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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
21/24

        寒椿(3)

 ◇◆


 時刻は深夜2時を回っている。いつの間にか、日付けは、生け贄の儀式が行われる予定の日になっていた。

 アカネはベッドの上で、何度目か分からない寝返りを打った。

 今日は儀式の日。アカネにとって、もう一人の姉であるツバキが、神に召される日だ。

 幼い彼には、一緒に遊んだ記憶のない姉だとは言え、大好きなアヤメと同じ姿をしているツバキの死は、やはり受け入れがたい。

「はぁ……」

 アカネから、今夜何度目かのため息がこぼれた。ふと、窓の外を眺めると、雪が音もなく降り注いでいることに気がついた。いつから降っていたのだろう。

「…………?」

 その景色の中で、何かうごめくものを見つけ、アカネは目を凝らす。よく見えない。

 しかたなく、窓辺に張り付くようにして、もう一度目を凝らす。

「あれは!!」

 清次郎と……連れているのは、髪の長い女性……まさか……アヤメ!? 

「た、大変だ!! 清次郎お兄ちゃんが、アヤメお姉様を連れて行っちゃう!! お父様っ、お父様ーーっ!!」

 アカネは慌てて部屋を駆け出した。





 すぐに、アカネの報告は、父である屋敷の主人を通し、あっというまに全村人へと伝わった。

 屋敷の主から村人たちに清次郎とアヤメの行方を捜すように命令が下ったのだ。男が抵抗する場合、殺してもかまわない、しかし娘は生け捕りにしろ、というもの。そのため、村人たちの全員に屋敷の主から銃が貸し出された。

 彼は、娘の心配をするでもなく、

「そのうち、どこかの金持ちに嫁がせようと思っていたが、なんて恥知らずな。よりによって画家なんかと駆け落ちするとは」

 と、苦々しく言い捨てた。

 彼にとって、娘はツバキにしても、アヤメにしても、御家発展のための手駒でしかない。だが、絵描きなんかと駆け落ちしたという傷を負ったアヤメは、金持ちの家に嫁に出すという望みを失ってしまい、駒としては使い物にならない。これが、腹を立てずにいられようか。

 そもそも、あの男もあの男だ。高額を支払ってまで雇い入れてやったというのに、なんと恩知らずな。こんなことならば、娘思いの父親なんぞ、演じなければよかった。

 ブツブツと不満を垂れ流しにして、彼は銃を片手に、屋敷の外へと出た。

 雪がひどく降ってはいても、今さっき、付けられた二人の足跡を隠すには、足りない。しかも、追われているとは気がついておらず、女連れ。追いつくのは時間の問題だ。

「行くぞ」

 父は、背後にいる村人たちに声をかけ、積雪の中に足を踏み出した。

 だが、このとき、誰も考えもしなかったのだ。いくら、発見された娘が白い着物を着ていたとしても。まさか、外にでているのがツバキの方で、あの地下室に閉じ込められている方こそが、アヤメであるとは────。 


◇◆



 直久はツバキの部屋の扉からすり抜けると、ふわふわと落ちてくる粉雪を頬に感じた。なぜか、そこにはもう屋外だった。林道らしい。

 何が起きたのかわからず、一瞬放心してしまう。慌てて振り返るが、先ほどまで居たはずのツバキの部屋の扉は、どこにも見当たらない。

 あるのは一面の銀世界。

 ただひたすらに降り積もる雪。

「ええっ!? ワープしちゃった?」

 まさか、用済みになって現代に戻されたなんてことはないだろうか。一瞬期待した直久だったが、遠くに、豆つぶよりも小さく二つの人影が見えて、それがだんだんと誰だかわかってくると、完全にその期待は消え去った。

 人影は、深い雪に足をとられながらも、必死に走ってこちらへ向かってくる。いや、こちらへ逃げているのだ。

「…………ツバキちゃん」

 ついに目の前に現れた少女を、直久は静かに見据えた。

 アヤメそっくりな少女。だが、アヤメではない少女。

 少女はピタリと足を止める。

 ところが、止まったのは彼女の足だけではなかった。雪も宙に浮いたまま、動かない。よく見るとツバキの隣にいる清次郎も、走る姿勢のままピクリとも動かない。止まっている。まるで、直久たちの周りだけが、時が流れていないように見えた。

 ここがツバキが作り出した世界だとしたら、何がおきてもおかしくないだろう。直久は妙に納得していた。だが、今はそんなことに気をとられている場合ではない。

 ツバキが悪霊だと分かった今、直久のやるべきことは決まっている。

 ツバキを救う。悪霊になどさせない。そして、アヤメも救う。あの部屋から助け出す。ついでに生け贄の儀式もぶっつぶす。これしかない。

「ツバキちゃん……帰ろう」

 どんな硬いものでも貫いてしまうのではないかと思うほど、鋭い目つきでツバキが直久を睨んだ。その気迫に押され、思わずごくりと唾を飲む。

「帰って、それで私に死ねというの?」

 先ほどまでのツバキとはまるで別人だった。抑揚のない声、無表情な顔だというのに、彼女の心の叫びが体中からあふれているように感じられた。

 私は悪くない。

 私は死にたくない。

 なんで私が死ななくてはならないの? 私は彼ともっと一緒にいるのよ。

 ツバキの全身がそう叫んでいるのが痛いほど伝わってくる。

「…………ツバキちゃん。違うよ。君が死ぬ必要はないんだ」

「そうよ、アヤメが代りに死んでくれるから、私は死ぬ必要なんてないわ」

 そう言ったツバキの目が赤く輝きだした。

(悪霊が表に出てきているのか? もしかして、今、ものすごいチャンス?)

 ツバキが悪霊だとわかってから、直久にはずっとその理由がわからなかった。

 直久がついさっきまで見てきたツバキは、純粋無垢を絵に描いたようで。まるで、幼児のように、見るもの全てに目を奪われ、笑顔の堪えない少女だった。

 しかし、目の前にいるツバキが本当のツバキだとすると、それらは全て偽りの姿。嘘をついていたことになる。

 本当は、ツバキは全てを知っていたのだろうか。

 自分はただ死に行くために生まれてきたこと。その死を受け入れやすくするために、薄暗い部屋に監禁されていたこと。それは決して、人間らしい生き方ではないということ。

 知っていたのだとすれば、それほど恐ろしいことはない。自分の運命を呪い、ほぼ同時に生まれた妹に対して、妬みや恨みを抱いていてもおかしくない。

 どんなに苦しかっただろう。

 誰一人自分の味方はいない。

 死んで当たり前、と誰からも思われる人生なんて、直久だったら耐えられない。

 そして、肉体が滅んだ今も、こうしてあの地下室に心が囚われたままだとしたら……。

 直久は、ぎゅっとを拳を握り締めた。

 自分が。なんとかしてやりたい。この手で救ってやりたい。

 これ以上ツバキが、そしてアヤメが、泣き叫びながら助けを求め続ける姿を見てはいられない。

 助けるんだ。

 二人を、この手で。

 約束したんだ。助けるって。

 まっすぐにツバキを見据えた直久の目に、強い光が灯った。

「逃げる必要なんてないんだ。儀式を中止しよう」

「え?」

 思いもよらなかったのか、ツバキの顔に小さな戸惑いが見える。

「アヤメさんが言ってたよ。ツバキを助けたい。だから、お父さんを説得して、生け贄をやめさせるんだって。ツバキと一緒に説得するんだって」

 直久はじっとツバキの返事を待った。

 ツバキは直久の真意を伺おうとしているかのように、こちらを見つめている。

 近くの木の枝から、自身の重みに耐えかねた雪が重力にしたがって、どさりと落ちた。

「ふふ……」

 ツバキが短く笑った。

「アヤメがそんなこと言うはずないわ。アヤメが望むのは、私が生け贄になること。アヤメは自分が助かることしか考えてないのよ」

「そんなことないっ!」

 直久は思わず声を荒げた。が、間髪いれずに、「あなたに何がわかるのよっ!」とツバキの悲鳴のような声が返ってきた。

「アヤメが私を助けたい? 笑わせないで。あの子がこの十六年間、私に何をしてきたと思う?」

 ツバキの顔が、苦々しくゆがんだ。

「たしかに、毎日、毎日、アヤメは私のところに来たわ。でも、顔を出すわけでも、話し相手になるでもない。ただ、私が生きているかそれを確かめるために。なぜか分かる? 私が死んだら生け贄になるのはアヤメだからよ! 自分が死ぬのが嫌だから、ただそれだけなのよ!!」

 直久はぞくりとした。ツバキの背後に再び黒い靄が立ち昇り始め、不気味にうごめきながら、それはみるみるうちに成長し始めていたのだ。

 ツバキの表情が、すっと無表情に戻った。

「言ったでしょう、邪魔しないでって!」

 直久がごくりと唾を呑んだのと同時に、ツバキの目が赤く、妖しく閃光を放つ。その瞬間、ツバキの背後から黒い靄が、一斉に直久にむかって伸びてきた。あっという間に直久は靄に捕らえられ、一気に飲みこまれた。

「うわあああああ」

 叫びながら、直久は目をぎゅっと閉じた。反射的に、次に来るだろう衝撃や痛みから身を守るために、体が反応する。

 

────あら、ツバキが動かないわ


 体にどこも痛みを感じないまま、代りに直久の耳に飛び込んできたのは、幼女の声。

 完全に意表をつかれた直久は、目をつぶったまま「……はい?」と首をひねった。いくら待っても、何も事がおきなそうなので、おそおそる瞼を上げてみる。閉じている時とさほどかわらない闇が見えた。

 あたりを見回すまでもなく、幼女が椅子に座っているのが直久の目に飛び込んできた。まるで闇の中に、そこだけスポットライトでも照らされているかのように、浮き出して見える。

 それにしても、ここはどこだろう。首を左右にひねって確認するが、どこまでも闇が続くばかりだ。

 

────寝ているのかしら?


 五、六歳だろうか。その横顔が、すぐに直久の記憶の中の人物に思い当たり、また白い着物を着ているために、幼女はすぐに特定できた。ツバキだ。

 よく見れば、ツバキは膝の上に置かれた鉢を、食い入るように見ている。

(金魚鉢?)

 鉢には水がはられ、紅白の金魚の姿があった。しかし、白い方は水面に仰向けになって浮いている。

 記憶だろうか。自分はツバキの幼い頃の。

 直久は、まるで再現映像を見ているかのような感覚にとらわれていく。

 ふと、自分に何か伝えたいことがあるのではないか、という考えが直久の中に沸いてきた。

 なぜかわからないが、直久にはツバキから殺意を感じない。さっき対峙してから、ずっと。

 だから、きっと何か直久に分かって欲しいことがあるのではないか、そう思えてしょうがないのだ。

「ねえ? どうして動かないの?」

 不意に幼女がこちらを振り返った。

 直久と目が合う。その拍子に心臓が跳ね上がった。

 見えている。

 自分の存在が認知されている。どうなっているのだろう。ツバキの記憶じゃないのか?

 直久が戸惑いから反応できずにいると、ツバキが椅子を降り、直久に走り寄ってきた。

 胸の鼓動が早くなる。どうなっているんだ。何度問いかけても、答えは出ない。

「ほら、見て。ツバキだけ動かないのよ。アヤメは動いてるでしょう?」

 ごくりと直久の喉が鳴った。

 言われるまま、直久は幼女の両手に抱えられた金魚鉢と、彼女の顔を数回、視線を往復させる。

 なるほど、赤い金魚と白い金魚にそれぞれ“アヤメ”と“ツバキ”という名をつけたのだな、と納得した。しかし、その白い金魚がすでに死んでいるのは、誰の目にも明らかだ。

 そう、死んでいるのは“ツバキ”……。

 直久は、どうしてもそれを口にすることが出来なかった。

「……これ、どうしたの? 誰にもらったの?」

「お父様よ。お父様が、くれたわ。アヤメとツバキだって」

「…………」

 なんて事を。

 無神経にもほどがある。

 よりによって双子の名をつけるなんて、どうしてそんな悪趣味なことができるんだ。

 ぎりりと奥歯をかみ締め、直久は思わずツバキから目をそらした。

「ねえ、どうしてツバキは動かないの?」

「ツバキはもう……動かないよ」

「どうして?」

 直久は、搾り出すように、言葉をつむいだ。

「死んでしまっているんだ」

 静寂があたりを包む。

 ツバキの反応がない。おかしいな、どうしたのだろう、と直久が思い始めた時だった。

 先ほどまでとは違って、少し落ち着いたツバキの声が返ってきた。

「そう。これが死ぬことなのね」

 はっと、直久は息を呑んだ。目の前のツバキが、あきらかに成長していたのだ。中学生くらいだろうか。

 直久にはわけがわからなかった。先ほどの幼女の時の記憶とは、また別の記憶に飛んだのだろうか。

 明らかに動揺の色が濃くなった直久に、ツバキは容赦なく質問を続けた。

「人は死んだらどうなるのかしら。ねえ、私は死んだらどうなるの?」

 怖い。

 直久はそう思った。

 決して、殺されそうになっているわけでも、怒られているわけでもない。

 無表情な、人形のように美しいツバキの姿を、怖いと感じた。

 動けないでいる直久から、ツバキの方が先に視線をはずす。そして、立ち上がり、右を向いた。その横顔の先を直久は目で追う。ぼんやりと、部屋の入り口が見えた。そうか、ここはあの地下室なのだ、とそこで初めて認識を改める。

「最近、お父様もお母様も、いらしてくれないのよ。きっと死んでしまうからなのね。もうすぐ、この部屋から居なくなるからだわ。でも、だったらどうして人は生まれてくるのかしら。この部屋にずっといるために生まれてくるの? 儀式で死ぬために生まれてくるの?」

 寂しげに入り口を見つめるツバキ。

「アヤメもそうなのかしら。アヤメも私と同じように、思っているのかしら。寂しい思いはしていないかしら。暗闇で怖がってはいないかしら。アヤメ……私の妹……もう一人の私……」

 ツバキは、直久を振り返った。

「ねえ、アヤメに会いたい! ちょっとでいいの。アヤメにあわせて!!」

 ツバキに急に詰め寄られ、直久はぎょっとする。しかし、すがりつくように泣き出されれば、やるせない気持ちで、胸が張り裂けそうになる。

 どうすることもできない。どうしてやることもできない。ツバキを毎日世話していたという、口の聞けない老婆はきっと今の直久のような気持ちになったにちがいない。

 肩を震わせて、泣き崩れるツバキ。

 直久はいてもたってもいられず、ついに、ツバキを力いっぱい抱きしめた。

 なんて言葉をかけていいかわからない。だから、ただ、ただ、抱きしめた。

 やっぱり、ツバキは知っていた。

 もうずっと、死への恐怖におびえながら、この闇と孤独に耐えながら、長い長い心細い時間を過ごしてきたのだ。

 アヤメもきっと自分と同じような境遇にある。そう信じて、心配しながら。

(もういいよ……もういいんだ)  

 もう誰も苦しむ必要などない。

 もう生け贄なんかで死ぬ必要はないんだ。

 ツバキもアヤメも、好きなことをして、好きなところで、好きなように生きればいい。

 わがまま、そう──我が心のままに。

「そうだったのね、アヤメはこんな暮らしをしていなかったのね」

 直久はぎょっとした。自分の腕の中にいるツバキが、驚くほど低い声で、ぽそりとつぶやいたのだ。

 思わず引き離したツバキの顔を覗き込み、直久は目を見開いた。

 また成長している。目の前にいるのは、今の、十六歳のツバキだった。

 今度は、いったいどんな記憶だというのだろう。

 少しだけこの状況に慣れてきた直久は、じっとツバキを見守ることにした。

「……外の世界は、本当にすばらしいのね。本当に。私、雪も食べてみたのよ! ああ、もっともっと、外の世界で生きていられたらどんなに素敵かしら」

 直久はあれ、と思った。目を輝かせるようにして何やら物思いにふけるツバキの顔を、じっと見つめる直久。

 外の世界? 雪を食べた?

 これはいつの記憶だろう。そう考えたが、すぐに先ほど直久と一緒に逃げた時のことだと気がつく。

「でも、清次郎さま。逃げるなんてそんなことできるわけないわ。お父様が困るもの」

 清次郎?

 明らかに、自分にむかって清次郎とツバキが言った。

 ツバキは、直久を清次郎だと思って話しているということだろうか。

 つまり、これは、ツバキがアヤメと清次郎の言い争い現場に鉢合わせし、その後ツバキが清次郎と二人で部屋へ戻った時の記憶だということだろうか。

「でも、そうね。アヤメが私の代りに生け贄になってくれれば、逃げられるかもしれない。私とアヤメが入れ替わればいいのよ。そうすれば、私は清次郎さんと、これからもずっと一緒にいられるわ」

 直久はもうツバキの顔を見ていられなかった。

 そう、こうして、ツバキはアヤメをあの部屋に閉じ込めたのだ。

 今まで、自分と同じように、別の地下室に閉じ込められて生きてきたのだと信じて疑わなかった妹は、自分とはかけ離れた、天国のような世界に生きていた。それを知ってしまった。

 どうして、自分だけが。こんな思いをしなくてはならないのか。

 そう思ったに違いない。それを証明するように、ツバキは続けた。

「今までの私の苦しみを、味わって貰わないとね」

 ふふっ、と可愛らしい笑みを浮かべるツバキに反して、直久は青ざめ縮み上がった。

 どうして、清次郎は彼女を止めなかったんだろう。怖くなかったのだろうか、アヤメを殺す共犯になってしまうことが。大切な人に殺人を犯させてしまうことが。

 直久はそう思ったが、すぐに首を振る。止められなかったんだ。きっと、こうなってしまっては、誰であっても止められなかったのだ。

「ねえ、直ちゃん。あなたもそう思うでしょう?」


 ────え?


 急に名前を呼ばれ、直久は固まる。

「あなたをここに呼んだのは、私よ。あなたを必要としていたのは私。べつに、私に協力してくれるのなら、あなたじゃなくても良かったのだけど、結果的にあなたで正解だったかもしれないわね。ありがとう」

 そう笑って、ツバキは直久に背を向けた。

 ひんやりと、直久は自分の頬に何か冷たいものが触れた気がした。

 雪だ。

 いつの間にか闇が消え、代りに銀世界が直久の視界いっぱいに広がっている。

「さあ、ツバキ! 急いで!!」

 声のほうを見ると、ツバキの手を引いて清次郎が直久の前を通過しようとしている。

 ツバキの記憶の呪縛が解け、直久の周りの時間が元に戻ったらしい。

 一瞬、直久の前を通り抜けようとするツバキの視線が直久を捕らえた。

 邪魔をしないで。

 このまま行かせて。

 強い意志を直久は感じた。

 だが、直久は両手の拳に力を入れる。

「ダメだ! 今逃げても、何も変わらないんだ!」

 声の限り、直久は叫んだ。

「あっ!」

 まるで、直久の思いがそうさせたかのように、ツバキが直久のすぐ側で足を滑らせ、転倒した。清次郎が慌ててツバキを助け起こそうと手を差し出す。

(今だ! 今しかない!)

 直久はそれが最後のチャンスだ、と察した。


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