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婚約者は前世で推しでした

きっかけはなんだったのだろうか。


所謂高熱を出して死にかけたとか、朝起きたら突然「超美人になってる!?」といった類いのことは起きなかった。ただ、何故か急に今自身の前世を思い出したのである。


―あれ?もしかして私転生してない?


最初は白昼夢と思ったが、どう考えても間違いない。しかもどうやら転生先は私が前世で遊んでいた乙女ゲームのようである。テンプレようこそ。


今となってはストーリーの大まかなあらすじしか思い出せないが、確か平凡な子爵令嬢が神の愛し子に目覚めて、魔王を撃退するストーリーだった。乙女ゲームなのに、キャラが亡くなるバッドエンドもある容赦ない過酷なストーリーは界隈で大いに話題を呼んだ。


そして私ことエミリーはゲームで主人公の恋を妨害する悪役令嬢のポジジョンだった。これまた何と言うテンプレ。


「悪役令嬢転生ってマ?」


この事態には頭を抱えるしかない。前世でハマっていたけど、まさかの悪役令嬢。ゲームでは主人公の恋路に絶望し、闇落ち。魔王に駒のように扱われ、非業な最期を遂げる。ルートによっては、主人公と友情を育むこともあるが、ゲームのメインヒーローがエミリーの婚約者なので、闇落ちエンドの可能性は高い。なんてこった。人生終了。ジーザス!


「どうかした?エミリー」


私の呟きが聞こえたのだろう。目の前の美少年が首を傾げて声をかけてきた。少年の存在を見て私は焦る。今日は自分の婚約者とお茶会をしていたのだった。


眼の前に座る見目麗しき我が婚約者は、皆様ご存知この国の王太子殿下である。そして、乙女ゲームのメインヒーローでもある。さすがメインヒーローというべきか、まだ少年でありながら、生まれもった王の素質は並々ならぬものであり、誰かに傅かれるために生まれた存在と言っても過言ではない。今も色んな意味で、彼と話すのは恐れ多い。


「いえ、何でもありません。殿下」


急に前世を思い出して色々動揺したが、今の私は侯爵令嬢。幼い頃からの英才教育で、まだ十の齢ではあれど、咄嗟に取り繕う程には礼儀作法は身に染み付いている。


私は一片の憂いもない笑顔を殿下に見せる。殿下の心を曇らせる要因が私にあってはならないのだ。


「それならいいんだけれど。婚約者の私を前にして、別の考え事をするのは少し悲しいよ」

「申し訳ありません、殿下」

「私たちの仲だから、自然体でいてくれるのは嬉しいけどね」


私と殿下はほぼ同時に生まれた。婚約者争いが起きることのないよう、陛下は私たちがお腹にいる頃から、異性で生まれた場合は婚約者に、同性で生まれた場合は側近として仕えることが定められた。


生まれた瞬間から王族として生きることが定められたため、実質準王族としての扱いを受けている。厳しい教育を現在進行系で施されており、それは殿下も同様。私たちは日々切磋琢磨に勉学に励んでいる。私と殿下は恋仲ではないが、戦友とでも言ったら良いのだろうか。とにかくそれなりの親愛関係は築けていると思う。


「いえ、私が殿下のお側にいるときに、別の事を考えていることなどあってはなりません。ありえません」

「それは嬉しいな」


年齢相応の微笑みを見せる殿下に、鉄の仮面をもつ私も思わず頬が緩む。殿下の幼さの残る端正な顔を間近で見ることが出来る。こんなに幸せな立場なんて他にはない。


ここまで言えばお分かりだろうか。前世で殿下は私の推しだった。


―あれ?そう思ったら悪役令嬢(エミリー)って最高なのでは?


エミリーは主人公の恋路を妨害する役割だが、考えようによっては主人公の恋路を応援する立場ではないだろうか。悪役令嬢が2人の障害となることで、主人公と殿下の恋を熱く盛り上げるのだ。


普通テンプレ通りならバッドエンド全力回避だろうが、推しを一番近くで眺められるポジションを普通自ら逃すか?いや、あり得ない。自分の命は惜しいので、死亡ルートは全力逃避するが、推しを見守るポジションは譲らない。


悪役令嬢でも何でも喜んでなろうではないか。推しの恋人になんてならなくても良い。むしろ推しの麗しい表情を引き出してくれる主人公には、感謝しかない。


私は推しを取り囲む空気となって、ひたすら見守りたい。オタクの夢はここにあった。


ービバ!悪役令嬢!ありがとう!!


「出来ることなら毎日殿下の顔をみたい」


おっといけない。思わず本音が漏れてしまった。エミリーは一応品位ある侯爵令嬢で通っているので、キャラ崩壊はアウトだ。今は子供だからまだセーフかもしれないけど。


「今でもそうだろう?王妃教育のあとはこうして毎日お茶を飲んでいるのに、エミリーはまだ足りないと?」


彼は呆れているようで少し嬉しそうな様子だ。ありがとうございますその顔。


ーはい、全然足りません


美人は3日で飽きるという言葉もあるらしいが、金髪碧眼の眉目秀麗な殿下の顔は毎日見ても飽きない。むしろ四六時中草葉の陰となって彼の動向を見守りたいくらいだ。前世で毎日見てたくらいだしね。それをさりげなく好きな視点から観察できる。なんてラッキーなんだ私は。


「殿下に我が儘は言えません」

「…そうか。でも私たちに隠しごとはなしだ、エミリー。夫婦ならば、お互いに思ったことは伝えた方が良いと陛下(父上)も仰っていた」

「秘密は女を女にする」


言わずと知れた某探偵漫画に出てくる台詞を小さく呟いた。彼女は私にとって良い女の代表例なので、自分もこんなことを言える女になりたいと思ったものである。この状況で使うことになろうとは。


「なんだそれは?」

「女性は多少ミステリアスなくらいが魅力的だという意味です。勿論殿下に伝えるべきことはお話しますが、時には秘密も必要ということです」

「これはしてやられたかな」


殿下は降参とばかりに手を上げた。その仕草さえも愛おしいと思うのだから、推しって怖い。もう推しって全肯定よね。目の前にいるなら解釈違いも起こさないし、幸せ。なんてったって存在自体が公式だし。


「それよりエミリー。私のことはレオンと呼べと何度も言っている。そろそろいいのではないかい?」


ここ数日殿下はずっとそれを主張している。だが、そんなことおそれ多くて呼べるはずがない。王とは至高の存在である。そんな方の名前で呼ぶなど言語道断である。


前世で殿下を軽々しく「レオン」と呼んでいた私だが、今の私の価値観は現世であるため、どれほど不敬に当たるか大いに理解している。それに加えて殿下はそれはもうとてもとても素晴らしい人物なのである。そんな尊い方の名前なんて気安く呼べるはずがない。私はその辺のペンペン草くらいがちょうど良い。推しを静かに見守ることができるなら、空気にでもなんでもなろう。うんうん。


「殿下をそのように呼ぶなど到底私にはできません」

「どうして?」

「殿下はこの上ない素晴らしいお方です。ウェーブの金髪は絡まることないサラサラの御髪で心地よい触り心地で、全てを見通しそうな碧眼を見たら誰もがあなたから目を離せなくなるでしょう。そしてスラッとした鼻筋に解れた唇で微笑まれたときには、見るもの全てを魅了させます。成長期を過ぎれば、身長ものびどんな服装も完璧に着こなして魅せるでしょう。外見だけではありません。そのお優しい心は民にも伝わり王国の発展は間違いなく。優しいだけではない自分に妥協を許さない厳しさは臣下が膝を突かせるには充分で、」

「待った待った!!そんなことは聞いてない!!」


殿下が真っ赤な顔で私を制止した。しまった。推しについて長々と語ってしまった。自分の好きなことを好きなだけ喋る。オタクの悪い典型である。反省。


「申し訳ありません。不快にさせてしまいました」

「いや、そうではないんだけど、ちょっと聞いてられないというか…」


王族は自身のいかなる感情も完全に制御しなくてはならない。殿下ももれなくそうなのだが、今日の殿下はとても感情的である。だが、そこが良い。王族としての義務に縛られているのに、感情(それ)に振り回されているというジレンマ。それだけでお米3杯いけそうだ。ウマウマ。


「つまりですね、殿下は私など足元に及ばない存在であるので、お名前をお呼びすることなど出来ようもないということなのです」

「だが、それでは一体誰が"私"の名を呼んでくれるというのかい?」


臣下が私心なく王に仕える存在であるならば、王は国に仕えるものだ。王には対等な存在などいない。民が必要なのは王であって、レオンハルトではない。それを彼は幼い頃からよく知っている。だからこそ、寂しいのだろう。


―あぁ、私には分かってしまう!彼の葛藤が!


幼い頃から一緒に教育を受けていたのだ。私の葛藤は彼の葛藤でもある。殿下の孤独さは言いようもないものだ。孤独を抱えた表情を推しがしたら見逃せようか、いいや見逃せない。


「…分かりました。レオンハルト様」

「レオンと呼んでよ」

「しかし…」


それはゲーム主人公の存在である。5年後、私たちは国内貴族が通う学園で出会うことになるのだが、ここで私と殿下の仲が親しくなってしまったら、ゲームの展開の妨げになると思われる。


なぜなら忠実な臣下はいても友人はいない殿下の孤独を癒す役割を果たすのが主人公だからだ。その過程において、「レオン」と呼ぶことがルートで大きな転換点となる。両親以外に名前を呼ばれたことのない殿下が、初めて呼んでくれる存在(ひと)を知ったとき、人の温かさを覚えるのだ。主人公がどのルートを選択するのかは定かではないが、レオンハルトルートだった場合は大いに不味い。


「…だめ?君と私との仲なら可能だと思ったのだが、やはりいけないことだろうか?」

「そんなことありません!レオン様!」


とてつもなく寂しそうな顔を見てしまい、私は勢いで叫んだ。


―ごめんなさい!未来の主人公!


推しの願いに応えないなんて無理だ。だって推しだもの!主人公ちゃんの恋路は全力で邪魔(応援)するので、そのときはどうか許してほしい。


「うん、ありがとう」


噛み締めるように笑顔になるレオン様。素敵です。こんなのが見られるなんて悪役令嬢マジ最高。


悪役令嬢ポジション捨てたわけじゃないです。悪役通りに動きます。だから、今だけレオン様と親しくなるのを許してください。


だって推しだもんね!(2回目)


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