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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
14/24

      俺にかまうな(4)

 ◇◆


『直久は、ここで待ってなさい』

『なんでっ!? ぼくも一緒にいく』

『だめだ。ここから先は、直久には入れないよ。そこで母さんと一緒に待っているんだ、いいね』

『やだぁっ!! ぼくも一緒にいくっ!!』


 小さい頃から、いつもそうだった。

 必要とされるのはカズばっかりで、オレは何の力も持たない、“いらない子”。

 なんで、神様はオレとカズを双子にしたのだろう。


 同じ顔。

 同じ声。


 同じ服を着て、同じ髪型にすれば、普通のヒトには見分けがつかない。

 でも、うちの一族のやつらは違った。どんなことをしても、すぐに見分けてしまう。


 “和久”と“その片割れ”。


 自分に向けられた侮蔑の漂う顔。ため息とともに吐き捨てられた落胆の言葉。


『ああ、なんだ、双子の兄の方か』


 いつだって、そうだ。

 オレはおまけ。

 オレは必要ない。

 生まれる必要などなかった。

 オレは何で生まれてきたんだろう。


 ────『私は何のために生まれてきたんだろう』


 どうして、オレじゃないんだ。

 どうして、オレじゃなかったんだ。


 ────『どうして、私じゃないの』

 

 何で? どうして?

 オレだってちゃんと生きてるんだ。

 生きてるんだよっ!!

 

 ───………「何言ってるのよ、当たり前でしょう」


(え?) 

 直久はぱちりと目を開けた。

 見知らぬ天井に、だんだんと焦点が合っていく。

(……?)

 首を少しだけ動かし、自分のおかれた状況を把握するための情報収集にとりかかった。

 手も足もある。動く。痛くない。怪我はなさそうだ。

 視野を広げるとアンティーク調の高そうな長ソファーに自分が横たえていることに気づく。よく見れば、他の家具も同じように西洋風でそろえてあるようだ。

 神社住まいである双子の家は純和風。我が家ではないことは明らか。

 ならばここはどこだ?

 寝ころんだ姿勢のまま、直久はうなりながら腕を組み、細い記憶の糸をたどる。

(あーそうだった)

 和久とゆずると一緒に、雪山に悪霊退治に来ていたんだった。

(八重ちゃんの兄貴とか嘘ついて、ちゃっかりタダ飯食ってやがる山神の部屋にいて。んで、和久が突然きえて、オレも追っかけようとしたら、どーんとかアイツらがオレの上に降ってきて……そのあと何があったっけ? ああ、そうだ。ぬーって床から悪霊が生えてきてグワーッて襲ってきたから、やべーってなって……で、何でオレ、寝てたんだ? まてまて、オレってば、どっかで記憶すっ飛ばしたか?)

 直久が、まだ正常とはいえない“残念な脳”をフル回転させ現状把握に努めた結果だったのだが、最後に行き着くところがやはりずれている。普通なら、『そうだっ! ゆずるは!?』とか叫びながら飛び起きそうなものだ。

「あ、やっと起きた? それにしても大きな寝言ね。まあいいわ。──それで? あなた誰なの? 突然私の部屋で、ぐーすか寝てるからびっくりして、思わず叫ぶところだったわ。まったく、どこから入ったの?」

 聞き覚えの無い少女の声に、完全に我に返り、直久はがばりと体を起こした。そのせいで、すぐ目の前の椅子に姿勢正しく腰掛けていた少女が、びくりと硬直する。

「な、なに?」

 じっと黒髪の少女を覗き込む直久。

 彼女が身にまとう真っ赤な着物に、黒艶の長髪は、実によく映えた。大きな瞳は黒曜石のように黒々として、直久の顔を映しこんでいる。そして、雪のように白い肌に、赤みがかった頬が愛らしく、ぷっくりとした唇は大きすぎず、形も良い。

(この娘……どこかで……見たことあるようなないような……)

 自分を凝視したまま動かなくなった直久に、彼女は怪訝そうな顔をした。

「あなた……口が利けないの?」  

 小さくため息をついて、彼女は立ち上がった。そしてソファーの前にある円卓においてあったコップを手に取る。

「水、もって来るわ。のど渇いたでしょう?」

 ふっと笑った瞳が、どことなく儚げで。それで直久の記憶の糸が答えを導き出した。

「……ツバキさん?」

 部屋を出て行こうと、体の向きを変えた彼女の動きがぴたりと止まる。

 驚きに見開かれた黒曜石の瞳。その光が、一瞬だけ曇ったような気がした。

「ああ、なんだ……私はアヤメの方よ」

「あれ、違ったか。似てたからてっきり。自信あったんだけどな~」

 ツバキ──あの廊下に飾ってあった肖像画の少女。

 最後の生け贄となるはずだった少女。

「似てるに決まっているでしょう。双子だもの」

「え?」

「……え?」

「双子なの?」

「……あなた、何しに来たわけ? 姉に用があってうちに来たんじゃないの?」

「え? え? 話が見えないぞ? どういうことだ?」

「私が聞きたいわ」

「うん。整頓しよう。そうしよう!」

 直久は腕を組み、うんうん、と一人で納得するようにうなずいた。そして、彼女に再び座るように促す。まるで、自分の部屋であるかのように。

「えっとまず。オレは直久。君は?」

「…………え? だからアヤメ……ってそっからやり直し?」

「いいから、いいから。えっと、アヤメさんは、双子なんだね」

 直久の強引なペースに戸惑いつつ、アヤメは諦めたように頷いた。

「そーよ。双子の姉が、ツバキ」

「ふむ。その双子のお姉さんのツバキさんが、生け贄になるはずだった方なんだな」

 たいしたことを言ってないのに、まるで天才を演じている俳優気取りで、直久は顎をさすった。いわずと知れた、直久のここ一番のキメ顔というやつで。残念なことに、というか、相変わらずというか、案の定というか、当然効果はない。

「……生け贄のことは知っているの? 変ね。双子の私のことは知らないのに?」

「ああ。それは、絵を見たからね」

 廊下に飾ってあった、肖像画にはツバキの名しかなかった。だから双子だなんて知るわけが無い。

「絵……ああ、清次郎さんが今、描いている絵のことね」

「……え?」

 今度は直久がきょとんとする番だった。だが、アヤメはそれに気がつかずに話を進めている。

「今日にも、その絵が完成するというので、みんな、儀式の準備に忙しいの。だから、あなたみたいな不審者が入り込んでも、まるで気付かないんだわ。これってちょっと問題よね」

 アヤメはそう言ってくすくす笑っているが、直久はすでに聞いてない。今頃になって、自分の置かれた状況が、普通は考えられないことになっている気がしてきたからだ。

(待て待て待てっ!! 今、なんつった? 今書いてるって言わなかったか? ……ていうか待てよ……ふつーにスルーしてきたっていうか、考えちゃいけないような気がしてたんだけど、何で肖像画の女の子が目の前にいるんだ?)

 ふと直久の頭に、非科学的な答えが浮かぶ。

(いやいやいや、んなわけねーだろう)

 すぐさま頭を勢い良く左右に振り、直久は腕を組み直した。

 もう一度最初から考え直そう。落ち着いて考えれば何てことないんだ、きっと。そうに決まっている。非科学的なことに包囲された日常を送る彼ですら、全力で否定したくなるような、絵空事。起こるわけない──タイムスリップなんて。

 だが待てよ、と直久は低く唸った。

 肖像画が描かれたのは明治時代。つまり、その絵のモデルの少女が生きていたのも明治時代。

 それなのに絵は今、描かれている最中で。そして、目の前にいるのがアヤメで、ツバキの双子の姉。その事実が意味することは、どう考えても──。

「ええええええーっ!!」

 絶叫する直久の口を、慌ててアヤメが両手で覆う。

「ちょっ、声が大きい!! 誰かに聞かれたらどうするのよっ!!」

 それでもかまわずに、何かを訴えようと、もがもが言っているもので、アヤメのほうが観念した。直久の口からアヤメの手が外れる。

「なあ、いま何年? 何年何月何曜日? ついでに何日? ああああ~っ! もしかしたら、これってタイムスリップってやつ? タイムスリップかよ! おいおいおいおい! しちまったのかよ! マジでぇかっ!?」

「…………」

 質問されているのかと思えば、自分で答えて納得している直久に、アヤメはぽかんとするしかなかった。

「どうすりゃあ、帰れるんだ? なんかの映画だと雷に当たると車がウィ~ンって動いて帰れるんだけどなぁ。いや、別のドラマで同じ衝撃を受けたら帰れたって話があったな。同じ衝撃、同じ……って言っても何が原因かまったくわかんね~~!! んがあああああっ!」

 頭を両手で抱えこみ、体を反らして再び絶叫する直久。

 わりと適応力があるのが、彼の救いだった。非科学的なものに対する順応性は九堂家の一員として生きるには、必須能力と言えるかもしれない。

 ただ、黙って考えられないのが“残念な脳”と称される理由の一つかもしれない。脳内思考駄々漏れである。これは、うるさい、とゆずるに何度蹴られても直らない。

「待て待て。よく考えろ。こうなったのは、悪霊がゆずるを襲ったからで。その悪霊のせいに間違いない。するってーと、悪霊を探さないといけないつーことだよな。あーっ、でも、ここではまだ生きてるんだっけ? しかも、あの悪霊がツバキだったか、アヤメだったか分からねぇーっ!! ひょええええええ~~!」

 今度は、頬に手を当てて、『ムンクの叫び』と見紛うごとくの表情で、乾いた悲鳴を上げている直久。

 一部始終を、ぱちくりぱちくりと瞬きの回数を増やしつつ、静観していたアヤメだったが、ほとほと困りきった顔で、むしろ、かわいそうなものを見るような眼差しを送り始めた。

「ホントに、あなた何なの? さっきから、分けがわからないことを一人で……大丈夫なの?」

 だが、アヤメの心配をよそに、直久は突然、きりりと表情を引き締めた。

「アヤメさん」

「は、はい」

 改まって呼ばれ、アヤメはびっくりした顔になる。

「何かお困りではありませんか? この僕がっ、何でもっ! 力になりますっ!!」

 がばりと、直久が両手を、アヤメの両肩に手を置く。目をキラキラと輝かせながら。

 だが、対照的にアヤメは気の抜けきった顔になる。

 つまり、直久の単純明快な思考回路はこうだ。

 自分は、悪霊たちに呼ばれて、この時代のこの場所に来た。だから、悪霊──つまり、アヤメかツバキか、その両方か──とにかく、願いをかなえてやれば、もとの時代に帰れるはずだ。とすると、手っ取り早く、目の前にいるアヤメから片付けてしまおう。さあ、何が望みなんだ。言ってみろ。さあ、さあ、さあっ!! 

 だが、突然そんなことを言われても、誰だって戸惑う。むしろ、怖い。アヤメじゃなくても、後ずさりしてしまう。

「なんだ、どうした? なんでもいいぞ?」

「……な、ないわよ」

「そんなはずない。だって俺、アヤメさんを救いに来たんだ。だから困っていることがあるはずだろ? 俺を助けるっと思って何でも言ってくれ」

「はぁ?」

 アヤメはますます怪訝な顔をする。

「何それ。いったい、どっちがどっちを助けるのよ?」

 そう言って、アヤメは彼女の肩に置かれた直久の手を振り払った。

「とにかく、私、全然困ってないから。助けるのなら、ツバキの方でしょ。ツバキ、明日の儀式で、生け贄にされちゃうのよ。きっとツバキの方が救われたがっているわ」

「儀式!? 生け贄!? 明日っ!?」

 確かに、それは大変だ。大変だけど、何かが直久の中で引っかかる。

 もし、生け贄になりたくなくて、助け出してほしくて自分を呼んだのなら、目の前にいるのはツバキであるはずだ。

 しかし、彼女は自分ではっきりと名乗った──ツバキではない。自分はアヤメだと。

「でもね」

 直久は素直に感じたことを口にした。

「君は、さっきオレが目覚める前に、泣いてたんじゃない? 瞼が少しはれていたから」

 アヤメの顔がカーと赤くなる。その反応から、直久はやっぱりなと思った。

「泣いてない!! 想像でものを言わないで」

 否定しても、もう遅い。仮説はすでに直久の中で確信に変わっていた。

 やはり、自分はこの娘に呼ばれたのだ。生け贄になる予定のツバキではなく、アヤメに。

 直久は、もう一度、アヤメの両肩に手を置き、自分の正面に立たせた。まっすぐな強い視線が、アヤメの黒曜石の瞳をとらえる。

「力にならせてよ」

 アヤメが直久から逃げるように視線をはずす。

「……本当に、私は何も困ってないわ。ツバキの力になってあげて」

「君の、アヤメさんの力になりたいんだ。だから、なんで泣いていたのか話してくれないかな?」

「だから、泣いてないってば! もういい加減にしてっ!! 出て行って!!」

「え、あっ、ちょっと、まって、ねえ」

 アヤメは直久の背を押して、部屋の出入り口まで運ぶと、力いっぱい廊下へ突き飛ばした。そして、勢いよく、バタンと音を立てて扉を閉めてしまう。

「ちょっ、ちょっとアヤメさーん。開けてよぉ~」

 しばらく直久の間延びした声が廊下に響いていたが、アヤメがふと、廊下が静かになったのに気がついて、部屋の扉を僅かに開け、のぞき込んだ時には、直久の姿はどこにも見当たらなくなっていた。        

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