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出立の朝

「お目覚めですか、お嬢様」


窓からの光が当たり目を覚ますと、アンが声をかけてきた。


「おはよう、アン。今朝の天気はどう?」

「おはようございます。遠出の出立に適した天気です。今日はとても良い天気ですね」


外を見ると快晴である。良い出立の朝だ。


「すでにエリオット様が広間で待っておられます。朝食後、すぐに出立すると」

「そらならばすぐに着替えましょう。準備は既に終わってるわね

?」

「はい」


出来た侍女である。それならば私のすることは侍女のされるがままとなって、着替えるだけだ。


いつもなら朝食後は王宮に出掛けるので、ガチガチのドレスを着るところだが、今日は遠出ということもあって一日中簡素なワンピースで過ごす。コルセットで締められることもないので、非常に快適だ。



広間に向かうと、既に兄のエリオットは着替えて座っていた。朝食は兄妹揃って食べるというのが、この屋敷の規則である。もちろんそれを決めたのは兄だ。


「お兄様、おはようございます」

「おはよう。調子はどうだ?」

「何一つ問題はありません」

「それなら良い」


兄が頷くと示し会わせたように朝食が出される。今朝の朝食はいつもより量が多く、炭水化物が多めだ。


「長い旅路だ。今のうちに食べられるものは食べておくように」

「はい」


私の考えていることを読んだかのように、兄は話した。道中の食材には限りがある。現地調達が基本になるだろうが、もしものことがある。私も苦しいくらいにご飯を詰め込む。今日はコルセットをつけることもないので、たくさん食べて問題はないだろう。


「一応俺も同乗してお前の体調には気を付けるつもりだが、もしものこともある。気持ちが悪くなったりしたらすぐに言え」

「…お兄様も同乗するのですが?」


「何か問題でもあるのか?」とでも言うように兄が私を見るので、とりあえず黙っておく。兄は色々把握しなければならないと思っていたので、てっきり道中は馬車で侍女と2人きりだと思っていた。


「途中どんな襲撃に遭うか分からない。最低限の用心は必要だ」


まぁ、チートの兄が傍にいれば簡単にやられることもないだろう。兄は王国一の剣の使い手である。最低限どころか最高の護衛になるだろう。


「今回はエミリーの体調が最重要課題だ。無理して黙っていて倒れられるよりは、体調が悪いときにサッと休んでしまった方が早い。出来るだけ急ぎたいから多少の無理もする。不慣れだろうが、悪い」

「無理を言ったのは私ですから、文句などあるはずがありません。お兄様の指示には従います」


いつものシスコンの発動かと思っていたが、責任ある立場としての考えでもあったらしい。私が今回の旅の足手まといであることは確かだ。本当は馬で駆け足で行く予定だったのに、私が同行することで急遽馬車の手配もすることになった。私に「否」という資格などない。


「そうか。それならば問題はない。朝食も終えたことだし、そろそろ出発しよう」

「はい」


兄はしばらくの屋敷の管理について、簡単に執事と話し合っている。その間私は準備を整え、玄関口の椅子に座っていた。


「エリオット様」


執事と話しているにも関わらず、一人のメイドが兄に話しかけた。重大な話なのだろうか、少し慌てているようにも見える。


「どうした」

「来客です。王太子殿下が屋敷に向かっていると伝令がありました」


王太子、という言葉に兄の眉がピクリと動いた。少し、どころではなく嫌そうだ。


―お兄様と殿下って仲悪かったかしら?


疑問に思ったが、思い当たる節はない。予定が狂いそうなことに、頭を抱えているのだろう。


それにしてもこの時間に殿下がいらっしゃるなんて!優秀な王太子のレオン様が当日に予定を変更されることなんて滅多にない。昨日を最後に当分は会えないだろうと思っていたので、私は内心ニッコニッコである。


毎日顔を会わせていたのに、それがなくなるなんて悲しいよね。おこがましいから言えないけど、半分家族のような関係性でもある。出来ることなら毎日私も会いたいし。


殿下が私に会いに来た。この事実だけで、今回の討伐の件はどんなことが起きても頑張れそうだ。


「…今からか」

「はい」


上機嫌の私とは反対に、兄の眉間に皺がよる。…そんなに露骨に感情を出して良いのだろうか。


その不機嫌さは王太子が突然訪問するということに対してなのか、旅の予定が再び崩れるということに対してかどちらなのだろう。


「…通さないわけにはいかないな。茶菓子は用意しなくて良い。玄関先で応対しよう」

「お兄様、それで良いのですか?」


来客を手厚くもてなすことは、貴族として最低限の常識である。その上相手は王族だ。次期侯爵の兄がマナーを理解していないとは思えない。それなのに玄関先で接待とは、「お前と話すことなどない」と言っているようなもの。ちょっとレオン様に失礼ではないだろうか。兄を責めずにはいられない。


「仕方ないだろう。これ以上予定を引き伸ばすわけにはいかないからな」

「そうですよね。すみません…」


兄の言葉に謝る他ない。既に私の同行で予定が長引いている。緊急を要するのに、のんびりはしていられなかった。


「あぁ、いや、エミリーは気にしなくていいが…」


あからさまに落ち込んだ私に、兄はしどろもどろでフォローする。しかし失言した自覚は十二分にあったので、さすがに簡単には開き直れない。


しつこく同行する旨を伝えたが、そんなに自分に自信がある性格でもないのだ。悪役令嬢だけど。


「では、殿下がいらっしゃいます」


メイドの言葉とともに、兄と私は頭を下げる。


「おはよう、二人とも。朝早くに訪問してすまない」

「いえ、とんでもありません」


兄から出た言葉はとんでもなく冷え冷えとしたもので、私は頭は上げずにギョッと視線だけ兄に向けた。当然だが、兄はそれには反応を返さない。


「2人とも楽にして構わない。突然来たのはこちらの方だからね」


顔を上げると殿下は穏やかに微笑んでいた。兄の冷淡な態度に、怒っている気配は感じられない。王族に対するものとしては、非常に不敬であったように感じられたのだが、私の気のせいだったのだろうか。


それとも、敢えて見逃したのか。いついかなるときも優しさを忘れない。これを王族として見逃して良いことなのかどうかはまだ私には判断つかない。だがいづれにせよ、その深い慈悲の心には、さすが未来の国王陛下だということだろう。臣民の心なくしては、国王は勤まらないのだから。


「殿下、到着したばかりで申し訳ないのですが、我々は本日用事があります」

「昨夜聞いたよ」

「はい。昨夜私が申し上げた通りです。ご足労申し訳ないですな、もう出立しなければなりません」


兄の発言はまるで、用事があるから早く帰れと言わんばかりである。本来ならば兄の不敬を代わって謝罪するべきだろうが、兄の態度に唖然として私は口を挟む余裕などない。


「うん。だからお見送りしようと思って」

「「はい?」」


兄と私の口が揃った。臣下の見送りを主である殿下がするなど、聞いたことがない。そんなのアリなんだろうか。いや、嬉しいと言えば嬉しいけど。


「私の婚約者が危険な場所に向かうのに、無関心でいろというのが無理な話だ」

「殿下…!」


あまりの言葉に感無量だ。配下にまで心配りを忘れない。なんて素敵な方なのだろう。少し憂いをもったエメラルドの瞳は大層美しい。


「エミリー、私のことは名前で呼ぶようにと昨日約束しただろう?」


そうだった。あまりの尊さに、忘れて「殿下」と呼んでしまった。あれ以降「レオン様」と意識して呼んでいるのだが、長い習慣を変えるのは難しい。


「申し訳ありません。今だ不慣れでして…」

「そうなんだろうけど、一度縮まった距離がまた空いたと思うと私は寂しくなるよ」


殿下の表情が暗くなる。推しに悲しい思いなどさせてはいけない。いや、その悲しみよ表情はそれはそれで美味しいんだけど。最高だけど。


でもその表情を自分がさせていると思うと罪悪感が凄い。申し訳なくて仕方ない。ここは平謝りするしかあるまい。


「申し訳ありません、殿下!以後気を付けます!」

「いや、それ変わってないけど」


同じ指摘を再びされた。

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