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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
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第十一話 どっからどうみても、オレはイケメン高校生でしょう? (1)

 持ち前の切り替えの早さと、筋金入りの楽天主義が、実は何度も直久の命を救ってきたのかもしれない。

 実際、アヤメの部屋から、半ば汚いもののような扱いでつまみ出された直久の次の行動は早かった。いくら騒いでも目の前の扉が再び開かれることはないと悟った直久は、一変して静かになり、難しい顔で腕を組んでいた。

 確かにアヤメは、何か悩みを抱え込んでいそうだった。その問題を解決してやれば、自分はもとの時代に帰れるかもしれない。

 だが、直久の中で何かひっかかるものがある。


────『助けが必要だとすると、ツバキの方よ』


 不意に、アヤメの言葉がこだました。

 自分をここに呼んだのは、本当はツバキだったのだろうか。アヤメが断言するからには、何か根拠があるはずだ。 

(……一方聞いて、沙汰するな。喧嘩両成敗。文武両道。四民平等……だな)

 意味がわかっていて使っているのかと疑いたくなるような単語で、自分を納得させるように一人うなずいた直久は、次にきょろきょろとあたりを見回した。

 見覚えのある長い廊下に、真新しい額縁で飾られた少女たちの肖像画が並んでいる。それで、直久は自分の現在地を把握することができた。

 直久たちが訪れた山吹家のペンションは、明治時代初頭、山吹家の先祖が日常生活を営む民家だった、と和久が言っていた。つまり、ここが明治初頭ならば、このアヤメの部屋は“瞬”がいた部屋に違いない。 

 ということは、ずいぶん色が鮮やかだったので気がつかなかったか、さっきまで直久が寝ていた長ソファーは、あのインチキ山神がえらそうに踏ん反り返っていたソファーだったのだ。

 そう考えるとなんだかむしょうに癪に障る。ガムでもつけて置けばよかった、と扉に向かって直久は舌を出す。ガムなんぞ、持っていないが。

(こうしちゃいられないっ!! ツバキちゃんだっ!!)

 直久は、色々な邪念を振り払うように、首を勢いよく左右に振ると、アヤメの部屋の扉に向かっていた自分の体をぐるんと方向転換させる。そして、迷いの無い一歩を踏み出した。

 直久の向かうべき場所は一つしかない。

 ツバキという少女が、あの肖像画の少女であるなら。生け贄となる運命にあるのなら。今、彼女がこの広い屋敷のどこに居るのか、考えるまでも無い。

 彼女がいるのは──開かずの扉の向こうだ!

 直久は、アヤメの三階の一番奥の部屋から、長い廊下を大股で通過し、階段を一段抜かしで一階まで降りる。なぜか徐々に駆け足になってしまうので、もつれて転ばないようにするのがやっとだった。

 そうして、あっという間に一階に片足を着地させたとき、直久は違和感を覚えた。

(?)

 首をかしげ、辺りを見回す直久。一階の廊下は、エントランスまでまっすぐ見渡せた。

 村上げての大イベントである、生け贄の儀式の準備で忙しいと、先ほどアヤメから聞かされていただけあって、確かに何人もの人が、バタバタと足音を立てて直久の前を往来していく。

 だが、誰一人として明らかに不審者である直久を指差し、騒ぎ立てる者はいない。そればかりか、誰とも視線が合わないのだ。

(……なんだ?)

 それだけ、準備が切羽詰っていて、だから自分の存在に気がつかない、ということなのだろうか。それにしては──。

(オレ……見えてない?)

 そう。まるで、直久などそこに存在しないかのように、人々は通り過ぎていくのだ。不思議とぶつかることなく、風を切るように。

 そういえば、と直久は眉を詰めた。

 階段でも何人もの人とすれ違ったが、やっぱり誰も直久に気がついていなかった。ぶつかりそうだと思って避けたのは直久の方だったから、全然気にしていなかったが。

 これはもう確かめるしかない。そう意を決した直久は大きく息を吸い込んだ。そしてありったけの声で叫ぶ。

「すいませぇーーーんっ!」

 これだけの声量なら、さすがに皆に聞こえるはずだ。だが──。

「……まじかよ」

 誰一人として、茫然としている直久を振り返る者はいない。

 やはり、自分のことが見えていない。聞こえていない。 

(でも……アヤメさんは見えてたし、しゃべってたよな……)

 とすると、やはり自分を見ることのできるアヤメが、自分をここに呼び寄せたと考えるべきだろうか。

 うーん、と腕を組み、唸りながら、直久は開かずの扉の前に仁王立ちしているしか、なすすべが無い。

(でもまあ、せっかくここまで来たしぃ? 扉の向こうがどうなってるのかも気になるしぃ? ツバキちゃんにオレが見えなかったら、アヤメさんで決まりってことになるしぃ?)

 直久の目が扉に釘付けにされる。

 見たくない。

 見てはいけない。そう思うのに!

 直久が凝視する中、扉の床上十センチほどのところから、すーっと、白く美しすぎる手が現れた。扉は一切開いていない。その手が扉を突き抜けているのだ。

 白い手は、その手首までゆっくりと姿を現すと、ぴたりと動きを止めた。

 逃げなきゃ。今、すぐ、ここを離れなきゃ!! そう思った時だった。

 白い手は目にもとまらぬ速さでゴムのように伸び、直久の腕を鷲づかみにした。反射的に直久は息を呑む。

「っ!!」

 次の瞬間、ぐっと強い力で扉のほうへ引っ張り込まれた!

「うわああああ……あれ?」

 目をつぶり、恐怖に震えた直久のあげた悲鳴は、意外にもすぐに止まった。

「ん? どうなったんだ?」

 直久はきょろきょろとあたりを見回したが、先ほどの不気味な手も、恐ろしい気配も、どこにもない。

(ドア抜けしちゃった……の?)

 五体満足であることを確かめるように、両手で体中をパタパタと叩いて見る。どこも痛くない。

 わけがわからず首をかしげる直久。とりあえず、無事ならいいのだ。

(ていうか、なんだここ? 真っ暗でよくわかんねぇし……)

 薄暗い部屋を照らしているのは壁に取り付けられた小さなランプの光。少しかび臭い。それに、うすら寒い気がした。    

 いったいここはどこだろう。

 明らかに、あの開かずの扉の前ではない。あのまがまがしい扉は見当たらないし、地下室のような気がした。それが証拠に窓は見当たらない。だからか、まだ昼間なはずなのに、夜中だと錯覚しそうだ。

 直久は少し手を壁に手を伸ばしてみる。壁紙も張られていないむき出しの土壁が、じっとりと指に触れた。

「清次郎さん?」

「!」

 直久の心臓が、どきりとはねた。反射的に、背後を振り返る。

 暗闇の中、必死に目を凝らすと、確かに人らしき輪郭が浮き出て見えた。誰かがいる。声からすると女の子だ。

「まあ、清次郎さんなの?」

「え、清次郎?……うわっ!」

 嬉しそうな声をあげ、誰かが直久に飛びついてきた。お互いの鼻がくっつきそうな至近距離になって、やっと少女の顔が認識できる。

 そして、直久ははっと息を呑んだ。

 つい先刻まで、別の場所で目にしていたアヤメとまったく同じ顔が目の前にあったのだ。

(────まさか、この子がツバキ!?)

 直久の目が驚きに見開かれるのと、ほぼ同時に、彼女も自分がいま抱きついているのは思っていた人と違う人物であることに気がついたのだろう。小さく悲鳴をあげて、直久を突き飛ばした。

「だ、誰なの!?」

 彼女の声はおびえたように震えていた。

「君ってツバキちゃん?」

「……私のこと知ってるの?」

「君、オレが見えるんだよね? ていうか、今オレに触ってたよね、思いっきり」

「え?」

「その前に、オレの声ちゃんと聞こえてる?」

「あ、あたり前でしょう?」

 どうやら、普通に会話ができているらしかった。

 ということはどういうことだろう。

 直久は、唸りながら腕を組み、右手で顎をさする。

 直久が見えている人物が、自分をこの時代へ呼んだのだと思ったのに。アヤメもツバキも自分が見えているらしい。とすると、他にも自分のことが見えている人物がいるのだろうか。すっかりあてが外れてしまった。

 これで、自分が見える人物全ての悩みを解決しなくては帰れないとかだったら、どうしよう。いつになれば帰れるのか分かったものではない。

「あなた……誰なの? わかった、神様ね? 待ちきれなくて、もう私を迎えにきたのですか?」

「はあっ!?」

 すっかり考え込んでいる時に、話しかけられ、しかも、とんでもないことを言い出す彼女に、直久は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「どっからどうみても、オレはイケメン高校生でしょう? ごく普通の一般人です」

「こーこーせー?」

「そ。平成生まれ平成育ちの高校生っ! 大伴直久っていうのよ。直ちゃんて呼んでくれていいよん」

「ヘイセイ……?」

「そうそう。オレってばね、なぜか明治にきちゃったかわいそうな子なの」

「あなたの言っていることはよく分からないけど、ヘイセイっていう町があるのね。でも、どうしてここへ?」

「……町じゃなくて、ええっとなんて説明したらいいんだ。あ~なんか面倒だから町でもなんでもいいや。とにかくだ! 君がオレを呼んだんじゃないかと思って聞きにきたんだけど」

「え? わたくしが?」

「そう、君が」

「あなたを?」

「そう、オレを」

「…………なぜ? あなたのこと、わたくし、知らないわ」

「…………だよね。知らないよね~」

 直久は、深いため息をついて、真っ暗闇でその高さがわからない天井を仰ぎ見る。その拍子に背後の壁に頭を軽く打ちつけ、ごつんと鈍い音が響いた。

(この美人姉妹じゃないのか、オレを呼んだのは……)

 彼女たちの他の人物の可能性がある以上、直久にはお手上げな気分だった。

 だいたい、自分は和久とは違って頭脳プレイは向かないのだ。駈けずり回って、相手を捕まえるとかなら、いくらでも対応可能なのだが。

(でもさ、オレのカンだと、二人のうちのどっちかだと思うんだけどねぇ)

 それにしても……。

 いったいこれから、自分はどうしたらいいのだろう。

「オレ……帰れないかも……」

 完全に途方にくれている直久の肩に、そっと暖かいものが触れた。その温もりに、はっとして振り返る。ツバキの小さな手がそこに置かれていた。

「……家に帰れないの?」

 心配そうに直久を覗き込む大きな瞳が、ランプの光でキラキラと煌いた。

「……ねえ、君はオレに何かしてほしいことない?」

「え?」

 彼女の顔は、きょとんとなった。そこで直久は質問を変える。ゆっくりと、はっきりした声で。

「君は何がしたい?」

 そういいながら、直久は腹をくくった。

 もう、自分が見える人物の望みを全て叶えてやるしかない。他に方法があるのかもしれないが、自分には思いつかない。もう、これしかないのだ。

「何でもいいよ。片っ端から叶えていこう。一つ残らず」

「────したい事?」

「そう。君は何がしたい?」

 直久はまっすぐにツバキを見つめた。ツバキもその真剣な眼差しを、しっかり受け止める。

 壁にあるランプの一つが、ジジジ……という小さな音を最後に、揺らめきながら消えていった。

 ツバキの視線がそのランプへと移り、ふわりと彼女は微笑んだ。コツコツと足音を立て、消えてしまったランプを手にとると、ツバキが口を開いた。

「やっぱりあたなは神様なのね」

 机の上にある金属製の器を手にとるツバキ。どうやら油さしのようだ。

「でも、神様。わたくしは何も望みません」

 ツバキがマッチを手に取り、ランプに火をともす。ジュッとマッチが擦れる音がして、ツバキの顔がはっきりと映し出された。その表情から、彼女の真意がまったく読み取れない。

「え、だって!!」

 君はもうすぐ死んでしまうんだろう、という言葉を飲み込んだ。

 死にたくない。ここから出して。そう言われるにちがいないと思っていた。

 そうでなくても、死ぬ前にどこへ行きたいだとか、何がしたいだとか。自分だったら、山のように出てくる。

「わたくしは、十分に幸せですわ。だから何も望みません」

「そんな……」

 本心から言っているのだろうか。

 こんな部屋に閉じ込められ、ただ死を待つだけの人生が幸せ?

 たった十六年間の人生か?

「君は……」

 直久は、続く言葉をみつけられなかった。確かに、彼女は満面の笑みを浮かべていたからだ。

 ああ、本当に。

 心のそこから、彼女は微笑んでいる。それが分かった。

 直久は暗闇の中だというのに、自然と目を細めている自分に気がつく。

 幸せだ、と言い切れる彼女が。

 その言葉の一つ一つが。

 なんだかうらやましく思える。まぶしかった。

 自分はどうだろう。同じ十六年を振り返り、胸を張って幸せだったと言えるだろうか。

 でも、と直久は思う。

 それは、彼女が何も知らないからではないか。

 こんな暗い部屋に閉じ込められて、外界を知らずに、他の楽しいこと、興味深いことから遮断され。与えられたものだけを消化する毎日であれば、探求する楽しみを知らないのは当然だ。

 欲しいものを手に入れるために、人は努力する。手が届かないのならば、届くような人になろうとする。

 でも、生きていくに事欠かないだけのモノを与えられていれば、それで満足するのではないだろうか。その現状で、幸せを感じるのではないだろうか。草原を知らない動物園のライオンのように。生きる苦しみを知らない彼女だからこそ、幸せだと言い切れるのではないだろうか。  

(……こんなの、本当の幸せじゃない。これでいいはず無いんだ)

 彼女にだって、生きる権利がある。

 友達と笑い合い、恋人と愛し合い、我が子を抱いて、孫と遊ぶ。そんな当たり前の人生があるはずなのだ。いや、彼女の人生にその選択肢があるということを知る権利がある。

 誰も知らせないまま、彼女が笑って生け贄になって行くのは間違っている。卑怯だ。村人も、彼女の家族も。町中がグルになって、事実を隠しているに違いない。

「……大丈夫ですか? とても辛そうな顔をしているわ」

「……」

 彼女は再び、春の陽だまりのようなまぶしい笑顔を直久に向けた。

 だが、今の直久にはその笑顔をまっすぐに見ることができそうになかった。胸に、小さな針がいくつも突き刺さるような痛みを覚え、顔をしかめる。

「……オレが、君の力になるよ」

 直久は確信していた。

 自分を呼んだのは、この少女だ──と。

 

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