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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
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第四話 さっきのが、効いたな

「なんだか、気分が軽くなったきがするんです。いや~、さすがですな! 本当に、来ていただいて良かった!」

 一緒に食後のコーヒーをすすっていたオーナーが笑顔になって、和久たちに何度目かの礼を言った。

 大層な額の依頼料を支払ったのに、来たのがこんな子供たちで、内心不安だったにちがいない。安堵の色がオーナーの全身からにじみ出ていて、ゆずるなど明らかに不愉快そうな顔をしている。

(しょうがないよね、僕たちまだ16才だし)

 年齢のせいで信頼してもらえないのはいつものこと。こう言うときの対処法なら心得ている。和久は得意の花のような笑顔を見せてやった。たいていの依頼はこれですっかり安心するからだ。

 

「簡単な作業をしただけですから。まだ本格的なことは明日させてもらうつもりです。念のために、今夜一晩、皆さんの手に護符を書かせてください」

 和久はオーナーの腕を取ると、御守りみたいなものですよ、と言いながら、直久たちにしたように手の甲に文字を記していく。

 が、よしのの腕に字を書こうとした時だった、和久は手に静電気のような、びりっとした痛みを感じた。思わず手を離す。

「どうした!?」

 心配した兄が、和久を覗き込んだ。

(彼女には護符が書けない……)

 

 何かがいる──彼女の中に。

 

 

 和久は、すっと笑顔になって首を振った。

「なんでもないよ。静電気が走ったの。僕のセーターのせいかな、あはは」

「なんだよ、びっくりさせるなよ~」

「ごめんごめん」

 そういって、再び護符を書くマネをした。

「はい、できました。ほんとに念のため書いただけなので、心配しなくていいですよ」

 和久は再び山吹一家に向かってにっこり微笑んだ。

 これで、皆の不安が消え去るならば、いくらでも笑ってみせる。それが今自分にできる最大の防御。敵に弱みを見せては命取りとなる。

 柔らかな表示の下で不安に負けそうになりながら、それでも和久は必死に笑うしかないのだ。

「ところで──」

 オーナーの方へと首を回し、和久はお願いがあります、と続けた。

「このペンションの見取り図を貸していただけないでしょうか?」

「見取り図ですか?」

 いったい何に使うのだろう。そんな不安が彼の目に宿る。当然だろう。

 だが、それには答えずに、続ける。

「それから、屋敷の中を少し見て回りたいのですが……よろしいですか?」

 オーナーは少しだけ困った顔を見せたが、了承した。きっとこれも娘の奇病を治すためなのだ、と理解したのだろう。

 なんにせよ、ありがたい。

(とにかく、はやめに元凶をつきとめないと……ゆずるがもたない)

 今のゆずるは、力がほとんど使えない。使えないだけならいい。もともと強い霊力の器であるゆずるの体は、悪霊からみれば格好の餌食。隙あらばゆずるの魂ごと取り込んで、体を乗っ取ろうとする中級悪霊(やから)は、そこら中にはびこっているのだから。さきほどのゆずるの部屋でおきた出来事が、いい例だろう。今も息を潜め、虎視眈々と狙う気配は後をたたない。

(だから、僕は今回の依頼を受けることに反対したんだ。それなのに……本家は……いったい何を考えて)

 和久が知らず知らず、ぐっと奥歯に力が入ってしまった時、見取り図を取りに行ったオーナーが席へと戻ってきた。

「これです」

 オーナーが新聞紙大の紙を和久に手渡した。

「丁重にお借りします」

 和久の顔には笑顔が戻っていた。

 

 ◆◇

 

 直久たちは食堂を引き上げると、自分たちの部屋へ戻ってきた。

 ソファーの前にある長方形のテーブルを和久とゆずるが囲んで、先ほどの見取り図を広げだす。そして、図面に穴が開きそうなほど鋭い目つきで、食い入るように見入っている。まるでスキャンでもしているかのようだ。 

 直久はそんな二人をしり目に、「よっこいせ」と言いながら、そのテーブルの前にあるふかふかのソファーに座り、どかっと足を投げだした。

「そんなの何に使うんだ?」

「うん……」

 和久は集中しているらしい。図面から目を離さずに、身のない返事をした。

 こういう時、何を聞いても無駄なのは心得ている。だから、直久も口を閉じた。  

(それにしても……)

 何だってこんなものを借りてきたのだろうか。自分の弟の考えていることが、さっぱり理解できない。珍しく直久は、首をかしげて険しい顔になり、腕を組みながら思考の迷宮に入り込んでいった。

 

「ホント広いなあ……」

 しばらくして、和久がぽつりとぼやいたので、なんとなく直久も図面を覗き込む。

 確かに広い。広すぎる。

 1階は受付、ロビー、食堂や浴場などの他、オーナーの山吹一家の個室、応接間がある。2階は客室が9部屋。3階は5部屋。うち4部屋はスイートルームになっているようで、一部屋が2階の客室の倍の広さになっている。

(こらぁ~掃除するの大変だ~)

 目を丸くする直久に、和久が微笑みかけた。

「建てた当初から、あんまり変わらないらしいよ」

「当初っていつだよ」

「明治初頭」

「古っ。その割りに部屋綺麗すぎねえ?」

「内部は何度も改装しているみたいだよ。でも、建物自体は変わらないし、部屋数なんかもそのままだったみたい」

「ほほ~。すげーな。だって、ペンション経営をする前は、普通の民家として使ってたんだろう?」

「そうだね。生け贄になる女の子たちが、死ぬその時まで、この家で過ごしてたんだよね」

「とすると、その子たちが使ってた部屋もどっかに残ってるかもしれないってこと?」

 あまり考えずに発した直久の言葉に、和久は息を呑む。そして、ゆずるは顔を見合わせた。

「ん? なんか変なこと言ったか?」

「ううん。その逆! さすが直ちゃん。野生のカンがさえてるね!!」

「ほめられてる気がしないんですけど」

 にっこりと和久は微笑んだ。

「さっき除霊したのが、効いたな」

 ゆずるも口はしをほんの少しだけ上げ、微笑を浮かべた。

「ああ? どういうことだ?」

 一人だけわけがわかっていない直久は、二人の顔を交互に見比べた。すると和久がやんわりと説明しはじめた。

「さっきまでは、浮遊霊が多くいてね、霧がかかったようになってよく見えなかったんだ。でも、それを追い払うことで、見えてきたんだ」

「何が?」

「ボスのいるだろう場所? たぶん、女の子たちの思い入れが強かったところに今もいると思う」

「……たとえば、寝起きしてた部屋とか?」

「そうだね。今、見取り図を使って、屋敷の中を霊視してみたんだけど、墨で真っ黒に塗り潰したかのように全く見えないところがあるんだ」

(霊視……そうか。それで見取り図が必要だったのか)

 ここにいながら、監視カメラで見るかのようにべつの場所の様子がわかるという。それが霊視だ。

「ゆずる、何箇所、黒く見える?」

 和久はゆずるを振り返った。

「二カ所」

「やっぱりか……」

「つまり、その二つの部屋のどっちかにボスがいるってことか?」

 直久の問いかけに、弟がうなずく。

「あとは、直接見てみないとね」

 そう和久が言い終わる前に、ゆずるは歩き出した。

「あ、待って。僕も行くよ」

 慌てて和久も後を追おうとして、直久を振り返った。

「ほら、直ちゃんも行くよ」

 直久はじっと和久を見つめた。

(オレが行っても何もわかんねーしなぁ……意味なくねー?)

 和久は、いっこうに動こうとしない直久に不思議そうな顔をして見つめている。

(行かないって言ったら、こいつは心配するだろうな……)

 自分の無力さにイジケて、弟の顔を曇らせるなんてかっこ悪いことは、さすがにしたくない。

「わかったよ」

 観念するように、小さくため息をついて、直久は立ち上がった。


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