使い捨て聖女
「貴女にはこの王国を守護してもらいます」
突然異世界に召喚されたかと思うと、かけられた第一声がそれだった。
どうやら異世界から召喚される女性は全員が聖女の素質を持っていて、聖女の能力を使って王国を魔物から守っているらしい。
その能力とは、魔物を滅する魔法。
この魔法を魔道具と呼ばれる拡散装置に供給し、元々は単体にしか効果のない魔法を、国全体に行き渡らせるのだ。
これには魔力を大量に消費するため、魔力総量の多い異世界人にやらせていると聞いた。
もし魔力が尽きたらどうなるのか。
それを聞いた時、私を召喚した男たちは無表情で答えた。
「用済みになった聖女は始末するだけだ」
と。
どうやらこの風習は百数十年も続いていて、魔力が尽きた聖女は魔物の巣窟である魔の森へと捨てられる。
なぜ自分たちで始末しないのかというと、同族殺しは神の怒りに触れてしばらく聖女が召喚できなくなるからという理由らしい。
魔力の総量は人それぞれだが、短くて5年、長くて10年ほど魔道具を維持できると聞いた。
私は魔物が増える元凶を探り出し、それを聖女の力で滅することができれば解決するのではないかと提案したが、魔道具にどんなに魔力を籠めても効果が続くのは1日。
そのため、遠征に聖女を連れ出すことなどできないとのことだ。
なお、聖女は召喚制限があり、聖女が生きている間は新しい聖女が召喚できないようで、魔力が尽きた聖女が始末されるのはこの縛りが原因だ。
……こうして私は、魔力が尽きたら始末される『使い捨て聖女』として王国を守る事になった。
**********
「……そうね、かわいくて大きなぬいぐるみが欲しいわ」
聖女は魔力が尽きたら捨てられるが、それまでの間はできる範囲でのわがままは全て聞いてもらえるそうだ。
死期が決まっているから、せめてもの情けということなのだろう。
私はその権利を使い、最初に大きなぬいぐるみを要求した。
周りは全て知らない人で、いずれ私を間接的に殺す敵対者のようなものだ。
それならせめて自室にいる間は、かわいいものに癒されたい。
「承りました……それでは魔力籠めの時間です」
「ええ、すぐに行くわ」
魔道具への魔力供給は昼に行われる。
この時間は国民が活発に活動している時間帯だからだ。
私は教えられた通りに魔道具に魔力を供給すると、魔道具が光を発し、それが王国全体へ行き渡る。
その光は七色に発光し、『聖女の奇跡』と呼ばれている。
「……ふう」
魔力の供給はかなり疲れるもので、供給を終えると倒れそうになるぐらい魔力を消耗する。
どれぐらいかと言うと、一日の自然魔力回復量を完全に上回るぐらいだ。
そのため魔力総量が徐々に削られて、最終的に枯渇する。
魔力回復のポーションもあるが、それでは雀の涙ほどの量しか回復しないようで使わせてもらえない。
つくづく、『使い捨て聖女』とはよく言ったものだ。
魔力供給を終えると昼食、そして外回りに連れ出されて国民に希望を与える。
その後夕食、それからは自室での自由時間となる。
なお、四六時中監視がついており、逃げ出すことは不可能だ。
「……私の人生、こんなつまらないものでいいのかな……」
自室に帰ると届いていた大きな熊のぬいぐるみを抱き抱えながら、眠りについた。
**********
数年後、私の部屋はぬいぐるみでいっぱいになっていた。
古いものは捨てればいいのにと言われたが、愛着のあるものだから捨てるわけにはいかない。
それに、ぬいぐるみだけが私の唯一の楽しみなのだから。
それから更に数年が経ち、ついにその時が訪れる。
「……魔力が尽きたようだな」
私の中にある魔力が枯渇してしまったのだ。
短くて5年、長くて10年と言われていた通り、私の魔力は5年で尽きた。
「では、新しい聖女を召喚する準備を進めよ。そして、こいつを始末する準備もな」
私の人生はこれで終わってしまう。
普通の人のように、もっと生きて、こどもができて、いずれおばあちゃんになって……。
そんな普通の生活がしたかっただけなのに。
「……最後に一つだけ願いを聞いてやろう」
召喚者は高圧的に私に声をかける。
それなら、と私は言った。
「部屋のぬいぐるみたちを、全員連れて行きたいです」
「ハハハ、その程度で良いのか! よかろう、望み通り全て運び出してやれ!」
召喚者は腹を抱えて笑いながら、部下たちに指示を出す。
「さて、最後に何か言い残すことはあるか?」
「……次の聖女召喚も上手くいくといいですね、とだけ言っておきましょう」
「フン、心配などされなくても、完璧に準備は整えている。失敗など万が一にもあり得ぬわ」
「そうですか、それなら安心しました」
私はそう言うと踵を返し、部屋のぬいぐるみたちの搬出を手伝うことにした。
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「聖女様、どうかお元気で!」
「聖女様、今までありがとうございました!」
魔の森へと出発する私を見送ってくれる国民たち。
彼らは「新しい聖女が召喚されるため、私は魔物の発生原因を調べて始末するための旅に出る」と教えられているそうだ。
……魔力が尽きたから捨てられるという真実など、誰一人として知らないまま私は死地へと送り出される。
「行くぞ、聖女様。国民へ何か声はかけなくていいのか?」
ぬいぐるみを詰め込んだ馬車の御者が私に声をかける。
「ええ、どうせすぐに新しい聖女に心変わりするでしょうしね」
「……全く、同情する」
御者がため息をつきながら馬をゆっくりと走らせ始める。
「あなたの感覚は普通のようね。召喚者の仲間ならもっと私をぞんざいに扱うのかと」
「……まあ、な。真実を知れば知るほど、こんな国など滅べばいいと思っている」
「そうね、それには私も同意するわ」
「ははっ、こうやって話すまでは自己犠牲の精神の塊だと思っていたが、聖女様も普通の女の子だな」
そんな話をしながら、私たちは魔の森へと徐々に近づいて行った。
「……ん? 何をしているんだ?」
「最期だからこの子たちにお別れをね」
私は今までにもらったぬいぐるみたちを一人一人抱きしめて回った。
この子たちだけが唯一の友人だったから、今までありがとうと。
「……そうか、やっぱり普通の女の子だな……あんたには生き延びて欲しいが、俺は聖女の死を見届けなければならない。できることなら首を持ち帰れと言われている……あの畜生どもが……」
「……そう……ところで、あなたに家族はいるの?」
「いや、俺は元々流れの傭兵だった。戦うことしか知らなくて、家族を持とうなど思わなかったな」
「なら、私についてくる?」
「一緒に死ねというのか?」
私は首を振る。
なぜなら――。
「……死ぬ気はないということか。しかし魔の森の惨状を見たらそうも言ってられないぞ」
その後しばらく馬車を走らせ、聖女の魔法の効果範囲の端へとたどり着いた。
「……こういうことだ」
魔法の効果が切れる先には、無数の魔物が蠢いていた。
魔物も賢いらしく、魔法の範囲には入らずギリギリのところに位置し、こちらを窺っている。
……なるほど、首の回収に傭兵を派遣するのはこういうことだったのね。
「この数じゃ普通の冒険者などひとたまりもない。すまないが、俺は……」
そう言う御者に私は一言だけ声をかける。
「見てなさい」
と。
私は結界の外へと足を踏み出すと同時に魔法を詠唱し、魔物を屠っていく。
「今はまだ魔法が使えるかもしれないが、もう魔力切れなんだろう? なぜ抵抗する……?」
「私の魔力はまだ残ってるわ。だからよ」
「まさか、あの数を全滅させるなんてな……」
「どう? ……もう一度聞くわ、私についてくる?」
「……どうやって魔力を補充したのか、聞かせてもらえれば」
「ああ、それなら簡単よ」
私はぬいぐるみたちに秘密裏に魔力を注いでいたのだ。
気づかれないように、毎日毎日少しずつ。
それを数年続け、注いでいた魔力を馬車旅の途中で返してもらっていた。
「ははは! 悪いヤツだなアンタも!」
「あら、私を召喚したヤツらに比べれば小悪党みたいなものよ」
「確かに! よし、じゃあ俺は任務を放棄してお前について行こう。この先どうなるかが楽しみだ」
「退屈はさせないわ……それじゃあ、一番近くにある別の国に向かいましょう」
こうして私は王国から解放され、冒険者となった。
先程の虐殺により私のレベルはどんどん上がり、また魔力供給から解放されたことで、自分たちのためだけに魔法を使えるようになり、魔力の回復量が消費量を上回った。
そして、私のいなくなった王国では聖女の召喚が失敗し、聖女の力に頼り切りだった王国は魔道具の魔力切れと同時に魔物に攻め込まれ、ほどなくして滅んだと風の噂で聞いた。
それから数年後、どんな魔物も一瞬で消滅させる魔法を使う冒険者が話題になるのだが、それはまた別のお話。