1 魔王の実家
目が覚めた時、目の前は真っ暗だった。
僕は自分が何者なのかも、今までどうやって過ごしたのかも覚えていない。
体が動かない。いや、動かせる気力もない。
それに、手の感覚がなかった。
コツコツコツコツ
と、足音が聞こえてくる
パチン。と音が聞こえると、明かりが付いた。
目の前には道があり、僕の真正面に檻があった。
ああ。僕も檻の中に入ってるんだ。
道の左側には、4人の人が。右側には1人の女性?が居た。
その女性は頭に角を生やし、羽もあり、人間じゃない風格だった。
「魔王…」
左側の人間が、そう言った。
…そうだ。そうだった…
魔王……
僕は直前までの事を思い出した。
街…いや、国をひとつ滅ぼしてから、魔王に目をつけられて連れ去られたんだ。
その後、僕が魔王の手下になるまで閉じ込められたんだ。
ジャランジャランと、僕の後ろで音がした。
僕は…無意識に手を動かしていたんだ。
「……………が呼んでいる」
魔王はそう言い、僕の檻に近づいた。
「ようやく、決めたのか?」
首を縦に振った。
「じゃあ、返事を聞かせて貰おうか」
声も出なかったが、僕は再び首を縦に振った。
「ハッハッハ!いいだろう!!」
魔王がそう言って檻を壊し、僕の胸を刺した。
すると、刺された場所から熱が広がり、全身に広がった。
痛みは感じない。
「お前に新しい体と、新たな名をやろう。アイラ・ラインと名乗るが良い」
胸が熱くなり、直ぐに体が軽やかに動いた。
さっきまでとは勝手が違う。
さすが魔王の力…
新しい体になってから身長は縮んだが。
「手始めにこいつらを殺せ」
「それは、役不足ってやつですよ」
一瞬で、4人の人間を殺した。
「…初めてだ。ここまで私の力を上手く使いこなせた人は初めてだ!さすが我が下僕」
「…失礼ですが、魔王様の名前を伺っても?」
「私は大魔王ライ・メルゲーン。これからよろしくな」
「なぜ頭を撫でる必要が?」
魔王…もといライは僕を撫でてから歩き始めた。
僕はライに付いて行った。
改めて見ると、ライはとっても大きかった。色々な意味でね
「ライ様。大きいですね」
「うむ。お前は小さくてかわいいな」
この体に作り替えたのはあんただろ。
暫くはライに従うか。
ライに捕まる前の記憶はやはり思い出せないから、どうしようもない。
新しい名も体もあるし、このままここで過ごすのもいいかもしれない。
「…ライ様?この後僕はどうなるんですか」
「暫くはここで暮らすことになるな。それに、訓練して貰うことになる」
「なるほど。大変ですね〜」
「興味無さそうだね?」
「まあ、はい」
何も覚えてないんだから言いなりになるしか無いだろう。
行く宛ても目的もないから、この人に従うしかない。
ただ、従っているだけだからそこに興味はない。
僕達は、趣味の悪い魔王城を出た。
出ると、山の上に建っているようで、眺めがいい。
「……これが魔界ですか」
「ああ。初めて見るだろう?」
「なんて言うか、天気悪いですね」
魔界は地上のように広い世界だったが、常に暗く、太陽は無い。
というか勇者と思われる人達はどうやって来たんだ?
「ああ。まあ、ここに天気なんて概念ないんだけどな」
「しかし、勇者共はどうやってここに来たんだ?」
「さあな。というか、風評被害もやめて欲しいところだ」
ライの話によると、人間は魔物は魔王が操ってると思っているが、魔王にそんな力は無いとの事。
「まあ、私に忠誠を誓っている魔物もいけどな。さあ。背中に乗れ」
「はい」
言われた通り、背中に乗る…というか、おんぶしてもらう形になってる。すると、ライは直ぐに羽を動かして、飛んだ。
「おお。空気抵抗が凄いですね」
飛行機の様に覆われている訳でもないから、空気抵抗で落ちそうになる。
「空気抵抗?随分難しい言葉を知ってるんだな?」
「あ〜ああ。記憶がないから、覚えてないけど、言葉だけは覚えてるんだ」
飛行機…この世界に飛行機はないのか?
だとすると、僕は再び別の世界から来たのか……
少し手がかりが掴めてきた……のか?
「そうだったのか…じゃあ、私も記憶が戻れる様に協力するよ」
「ありがとうございます」
僕は多分初めて笑った。
「やっぱり可愛いな」
「だから。この体を提供してくれたのはあなたでしょう。ていうか、どこに行くんですか?」
「実家だ」
……実家?
魔王にも実家ってあるのか。
「凄く驚いてるようだな。もうすぐ着くぞ」
目を開けられないから、分からないが、もうすぐらしい。
暫くした後、目的地へ着いたのか風が止まった。
目を開けると、洋風の綺麗な家があった
「わー…綺麗ですね」
「ありがとう。ちゃんと掃除してるからな!さて、入ろうか」
「はい」
「ああ。そうそう。敬語じゃなくても構わないよ」
「…分かった」
僕はそれだけ言った。
非常に申し訳ないが、まだ彼女とは距離があるように感じる。
「ただいま。お父さん。お母さん。」
少しした後、ドタドタドタと大きな音がして、玄関に2人の男女が現れた。
両方まだ若いように見える。
魔族だから…かな?
「…どうしたんだ、ライ。いきなり来てさ」
「その子は?」
「私のお友達。そうそう、今日も勇者が来たよ」
「そうか。君の名前は?」
少し不機嫌そうな顔をしたあと、男は僕の方を見て聞いてきた。
「アイラって言います」
ぺこりと頭を下げた。
「頭を下げなくてもいい」
「とりあえず、入れてくれる?」
「ああ。大歓迎だ」
僕達は、中に入った。
家の中はもちろん広かった。
「2人は風呂にでも入ってきたらどうだ?着替えは用意しておこう」
風呂?なんだろうか……
「行こうか?」
「…うん」
少し不安だが、この3人が騙すような事をするとは思えない。
だから、信じる事にした。
「ここが脱衣所だ。服を脱いでね」
「うん」
僕は服を脱ぎ、ライと一緒に風呂へ入った。
「…おお」
目の前にはものすごい湯気と、お湯が溜まっているものがある。
「凄い!」
「こらこら。まずは体を洗ってからだ」
「あ、ごめんなさい」
綺麗なお湯だから、体を洗ってからじゃないとダメなのか…
「こっちで一緒に洗おう?」
「うん」
お湯の他に、石のような物がある
「これは魔石って言うんだ。魔力を流すと、お湯が出る」
「魔力?」
「ほら、やってみて」
ライはしゃがんで僕の左手を支えてくれた。
僕は、左手を魔石なる物に置いた。
しかし、魔力を流すというのがよく分からない…というより思い出せない…
「ん〜〜」
「力を抜いて?」
僕は力を抜く。
すると、ライに支えられている左手に、何かが流れる感覚がある。
これが…魔力??
その流れるものをそのまま手の先から出す…
すると、急に上から温かいお湯が流れてきた。
「わっ!」
「ははは。反応が可愛いなあ」
「う、うるさい!こんなの誰だってびっくりするもん」
「ご、ごめんって…ほら、洗うよ」
僕達は、定期的に魔力を流しながら、お湯で体の汚れを流して行った。
ふと、ある事が気になって股間に手を当てる。
「……」
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
察してはいたけど…やっぱり性別変わってる……
まあそんな事は置いておいて、次第に魔力を上手く使える様になってきた。
「さ、入ろうか」
「うん」
僕達は待望のお湯の中に入った。
あったかい…
「どうだ?暖かいだろう?」
「うん。気持ちいい〜」
暫くお風呂を堪能したあと、お風呂を出た。
脱衣場には、タオルと着替えが置いてあった
「あれ?いつの間に私の知らない服が…」
「可愛いね!この服」
「ふふん。多分私のお母さんが作ってくれたんだよ」
じゃあなぜライが誇る。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
とりあえずそうは言ったものの、ここからどこに行くんだ?
「どこ行くの?」
「訓練所」
うわあ…………