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九の末裔 ~寒椿~  作者: 日向あおい
12/24

      俺にかまうな(2)

「あなたがあの結界を張ったんですか?」

 和久は、男に隙を見せまいとしつつ、疑問をぶつけた。だが、答えは聞くまでもない。そして、男も答えるつもりはなさそうだ。

「……ほう。そなたたちには、アレが見えておるのか」

 面白いものを見つけたというように、男がじろじろと直久を見やる。そして、不気味な笑みを浮かべ出した。

「それにしても、面白いモノが掛かったものよ」

 男は、ついに、くくく、と声を出して笑ったかと思うと、すっと片手を僅かに挙げた。途端に、直久の体がぐらりとゆれ、床に崩れ落ちる」

「直ちゃんっ!?」

 何かされたのかと、肝を冷やし、和久は声を荒げた。

「縛を解いてやっただけじゃ」

 明らかにからかうような声で、男が言った。

 あの強力な結界を、たった一瞬で解くことができるということか。

 自分との力の差をまざまざと見せ付けられ、和久は体の震えを止めることができない。

「……どうした? 我に用があって参ったのではないのか?」

 くくく、と笑いながら、男は部屋の中へと戻っていった。

 これほどの力の差を見せつけられてたあとでは、部屋に入れ、と命じられたのと等しい。

 和久は、床の上に尻餅をついたままの兄に目配せした。静かに兄は立ち上がり、自由になった体を確かめるように手首、足首を回してから、こちらを見て頷く。兄の体の異常はなさそうだ。

 内心ほっとしつつ、視線を部屋へと戻した。

 このまま部屋に入って大丈夫なのか。

 罠ではないのか。

 相手の正体も、その狙いもわからない状況では、判断がつかない。

 もし、相手が殺意を見せた時、自分ひとりで兄を守れる自信がない。いや、無理だろう。自分の霊力の範疇を明らかに越えている。

 しかし、断り相手の機嫌を損ねるのも利口とは言えまい。

 味方につけることができずとも、せめて敵にしないように、逆鱗に触れぬようにしなくてはならない。

 そのために、『これからあなたの縄張りで、悪霊と一戦交えるけど、気にしないでね。やっつけたら、さっさと帰るから』と、悪霊討伐の許可をもらっておくのが得策だろう。誰だって、自分の家の庭で、猫と犬が取っ組み合いの喧嘩を始めたら、うるさく思うものだ。

 覚悟を決め、ぎりっと唇を噛みしめた和久は、兄に目で合図し、部屋の中へと足を進めたのだった。




 部屋の中は、意外にも片付いていた。明らかに掃除され、カーテンやベッドカバー、クッションやソファーにいたるまで、清潔が十分に保たれている。

 どういうことだ。

 やはり、オーナーはこの部屋に、この男がいることを容認し、世話をしているということだろうか。だが、彼が八重の言う“兄”であることはない。確かにヒトの形をしてるが、人ではないことは明らかだ。

「あなたは……何者ですか?」 

 和久の声は、かすれた。

「我が先に問うたのだがのう」

 面倒くさそうに、男は言う。だが、和久も引き下がらない。

「なぜ八重ちゃんは、あなたが見えるのですか。あの子はあなたを“瞬”という名の兄だと言った」

「八重……おう、あの娘か」

 口端を少し上げ、男はにやりと笑った。そして、高そうな皮製のソファーにその長身を沈めた。

「まあ、よい。結界を見破ったことに免じて、答えてやるかのう」

「あなたは、あの祠の主、山神──そうですね?」

 ごくりと、喉がなる音がした。和久のではない。すぐ隣にいる兄のものだろう。いや、自分のだったかもしれない。

 そう混乱するくらい、和久は自分が緊張していることに、気がついた。

「山神か……そうじゃのう、ついこの前までは、我をそう呼ぶ人間もいたのう」

「やっぱり、あの祠の主なのかっ!!」

 怖いもの知らずの直久は、あろうことに山神を人差し指で、びしっと指差した。  

 和久はぎょっとして、思わずその兄の腕を叩き下ろした。まるでハエ叩きでもするように。

「ちょ、ちょっと直ちゃん!! 神様だってばだからっ!!」

「いってぇっ。何だよ、カズっ!!」

 二人は同時に大きな声を上げた。

「あ、そうか。神様ってエライのか」

「エライっていうか……」

 和久は口ごもった。

 兄はわかっていない。

 神がどれほど恐ろしいか。

 神というものを敵に回すということが、どれほど愚かなことであるのか。

 神は、気まぐれに人を助け、暇だからという理由で人の命を奪う。そして、一度機嫌を損なえば、自分の命は愚か、末代まで祟られる。

(出来れば……かかわりたくなかったのに……)

 そんな和久の心配をよそに、無敵の直久はさらに和久の度肝を抜くようなことを言う。

「ていうかさ、神様なんだろうあんた。こんなとこで何してんだよ」

「な、直ちゃんっ!!」

 しかし、自分を畏れずにまっすぐぶつかってくる直久が珍しいのか、山神は笑顔をを崩さずに返事をする。

「この家の娘が、我を解き放った。その礼に、この家で悪さをしている(ヤカラ)を始末してやろうと思ったのじゃ」

「娘……? 八重ちゃんか?」

「今はその娘に、少し細工をして、ここを住みかとしておる。なあに、余興の一つと思うて、娘に世話をさせておったら、なかなか甲斐甲斐しいものでのう。ほんに、ヒトとは、けな気なものよ」

 そう言って、ふふ、っと山神は笑った。

 なるほど、と和久は思った。

 きっと、姉のよしのを心配した八重が、祠に祈りを捧げに行き、何かの拍子に祠の封印を解いてしまったのだろう。久しぶりに自由の身となった山神は、礼として八重の願いを聞いてやろうとしているのだ。つまり、この屋敷に住み着く悪霊と化した、生け贄の少女たちを始末してやろう、と。 

「ということは……結界で捕らえようとしていたのは、生け贄になった少女の霊」

 和久は、確認するように山神を見つめた。  

「予定外のモノが掛かったがな」

 再び、くくく、と山神が笑い始める。それにカチンときたのか、直久は山神に食って掛かった。

「ほほ~。あんた、良い神様なんだな。よぉく分かった。分かったが、分からん!!」

 もはや何でもありだ。和久は、頭痛を覚え、額を手で押さえた。兄の無謀さも、ここまでいくと、尊敬の念すら生じるというものだ。

「何で、霊ホイホイの結界に、オレが引っ掛かるんだよ。もっと、ちゃんとした結界を作れよ、神様だろうあんた」

「霊ホイホイ……くくくくく……」

 我慢の限界というように、山神はついに体をくの字に折り曲げて笑い出した。

「な、直ちゃん、失礼すぎる……」

「そうか? 失礼なのはそっちだろう。オレが何で悪霊と間違えられなきゃなんねぇーんだよ。どっからどう見ても、オレは善良な一般ぴーぷるだろうが」

「一般ぴーぷる……どこがだろう……」

「まあ、運動能力は天才的だけどな」

 自信満々に、胸を反らす兄に、小さくため息もつきたくなる。だが、そんな直久を、山神はますます気に入ったようだった。

「そうじゃのう。わびに、そちに一つ教えてやろう」

 山神はまっすぐに直久を見た。そして、少しだけ右へと視線をずらす。

「我の結界が粗悪だったのではない。そちのその器の中で飼っておるモノに、結界が反応したのじゃ」

「はぁ!?」

「──!?」

 二人は同時に眉を寄せた。

「どういう事ですか?」

「なんだ、何をそんなに驚いておる。そちも飼っておるではないか」

 山神は和久を顎でしゃくり示した。

(僕が飼ってる……?) 

 思い当たるものといえば、蛇の式神『雲居(くもい)』。

 確かに雲居は普段和久の体内にいる。いると言っても正確に体のどの部分に収納している、というわけではない。多くの式神を所有する者は全ての式神を体内に入れておけないので、石など物体の中に入れておいたり、必要としている時だけ呼び寄せるなど形を取ることもあるが。いつも影のように、傍らにあるのが式神である。 

(まさか……)

 和久は恐る恐る、山神に尋ねた。

「兄も……式神を持っていると?」

「それをそちたちが式神と呼ぶのならば、そうなのであろう。されど、見たところ、そちたちに御しえる類のものではないように思うが」

「まさか……そんなことが?」

 ありえない。

 式神を自分の使役とするには、一度は式神と対峙しなくてはならない。それは、式神が主と認めるほどに強い霊力者に仕えるからである。

 和久も雲居を使役とするために、深手を負うほどの死闘を制したのだ。

 つまり、ある日突然、式神が体内にいました、などということは有り得ないのである。それなのに、霊力を持っていなかった兄が、気がつかないうちに、しかも、御し得ないほどの強力な式神を使役することができるはずがないのだ。

「なんだよ? どういうことだよ?」

 直久が不安そうに和久を見た。

「僕にも分からない」

 もし、兄の体内に何かがいるとしたら、それは式神などではない。そんな有益なものなら、どんなにいいだろう。

 だが、おそらく、居るのはそれと相反するもの。しかも、自分やゆずるがまったく気配を察することができないほどの、強大な力をもつモノ。

 どちらにしても、山神が言うように、自分では太刀打ちできない。

「兄に害はないのでしょうか? そんなモノが体内にいて、兄は大丈夫なんでしょうか?」

 不安に、語尾が震えた。

 しかし、思い悩む和久に、山神は意外にも優しく笑いかけた。彼は、この時初めて、和久に笑顔を向けた。

 山神に自分の存在を認められたような気がして、不思議と落ち着いた気分になっていくのが分かる。

「害は無いじゃろう──今のところはな」

「今のところ?」

「どうやら封印を施されているようだ。だが、解けかかっている。ごくわずかだが……そやつから妖気が感じられる」

「妖気!?」

「おそらく、その妖気が我の結界に掛かったのだろうて」

 和久は愕然とした。

 すぐに、全てを飲み込むことはできない。でも真実に違いない。

 神が嘘をつくことはない。真実を全て言わないことはあっても。

「なあ、何の話かさっぱりわかんないんだけど」

 実に申し訳なさそうに、説明を求める兄を完全無視して、和久は腕を組んで考え込みだした。

(妖気……直ちゃんから……)

 何か邪悪なものが、兄の体内の奥底に潜んでいるのだ。

 それに、一つ引っかかることがある。さっきから、封印が施されている、という山神の言葉が、和久の心をざわめき立たせていた。

 凶悪なモノを封印できるほどの、力の持ち主を、和久は多くは知らない。

(……本家は、まさか、このことを知って……いる?)

 その時、和久の視界がゆらりと揺れた。否、目の前の空間が歪んだのだ。はっと我に返る和久。


主殿(ぬしどの)


 女性の澄んだ声が聞こえたかと思うと、すうーっと姿を現したのは和久の式神、雲居だった。平安時代の姫を思わせる着物姿をしているのが特徴だ。

 だが、鮮やかな紅色着物よりも、目を惹くのは彼女の長く流れる銀髪だろう。そよ風が吹くだけで、キラキラと輝き、思わず手を伸ばしたくなる美しさだ。和久が直久にいつも自慢するように、絶世の美女と表現するのが適切であろう。だが、いつも無表情なため、どこか冷たい感じがする美人である。

 和久は雲居から知らせを受けると、一瞬にして青ざめる。


「直ちゃん、ゆずるが危ない!」

 

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