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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
13/24

      俺にかまうな(3)

 直久が弟の言葉を聞き返そうと思った瞬間、視界から和久が消えた。

「!」

 素早く首をひねり、部屋中を三六〇度見渡すも、弟の姿はどこにも見当たらない。

 直久は一呼吸おいて、心を落ち着かせる。

 大丈夫だ。心配することはない。

 姿を消す前に、弟は、ゆずるがどうのこうのと言っていた。式神の雲居から一報を得て、とっさに二階の客室へ瞬間移動したのだろう。

 瞬間移動──直久の一族のうち和久クラスの能力者では、よく使われる能力で、霊力の強い者は瞬時に地球の反対側へ移動できるらしい。鉄道、船舶、航空会社の敵であり、実に便利で非科学的な力だ。

 だが、いくら直久が何度も瞬間移動を目にするとはいえ、「瞬間移動するから!」とか宣言してから行ってほしい、といつも思う。突然、消えないでほしい。

「ほう。そなたたちはそのようなこともできるのか。ほんに、面白いのう」

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、足を組み偉そうにソファーにふんぞり返りながら、山神が言った。

 そんな山神の方をぎろりと見ただけで、直久は返事をするつもりはなかった。すぐさま和久を追ってゆずるのところに行かねば、という気持ちで頭がいっぱいだったからだ。

 しかし、今にも全力で走りだそうとしていた直久を、山神が「待て」の一言で止める。彼の言葉は、まるでそれ自身が威力を持つかのように、直久の足をその場に縛り付けた。

「何なんだよっ!! オレも助けに行かなきゃなんねーんだよっ!!」

 苛立ちを隠さずに声を荒げる直久に、彼は飄々とした表示で、涼しげな視線を返してきた。何をそんなに慌てているのだ、愚かなことよ。その視線がそう言っていた。

 直久がぎりりと歯を食いしばると、彼は口元をにやりとゆがませ、すうっと流れるような仕草で、片手を肩まで挙げた。

「この方が早い」

 山神がそう言い終えるが早いか、天井から何かが落ちてきた。しかも、直久の真上に。当然、直久は落下物の衝撃で、バランスを崩し、ドサリと音を立てて床に倒れこむ。

「いててててて……」

 軽く床にぶつけた後頭部を抑えながら、半身を起こそうとした時、目の前に誰かの足の裏が見えた。

「うわっ! え、ゆずるっ!?」

 ぎょっとなった直久は、自分のすぐ横に折り重なるようにして倒れているゆずると和久に詰め寄る。

「大丈夫……突然、ものすごい力で上に引っ張られたからびっくりしたけど……」

 半身を起こした和久が、そう言いながら山神の方を見た。

「山神さまが、こっちに僕らを呼んでくれたんだろう」

(そうか、それでさっき、『こっちのが早い』って言ってたんだな)

 直久が二階のゆずるの部屋に駆けつけるより、二階の二人を三階のこの部屋に瞬間移動させたほうが『早い』という意味だったのだ。

(そうならそうと、ちゃんと説明しろって、だから! てか、だいたい何でオレの上に落っことすんだよ……オレはクッションかっつうのっ!!)

 直久は山神を睨んだ。そんな直久の視線を、山神は軽くあしらうように笑う。あくまでも、直久をおちょくろうということらしい。うすら笑いを浮かべる彼の憎らしい顔が、ますます直久の敵意に油を注いでいく。

「気にいらねぇな……」

 ぼそりとつぶやいた直久の声を受けて、和久が再び直久を振り返り、力なく笑いかける。

「でも……正直助かったかな……」

 そう言って和久は、ゆっくり首を動かし、ゆずるに労わりの視線を送った。つられて、ゆずるを見やった直久は、その痛々しい姿に釘付けになる。

(……ゆずる……)

 ゆずるは、昨夜の悪霊の襲撃時のように、ぐったりとしていて意識がない。そればかりか、肩で息をして苦しそうに眉をしかめ、額には汗が噴出し頬まで伝っている。何も知らない人が見れば、高熱にうなされていると勘違いしただろう。

 だが、それが風邪の症状でないのは、あきらかだ。ゆずるの顔は死人のように土気色をしていた。

 きっと、救出がもう少し遅かったなら、このままゆずるは息を引き取り、本物の死人と化していただろう。今のゆずるの様子から、ただの死した細胞の塊となってしまったその姿が容易に想像でき、胸が痛んだ。

「そやつを心配している余裕はないと思うがのう。早う何とかせぬと、そなたたちも同じ運命をたどるじゃろうて」


 くくく……。


 まるで、山神の笑い声が部屋を寒々しくさせていくようだった。

 直久の腕に鳥肌が駆け上がる。

 凍えそうなほど寒い。

 なぜ、急に。

(……この感覚……あの時と一緒!!)

 直久がごくりと唾を飲み込んだ時だった。何かを感じ取った和久が、勢いよく立ち上がったかと思うと、一瞬で廊下の方に向き直り、臨戦態勢をとる。慌てて立ち上がった直久も、和久の見据える方向へと視線を這わした。

 開け放たれた部屋の扉の向こうには、まっすぐに続く廊下が奥の階段付近まではっきり見渡せた。

 廊下の両壁飾られた、同じ大きさのはずの少女たちの肖像画が、だんだんと小さくなっていくように目に映る。まるで廊下の長さを不気味に強調させるように。

 だが、それ以外のものは見えない。何の異常もない。

 それでも、この凍てつくような寒さは間違いなく悪霊が近くにいる証。

(どこだ! どっからきやがるっ!!)

 直久はじっと目を凝らした。口の中が乾いて、喉の奥がひりひりする。

「来る」

 和久の声が、音の無い部屋に重く響いた。その瞬間、部屋の入り口の五メートル程先の床が黒く盛り上がったように見えた。

 直久は思わず、目をしばたいた。見間違いかと思ったのだ。

 だが、その盛り上がりは、ゆっくりと大きくなっていく。

「……」

 直久の背中を、一滴の冷たい汗が流れていった。それを合図に、体中の皮膚が、ざわめくように鳥肌を立たせていく。

 その間も、盛り上がりは床から大きく伸び、ギョロリと見開かれた二つの目が姿を現した。

 その血走った目が直久を一瞬とらえた。心臓がとまるかと思った。

 だが、直久では悪霊のお眼鏡にかなわなかったらしい。生気を吸い尽くされそうなほど恐ろしいその視線は、直久から外され、和久を素通りし、ゆずるのところでぴたりととまる。

 大きく裂けた真っ赤な悪霊の口がゆっくりと床から現れ、だんだんと口端が上がり、不気味にゆがんでいった。


 ────見ツケタ……。


 そこからは、一瞬だった。

 頭部に続き、首、肩、胸部、腹部、そして下半身が、一気にぬうーっと姿を現したかと思うと、悪霊はものすごいスピードでゆずる目掛けて突進してきたのだ。

(!)

 とっさに、両手を打ち鳴らし、部屋に結界を張ろうとする和久。

 だが、悪霊はものともせずに、進入を果たす。そして、あっという間に三人に手が届きそうな位置に来る。

 直久は何も考えていなかった。

 ただ、勝手に体が動いていた。

(────っ!!)

 間一髪で、ゆずると悪霊の間に体をねじ込むことに成功する。そして、必死にゆずるの体の上に覆いかぶさった。

 次の瞬間。

 直久は目を見開いた。


 ズズズズズ……。


 不気味な音をたて、何かが直久の体内に入り込んできた。あきらかに、異物が背中から体中の骨の髄にめり込んでいくような違和感だった。たとえようのない不快感と体が発火しそうなほどの熱さが直久の体を襲う。

「うわああああっ!」

 背を反らしたまま硬直させ、声のかぎり絶叫する直久。

「直ちゃんっ!!」

 血相を変えて、和久が駆け寄ろうとするも、強い力に弾き返され、床に吹き飛ばされてしまう。

「ぐああああああああーっ!!」

 耳を覆いたくなるような悲痛な直久の叫びが、部屋の空気を引き裂いていく。 

 体の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような気持ち悪さに、強い吐き気を覚え、息をすることも出来ない。

 頭から血の気が引く音が聞こえる。

 心臓の音が大きく不規則になる。

 体中から汗が吹き出る。

「直ちゃん!! 負けちゃだめだっ!! 直ちゃんっ!!」

 遠ざかる意識の中で、そんな弟の声を聞いた気がした。だが、遅かった。

 抵抗する間もなく、直久はついに、何とかつなぎ止めていた意識とその命の炎を、吹き消された……。

 





「直ちゃん、しっかりして!ねぇ、直ちゃん!」

 和久は必死で、兄の体を揺すった。その顔は血の気がなく、蝋人形を思わせるほどに青白い。次第に冷たくなっていくその身体を、和久は力強く抱きしめた。

「直ちゃんっ!! 目を開けて!! 何でこんな……直ちゃんっ!!」

「……ん……カズ?」

 泣き叫ぶ和久の声に、床に横たえていたゆずるが意識を取り戻したようだった。悪霊が姿を消したため、ゆずるの頬に赤みがさしており、明らかに先ほどよりも状態が良くなっている。

「……どうした。何を泣いているんだ……」

 ぼんやりとしたゆずるの視線が、ぐったりとした直久へと移るなり、ゆずるはがばっ、と半身を起こして、直久の顔を覗き込んだ。

「な……え!? ど、どうして!? 直久っ!!」

 愕然として、動かなくなってしまった直久の体に手を伸ばすゆずる。その震える手が直久の頬に触れたかと思うと、ぱっと再び離れる。ゆずるも、直久の体の冷たさに驚き、恐怖を覚えたに違いない。直久を永遠に失う、という恐怖を……。

 そして──全ての状況を飲み込んだはずだ。

「直ちゃんが、ゆずるをかばって……」

 ギロっ、とゆずるが和久を睨んだ。

「そんなはずない! この馬鹿がそんなことをするわけがないっ!!」

「……僕のせいなんだ……僕の結界では防げなくて……」

 わなわなと唇を震わせ、ゆずるは直久を見下ろしている。

「だって……直久は……俺を嫌ってたはずだろう……なのに、なんでこんなっ!! 俺の代わりに死ぬなんて嘘だっ!! ありえない!!」

 ゆずるの大きな瞳が揺れ動き、徐々に涙が溢れ出した。だが、泣くまいとするように、ぐっと唇をかみ締め、再び和久を睨みつけてくる。

「カズ、すぐに直久から悪霊を引き離せっ!!」

「……うん」

 ゆずるに頷いて見せた和久だったが、霊を祓うだけの余力などなかった。それに、霊を払ったところで、直久が息を吹き返すことはない──決して生き返らない。それはゆずるにだってわかっているはずだった。

 それでも、できないなどと、今のゆずるに言えなかった。

 和久の頬を汗が伝う。小刻みに震える手で印を結ぼうとした時、それまで静観していた山神が口を挟んだ。

「やめておけ、今のそなたには無理だ。下手に霊を刺激すると、事態はよけいに悪化する。そやつが必死に守ろうとしたそなたまで、食われるぞ」

 ぎりっと、矢のような視線を、ゆずるは彼に浴びせた。どうやら、そこで初めて彼の存在に気付いたようだった。

「黙れ、部外者っ!!」

「ゆずる、この方は山の神だよ」

「それがどうした? 俺は九堂家次代当主だ。そこらの神々よりよほど強い力を持っている。だいたい、その程度の力で神だと? 昔は、生け贄を捧げられていたらしいが、今は見る影もないではないかっ!」

「ゆずる、口が過ぎるよ!」

 口さがないゆずるに、和久は肝を冷やし、慌てて制した。

 たしかに、ゆずるはこの山神をしのぐ力を持っているが、それは絶頂期の時の話。今日はまったく霊力をもたないのだ。そんな時に、いたずらに神に喧嘩を売って、無事ですむわけが無い。

「いや、いい」

 青ざめる和久に山神は柔らかく微笑んで、ゆずるに細くした目を向ける。

「なるほど、九堂の者であったか。霊がその身体を器にしたがるのも分かる。だが、確かに九堂家の次代ならば、そこらの神々――我などよりも強いであろうが、そなた、まことに次代か? なにやら汚れた血の臭いがする。さては、そなた、おん──」

「黙れ!」

 顔を赤らめ、山神の言葉を遮るゆずる。

「それ以上言うと、吹き飛ばす」

 肩で荒々しく息をするゆずる。

 山神は実に面白いものを見るかのように笑いながら、ゆっくりと首を横に振った。

「まあよい。我にはかかわりのないことじゃ」

 それよりも、と山神は和久の腕の中の直久に目を移す。

「そなたが次代ならば、知っているだろう? そやつは体内にいったい何を飼っておるのだ?」

「……」

 ゆずるは無言で山神を睨み続けた。

「答える気は無い、か。まあ、良い────良いのだが、そやつ、そのままにしておってよいのかのう?」

 ニヤニヤと笑みをたたえながら含みのある言い方をする山神に、チッとゆずるが舌打ちした。

「もったいつけるな。何がいいたい」

「やれやれ。短気じゃのう」

 わざとらしく山神は肩をすくめてみせた。

「そやつ、生きておるぞ」

 部屋に一瞬の静寂が広がる。

「何っ!?」

「えっ!?」

 和久とゆずるの反応はほぼ同時だった。

「何だ。死んだと思うておったのか? 確かに息はしておらぬし、心の臓も止まっておる。だが、まだ完全に死んだわけだはない」

「──!?」

 和久は愕然として、腕の中で冷たくなっている兄を見た。

 信じられるわけが無い。いくら神の言葉だとしても。

 生きている?

 こんな状態で!?

 あんなに強い悪霊をまともに体内に入れて、なおも兄は生きていられるというのか!?

 目覚めたての僅かな霊力しかもたない、あの兄が!?

「そやつが余計なことをしているがために、死に瀕しておるが」

「……どういうことですか?」

 和久はまっすぐに山神を見据える。ゆずるも、今にも噛み付きそうな顔で山神を睨み上げている。

「そやつの飼ってるアヤカシが、中に入ってきた悪霊を喰らおうとしたようじゃ。そやつは、そのアヤカシから悪霊を守ろうとしておる。いやはや、まったくもって、実に面白いのう──ヒトの子というものは……」

 くっくっくっと山神が声を出して笑った。

「────はぁ!?」

「────なんだって!?」

 和久とゆずるは、再び、同時に眉をしかめ、素っ頓狂な声を上げるしかなかった。  


 

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