっ……」

 あまりの衝撃に直久は息がつまり、咳き込む。ドアはびくともせず、簡単に床の上に弾き飛ばされてしまっていた。

「ちきしょう……ドラマは所詮ドラマかっ!!」

 そう叫びながら、再び助走をつけ、ドアへと突進する。

 が、その時、不思議なことが起きた。直久の体がドアに触れる直前、ひとりでにドアが開いたではないか。

(──え!?)

 ついてしまった勢いを殺すことはできず、直久はそのまま、ゆずるの部屋に突進し、床に倒れこんだ。

 その時打ち付けた全身の痛みもさることながら、それよりも強い喉の痛みを感じた。ヒリヒリと喉が焼け付くようで、あっという間に口の中の粘液が蒸発していくようにすら思える。

 何よりも、体が勝手に防衛本能をむき出しにしているようで、心臓が強く脈打ち、呼吸が荒くなっていく。

 それだけではない。直久の肌もその部屋の異変を感じ取っていた。

(……寒い……)

 明らかに、廊下や直久たちの部屋よりも、温度が低く感じる。 

 何なんだ、この部屋は。いったいどうなっているというのだろう。

 直久が未だかつて感じたことのない大きな不安に襲われた時だった。

「……くっ」

 どこかからかすかに誰かのうめき声が聞こえてきた。それで、直久は、はっとなる。

(そうだ、ゆずるっ)

 すぐさま首を右左にひねり、暗闇の中、必死に目をこらした。



 


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