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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
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第三話 そこの壁にたくさんの目が!

 直久たちが案内されたのは、屋敷の二階のふた部屋だった。ひと部屋はゆずるに、その右隣のひと部屋は双子にと、用意されていた。

 右側の部屋に入り荷物を置くと、直久はベッドの上に飛び込む。ほど良いスプリングが効いて、寝心地がすこぶる良い。セミダブルだろうか、両手両足をめいっぱい広げても、まだ余裕がある。

(極楽~極楽~。コレに温泉と、ウマイ飯とくりゃ~言うことないね!)

 まるで縁側の猫のように伸びている直久を優しく見守っていた和久が、おもむろに今回の依頼の詳細を説明し始めた。

 直久は特に手伝えることが無いので、知っていなくてはいけない事情というものはない。それでも、面倒がらずに話してくれる。和久らしいといえば和久らしい。

「なんでも、この家は代々、長女が十六歳になると生け贄としてささげていたらしいよ」

 だが、科学の栄える現代において、神様の祟りをおそれて、人身御供をしようと考える者はない。

 いつしか、生け贄など必要とされなくなり、忘れられていった。

 人身御供のあったという事実も、生け贄にされた少女たちの存在も。

 ところが、それらは、この家の者たちにとっては、遠い記憶のものにはならなかった。

 人身御供をやめてからというもの、この家に生まれた長女は、かつて生け贄に出されていた年齢になると、生気が抜けたようになってしまうのだという。何に対しても反応がなく、自ら動こうとしない。まるで──。

「──人形のようになってしまうらしい」

 直久はごくりと唾を飲み込んだ。八重から聞いていた話と同じだ。

「なんでも、山吹さんの実の妹さんも、十六歳になったその日から様子がおかしくなったんだって」

 つまり、ここのオーナーは自分の娘が、今のように抜け殻になるの予感がしていたのだ。自分の妹と同じようになるかもしれない。そう恐れて16年間を過ごしてきたに違いない。

「……それで……妹さんはどうなったんだ?」

 直久は、恐る恐るたずねた。

 その結末を聞いてはいけない気がする。そんな予感で頭が痛くなりそうだ。

 わずかな望みを抱きながら、和久の言葉をじっと待つ。一呼吸置いて、和久が口を開くまで、えらく長い時間に感じられた。

 

「妹さんは──亡くなったって」

 

(なっ!?)

 がばりと、直久は体を起こした。和久を食い入るように見る。和久は、その刺すような視線を避けるように、目を伏せ、言葉を紡いだ。その顔はいつになく、曇っている。

「17の誕生日の数日後、死んでしまったそうだよ」

「……」

「その時の妹さんと今のよしのちゃんが似ているみたいだ。まさかとおもって、医者にも見せたみたいだけど原因は分からないって言われたんだって。」

「じゃあ……よしのちゃんはどうなるんだ」

 和久は寂しげに口元を歪めた。

「……最善を尽くすよ」

 弟だって万能ではない。

 一族最強とうたわれる従兄弟だって、できないことはある。

 わかってる。無理なものは無理だって。

 でも……。

 自分と同じ年数しか生きていない少女が、死ななきゃいけない理由がどこにあるっていうんだ……。

(よしのちゃんは何も悪いことしてないのに……)

 こんな理不尽なことがあっていいのか。

 何か自分にも力があれば──ほんの少しでも能力があれば──。

 自分はどうすることもできない。何もしてやれない。

 直久が、悔しさに、ぎりっと奥歯をかみ締めた、その時だった。小さい悲鳴のようなものが耳に飛び込んできた。

(──!?)

 隣の部屋、ゆずるの使っている部屋からだ。

  一瞬二人は顔を見合わせたが、次の瞬間には二人同時に駆けだしていた。

「ゆずる!?」

 部屋の中に入った途端、普通ではないものを直久は感じ取った。未だかつて感じたことのない大きな不安に襲われる。鼓動が早くなる。息苦しい。

(何だ? この感じ……?)

 初めて感じる空気の重さと違和感に、直久は呆然となった。

 その間に、和久はなにやら短い呪文を唱え、終わるや否や、しゃがみこんでいるゆずるの脇へと駆け寄った。

「ゆずる、大丈夫? 今、結界を張ったよ。何があったの?」

「カズ……今、そこの壁にたくさんの目が!」 

「目……? 僕にはそんなにはっきりした形には見えなかったな……」

「いくつもの目が、俺を見ていたんだ!! 俺をじっとっ!」

「大丈夫……大丈夫だよ。もういない。いなくなったから」

 和久は、それ以上何も言わずに、ゆずるが落ち着くまでそっと肩を抱いていた。

 直久はそれを、どうすることもできずに、二人を見つめていた。

 

 

 ◆◇

 

 ゆずるが落ち着くと、和久は厳しい顔で自分の部屋へ戻り、狩衣に着替え、再びゆずるの部屋に現れた。

「アレをやるのか?」

 和久の問いかけに、和久は神妙な面持ちで首を縦に動かした。

 アレとは、いわゆる除霊の儀式。この屋敷に集まった浮遊霊を追い払うのだろう。この儀式を行う時は、九堂一族では狩衣(かりぎぬ)に着替えるのが慣例である。

 狩衣というのは、平安時代の民間服で、動きやすいことから狩り時の服となり、後、公家の普段着になったもの。現在の神官の姿を想像するとちょうどいい。

 しかし、この狩衣を着ると除霊効果が上がるわけでもなければ、着てなくては出来ないというわけでもない。

 そこを敢えて着るのは、狩衣を着ることで依頼人が安心するからだ。普段着でヒョイヒョイと御祓いされても、何ら有難味がないというか。本当に祓ってくれたの? と、不安にさせることもある。現在の狩衣はそのくらいの意味しかもっていないのだ。行う者の気分、というものかもしれない。

「ここの浮遊霊はどんくらいいるんだ?」

 さっきのゆずるを脅かしたのも、浮遊霊のしわざなのだろうか。

 見えないし、感じないけども、いるといわれると気味が悪い。

「いるなんてもんじゃない。うじゃうじゃ。視界がかすむくらいに」

 珍しく厳しい顔で直久を一瞥した弟に、自然と口を閉ざす。

(あれ、なんか和久、機嫌悪くない?)

 テキパキと儀式の準備を進める弟の背中に、ぴりぴりと張り詰めたものを感じる。声をかけるな、とでも言いたげに。普段にこやかな弟なだけに、怒らせると誰よりも迫力がある。

 触らぬ和久(かみ)にたたりなし。それは16年間の直久の教訓でもあった。

(……こ、ここは邪魔しないで、大人しくしてましょうかね)

 直久が見守る中、和久は意識を集中させるために、ゆっくりと瞼を閉じていった。

 

 和久が追い払おうとしている浮遊霊とは、特に悪さをするモノじゃなく、そこら中を漂っているだけの霊をさす。

 それ自体に意志はなく、何か強い力に引き寄せられて集まってくることが多く、その強い力というのは大抵、悪霊だ。そして、悪霊は引きつけた浮遊霊を吸収してますます力を持ち、成長して強大化していく。

 これ以上、この屋敷に巣食う悪霊に力を付けさせないためにも、まずは浮遊霊を除去してしまおう、ということらしい。

「これより、除霊の儀を行う」

 和久は、かっと目を見開いたかと思うと、呪文を唱えながら、すばやく指を宙で動かし、印を結ぶ始めた。

 弟の話によると、この作業により、蒼いオーラのようなモノが彼の全身を包み込み、それが次第に大蛇の形になっていくという。

 それは、和久に仕える“ヒトならぬもの”────『式神』である。

 その大蛇が彼の代わりに霊を払うのだ。その式神の名前を雲居(くもい)と和久は呼ぶ。

(式神か……いつか見えるんかね~俺にも)

 式神とは結局何なのだろう、と、除霊している弟を見るたびに思う。実際に目にしたことがないので、正確にはわかっていないのだ。小さい頃から、和久がその存在を教えてくれるので、知っているが、だからといって、今弟の周りに大蛇がいて、その大蛇が霊をぱくぱく食べてるんだよ、といわれて信じられるわけもない。

 式神というからには、神なのかというと、どうも違う。どちらかと言うと、西洋の魔女に仕える『使い魔』に近いのではないかと考えている。

 そもそも古来日本では、何でもかんでも『神』として崇め奉る習慣があった。

 一番わかりやすいのは雷。雷は『神鳴り』だ。

 石や山、動物、はたまた無念に死んでいった人間ですら『神』となる。学問の神、菅原道真(すがわらのみちざね)がいい例だ。

 結局のところ『神』と言うモノは、ヒトがその怒りを恐れ、敬い、鎮めるモノであったのだ。『触らぬ神にたたりなし』という言葉こそがそれを顕著に表現している。つまり、日本人にとって『神』とは、人々を守り、願いを聞き入れてくれるべきモノではなく、恐れの対象に他ならなかったのである。

 当然、平安時代から、西洋で言う悪魔的存在、つまり『神』の逆位置の存在として、『鬼』というモノがいる。だが、鬼も、それより昔は『神』だったようだ。『鬼』と書いて『カミ』、または『シキ』と読んだのだから。

 つまり、人にとって恐れの対象であった『悪い神』、『意地悪な神』は『鬼』となり、都合の良い『神』こそ『神様』になったと考えられる。そして、『人間に使役されている神』を『式神』と呼ぶのだ。

 

「終わったよ」

 和久は汗だくになりながら、こちらに笑顔を向けた。

 そう言われただけで、回りの空気が軽くなっているような気がしないでもない。

「ごくろー、ごくろー」

 そう言いながら、直久は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、和久に手渡した。

「ありがとう」

 数久はニコッとしてそれを受け取ると、一口だけ飲む。そして、ゆずるに向き直った。

「気分はどう?」

「……心配ない」

「ならいいけど。……手、かして」

 ゆずるはそっぽを向いたまま、和久の言葉を無視した。が、和久はむりやりゆずるの右手を掴むと、手の甲に指で何かの文字を書いた。

「念のため」

「……」

 口を閉ざしたままのゆずるにかまわず、今度は直久の方を見て、やはり腕を掴み、手の甲に字を書く。

「お守りみたいなものだよ。……念のためだから」

 力なく笑う和久の目が、今回は手に負えないかもしれない、と言った気がした。

(まじかよ……)

 仕事に同行するのは初めてではない。今までだって、危ない目にはあってきた。でも、こんなに緊張している和久は始めてみる。

(そんなに、やばいってことか今回は……)

 なんてところに来てしまったんだろう。

 なんてことに首を突っ込んでしまったんだろう。

 しかし、聞かなかったことにして帰るわけにもいかない。

(くっそ。よしのちゃんに会っていなかったら……八重ちゃんの涙を見てなければ……)


 ────コンコン。

 

 部屋のドアがノックされた。顔を出したのは八重だった。

 思わず直久は彼女から目を逸らしてしまう。まともに顔が見れない。

「あの……夕飯の支度が整いました……でも、お忙しいようでしたらまた後ででも……」

「ありがとう。こちらも、今、ひと仕事おわりましたよ。すぐに着替えて、伺います」

 こんな時に、笑顔で応対できる弟に舌を巻いた。直久は、笑うことどころか眉一つ動かす気になれそうもなかった。


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