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乙女ゲームの世界

魔鉱石というものについて説明する前に、この世界について話をしておこう。


この世界には魔物が存在する。魔物は人々を食らうことにより強力な力を得るので、私たちは人を喰らう前に魔物を倒さなくてはならない。初期に生まれた魔物はたいそう弱く、それなりの訓練をうけた人間ならば労せず倒せる。


魔物は人間に倒されたあとは、心臓を残して消滅する。魔獣ののこした心臓は素材としては良質なので、魔物を狩って売りさばく狩人という仕事もあるくらいだ。魔物は撃退してみないと、素材に出来るかは分からないが、日常生活にはそこそこありふれたものといえよう。


魔物には魔獣という上位種が存在する。魔獣を討伐するには、1つの騎士団を派遣する必要があるほどに強力である。


魔物は討伐後に素材を残して消滅するが、魔獣が変わりに残すのが魔鉱石である。魔鉱石とは魔獣の核となる石であり、中には強力なエネルギーが秘められている。魔鉱石は前世で言うところのセキユに近い。


「魔鉱石が発見された周囲には誰もいなかったのですか?」

「人の足跡は一切ない。ついでに争ったあともなかったらしい」


魔獣が魔物と異なる点は、同族を襲うことである。もちろん魔獣が人を喰らうこともあるが、それよりも下位である魔物を食らう方が力を得る上で効率が良いらしい。


「ということは、」

「さすがだな。エミリーの懸念は正しい。魔獣を倒したのは、人間ではない。同族の魔獣だ」


魔獣を倒せる魔獣など、並大抵ではない。普通の魔獣でさえ手を焼くというのに、どれほどの力を持っているのか想像つかない。


「俺は父上から討伐の命が下された。しばらく屋敷の留守を頼む。アン、エミリーに一切の不都合がないように」

「心得ております」

「出立はいつの予定なのですか?」

「早いに越したことはない。明日の朝には出る」


あまりにも緊急を要する件だ。今ここで話している間さえも、兄には惜しい時間だろう。


「お兄様、私も同行させてください」


嫌な予感がする。兄がとんでもなく強いことはよく知っている。それでも、兄をそこに向かわせるのは良くないことのような気がした。そこへ行ったら兄の何かが変わってしまうような予感がして、引き留めるべきだと魂が叫んでいる。


騎士の家系である我が家は、戦いから逃げることは良しとはしない。


剣に生き、剣に死ね。


今はないがかつてはそんな家訓があったくらいだ。そんなことを問う人間は今のグレイ家にはいない。しかし、生粋のグレイ家の人間である兄は、戦いを前に尻尾を巻いて逃げることは決してしないだろう。ならば、自分も同行するしかない。


「駄目だ。エミリーはまだ子供だ。危険すぎる」


兄の反対は最もである。まだ十歳の私が戦地に赴くのは色々な意味で危険だろう。それでも私はここで折れるわけにはいかない。


「お兄様だってまだ成人してないではありませんか」

「一緒にするな。こっちは伊達に毎日剣を振ってないんだ」


十五といえども兄は既に剣の腕で言えば一流の域に至っている。彼に足りないのは実戦経験のみだ。実力と精神は既に1人前の剣士である兄には、今回の討伐は必要経験であるということだ。だからこそ父は兄に今回の件を任せたに違いない。


「分かっています。それでもお願いします、お兄様。今回の魔獣の件、何か嫌な予感がするんです」

「いくら可愛い妹の頼みといえど、簡単に聞けるわけがない。…はっきり言って足手まといだ」


それはそうだろう。本格的に剣術を修めているわけではないうえに、私はまだ子供だ。私は護身術は習っているが、十の年齢で出来ることなど少ない。


瞳孔する騎士は私を守ることを意識しつつ自分の身を守り、なおかつ魔獣を討伐しなければならない。私がいない方がはるかにやりやすいことは明らかだ。父に代わって騎士団を預かる兄が、自ら騎士団を危険にさらす愚行などするわけがない。


「お兄様の言うことは最もです。ですが、私の判断はテコでも動きません。ここで否と仰るならこっそりあとを着いていきます。知らぬ間に可愛い妹が亡くなってもお兄様は良いのですか?」

「…エミリー、俺は何より妹が大事だ。もしも何かがあったら俺は耐えられない。安全な場所で大人しくしていてくれ」

「お許しください。私は何としてでもそこへ行かなければならない予感がするのです。自分のことは自分で責任を持ちます。無謀な真似は致しません。ひっそりと身を隠して邪魔にならないようにしています。私は決して遊び半分でついていこうなどと思ってはいないのです」


酷く胸騒ぎがして、自分が向かわねばならないと強く感じる。それはもしかしたら前世の私からの警告であるのかもしれない。どちらにせよ、私はそれを無視することは出来ない。


「…意思は堅いようだな」


兄は深いため息をついて、部屋のソファに深く腰かけた。それは、力が抜けて自然とソファに座り込んだようにも見える。


「はい」

「知らない間に着いてこられても困る。いいか、騎士団の規律は必ず従うように」

「ありがとうございます!お兄様!!」


私は兄に抱きついた。飛び込む勢いの私を兄は難なく受け止めた。さすがである。


「さて、父上に何て言うべきか…」


本当にこれで良かったのかとブツブツとボヤキつつも、しっかり私を抱き締めて離さない兄はなんだかんだで妹に甘い。


「頑張ってください」

「よく言うよ…」


自分から行ったくせにと言わんばかりの様子だ。勿論その通りだ。足を引っ張ることしか出来ないお荷物の私だが、そこに向かう必要はある。それが何かは分からないが、向こうに行ったらこの胸騒ぎの原因も分かるだろう。


「お邪魔はしません。魔獣にも気付かれないように遠くにいますから」

「いや、あいつらは知恵を持っている可能性もある。俺の目の見える範囲にいてくれ。その方がこちらも楽だ」


兄の目に見える範囲というのは、とんでもなく広い。結局はそんなに変わらないような気がする。


「訓練と剣術大会でしかお兄様の剣は見たことありませんが、魔獣相手でも遅れをとるとは思えませんね」


実際の魔獣の恐ろしさは明確には知らない。話を聞いたことがあるだけで、見たことはないのだから。だからこそ、負け知らずの兄とどうなるのかは想像もつかない。


「どうだろうな。俺も魔物は倒しても魔獣は倒したことがないからな」


やはり、兄も魔獣を見たことはないのか。それほどレア物だということだろう。


さて、やらなければならないことが出来た。しかし、兄から身体を離そうとしても身体が動かない。当然だ。兄が私の身体をがっちりホールドしている。


「…あの、お兄様?」

「どうした?」


兄はいたって普通に私の呼び掛けに応える。私が言いたいことを分かっているはずなのに。正直ずっとくっついているのは鬱陶しいので解放してほしい。


「そろそろ、手を放してくださいませんか?」


ホラもう満足しただろうと、私を抱き締める手を掴む。しかしそれさえも兄は無視して私の手を握った。おい。


「そっちから抱きついたんだろう?俺はそれに応えているだけだ」

「あの、それはそうかもしれませんが、いつまでもこの状態でいるのには問題があるような気がします」


部屋の端にはアンだっているのだから。多分、いつものシスコンが発生したと思ってるんだろうけど。


抵抗の意味を込めて兄の手をつねる。知らない人からしたらクールでイケメンなのに、どうしてこうも兄は残念なのか。


「俺の妹は強情だな」

「お兄様もなかなかですよ。明日出立するならしなければならないことがたくさんあります。早く放してください。」


仕方ないと言わんばかりに、兄は私を解放した。やれやれ。それでも渋る兄無視して私は再び机に向かった。


「何を書いているんだ?」

「…レ、殿下に手紙を。無断で明日の王妃教育を休むわけにはいかないので」


レオン様本人以外に向けて「レオン様」というのはまだ躊躇いがあった。周囲の反応が怖い。しかし兄は、ジットこちらに視線を向けているのが背中を向けていても分かった。


「…なんです?」

「…なんでもない。殿下への手紙なら俺から出す。だから書くな」

「いや私が行くと決めたのですから、私から出しますよ。それが婚約者としての責任です」

「それなら俺はグレイ家の王都の屋敷の責任者だ。…父上は今領地にいるからな。グレイ家に関することで王宮に伝えるなら俺が伝えるのが筋だ」


私を強情と兄は言ったが、兄もなかなかだ。何故か譲る気配がない。いつもはそんなことないのに。


しかし、私もここで譲りたくない。毎日王宮でレオン様と会ってるから手紙を送ることことなんてほぼないのだ。こんな貴重な機会は逃せない。


「いいか、エミリー。これは俺の責務だ。殿下にはエミリーの兄として他にも言伝てしなければならないことがある。だから殿下に手紙を送らなくてもいい。というかむしろ送るな」

「…分かりました。ではお兄様に伝達はお任せします」

「あぁ。俺もやること出来たから、今日は外出する。出立は朝の十時だ。アン、今日中に準備をしておくように」

「かしこまりました」


兄が部屋から出たあと、私は改めてレターセットを取り出す。


「殿下には出さないのではなかったのですか?」

「ああなるとお兄様、絶対譲らないでしょう?だから折れたフリして後から手紙を送ろうと」

「それは良い考えです」


アンはニッコリ頷いた。有能な侍女は、そのまま私が手紙を書いている間に出立の用意を始める。


しかし、アンが有能だからなのか、私が悩みすぎたからなのか、アンが明日の用意を終わらせても、私の手紙は書き終わらなかった。


「…いくらなんでも悩みすぎでは?」


見守るつもりだったのだろうが、耐えきれずに私に話しかけた。


…私もそう思ってる。

いわゆる説明回。

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