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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
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エピローグ

 

「本当に、ありがとうございました」

 何度も繰り返し頭を下げるオーナーに、優しく首を振る和久。

「もう大丈夫だと思いますが、また何かありましたら、いつでもおっしゃってください」

 ペンションを覆っていた影もすっかりと晴れ、よしのの意識も取り戻されて、万事解決したわけだが、直久一人、なんだかすっきりとしない。

 旅行鞄を片手で担ぎながら、直久は眉間にしわを寄せ、和久に振り向く。

「カズ、ちょっと聞きたいんだけどさぁ〜」

「何?」

 直久は、自分だけに起きた体験をゆずると和久に話し聞かせていた。すると二人は何やら納得して、オーナーに仕事を終えたことを伝えたのだ。だが、直久はちっとも納得できない。

「確認するけど、ゆずるを襲った少女の霊はツバキだったんだよなぁ? その理由はアヤメさんをあの部屋から助けだすこと」

「それと、鍵を手渡すためにね」

「じゃあ、よしのさんやオーナーの妹とか、長女に生まれた娘が十六歳になったら魂が抜かれたようになっちゃうのって、それとどう関係してたわけ?」

「それは……」

 和久は口元に手を持っていき、親指で下唇をなぜる。

「ツバキさんもアヤメさんも、あの部屋に誰かを身代わりに入れなければ出られないと思い込んでいた節があるんだ。特にツバキさんは、アヤメさんを自分の身代わりにして清次郎さんと逃げようとしていたわけで、身代わりがいなければ自分が逃げたのがすぐばれてしまうという生前の思いが深い。強く思っていたことって、死んだ後も残ることがあってね。しかも、不完全な記憶として残ることが多くて、ツバキさんの場合、怨霊となってしまったから、アヤメさんをあの部屋連れ出すためには、他の誰かを身代わりに入れなければならないと、強く思い込んじゃったみたいなんだ」

「要するに、ツバキはアヤメさんをあの部屋から自由にしてやりたくて、身代わりによしのさんたちの魂を部屋に引き込んだってわけだな」

「そう。だから、直ちゃんが扉を開けたとたん、いくつもの魂が部屋から解放されて、飛び出て行ったのが見えたよ。よしのさんも同じ頃、意識を取り戻したしネ」

 直久は、ふーんと頷く。

 なんにせよ、ツバキも『怨霊の後悔無限ループ』から抜け出せたようだし、アヤメもしっかり埋葬してもらえるようだから、すべて解決なのかな、と直久は一人ごちる。

 オーナーと話を済ませたゆずるが、怠そうに、鞄を担ぎながら双子の方に歩み寄って来た。

 無造作に突っ込まれた茶封筒がコートのポケットから覗いている。

「行くぞ」

 擦れ違いざまに短く言って、ゆずるは先に玄関をくぐった。それを追って直久と和久も外に出る。  

 直久が銀世界の眩しさに目を細めた時、八重が三人を呼び止めた。

 振り返ると、八重の後ろに日本人形のように綺麗な少女が静かに立っているのが見えた。

 ドキッとして、直久はその少女を見つめる。すると、しっかりとした瞳で見つめ返される。

「お姉ちゃんが直久さんにお礼が言いたいんだって」

「お礼? 俺に?」

 直久はきょとんとなって、人差し指で自分を指す。それを受け、よしのがコクリと頷き、すーっと目の前に何かを差し出した。あの部屋の鍵だ。

「これを。どうか、直久さんがお持ちください」

「だけど」

「忘れないで欲しいのです」

 直久がまごまごしているうちに、よしのは無理矢理、直久の手に押しつけた。そして、ふふふ、と微笑んだ。眩しいほどに綺麗で、可愛らしい笑顔で。

「あれ? お姉ちゃんって、直久さんと和久さんが見分けられるの? ちゃんと二人を見分けられるのって、ゆずるさんくらいかと思ったわ」

 八重の言葉で、そう言えば、と直久は思った。

 迷うことなく今、まっすぐ自分のとこ来た。 普通、初対面の人は自分と弟を、区別することなどできない。直久の両親ですら、日常的に直久と和久を見間違えるのだから。

 腑に落ちない顔で、直久が首をかげていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。よしのだ。

「やあね、八重ったら。全然違うじゃない。見分けるも何も、直久さんと和久さんは別の人ですもの。ねっ、ゆずるさん」

 急に話を振られたゆずるは、よしのを一瞥しただけで、無言で眉を顰めた。

 それから、二人は何だかんだ言ってバス停まで見送ってくれた。

 三時間に一本、しかも午後2時が最終便だという、田舎のバスの中のバスがちんたら走ってくる。さすが山道。当然のように乗客もおらず、貸切状態である。

 それを横目にしながら別れを言い交わした。

 バスが止まり、ゆずるが乗り込み、続いて和久が乗ろうとした時、直久はふと思い出した。

「そう言えば、瞬さんは?」

 その言葉に驚いて、和久が振り向く。

「直ちゃん!」

 はっ、として直久は八重を振り返った。しかし、八重はぽかんとした顔をしていた。

「誰のこと?」

 どうやら山神は、八重から全ての記憶を消し去ったようだ。よしのの意識が戻り、八重の望みが叶えられた今、山神があの屋敷にのこる理由はない。きっと、高笑いでもしながら、どこへなりと行ってしまったのだろう。最後まで、よくわからないやつだ、と直久は心の中で舌打ちした。

 直久が面白くないという顔をしていると、バスの窓を大きく開けて、和久が顔を出した。

「ほら、直ちゃん。早く乗って」

 いつの間に乗り込んだのだろう。ゆずるも、バスに乗り込み、さっそく読書を始めている。

「はいよ」

 弟に短く返事をすると、直久は、姉妹を振り返る。

「じゃあ」

 と、いつものキメ顔で、本人評価で、できる限りさわやかに短い別れを告げた。そして、くるりと、二人に背を向けたところで、何かに袖をつかまれ、引き止められる。何だ? と首をひねって背後を確認すると、よしのが直久の袖を掴んでいるのが見えた。

「また来ていただけますか?」

「もちろんですよ。お困りでしたら、いつでもどうぞ。お呼び立てください」

 直久がおちゃらけて答えると、よしのは直久の袖から手を離し、ゆるやかに首を振った。

「仕事ではなく、思い出した時に、会いに来て欲しいのです」

「え? おわっ」

 よしのは、直久の背中を押した。転ばないように、一歩足を踏み出したことで、直久の体はバスのステップに乗り上げる。

「言ったのはそっちよ。私が百五十才若かったらって」

 直久がバスに乗ったのを確かめて、バスの運転手が扉を閉めた。ぽかんとした、間抜けな顔の直久を乗せ、バスが重そうに走り出す。

 直久はよしのを目で追う。

 よしのはふわりと笑顔になった。

「────え?」

 そう直久の口が動いたのが、よしのには分かったようだ。

 小さくなるバスの姿を見つめるよしのの顔は、まるで青空のように晴れ渡っていた。

「いきましょ、八重。話したいことがいっぱいあるわ」

 姉妹が去ったバス通りの両脇には、純白の雪が静かに横たわり、道沿いに植えられた椿は、今にもはじけそうなほど蕾を大きく膨らませている。そう遠くない未来、見事な深紅の花を咲かせるために──。

 

 

【完】






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